第99話〜Ai/0/E A T
「な、なによ…これ!?名前無し!早くやめさせて!やだ、やだ!!きもちわるいぃ!」「シャルテ!シャルテ…!」
「アッカ、アオナキ…!この、名前無しの癖に、舐めるな!」
黒に染まった壁や地面から現れた無数の腕が、あっという間に取り巻きの二人を磔の様に拘束する。しかし、シャルテだけはすぐに回避すると共に、召喚した蛇腹剣で迫る腕を切り落としていく。
「はははぁ……♡」
恍惚な表情のまま、彼女は二人に向けて手をかざす。押さえつけていた手の爪がが彼女達の肌に食い込み、そこから黒い何かが身体の中へと入り込んできた。
「え?…っ!?痛い!!痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!!?」「なに、これ…!?身体、からだ、が…!変えられ…て…!?」
「アッカ!?アオナキ!…ぐあぁ!?」
彼女達の悲鳴に気を取られたシャルテは、無数の腕に跪く様に押さえつけられてしまう。
逃げようともがいてみるが、掴まれた瞬間から何故か力が抜けてしまいとても抜け出せそうにない。
「な、何をする気…!」
後ろにいたシャルテの言葉を無視して、彼女はかざした両手から小さな黒球を放つ。
それはゆっくりと二人の核に近づき、その形を槍に変える。テニスボール程の大きさであるそれらに丁度良い大きさに。
「まさか…!?やめなさい!それだけは!」
意図を察したシャルテは焦りと共に懇願する。魔王の統治下において同族・同胞を殺す事はなによりの禁忌、死に値する重罪だ。
そして核を潰される事は、その身全てを握りつぶされるに等しい。いくら正気を失ったとて、それが分からない彼女ではない筈だ。
「……はは♡」
「お願い!やめてぇ!!」
処刑を執行するかの様に、彼女は開いた両手を強く握る。核の前で待機していた槍が突き刺さり、二人の核を黒く侵食していく。その後拘束が解かれ、二人は地面に倒れる。
「やだぁ……死にたく、ないぃ…」「大丈夫…私が、一緒だから。シャルテ、ごめ……」
痛みすら通り越した絶望の中、二人は手を握りあって黒いゲル状の液体へと変わり果てた。
そして最後に残された二つの核を彼女は拾い上げ、その腹の中へと自らの手で押し込んだ。
「…どうして、こんな事をするの……?」
原型すら失った仲間を見ながら、シャルテは思いのままに呟いた。それを聞いた彼女がゆっくりとこちらを向く。
「何で二人を殺したのよ……それがどういう事か、分かってるでしょ……?」
シャルテは涙ながらに想いの限りをこぼす。常に上を目指さねば淘汰される世界、自分が血反吐を吐きそうになる程努力してきた裏で、のうのうと研究だけを続けて生きてきた彼女が許せなかった。
いじめをしたのだって、裏には悔しさと反抗心で立ち上がって欲しかったからだ。それがまさか、こんな最悪な結果を招く事になるとは。
「もうあの二人と笑うことも、喧嘩することも、話すことも触れ合うことすら……」
「……」
項垂れるシャルテに向けて、彼女は剣を振り下ろす。その身を断ち切って終わる筈だったその剣は、身体に触れた途端砕け散った。
「……アビリティ・『継承』」
「っ!?」
シャルテから突如巻き起こる炎と旋風が、振り下ろした剣を押し返し、周囲の腕を吹き飛ばした。彼女はすかさず後方へ飛び上がって距離をとる。
シャルテが発動した『霊子法』は、魔王からの『拝名』を受けた者にのみ与えられる特別な力の事である。個人によって力の形は事なり、彼女の場合は……。
「……二人の想いを、私は受け継ぐ。私の身体を器として、カタチを成せ!」
彼女の力は『継承』と呼ばれ、深い繋がりを持つ者の力や願いを武器という一つの形とする。
言葉という詠唱と共に核がより一層輝きを増す。シャルテの両腕へと力が流れ、左右にそれぞれ一つの刀が握られる。
「いくよ…名無神、泣鬼切
……」
赤と青のニ刀を構え、シャルテは彼女に向けて接近する。彼女を生かしていたら、必ず魔族に災いをもたらす。
禁忌だろうがもう関係ないと、シャルテは湧き上がる使命感と共に彼女の抹殺を誓う。
「ぜやぁぁ!!」
彼女がけしかけてきた腕達を、右の赤刀『名無神』が薙ぎ払う。振るう度に纏った炎が猛り、火炎放射の如く彼女を襲う。
「グッ…!?」
理由は不明だが、あの得体の知れない力を制御できなくなって来ている。しかしシャルテの方も今まで何とか抑えてきた侵食が始まってしまう。
(良くて後九手、狙うは…!)
残る霊子を振り絞り、シャルテと彼女の剣が交わる。初めの三手を受け止め、交差していた刀を思い切り振り抜いた。
「ギィッ!?」
弾いた拍子で剣が砕け、彼女はその直後に防壁を展開して身を守る。シャルテが壁に剣を突き立て引き裂くと、開いた箇所からの不意打ちがその左腕を切断する。
だがそれと同時に彼女の左腕も切り飛ばされた。何があったのかも分からず彼女はその動きを止める。
「残り二手、でも私の勝ちよ」
左手の青刀『泣鬼切』は持ち手のダメージをそのまま相手に返すだけでなく、自身と持ち手が負傷する程その力も切れ味も増加する反撃の刃だ。
「これで…一つ!」
背後から迫る黒い影に構わず、シャルテは壁の穴を飛び越えた。発動限界まで後僅か、しかし彼女を阻む物はもう何も無い。後は刀を真っ直ぐに振り抜けば此方の勝利だ。
「これで、九手目ぇぇ!!」
『シャルテ』
「ッ!?」
聞き慣れた声に、シャルテの腕が途中で止まる。このまま振れば彼女の核へ確実に当てられる。しかしシャルテにはもう、それ以上動かす事が出来なかった。
「「シャルテ……」」
目の前では、殺された大切な二人が彼女を庇う様に立ちはだかっていた。
二人の核は黒に染まり、赤と青だった二人の髪も今や見る影も無い。
「あぁ…うそ、嘘よ……こんな事って……」
目の前の二人は、もうあの二人じゃない事くらい分かりきっていた。
自らの使命感と魔族への忠誠に従うのなら、このまま非情に剣を振ればすぐに勝負は着く。二人の仇を取り、災いの種は消えてなくなる。
「…くっ、ぐっ……うぅ」
だがシャルテには出来なかった。自分の大切な仲間の、その無垢な顔を斬る事など出来はしなかった。
完全に戦意を失くしたシャルテはその場に膝をついてその腕を下ろす。そして左右から二人がシャルテを抱きしめて、そのまま共に暗い虚無の中へと沈んでいった。
〜〜
「…はい。はい……え?なまえ、ですか……?」
上の空、ふらついた足取りで彼女は誰もいなくなった路地裏を歩く。頭の中に聞こえる彼の声に、彼女は考えを巡らせる。
その時思い出したのは、彼に似た男が呟いた誰かの名前であった。
「でしたら……サキ、幸希と、お呼びください。愛しのミチオ様……」
愛する者に焦がれる様に、名無しだった彼女は胸に手を当てながら表町の人混みの中へ混ざっていくのだった。




