第104話〜再会//〜世界の裏側
「…おやおや、随分と荒っぽいですね。これはどういうつもりで?」
レイルスはわざとらしく両手を上げ、いつもと変わらない調子で話し始める。
「ひえ〜暴力反対ぃ……(おいおい学長殿、物事はちゃんと事前に話を通してからにしてくれ。ここを戦場にされては困る)」
そして翔はというと、涼しい顔で持った紅茶をカタカタ揺らしながら小さい声で何か言っていた。
道夫には何が何だか分からないが、この状況が正に一触即発である事は理解できた。何とかして止めなければ取り返しが付かなくなると。
「おっと動くな?アンタが幾ら凄ェ魔法使いだとしても、魔法撃つより先に首を落としてやるから」
ガレンの持った大剣が、レイルスの首を捉えたまま離れない。構え方からしてもそれが冗談ではない事が道夫には分かった。
「首が落とされるのは慣れてる。それよりまず、私がそんなに憎まれる理由を知りたいよ」
「ふゥん、それ今のミッチを見ても同じ事いえんノ?」
ルギエの声は元の訛りが出る程に怒りが込められている、しかしその銃口は相手の後頭部を一切のブレなく狙っていた。
「ひゃあ怖い、エイギン君からも何か……」
「断る、これ以上彼に何をさせる気?今度は人間としての形すら失わせるつもり?」
「う、うぅぅ……!」
アルリアは道夫を庇う様に前に立ち、相手の底知れなさを本能的にキャッチしていたナナシは、それでも歯を食いしばってレイルスを威嚇していた。
「そう喧嘩腰にならないで。何でも早とちりで考えたり行動するのは君の悪い癖ですよ。それに今回の事は、私にとっても全くの予想外なんですから」
(なん、だって…?)
四人から殺意を丸々向けられているにも関わらず、レイルスは涼しい顔でそう告げた。
それよりも、何でもお見通しって雰囲気の女装好きな変態であるレイルスが『予想外』という言葉を使った事で、四人に付け入る隙が生まれた事を道夫は見逃さなかった。
「先生、ナナシやみんなもお願いだ。学長と話をさせてくれ」
「だけど……分かった。ミッチが、そう言うなら」
道夫の言葉に、漸く四人はゆっくりと武器を下ろしていく。手を離そうとしないナナシと一緒に、道夫はレイルスの方へ近づいていく。
「全く、此方は本当に話をしにきただけなのに。ミチオ君はそろそろ、自分が非常に愛されてる事に気付いたらどうです」
ようやく自由になったレイルスは、手錠を外された囚人みたいにわざとらしく手首を揺らし、その後道夫の胸にある核をまじまじと見つめた。
口を手で押さえ、細めた目でそれを見る姿は見た事ない位に真剣である。
「……やはり確信できるまで待つべきじゃなかった。こんな事になると分かっていたら、君をあんなとこには行かせなかったというのに……」
レイルスの言葉からして、どうやら状況は芳しくないらしい。そう思った道夫は深く息を吐く。それは安堵や諦めがごちゃごちゃに混じった、妙な感覚であった。
「それで学長、何か分かったのか?」
「え?いや、あの……」
あまりにあっさりと聞いてきた道夫に、レイルスは逆に驚かされてしまう。本来なら彼には、それより前に言うべき事、すべき事がある筈だからである。
「怒ってないんですか?私の事、憎んだりはしないんですか?それに言ってしまうと、貴方は今人間では無くなりかけているのに、何とも思わないのですか?」
「人間じゃなくなる事には、心当たりがある。もうずっと前の事になるが……」
道夫は数年前にニホンで起きた、鏡の世界という不思議について話し始めた。友人の七夏とるあと共に鏡の中へ入った道夫達は、そこで鏡に映っていた偽者達と対峙したのである。
『鏡なんて隔たりはいらない。俺たちは、ずっと一緒だ』
それぞれが自分の鏡と戦う中、道夫だけが戦いの中で鏡の自分と和解。抱きしめた鏡の身体は、本物の中へと吸い込まれて消えていった。
「そして学城院に来て、心の中で話したのが最後だ。あれからは音沙汰も無かったが……」
ここにいる殆どは、彼が何の話をしているのか分からなかった。ただ彼は何の力も無しに、人智を超えた存在と戦っていたんだという事を除いて。
「そんな事が……。でもミチオ君、それなら尚の事おかしい。散々はぐらかして、騙し討ちまがいの事をしてきた私を、何故憎まないんです」
「普通なら、あんたをぶん殴ったりするんだろうな。殴るだけ殴って、喚き散らして、絶望して、それで終わりだ。でもあんた、今それどころじゃないんだろ?」
『だってレイくん、それどころじゃないでしょ?』
(っ!?)
ハッとなったレイルスの脳裏に、彼女の言葉がよぎる。目の前の男は自身の置かれている境遇に絶望するどころか、私が隠していた気持ちすら見抜いてしまっていたのだ。
(あの時のイウェルちゃんと同じ、やはり彼は…!)
レイルスは今この場で確信する。彼こそ『第二のイウェル』に、この世界を救う存在だと。
道夫はナナシの手を強く握りながら、レイルスと互いに見つめ合う。視線を通してその想いを知ったレイルスは、軽く頷いて顔を離した。
「…ははは、全くホント大した人ですね。貴方の言う通り、今の我々…いや、この世界に残された時間は多くない」
「大した者じゃない、頭のネジを数本失くしただけさ。それに、人を見る目は無いが人の目を見るのは得意でな。それで学長、ちゃんと全部話してくれるんだろ?」
「勿論です。が、ここでは話せません。ここは色々人目に付く、皆んなにはこれからある所に来てもらいましょう」
レイルスが指を鳴らし、いつの間に仕込んだのか、床に描かれた陣が発動する。
強い光に目を瞑った直後には、その部屋には誰一人残ってはいない。
いや、そもそもそこに誰も最初からいやしなかった。ただ機械の音だけが虚しく聞こえてくるのみであった。
〜〜
「ん…また真っ白な……」
転移魔法によって、道夫達はある所へと瞬間移動した。壁も床も、置かれた家具でさえも純白に染まった空間に彼等は飛ばされたのである。
道夫にはそれらがまるで、宇宙ステーションの居住スペースの様だと思っていた。
「ここって…なんだぁ?」「何これ、ユィンスが圏外…?そんな筈……」
「みんな、ここ見て!」
ナナシが指差したのは、丸い小さな窓だった。皆が集まって窓を覗いたその時、ここにいた誰もが息を呑む事になる。
「何だここ!?真っ暗じゃねえか!」
窓の先はまるで、星の無い宇宙の様であった。真っ黒な闇がこの空間いっぱいに広がっている。
「いや、これは……そんな!」
外を見つめていたアルリアは、ある事に気付いて口を手で覆う。
「ヤクセンどうしたの?」
「そんなバカな…!これは…いや、これは!」
「そう、ここは『虚無』の中。世界の外、又は裏側。全てを飲み込む無の中にできた、人類最期の避難所にして安息の地。ニホン語で『アウターヘイブン』です」
純白の隔壁が上がり、そこからレイルスが現れる。先程までのローブ姿と違い、以前も着ていた縦セーターとジーンズを見に纏っていた。胸の所に膨らみがある事には、敢えて触れまい。
「最期の、避難所?アウター…何?」
「ごめんなさい。ここはまだ未完成で、長居は余りしたくない。元の世界では君達は今、存在しない事になっています。今のうちなら捕捉も干渉もされませんが、もし彼にバレたらお終いですから」
イオレルの話を遮り、真面目な声で少し早めに話し出すレイルス。誰もが聞きたい事はまた山の様に出来たが、彼のいう通りにする事にした。
「ご協力に感謝します。では話の前に一つだけ」
各々が椅子に座り、レイルスは柔らかいソファーを独り占めし、顔の前に手を合わせて口を開いた。
「皆さんは、世界がどうやって出来ているかご存知ですか?」




