第八十三話
その日の午後のこと。ルイが植物屋さんに用事があるみたいで、私も付いていくことにした。どうやら、お祭りに関する書類が残っていたらしく、届けに行かないといけないらしい。お祭りが終わってからけっこう経ってるけど、大丈夫なのかな?と疑問に思ったけど、そもそもその書類はお祭りの後で届いたらしく、たぶん大丈夫だろう、とルイは言っていた。でも、少し面倒そうだった。たぶん、やたらとその書類の枚数が多いからだろう。元の世界でも、時々学校に提出するための書類とかあったけど、それを渡す度にお母さんは面倒そうにしていたな…、と懐かしく思い出した。そして、書類という単語で思い出した。…そういえば、アケビさん、大丈夫かな?この前スイさんから、風邪をひいた、って聞いたけど…。それを聞いてから三日くらい経ったし、もう治ってるかな…?そのことを少し気にしつつ、私たちは植物屋へと歩いた。
植物屋のアケビさんのお店へ向かうと、スイさんが一人でお客さんへの対応をしていた。アケビさんはいない。けど、時々お仕事の間にどこかに出かけてしまうことがあるみたいだから、風邪が回復しているのかしていないのかがよく分からない。一体どっちだろう…?すると、お客さんとの話を終えたスイさんがこちらに気付いた。そして、微笑を浮かべて言った。
「こんにちは、結花さま、ルイ様。どうなされたのですか?もしかして、師匠に用事でしょうか?…申し訳ないのですが、師匠はまだお休み中なのです。私で良ければ対応いたしますよ?」
「いや、この書類を渡しに来ただけだからアケビじゃなくても大丈夫だ。…けど、アケビがそんなに具合悪いなんて珍しいな?いつも元気すぎるくらいなのに、どうしたんだよ?」
そうルイが答えた。…確かに、けっこう長引いている気がする。寒くなってきたし、…まさかインフルエンザかな?!あれ、でも、そもそもこの世界にインフルエンザという病気はあるのだろうか…?この世界に来てから、聞いたことがないし、予防接種とかもなさそうなんだけど…。
「ええ、私も心配しているのです。いつも暇さえあれば、書類を書かずにどこかにふらっと出かけてしまう師匠が、この数日間はびっくりするほど大人しくずっとお家に引きこもっているのですから…。毎日、様子は見に行っているのですけどね…。大丈夫でしょうか。でも、私にできることは、師匠の代わりにお店番をすることくらいなので…。それが少し悔しいです」
どれくらいアケビさんの具合が悪いのかは分かったけど、その例えがすごく辛辣…。どうやらアケビさんは熱があるのだとか。それで、ずっと寝ているみたいなんだけど…。大丈夫かな?スイさんの話を聞いていたらとても心配になってきた。なので、私はスイさんに聞いた。
「スイさん、私、アケビさんのお見舞いに行きたいです。どこにアケビさんのお家がありますか?」
「本当ですか?きっと結花さまが行ったら、師匠も喜ぶと思います!なので私は賛成です。…ですが、一応ルイ様にも許可を取っておいた方がいいと思いますよ?」
…あ。忘れてた。でも、確かにそうだよね!それによってお店に戻る時間とかも変わってくるだろうし。そう思った私はルイの方を向いて、聞いてみることにした。
「…ってことで、アケビさんのところに行ってもいい?」
「別にいいけど。でも、俺は他にもここで用があるから、悪いが一人で行ってくれ。それと、絶対に迷子になるなよ」
迷子って…。さすがにそこまで方向音痴ではないんだけど…??それとも信用がないのだろうか…?でも、どちらにしろ、道に迷わないように気をつけないと。私は早速スイさんから、アケビさんのお家までの行き方を教えてもらった。そこそこ距離があるみたい。終わったら一旦ここに戻ってくることにして、私は一人、迷わないように注意しつつ、アケビさんのお家へと向かった。
「ここかな…?スイさんの話だと、ここだと思うんだけど…?」
私はそうつぶやきつつ、辺りを見た。誰もいないので、本当にここがアケビさんのお家かどうか分からない。たぶん、ここなはずなんだけど、自信がない…。というか、そもそも、中の人を呼ぶためには一体どうすれば??呼び鈴らしきものが全然ついてなさそうから、どうすればいいかさっぱり分からないんだけど…。普通にドアをノックすればいいのかな?でも、中までその音が聞こえるかどうか…。と、私がものすごく悩んでいると、すぐそこの窓が開いて、そこからアケビさんが顔を出した。突然のことにびっくり。一方のアケビさんも、私がいることに驚いたのか、一瞬固まっていた。しばらく沈黙した後で、アケビさんは私に言った。
「結花ちゃん?え、…本物だよね?幻影とかじゃないよね?!どうしてここに?」
非常に混乱している。でも、思ったよりも元気そう。そして、肩にかけているふわふわがあったかそうでうらやましい…。すると、私がアケビさんの質問に答える前に再びアケビさんが言った。
「そうだ、せっかく来たんだし、中に入って。外、寒いでしょ?もし結花ちゃんがそのせいで風邪ひいちゃったら、ルイに怒られちゃいそうだしね。…あ、鍵は開いてるから大丈夫だよ」
防犯面が非常に心配になったけど、とりあえず私はアケビさんのお家にお邪魔させてもらうことにした。アケビさんのお家は温かそうな雰囲気で、どこかゆったりとした時間が流れているような気がした。けど、中に入った時、思った。このお家、すごく広い…。外見よりも非常に大きく感じるのが少し不思議だけれど。すると、幾つもある部屋の一つからアケビさんが顔をのぞかせた。そして、こっちこっち、という風に、手招きした。私はアケビさんのいる方へとことこ、歩いた。
「ごめんね、こんな格好で。ずっと寝ていたから、着替えてないんだよねー。誰か来るとも思ってなかったし。あははは…。それで、どうしてここに?」
「植物屋さんに用事があって行ったら、スイさんから、アケビさんがお休み中だと聞いて。三日くらい前にスイさんに会った時も、アケビさんが風邪をひいた、という話をしてたので、心配になっちゃって。スイさんに行き方を教えてもらって行くことにしました」
私がそう言うと、アケビさんは納得したようにこくこくうなずいていた。さっきはけっこう元気そうだと思ったけど、少し顔が赤いみたい。まだ、しっかりと治ってないのかもしれない。…来ちゃって大丈夫だったのかな?と今さらそのことが心配になってしまった。
「そっかそっか。なるほどね。心配かけちゃってごめんねー。かなり良くなったんだけど、『治りかけの時期が一番重要です!治りかけの時に無理したらダメですよ!』ってスイちゃんに言われちゃって、大人しく休んでたんだ。明後日くらいからは復帰できるはずなんだけど…。でも、行きたくないな…。絶対、書類が溜まってるだろうし…」
アケビさんが憂鬱そうな表情でそう言った。さすがにスイさんも、病み上がりのアケビさんに無理に仕事させることはないと思うけど…。明後日、どうなることやら…?
「…あ、そういえば、全然違う話なんだけど、わたしたちが一緒にお昼ご飯を食べた日、ルイってどこかに出かけてたよね?それを頼まれた時、ルイが面倒な人に会ってくる、って言ってたけど、大丈夫そうだった?」
「あー…。とりあえず、大丈夫だったみたいです。ちょっとした賭けをすることになったんですけど…」
すると、アケビさんは苦笑いして言った。
「ルイは喧嘩を売られたら、買っちゃうタイプだもんね。昔からそんな感じなんだから…。いつになったら成長するのかなあ…。…って、これ、ルイには言わないでね!絶対怒られちゃうから!」
アケビさんが慌てて唇に人差し指を当てた。ワタワタしているその様子が、ちょっと面白い。私は了解の意味を込めて、うなずいた。
その後も二人でわいわい話していると、あっという間に一時間くらい経ってしまった。楽しい時間って、早く過ぎ去ってしまう。これ以上ここにいたら、治りかけのアケビさんが無理することになってしまいそうなので、私はおいとますることにした。
「それでは、お邪魔しました。長居してしまってすみません。お大事に」
「こっちこそありがとね、結花ちゃん!ルイによろしくー」
アケビさんはふわふわと手を振った。私はぺこりと頭を下げ、アケビさんのお家を後にした。そして、植物屋さんに戻ることにする。…確か、来る時はここの角を右に曲がったから、今度は左に曲がればいいのかな?迷子になりそうでちょっと怖い、と思いつつ、私は慎重に道を歩いた。こういう時に、スマホがないと不便だな…、と思う。地図アプリのありがたさを痛感した。まあ、でも、もし迷子になったとしたら、アケビさんのお家に戻るか、ここから少し見える植物屋さんの建物を目印に歩けば何とかなるはず。そう思いつつ、順調に元来た道を戻っていた、その時だった。誰かが、つぶやくような、呼びかけるような感じでそっと言ったのが聞こえた。
「………千智?」
ルイのお母さんの名前が千智さんだから、私はつい反応してしまった。一旦立ち止まり、声がした方を向く。そこには、何故か、ロディル卿がいた。既にヴェリエ国に戻ったはずなんだけど、何でここに…?でも、だから千智さんの名前を知ってたんだ、と納得した。…けど、正直、何か言うべきなのか言わないべきなのかが全く分からない。お祭りで一応会ったけど、全く話してないもん!それに、何を言えばいいのかも分からないし。…でも、ロディル卿の方、向いちゃったから、何か言った方が良さそうだよね…?と、私が考えていると、意外にもロディル卿の方が先に話しかけてきた。
「君は…、千智によく似ている。一瞬、千智が戻ってきたのかと思ったくらいだ。祭りで見た時もそう思った。…確か、私の記憶だと、君はルイと共に花屋で商売していると思ったのだが」
あ、お祭りの時、私の存在に気付いてたんだ、と失礼ながら思ってしまった。こっちの方を全く気にしていなかったから、私に気付いていないのかと思ってた。そのことに驚きつつ、私はこう返した。
「そうですね。私がここで生きていられるには、ルイのおかげです。…ところで、今日はどうなされたのですか?シェーロン国に用事が…?」
私の問いに、ロディル卿は何も答えなかった。しばらく無言の時間が続いた。…気まずい。これ、勝手に植物屋に戻っちゃダメかな?!ダメなことは知ってるけど、すごく戻りたい…。気まずいのはもちろんなんだけど、何を話せばいいのか、そもそも話しかけていいのか分からないんですけど…。ルイはこの前、普通にロディル卿と話していたけど、それってある意味すごいことだったんだな…、と思ってしまった。
中途半端なところで終わってしまい、すみません…。次回は、ロディル卿との会話の続きからになります。
読んで下さり、ありがとうございました。




