第102話〜親友//白紙の世界〜
「宝典だ、開けていいか?」
「あぁ、入ってくれ」
連絡を入れて数分後、宝典が扉を開けて中へと入る。急に呼びつけたからか、実験用の白衣を着たままだった。
「それで?今日は何した?」
「彼女に『記憶視』した」「はぁ!?」
さも当然のようにとんでもない事を言う彼に、宝典は一瞬だけ素が出てしまった。
肉体的な繋がりならともかく、精神や意識、記憶等の繋がりを持つ事は、肉体どころかその生命の在り方さえも特殊な魔族にとって、それだけ危険を伴う物なのである。
「いやいや、ちゃんと同意の上だって。まぁそのお陰で少し無茶をさせてな、出来ればお前に診てもらいたい」
「俺は医者じゃないんだが…仕方ないな」
宝典はため息をつきながら、すぐにも彼女の容態を確認する。手製の聴診器で呼吸や心拍を調べ、手首に触れて脈を診る。
(また少し、精度上がってるな。流石は霊子研究の第一人者)
彼の言う通り、ここに来たばかりの宝典は医療の知識すらない一般人だった。そんな彼が自分の側近にまでなれたのは、一重に彼自身の努力の賜物である。
「どうだ?」
「……心拍、呼吸共に心配はない、お前の気に対する拒絶反応で気を失っただけだ。じき彼女に搭載されている自動修復が働いて、また目を覚ますだろう」
るあの目に当てていたライトの光を消し、淡々と宝典が答える。それを聞いた魔王、エレマオーノは安堵する。
魔王の方へと振り返る間際、宝典はるあの寝姿を睨みつける。正直な事をいえば、彼は彼女の事を嫌っていた。
「……それで、用件は終わりか?」
「いいや、まだ話したい事がある。あの部屋に行こう」
「分かった」
宝典は小さく頷き、彼女が眠る部屋を後にする。彼は扉を閉めようとする寸前「……時間が無いのに」と誰にも聞こえない様に小さく呟くのだった。
〜〜
「…なぁ宝典」「何だ?」
「それ、また読んでるのか?……ええと、題名は…」
長い廊下を歩きながら、エレマオーノは宝典が歩きながら読んでいるライトノベルを指差した。
この世界に来てから何度も読み返しているからか、ページの所々がボロくなっていた。
「『科学転双〜魔法の世界を科学で無双できる力を授かったけど、理科の成績最低な俺はどうすればいいですか!?』略して理解イチだ。そろそろ覚えたか?」
「……絶対無理だ。言わせてもらうが、本にそんな題を付ける奴の正気を疑う」
理解を拒んだ頭を抱えて、魔王は深くため息を吐く。魔族の頂点に立つ男が、ただ本の題名が長いだけでこんなにも頭を悩ませる姿は、側から見てても中々に面白い。
「正気があったら、こんな話は描けやしないよ。ほら、部屋着いたぞ」
宝典が持っていた鍵で扉を開けて中に入る。部屋の中はそこまで大きくなく、簡単に机や椅子、そして衣装棚が少し置かれているだけであった。
「さて、遮断室を使うって事は、とても言えない話があるんだろ?」
遮断室と呼ばれたこの場所は、城の構造と施された呪い物の効果で外からの干渉を遮断している。彼等が入って扉を閉めた瞬間、鍵穴は閉じられ、窓は完全に黒く染まり、外の景色さえも遮った。
「そうだ。彼女との記憶視で知ったんだが、か……」
神の式と発言しようとした瞬間、エレマオーノの口が塞がった。続きを言おうとしても、口を縫い付けられた様に動かせない。
(なるほど、こうも露骨に言わせないか。怪しさ全開じゃないか)
遮断室すら意味をなさない、余りに露骨な干渉。彼は口に手を当て、思考を巡らせていく。
「…?どうした」
怪訝そうに彼を見る宝典、エレマオーノは一旦その言葉を片隅に置いて深呼吸する。
「いや、そうだな……結果から言えば、漸く糸口が掴めたって所か。お互いの目的についてのな」
「そうか、そうか!ついになんだな!?」
気を急いた宝典が、勢いよく椅子から立ち上がる。彼らしからぬ行動ではあるが、それには理由があった。
〜〜
るあが住んでいたという異世界、チキュウのニホン。宝典も元はそこにいた人間であった。
彼、秦月成貴がいた2066年のニホンでは、唯一残っていた灰色すら消えていく『白紙化』という現象によって、故郷どころか星その物が滅亡しかけていたという。
『聞かせてくれないか、君のいた世界の事を』
イミュリーズに落ちてきた彼を保護し、様々な話を聞かせてもらった。そして『サダメ』の予見との食い違いから、彼が少し先の未来から来ている事も分かった。
そのお礼として、魔王は自らが掲げ、目指している世界の事を話す事にした。
『…一緒に来る気はないか?最初の友として、俺の作る世界を見届けて欲しい』
差し伸べた手を彼は握り、その日から彼は宝典となった。全てを語ってはくれなかったが、彼は同じ人類を敵に回す事よりも、魔王の目指す世界を信じてくれたのである。
『……分かり、ました。エレイナさん』『言い忘れてたから言うが、エレマオーノだ』
〜〜
「ぷふっ、ふふふふ……」
「なっ!何が可笑しいんだよ!?」
「いやいや、昔の事を思い出してな。結局、エレイナって誰なんだ?」
「あ、あぁ……その事な///」
宝典は渋々、ライトノベルの最初辺りを開いて此方に見せる。そこには小説の一部分を表した絵が描かれており、主人公らしき男に指を差す一人の女性を見た時、エレマオーノは理解してしまった。
「俺じゃん」
黒く伸びた髪、性別の違いはあれどそれとなく似た顔立ち。そして何より、今自分が着ている衣装が彼女そっくりであった。
「なるほど、妙にこれを着せたがってたのはこれが理由か。友達相手に随分といい度胸しているな」
「……返す言葉もない」
「隠し事は無しだといつか前に言ったろうに……やれやれ」
エレマオーノは椅子から立ち上がり、閉じられていた衣装棚を開く。
そこには宝典が秘密裏に製作していた『コスプレ衣装』が所狭しと詰まっていた。しかも事もあろうに、さっきの登場人物であるエレイナの物ばかりである。
「どれを着て欲しい」
「…え?」
「二度言う気は無い、時には友の苦労を労ってやらんとな。あのでかい胸はどうにもならんが」「ある」
「……何?」「どうにかするのあるぞ」
彼は目を輝かせながら、白衣の内ポケットから女性用の下着一式を取り出した。更に上の方には大きく見せる為の詰め物入りだ。
「何で持ってんだよ、何で常備してるんだよ」
「いつか来たる日を信じての事さ、異世界に適応出来たオタクをあまり舐めない方がいい。さぁ約束守ってくれよ。今までの苦労を労ってくれよぉ!」
「着るから、そう迫るな」
こうして暫くの間、エレマオーノは宝典曰く『コスプレ個人撮影』に興じてやる事になった。部屋を出る間際に彼が言ってた様に、残された時間は多くない。
それでも、次の瞬間に世界が消える訳じゃない。先に誰かに言われてそうだが、重要なのは確実な一歩を踏み出し続ける事だ。
「宝典」
「……なんだい?」
無言で拳を突き出し、友達を見る。彼もまた無言で頷き、自らの拳を合わせる。
「…あぁ、やってやろう。俺達みんなで」
お互いに余計な言葉はいらない。互いに拳を合わせ、一人は誓う。かつての英雄とは異なる世界平和、決して変わらぬ『不変の世界』を完成させると
そしてもう一人は願う。彼が目指し作り上げた世界が、故郷の未来を、滅びの運命を変えてくれる事を。




