第100話〜目覚めた君へ//贈り物は残酷に〜
『みちおの事、どうかお願いね』
「っ!?」
長い夢から覚めるように私は目を覚ます。無茶な霊体分離の魔法を使ったからか、痛む頭を押さえて豪華なベットから身を起こす。
「……今のは、夢なの……?信じたく無かったけれど、まさか彼が本当にこの世界に来ていたなんて……」
霊体となって会いにいく以前にも、念話で彼に言葉を届ける事は出来ていた。それでも半信半疑だったが、今回で漸く確信を持てた。
ここは魔族の拠点である魔王廃城の一室。此方からは扉を開けず、私の力を制限する不気味な呪い物まで置いてある。
「まずは、鏡を……」
私はベットの側にある化粧台の椅子に座り、目の前の鏡をじっと見つめる。高校の時に黒く染めた髪は見る影もなく、日の当たる雪景色の様な髪色へと戻っていた。
「私は……」
そんな姿を見て、今の自分は果たしてどちらなのか少し言葉に詰まった。私は深呼吸を挟んで再び鏡を見つめる。
「私は、井ノ上るあ」
〜数年前〜
天上の極楽。そんな物が実在するのならば、この場所こそが相応しい。
雲の上、遥か天に広がる天上の国。そこで私は本物の天使によって創られた特別な使徒として生を受けた。
特殊有機金属で造られた荘厳な建造物と、中央の大噴水では小さな天使が宙を舞う光と秩序の世界。
だが、本物の天使がいなくなったあの日から、そこにあった全ては瞬く間に狂っていったのを覚えている。
「……」
本物の天使が突如として消え、道を見失い発狂した一部の使徒達は生まれたばかりの『オリジナル』である私を捕らえようとした。
私が本物の天使に一番近いとして、クローンである彼女達はその肉体を取り込もうとしたのだ。
必死に逃げる中で、たった一人だけ私を助けてくれた使徒がいた。
『私の名前、代わりにあげる。私達の分まで世界を見てきて、イウェル』
そう言って彼女は、身を挺して私を下界へ逃してくれた。あれからもう数十年、この世界を救い、別の世界に降り立って、彼に出会って、恋をして……。
(そしてまた、ここに戻って来た。やはり、運命からは逃げられないのね……)
頬を伝う涙と共に、諦めた私が目を閉じようとしたその時だった。
「生憎、そうはいかない」
前方の空間が大きく割れ、禍々しく、そしてどこか懐かしささえ覚える邪気が溢れ出した。
そこから現れた何かが走り、私の拘束ごと周囲の模造天使を塵に変えてしまう。
「こんな所で諦められては困る、人間に染まり過ぎだぞ英雄。各隊砲撃開始、紛い物どもは全て収穫しろ」
背後から聞こえた声によって、開いた空間の先から無数の砲撃が、空を裂いて彼女達に襲いかかる。
機械化した使徒側も有機金属を武器に変えて応戦するが、大質量の砲弾にはなす術なく倒れ、その部品はなだれ込んで来た魔物達によって運び出されていく。
「っ!?あ、あなたは……」
霊体となっていながら、私にはその姿がハッキリとわかる。そして何より、あの人とそっくりなその目を、私が忘れる筈も無かった。
「「久しぶりだな、イウェル」」
〜〜
「はっ!?」
鏡に映る自分の背中には豪華過ぎず無骨すぎない、如何にもな装いを纏った魔王の姿があった。
天上にいた頃とは違い、見た目はもう完全に肉体を持っており、その力はあの頃とはもう比べ物にならない程増大していた。
「漸くお目覚めか。話すら出来ない数年間は辛かったよ」
彼は私に触れようとして、その手が身体をすり抜ける。彼の腕を見れば、その存在がバグに遭遇したゲーム画面の様にブレていた。
「ははは。見た目はどうにかなったが、まだ触れないみたい。今起きたばかりだろうけど、ずっとそれ着てる気?こっちとかに着替えたりしたらどうだ?」
「……着る位なら、これの方がマシよ」
そんな腕には構いもせず、彼はドレッサーの中にある煌びやかな服の数々を指さす。
私が着ているのはボロボロの布服一枚だけ、服と呼ぶのも怪しいが、彼等のを着るつもりなんか毛頭ない。
「そうか……君が着ていた『セーラー服』もせっかく直しておいたのに……。これが所謂、がっくしってやつか」
背中を向け、彼はあからさまに肩を落とした。その隙に私は、彼に見えない様に鋭いハサミを手に隠す。
「そうそう、例のミチオって男、この大陸に来てたそうだよ。遠目に見てたけど、随分と面白い事になっていたな」
道夫の名前に、身体が僅かに反応してしまう。背中越しにそれを察知したのか、彼は話を続けていく。
「君もいたから、結果はまぁご存知だろう?大好きな恋人が、まさか我々と同じ同胞だったとはな。そればかりは、予想外だったよ」
「……みちおのことを、そんな風に呼ぶな!!」
怒りに任せて声を張り上げ、立ち上がった私は彼を睨んで魔法を放とうと手をかざす。
「ぐッ!?うあぁぁ!!」
しかしその手から魔法は出ず、それどころか呪い物による電撃の様な痛みがかざした左腕を襲う。
焦げた臭いを漂わせる私の左腕を、彼がその手でゆっくりと撫でると、その傷は立ちどころに完治してしまう。
「ごめんよ、事実を言っただけで怒らせるつもりも傷付ける気も無かった。さっきのも含めた今までのお詫びとして、君に贈り物があるんだ」
膝をついた私に向けて、彼は長方形の箱を置く。それは一人でに開いていき、中身を見た私は背筋が凍るかの様に戦慄する。
「……ッ!?」
「大事な物だったんだろ?喜んでくれたかな?」
その中には数年前、卒業式の時に道夫へ渡した手編みのマフラーが、一部が黒に染まった見るも無惨なボロ切れとなって入っていた。




