第107話〜残された時間//手がかりと野菜炒め〜
〜首都コーリュバン〜
「それじゃあミチオさん、またどこかで」
「あぁ、トルトさんも元気で」
また会えるからと、二人は互いに軽く手を振る。トルトが「それっ」と鞭を軽く振り、蹄の音と共に遠ざかっていく。
既に夕日は沈み、静かな夜が街に訪れようとしていた。
「んん〜っ……ここに戻ってくるのもほんとに久しぶりだな、コーリュバン」
「すごい……綺麗な建物がいっぱい。あのお城も、あっちより大きい」
道夫が久しぶりの街中に背伸びする中、ナナシは興味深そうに辺りを見渡している。
あっちというのは恐らく、元々いた所の事なのだろう。こんな無垢な彼女相手に、奴等は一体何を企んでいるのだろうか。
(今悩んでも分からないし、まずは休まないと)
「ナナシおいで、お家に帰るよ」
「お家?」
「あぁ、これから一緒に住む所だよ」
それを聞いた途端、ナナシの表情がパァっと明るくなる。余程嬉しいのか、彼の手を掴んで急かす様に引っ張っていく。
急ぐ彼女を宥めながら、道夫は途中で幾つかの店に顔を出しては食材を何個か購入していく。行きつけの店とはいえ、閉店ギリギリで買い物に来た事にはちゃんと謝っておいた。
「…やっと帰れたな。ナナシ、ここがお家だよ」
情けない事に、買い物かごを忘れた道夫達は、両手一杯に買った物を抱えながら自分の家に到着する。本当なら自分のではないし、譲られてからもまた長い事空けていたが、その家は何も変わっていなかった。
(ただいま、姉さん)
心の中で呟きながら、扉を開けて中へ入る。あの人はもういない、それが分かってもう大分経つ。それでもそう呟くのは、そうすればいつかまたあの声を聞けるんじゃないかと思っていたからだ。
「さて、早速ご飯にするとしますか……」
野菜と幾つかの肉を切って、フライパンに載せていく。しかし厄介なのが、ここから火を付けなくてはいけない事だ。
魔力がいわば生活の肝となるこの世界、火を使った料理の際もコンロの中に搭載された魔塊を使っている。
「…点火」
魔塊に魔力を送り込み着火させようとしたが、コンロに火は点かない。というよりは、魔力を送り込むことが出来ていない。
道夫は彼女に聞こえない様に舌打ちする。やはりこの身体になった事が何か影響しているのかもしれない。何か手は無いかと考える道夫に、ある閃きが訪れる。
(あぁ…まさか、な?)
ダメ元で、やってみるしかない。と道夫はゆっくりと深呼吸し「接続」と唱える。
小さな黒雷が両手の間を奔り、その力はある道具の形を取り始める。それは数十年も前、ニホンの家庭に一個はあったという生活品『小型ガスコンロ』であった。
「……出来ちゃったよ、まさか七夏の言った通りになるなんてな」
数年前、永久機関が世界中に広まり、生活もそれによる電気を使った物へと変化していたニホン。
当然それに伴ってガスコンロなども廃れていったが、何でそんな物を内部の構造まで知っているのかは、やはり彼のお陰なのであった。
〜数年前、ニホン〜
『いいか道夫、世の中で活かされていくのは、勉強による知識もそうだが、実際には生きる為の知恵と技術だ。そこら辺のスキルを沢山持っておけば、生きる事や仕事にはまず困らないからな』
『だからこんな油臭い所で、ガスコンロなんてガラクタを分解させてるのか?ゾンビサバイバルでもさせるつもりかお前』
それは暑いどころか、熱いとさえ感じる程の真夏日。夏休みの最中に七夏に呼ばれた俺は、寂れたガラクタ処理場に連れて来られ、用意されたガラクタの分解をさせられてた。
『そんな生物災害だって、有り得ない事は無い。あの一件以来、お前だって分かってる事だろう?』
少し前に廃校の中で襲ってきた『動く人体模型』の一件。あれからあいつは時折何かに納得した顔をして、今回みたいな事を自分にさせようとする様になった。
『まぁ、それは分かるけど……』
『前にも言ったが、俺みたいになりたいなら出来る事を増やせ。お前は天才じゃないが、努力次第で幾らでも上を目指せる素質がある。積み重ねを続ければ、いずれはなんでも作れるし出来る様になる。ただカッコいいだけの奴より、そっちの方がずっとカッコいいと思うぜ。俺は』
『……そんなもんなんかなぁ。まぁそこまで言うなら、そうなのかもな?』
〜〜
「ミチオ、焦げちゃう!」
「…ッ!?」
ナナシの言葉に道夫は急いでコンロの火を消す。良く火の通った料理は、後少し遅ければ焦げてしまっていただろう。
「大丈夫?」
「あ、あぁ…そうだな。助かったよ」
道夫はナナシと一緒に完成した料理を皿に載せ、テーブルの上に並べていく。互いに向かい合う様に席に着き、道夫は両手を静かに合わせる。
「それじゃあ、いただきます」「……、いただきます?」
ナナシは道夫を真似る様に手を合わせ、野菜炒めにスープとパンという、何とも貧乏くさい料理にも関わらず、どれも美味しそうに食事を頬張り始める。
しかしそんな彼女に対して、道夫は中々手が進まない。作る時にも感じた違和感は、完成した料理を前にして漸く確信に変わった。
(やっぱり、腹が減らない……。というよりは、食べようって気持ちになれないのか。やっぱりこの身体になったのが原因なのか……?)
言ってしまうなら、今の道夫には食欲がない。それも食べられないではなく、食べるという欲すら湧いて来ないのだ。
中々食べようとしない彼の姿に、彼女が心配そうな顔で見てきたので、誤魔化す様に道夫は料理を口に運ぶ。
こういう時は味覚まで変化が起こっているのではと思った彼だが、幸いにも炒めた野菜の味がしっかりと伝わってきた。
「ミチオ、大丈夫?」
食事を取っているのに、ナナシは未だに心配そうな顔でこちらを見ている。彼にはその理由も全く見当が付かなかった。
「え?どうして?」
「だってミチオ、浮かない顔してる……」
「…あ、ぁあ。それな……いや、これからどうしようかなって」
道夫は誤魔化す様に彼女に応える。明らかに何か隠してると言った感じだが、これからどうするかはお互いにとっても深刻な問題でもあった為、ナナシにバレる事はなかった。
「うん…本当にどうしよっか?」
「なにせ、知り合いで1番情報持ってるであろう人でさえ全く知らないときた。完全に手がかりなしだが、手がかりになるであろう物には見当は付いている。」
「はぐはぐ……それで、なにをするの?」
「レイルスも言ってただろう?全属の力はイウェル、つまりるあが持っていた力だって。なら彼女について調べてみればなんか……」
「でもミチオ、それならあの人だってそれ調べて〜とか言わないかな?」
彼女の意外にも鋭い意見に、道夫は「うぐ…」と項垂れる。さてどうすればいいと困り果てていたら、ナナシが手に持ったパンを此方に突き出そうとする。
「とにかく、今日はまずちゃんと食べて寝よ!ほら食べるの!さっきから全然食べてないの分かってるんだから!」
「分かった、分かったから!ぐいぐいするのやめて…!」
頬を膨らませてぷいぷいと怒るナナシに、道夫は両手を上げて降参する。自分の中に残された時間を、幸せの中に隠しながら。




