第103話〜もう一つの目覚め〜
〜???〜
「う、うん……」
長い長い眠りから覚めるように、柊道夫は重い瞼をなんとか開く。見えた部屋の天井には、電灯の他に細かな電子機器がびっしりと付けられていた。
「……おかしいな。魔法のある世界にいた筈なのに、なんでSFみたいな場所に…ん?」
だるい身体を起こしたその時、寝ていたベッドに人肌の温もりを感じた道夫は掛けてあった布団を上げる。
そこには一糸纏わぬ姿のナナシが安らかな寝息をたてながら、自分を抱きしめる様に眠っていた。
「ナナシ……後、ここは一体何だ?それにどうして俺は…」
覚えてる限りでは、自分はあの時頭を撃たれて死んだ筈である。死後の世界にしては確かな感覚が自分にはある上、ナナシがここにいる事に説明が付かない。
『やぁ起きたかね少年!早々に色々聞きたい事もあるだろうけど、まずは無事そうでなにより!!』
突然校内放送の様な音声が部屋に響き、開いた自動ドアの先に立っていたのは、燃える様な赤髪でぶかぶかな白衣を見に纏った少年であった。
「いやぁ全く驚いたぞ!まさかマスクも無しに死の大陸から生還したとは!少年、彼女達とその子にも感謝しておくんだぞ?わっはっは〜!」
大仰に身体を反らしながら高笑いをする少年、道夫はどう見てもあちらの方が少年なのだがと心の中で突っ込みを入れる。
「……いや、どうもそうらしいが……まずあんたは誰だ?それと」
「…それと?」
そして道夫の未だ寝ぼけた思考は、今思い浮かんできたトンチキな質問をせずにはいられなかった。
「その性格、辛くない?」
「あ、分かります?えへへ……」
どうやらそのトンチキは、正解だったらしい。その少年は照れ隠しの様に髪を掻いた。
〜〜
未だに起きないナナシを撫でながら、道夫は改めて目の前にいる博士こと、鳴井翔から話を聞く事になった。
ここはイナラン大陸首都コーリュバンの北東に建つ『ナルイラボ』という場所で、昔ここを使っていた傲慢極まる領主が捨てていった城砦を、彼が丸々研究所にしたんだとか。
クタラとの邂逅もあってのことか、同じニホン人がいる事にそこまで驚きはしなかったのだが…。
「まさか、本当に?」
「うん、それにしても2063年だなんて。2016年が最後だった僕にはとても想像付かないや」
元は名も無き発明家だった彼は六十歳になったその時、ニホンで天寿を全うした。
と思っていたら、次の瞬間にはこの異世界に記憶もそのままに新しく産まれてきた。正真正銘本物の『異世界転生者』であった。
「それで、何であんな面倒な態度を?それに元60歳にしては大分言ってる事が幼いが……」
「生前と同じ発明家としてやってく中で、舐められない様に威張り散らしてたら、いつの間にか後に退けなくなっちゃって……。後者の方は、多分精神が体に引っ張られてるんだと思う」
前者が意外と切実な理由に、彼が目頭を押さえながら話しているとノックと共にドアが開いた。そこから現れた顔触れは、誰も彼もが懐かしかった。
「ミチオくぅん!!うわぁぁよがったぁぁ〜」
「お久しぶりせんせいんぶぅ!?」
久しぶりの再会だと思っていたら、アルリアの胸の中へ思い切り抱きしめられてしまう。少し息は苦しいが、人肌の温もりが今の道夫には心地良い。
「んんぅ?あ、あ!こらぁ!ミチオ虐めるなぁ!」
漸く起き上がったナナシは、布団を被ったお化け状態のまま「ガオ〜」っと両手を上げている。
道夫は彼女の胸を離れて、布団の上からナナシの頭を優しく撫でた。
「久しぶり、アルリア先生。他のみんなもいるの?」
「勿論よ、ほら」
ドアの方に目線を移すと、見覚えのある三人が部屋に入ってきた。その大きな鎧姿も、その耳の様に尖った瞳も、季節お構い無しなローブ姿も。その何もかもが道夫には懐かしかった。
「久しぶり、ガレン」「おう、お前の話はこっちでも色々聞いてたぞ?イビシュエルでは大活躍だったそうじゃん、俺も鼻が高いぜ」
確かにそこまで長い付き合いでは無かったが、道夫はなんやかんやで尊敬出来る兄貴分とハイタッチする。
「ルギエも、相変わらず元気そうで」「ん、まぁね。後でアレの返事ちょーよ?」
なんの躊躇なく、あっけらかんに二人の秘密を述べる彼女は、アルリアからの嫉妬混じりの視線を意に介さず小さく手を振った。
「イオレル…あぁ、髪切ったんだ」「うん、こっちの方が良さそうだなって……えへへ、気付いてくれた」
前髪で見えなかった瞳を指摘された彼女は、恐らく初めて顔を赤らめていた。最後に何を呟いたのかは、道夫の耳には入って来なかった。
「博士もありがとうね、今回の無茶に付き合って貰って」
「わっははは!是非に及ばずだ!それに彼の救出を頼んで来たのは君達だけじゃないからな!」
翔はまた大仰な言葉で答え、道夫に向けて、アルリアには見えない様に小さく目配せする。
どうやらもう暫く演技に付き合ってくれという事らしい。特に断る理由も無い道夫は、それに小さく頷いて返す。
「……それで、随分と勿体つけたが、漸く説明してくれるんだよな?何で俺は生きてる?どうやって俺達は此処に来た?俺のマフラーの事も、それに……」
道夫は上着を脱ぎ、胸へ露骨に巻かれていた包帯を解く。起きた時から感じていた違和感の正体が露わになる。
「この身体の事もな」
そこにはテニスボール程の球体が、まるで身体の一部かの様に黒く澱みながら、心臓の位置に埋め込まれていた。
「それ、は……」
「ミチオ…」
魔族が持つ生命の実『核』から目を逸らし弱々しく答えたアルリア。ガレン達もそれに対して、どう答えてやればいいのか言い出せないでいたその時だった。
「それなら、私が教えましょう」
放送とは違う声と共に、正面の壁が光に覆われる。その光の先から一人の姿が見えてきた。性別の概念を疑う程の容姿と、あの特徴的な亀裂の瞳を、見間違う筈もない。
「レイルス……学長」
「久しぶりミチオ君、まぁ久しぶりといっても三日振りくら……」
学城院の学長であるレイルスが言い終わる前に、ガレン達は彼の首にそれぞれの得物を向けていた。引き金に掛けた指に、剣を握るその手に、蒼い炎の腕が構える鎌の刃に、それぞれの殺意を乗せながら。




