第101話〜記憶/狭間/想い〜
「…ッあああぁぁぁ!!」
私は湧き上がる怒りに任せ、隠し持っていた鋏で彼の心臓部にある核を突き刺した。
上級の魔物のみが持っている、その者の生命全てが詰まっている核が破壊されれば、持ち主は存在を保てずに自壊する。それは魔王とて例外ではなかった。
「よくも、よくもっ……!!」
「ははは、流石はイウェル、霊体干渉はお手の物か。だがそんな物で俺は殺せない」
鋏を握っていたるあの手はいとも簡単に離され、鋏は彼の身体をすり抜けて床に落ちる。手首を握る彼の力は優しいが、引き剥がそうとしてもびくともしない。
「傷付ける気はない、まずは話を……」
「つっ!?ふざけないで!」
るあが無理にも離れようとした所で、彼はわざと掴んでいた手を離す。離れようとした勢いを殺しきる事ができず、ベットの上に倒れ込んでしまう。
「きゃう!」
「おいおい、そんな嫌がる事ないだろ?」
魔王が指を軽く鳴らすと、何処からともなく現れた謎の光が、悪趣味な首輪となって彼女の首に装着された。
(何よ、これ…!)
これが何かは不明だが手加減しているつもりなのか、まだ両手足は動かせる。るあは阻害されながらもかき集めた魔力で魔法を発動させる。
「光の奔流・戦車!!」
光の奔流・戦車は、魔力の光を結集させ、あらゆる物を貫く徹甲弾とする陣の無い魔法だ。万全では無いにせよ、魔王の身体を貫く程度は可能な筈だった。
「残念だが、それは当たらない」
魔王が何かを呟くと、その眼前で魔法の弾道が逸れて側にあった窓を突き抜けた。それもまるで、魔法自体が当たる事を拒否したかの様にあからさまに。
「え、今……ぐあっ!?」
有り得ない光景に戸惑っていたら、再びあの鎖によって今度は両手も縛られてしまった。今ので魔力を切らした彼女には、もう抵抗するだけの力もなかった。
「お前がいた頃には無かったから驚いたろ?俺の友が作った新たな力だ。心配するな、無理矢理する趣味はない。そんなの愛が無いからな」
「……愛を語るというなら、どうしてあの時あんな事をしたの!あの人はずっと、貴方の事で責任を感じていた!最後の最後にしか話してくれなかったけど、母として貴方の事を……!」
「黙れ!あんな女、母だと思った事などない!!自分の子どもすら利用し尽くそうとした女の事で、誰が思い悩むか!」
母親、先代の魔王の話をした途端、まるで別人になったかの様に彼は声を荒げた。
魔王の手が私の首輪についた鎖を引き寄せる。鎖に縛られた両腕が引っ張られ痛みに私は顔をしかめる。
「ならなんで、そんなに辛そうなのよ…」
その声には怒りが篭っているのに、その顔は辛さという感情を殺しきれずにいた。
「…なに?」
言われて初めて気付いたのか、彼は空いた手で顔を覆う。まだ彼は、あの人との未練を完全には断ち切っていないらしい。ならまだ希望はある、意を決した私は一つの賭けに出る事にした。
「……私の言葉が信じられないなら、貴方の『記憶視』で確かめればいい」
彼女の言葉に、魔王は鎖を掴む力を緩める。イウェルが言った『記憶視』とは、対象の生死に関係なくその者の記憶を覗き見る事が出来る、魔王の一族だけが使える力の一つ。
「私の記憶に、今もあの人は残ってる。あの人……ノワル・ツァーラーンが遺した言葉も後悔も、全部…」
額に一筋の汗を垂らしながら彼女、井ノ上るあはそう言った。以前の彼女からは絶対に出なかった言葉に、彼は唖然としていた。
「……お前は自分が何を言っているか分かってるのか?聖と邪、互いに相容れない者同士が繋がれば、その拒絶反応は計り知れないぞ」
「イウェルだった頃の私なら絶対嫌って言うでしょうね。でも私、あの人から最後に頼まれちゃったの。あんな事言われたら、世界を救う英雄としてはほっとけない」
「……はははは、大した女だよ君は。弱くなったという言葉、訂正し謝罪しよう。イウェル…いや、井ノ上るあ」
彼は静かに微笑むと、るあを縛り付けていた鎖を解く。互いにベットの上で膝を突きながら、互いの手と指が絡み合う。
「……始めるぞ、いいな?」
るあは無言で頷き、互いの額が触れあう。その瞬間、互いの思考や意識、そして互いの記憶がまるで一つになるかのように繋がっていった。
〜〜
水の底へ沈んでいく様な感覚の中、魔王は何とか彼女の記憶に到達する。日の光が差し込む海中の様にその中は明るく、何より暖かい。
しかし、光を浴びた身体がヒリつく。るあの方も自分の邪気に身体を侵食され始めているだろう。余り時間は残っていない。
「どこだ……どこにある」
記憶という海を、彼は更に深くへと潜っていく。
『イウェル……いや、救星の英雄。どうか最後に一つだけ、私の願いをきいてはくれないか』
(…!?この声は)
イウェルとは違う女性の声に彼は振り向き、漂っていた一枚の記憶を手に取る。それに触れた途端大きく広がり、中に収められた記憶を映し出した。
そこには、星の先に広がる闇の中を飛ぶ二人の姿があった。
「そうだ……アレが星の『滅び』そのもの。そしてそこにいるのが、イウェルと……」
その時の事は今も思い出せる。まだ子供だった自分が、母を罠にかけて星の中に溜まりきっていた『滅び』の概念その物を呼び覚ましてしまった事を。
「…母上」
星をも飲み込まんとする程の概念に対して、イウェルはこの星に生きる全ての魔力と母の持つ『ツァーラーンの紋章』の力全てを持って星の『滅び』を打ち倒した。
しかしその力の代償は大きく、力を使い果たした母は星を囲む炎に焼かれて消えてしまう……。
『私はもう消えてしまう。だから魔王ではなく、一人の母として、どうかあの子を頼みます。私はあの子に、何も残してやる事が出来なかった。母親失格です』
散々利用して、散々利用され尽くして、息子にまでその身を傷付けられ、その命まで散らしていくというのに、母の顔は最後まで笑顔であった。
『辛い事沢山背負わせて、ごめんね。でも貴方ならきっと、祖先から続く運命の衡を…神の式を断ち切れる筈』
それはまるで、此方が見ている事を知っているかの様だった。その声は今まで聞いた事の無い位、優しく暖かい声であった。
『エレマオーノ、愛しい私の子……』
「母上…かあさ」
終わらないでと、まだ聞きたい事が沢山あるんだと、映像の中で手を伸ばす母に向けて、自身も手を伸ばす。その時、彼の背中が思い切り引っ張られ、光の海を急速に浮上していった。
〜〜
「…ッ!?」「う、あぁ…!」
お互い同時に現実へと引き戻され、その反動に視界がぐらつく。
(母は、最後に何を言っていた…?神の式?それは何だ?あの時母さんは何を見たんだ)
やけつく様な痛みを堪え、母が遺した言葉を思い返す。どうやら彼女は、死の間際に何かを見たらしい。
「はぁ…はぁ、どう?伝わった?」
息も絶え絶えにるあが聞いてくる。ただの勘でしかないが、この事は彼女には言わない方が良さそうだ。
「……あぁ。そうだな…よく分かった。我々の未来の為には、やっぱり君を妻にするしかないって事をな」
「……誰がなるか、ばぁか」
最後の力を振り絞って、るあは魔王に向けて中指を立てた。同時にバタリとベット上に倒れ、意識を失ってしまった。
魔王は彼女の身体を優しく抱え、丁寧に布団を掛けて天蓋を閉じる。
そしてポケットに入れていた携帯端末(ガラケェ?だったか…)を取り出し、決められた番号を入力して耳に当てた。
「俺だ。あぁ、今あの部屋でな。迎えに来てくれ」




