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君のいない灰色と//異世界  作者: シマミ
DISC 1 前編〜灰色の世界〜
107/205

第106話〜馬車と/寄り道/帰り道〜

〜イミュリーズ〜


「……はぁ」


「お客さん、随分深いため息だねぇ。これで五回目だよ?嫁さんにでも振られたかい?そんな可愛い娘さんも一緒でさ」


 イナランの首都コーリュバン行きの馬車に揺られながら、彼のため息を聞き飽きた恰幅の良い御者のおじさんがたまらず聞いてくる。

 隣には可愛らしいフリル付きの服を着て、髪をツインテールに結んだナナシが、自分の肩に身を寄せる様にして眠っていた。


「どうかな……愛想、尽かされてないといいけど」


『柊道夫君、君がこの世界を救って下さい。あの子と同じ全ての属を司る力を手に入れ、魔王から人類を守って下さい』


(世界を救う……全ての属……)


 虚無の中でレイルスに言われた言葉を思い出す。あそこから戻った後も、彼は未だに実感が持てないでいた。

 自分のこの手にある力が世界を救う。そんな事を言われて納得できる奴なんかいるわけがないし、その上レイルスは最後にとんでもない事を言い残していった。


『その全属ですが、手に入れる方法は分かっていません。ですが魔法と魔族の力、この二つが共生しているミチオ君ならきっと見つけられる筈です』


 その言葉の後、彼等は解散する形で元の世界に戻ってきた。尚道夫達だけは何故か翔の城に戻され、コーリュバンまでボロい馬車を使わされる事になった。

 翔があの時何もいわなかったのは、レイルスから一通りの話を既に聞いていたからだとか。

 彼は別れ際に「何かあれば連絡して、力になるから」と連絡用の番号を渡してくれた。


(…やっぱりレイルスのやつ、一度張っ倒した方が良かったかも)


 ほんの少しの後悔と共に、道夫は緩やかに流れていく外の景色を眺めていた。

 その時ふと、道夫はここに来てからの今までを思い返していた。そういえばこうして穏やかにゆっくりと進む。


(思えば、色んな事があったよな……)


 突然目の前に広がったこの異世界、そして大切な『姉』リアーシェとの出会いと別れ。その数々の思い出は、今でも昨日の様に思い出せる。

 辿り着いた首都コーリュバンでは、新しい仲間と出会い、戦いの中でマフラーに込められていた力が目覚めた。

 魔法学園『学城院(アカリア)』にて出来た沢山の友達は、この世界での日々を大きく変えていった。

 教会都市イビシュエルではまさかのニホン人と出会い、彼女を巡る戦いの果てに自分達は勝利したが、同時に大切な人を失っていった。

 そのいずれにおいても道夫は常に全力で立ち向かった。全ては、最後に大切な彼女を助ける為だと。


(色んな経験をして、この力もずっと使いこなせる様になった。でも…)


 それでも彼の手は、どこまで伸ばしても彼女には届くどころか、姿すら見えず。鍛えてきた力は魔王どころか、たった一人の名も無い配下によってへし折られた。


(そんな自分が、本当に世界なんか…それに、これからどうすれば)


 力の入手方法も、当てもないこれからの道にも迷っていたその時、ガタッと馬車が大きな音と共に揺れ、寝ていたナナシも子猫の様な声で飛び起きた。


「あっちゃあ…お客さん、此方へ!」


「分かった、ほらナナシも」


 二人で馬車を降り、車輪の様子を伺ってみる。どうやら馬車の後輪が地面のぬかるみに丁度入ってしまったらしい。


「こりゃあなかなか酷いですな……。馬車を押します、どうかお客さんも手伝って下さいますか」


(っ、これは……)


 そのぬかるみに、道夫は違和感を感じた。周囲に雨が降った形跡は無く、乾いた土地に一点だけ出来たこの場所を御者が気づかない訳がない。


「……このどろどろ、多分まじない。見た事あるの」


「まじない?」


 違和感に気付いたナナシが小さく耳打ちする。彼女曰く、これは呪いによって急速に泥化させられたものだという。

 魔族は魔法を使えないが、こうした呪術や呪いが一部の種族に伝わっているのだとか。


「あ〜?お客さんぅ…!?」


『静かに、魔物がいる』


 道夫は御者の口を押さえ、目の前で小さく魔力で字を描く。既に周りから漂う気配に、彼も気づいたのか無言で頷いてくれた。


「アンタはこの子と一緒に馬車の中へ」


 御者はナナシと一緒に馬車の奥へと引っ込んでくれた。それと同時に、隠れていた影が姿を現す。

 二本足で立つ、人に近い鱗だらけの身体と、人一人を丸呑み出来る様な蛇の頭を持った蛇人の戦士と杖を持った呪術士がそれぞれの得物を手に飛びかかろうとしていた。


「(確か、こう言っていたな…)『接続(アクセス)』」


 対して道夫は自分の右手を前へと翳し唱える。黒い雷が迸り、力が剣の形を為していく。襲ってきた五・六匹全てがなます切りにされるまで、それほど時間は掛からなかった。


〜〜


「もういいぞ、二人とも」


 剣に付いた血を振り払い、道夫が後ろの馬車へ声をかけると、御者が猟銃型の魔法銃を携えて恐る恐る馬車を降りてくる。


「ナナ……あの子は?」


「えぇ、馬車の中で待ってる様にと。危ないかもしれませんし、子どもにこんなの見せられませんから。それにしてもお強いのですね、あんな魔法は初めて見ました」


 どうやらあの力は、魔法の一つだと思っている様だ。此方にとっても好都合なので、それ以上は言わずに持っていた剣を消滅させる。


「いやぁ良かった、貴方は命の恩人です。何かお礼をと思いましたが、今は手持ちが……」


「いや、お礼という程の事は…」


 御者が服のポケットをあれこれと探る。断ろうとした道夫だったが、腕時計の時間を見た御者は掌をポンと叩いた。


「そうだ、この時間なら…!お客さん乗って乗って!いい所をお教えしますから!」


 半ば急かされる様に馬車に押し込まれた道夫、そのまま御者は鞭を軽く鳴らしながら、急ぎ気味に馬車を進ませる。

 一体何なんだと疑問を浮かべる中、道夫は馬車が揺れた拍子に目の前に落ちてきた一枚の絵を拾う。

 絵の具を使って描かれたそれは所々が崩れており、一般的にいえば、お世辞にも上手だとは言えないかもしれない。しかし道夫はその絵に描いた人の個性を感じられた。


(何かの風景っぽいが……)


「着きましたよ、さぁお二人とも降りて」


 道夫達が馬車を降りると、そこには幻想的な光景が広がっていた。今自分達がいる一本の木が生えた丘の先、広く生い茂った森の中から無数の水滴が空に昇っている。


()()()()です。雨の後、決まってこの時間に起こるんですよ。それ、よいっしょっと……」


 御者は馬車の中からある道具一式を取り出し、木の影になる場所に置いていく。絵画スタンドや各色の絵の具、そして使い古された絵筆を置き、彼は先程馬車で見た絵をスタンドに立て掛けた。


「馬車の仕事をする合間に、こうして絵を描いてるんです。まぁ忙しかったり、私がぐうたらだったりして全然上手くは無いんですが……」


「そうかな、俺は……悪くないと思うが。何というか、貴方らしさというのを感じるよ。ただ、あの辺りは有害な程の魔流(マナル)が濃い禁域なんじゃないのか?」


「そこについては心配なく。ここは風向きの影響でこっちに魔流が来る事はありませんから。そうそう知ってますかな?逆立ち雨についての中には、(そら)から落ちた雨がまた(そら)に還りたがっているという情緒的な説がありましてね……」


 道夫は彼の隣に座り、先に広がる光景を眺めながら御者の話を静かに聞いていた。とても流暢に話す辺り、彼は本当にこの光景が好きなのだろう。


「……何か、お悩みがあるんじゃないですか?話し相手として、僅かながら力になりますよ」


 その目に覇気がなく弱々しかった事を彼は見抜いていたのか、彼は此方を見る事なくそう言ってくる。

 静かな風が、道夫の頬を撫で髪を揺らす。話した所でどうにかなる様な規模ではないのだが、彼はダメ元で話してみる事にした。


「今まで、状況に流される様に戦って来た……。そしてある男に今日、世界を救ってくれと言われた。もしおじさんがそんな事言われたら、どうする?」


「世界、ですか。確かに貴方程の実力ならそういう悩みも生まれますよね。ふうむ……まぁ、無理ですな。私の手では、妻と娘を守るだけで精一杯ですよ」


 丸みを帯びた可愛らしい髭を撫でながら、彼は少し思案した後そう答えた。まぁ概ね予想通りの答えだなと道夫は思っていたが、どうやら話はまだ続いているようだ。


「そもそも世界なんて物は、人一人が背負える程小さくもなければ、そう言われてはいそうですかと救える程簡単じゃないんです。おっと、そろそろ時間ですな」


 彼が時計を見て呟く。すると雲にかかっていた太陽が大地を照らし、空に昇る雨粒達を輝かせていく。

 青空にできた星々に、その景色に道夫もナナシもすっかり見惚れていた。


「これは、凄いな……」


「こんなにも素晴らしい景色でさえ、世界にすればほんの一欠片。私が両手一杯に広げても収まらない。なのにどうしてたった一人に世界を、人類を救えと言えるのでしょうか?」


 彼はそう言って椅子から立ち上がり、目の前に広がる景色に向けて両手を力一杯に広げる。


「……んうぅ〜」


 暖かい陽気に眠気を誘われたか、ナナシは欠伸をして身体をもじもじさせている。道夫はそんな彼女の頭を撫で、御者は「よっこいしょ」と椅子に腰を下ろした。


「世界なんて、大きすぎて誰の手にも収められません。だから私達に出来るのはせいぜい、この手の届く限りの人を助ける。これくらいしかないんじゃないかなと、私は思います」


「だが、俺は……」


 その言葉に道夫は声を詰まらせ俯く。その脳裏に助ける事が出来なかった人達の顔が浮かんでくる。

 

「……何も恐れる事はありませんよ。そこで悩めるという事は、それだけ貴方が人を思いやれる何よりの証拠です。貴方は貴方のまま、今度は自分の意思でその優しさと愛を信じて進めば良いんです。ヒイラギミチオさん」


 ハッとして道夫は顔を上げる。彼の言葉についてや、何故自分の名前を知っているのかというのもあるが、名前を言われて漸く彼の名を聞いてなかった事を思い出したからである。


「あ、名前…」


「あぁ失礼、私はトット・トルトっていいます。ご存知の通り、ただのしがない馬車の御者です」


「あ、はは……これは申し訳ない」


 聞こうとした事を先読みされ、道夫は苦笑いと共に頭を掻く。今も迷いはまだあるが、心にのしかかっていた重さは少しだけ軽くなった様な気がした。


「それで、トルトさん。後一つだけ…」


「何でしょう?」


「俺も一枚、描いてみていいかな?」


 トルトは「勿論」と言って道具の予備を道夫に貸してくれた。

 そして日が沈み始めるその時まで、穏やかな木漏れ日の中で二人は目の前の景色を描いていく。

 結果からいえば出来は散々な物であったが、再び首都へと向かう馬車の中で道夫は、満足気な顔でその下手な絵を眺めているのであった。

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