プロローグ〜卒業式//光の波〜
2060年のトウキョウ。それは高校生であった柊道夫最後の卒業式の年だ。
振り返ればまるで漫画みたいな日々だったと思う。突然やってきた不思議転校生、井ノ上るあと出会った事から始まった。
同じ人類とは思えぬ程の天才カップル高崎七夏と留学生のフラア、更にその友人の井嶋光喜と共に『不思議』と呼ばれる怪奇現象に立ち向かった日々。
その中で過ごす青春は本当に綺麗で、妙な非現実感を感じる日々であった。
そんな彼らの最後の青春の日も正に多彩な色に溢れていたのを覚えている。
「はぁ…!はぁ…!」
自転車のペダルを漕ぎ続ける。息は既に絶え絶えだが、背中に感じる彼女の温かさが彼を突き動かした。どこへ走ってるのかなど分かるはずもない。がむしゃらに走り続ける。
雲一つない空に浮かぶのは、この世の最後かと見間違うような光景が広がっていた。
「ミチオ!また上から!」
空に大穴が開いて、そこから光る何かが溢れてくるなんて誰も想像しえなかった。既にギアは最大、漕ぐペダルもこの上なく軽い。
それでも光の1つとの距離はあっという間に縮まりその姿をはっきりと映し出す。
(な、なんなんだあれ!?)
角ばった柱のような頭と一つしかない目、ロボットの様な歪で機械的な身体。
手にはいかにも危険そうな剣、白く輝く翼に歪な形の光の輪。
こんな怪物にその名前が当てはまるとは思えなかったが「天使」と呼ぶ意外に言葉がない。
「るあ!掴まって!」
天使の手が彼女に近づいた瞬間、横へ動かしながら自転車のブレーキを掛けた。
急な減速により、天使の手は自転車の真上をすり抜けていく。限界だった体の疲労も、その異様を前にすれば忘れてしまう。
逃げる事はできないと悟り、道夫は自転車を停めて降り立つ。
「ミチオ…」
「大丈夫、るあは離れないで」
七夏達は天使の気を逸らす為に囮になっている、だから二人の援護は望めない。
道夫は常日頃鞄に用意していた一本の特殊警棒を取り出す。何もかもが始まったあの日からずっと彼の手にあり続けた相棒であった。
シャフトを伸ばして構え、逆の手には誘導型ペイントボールを手に取る。どれも友人である七夏の協力で手に入れた物だった。
「ーーー.ーーー」
天使からは明らかに人語ではない何かを発している。空の波が少しずつ近づいている。チャンスは一度、今しかない。
「せやぁ!」
道夫は天使の顔面らしき部分にペイントボールを投げる。ボール自体は呆気なく剣によって両断されたが、中の塗料がそのまま顔面を覆う。
同時に天使へ向け声も荒げず疾走、頭目掛けて左斜め上から警棒を振り下ろす。
「ーーかッ…」
ガキッと音がした後、天使の方を見る。頭が少し左を向いたのみで全くの無傷だ。あまりの硬さに手が痺れる。
落としそうになる警棒をなんとか構え直すが、天使の持っている剣が動き出し襲いかかる。
「ミチオ逃げて!」
「るあこそ逃げろ!間違いなく狙ってるのはお前だ!」
防げば警棒が保たないだろうという直感に従って回避を選択したのは正解だった。幸いにも『MIB666号』よりも剣の速度は遅い。
しかしなんとか隙を突いて各所に反撃を叩き込むも全く効果がない。こんな事をしている間にも天使の群れが迫って来ていた。
(このままじゃ二人とも…!)
迫る光に焦りが募る。その焦りが天使の剣をつい警棒で受け止めてしまう。
特殊合金製の特殊警棒もまるでバターの様に断ち切られていった。
「しまっ!?うあぁ!」
直後に何か見えない力に突き飛ばされ、るあとの距離が開いてしまう。すぐ様起き上がろうとした道夫を、天使が剣を本に変えて何かを唱える。
何もない所から現れた鎖が道夫を地面へ縫い付ける。完全に絡み付かれた道夫はもがく事しか出来なかった。
剣に戻して近づいてくる天使の前に、るあが道夫を庇う様に立ちはだかる。
「…」
「ぐうぅ……。るあ…なにして」
るあは一歩も動かず、此方に振り向く。いつも柔らかな表情をしていた彼女が、凛々しくて冷たい目をした事など今までにだって無かった事だ。
自分の表情に気づいたのか、るあは此方に向けて微笑んで目の前の天使と同じ言葉を発し始めた。
「〜。ーーー、ー…」
「ーーー。ーー。」
るあが天使と会話らしき物を終えた時、道夫を縛る鎖が消滅する。此方に追い付き、周囲を囲んでいる天使も一定の距離を保っていた。
鎖が解けた後も、何故か道夫の体は動いてくれない。地を這いながらも見上げた彼女の笑顔は、絶対に忘れられない。
「ミチオ」
その先を、その先の言葉を言って欲しくない。その先を言えば、きっと目の前からいなくなってしまうとすぐにわかったから。
彼女を止められるはずの自分の口でさえ今は満足に動いてくれない。
「だいすき。それだけでも、言えて良かった」
涙を流しながら、それでも笑顔を向けてくれた。天使達がるあを取り囲み姿が見えなくなっていく。
その時道夫の中で何かが切れ、ようやく自分の意思に従って体が動き出した。
痛む体に耐えながら、道夫はるあに向かって声の限りを挙げる。
「るあ!お前がここから居なくなっても絶対、絶対に見つけて助け出してやる!約束だ!だから…また…」
今度こそ力尽きるように倒れる道夫。彼女の姿は見えなかったが、きっと今の言葉は届いている筈だ。
霞んだ視界が閉ざされるまでの間、遠く離れていく光をずっと見続けていた。
「道夫!しっかりしろ!」
「ミチ!あの子は、るーちゃんは!?」
その後暫くして七夏達が合流して肩を貸してくれた。空に開いていた大穴は既に無く、静かな風が頬を撫でていくだけであった。
(ちくしょう…)
心の中で呟いた言葉が、自身の心に絶望を募らせる。刃が立たなかった存在とは言え、殆ど何も出来なかった自分が只許せなかった。
これが、柊道夫の青春の終わり。そして、光が消えた世界は色を失い、灰色になっていく様にさえ思えた。
〜あるニュース記事〜
『空に大穴!! 白い人型は何者か!?』
2060年3月8日、トウキョウ都内において上空に大穴が開くという異常現象が確認され、この現象についての議論が今も続いている。
死者は0名、混乱による怪我人数名、行方不明者が多数との報告が発表された。
高部内閣総理大臣はこの一件について(ここで記事が切れている)