第七十九話
私はアケビさん、スイさんと別れた後、まっすぐお店に戻った。一人でいるせいか、道のりがいつもよりも長いような気がした。ようやくお店に着いて、鍵を開ける。ルイはまだ、さすがに帰ってきてないよね…。そう思いつつ、扉を開けた。…やっぱり、帰ってきてないみたい。またしばらく暇になりそうな予感がする…。私は中に入ったところでしばらくぼーっと突っ立っていたが、そこに立ったままでも状況が変わるわけじゃないので、とりあえず小屋の方に行くことにした。…やることないし、植物図鑑でも見て遊んでようかな…、と思ったのだ。うん、そうしよう。私はこの世界のと、私が元の世界から持って来た方、二つの植物図鑑を持ってお店スペースに戻ることにした。意外と重い…。何とかそこまで運び、テーブルの上にどさっと置いた。そして、のんびりと図鑑を見始めた。二つの言葉が、ずらずら書かれている。最近は、日本語を見ると懐かしいな、と思うようになってきた。それだけ、シェーロン語に慣れてきたってことなんだと思う。そのことが何だか複雑だ。まるで、自分が元の世界のことをどんどん忘れていってしまっているようで…。ただ、シェーロン語は相変わらず書けないんだよね…。ちょこちょこ練習はしてるんだけど…。私は近くにあった紙とペンを引っ張りだして、図鑑に書いてある文字をひたすら書きまくることにした。本来の目的の、植物図鑑を見ることからずれてるような気がするけど、まあ気にしない。そんな感じで色々書いていると、急にお店の扉が開いた。誰だろう?そう思いつつそっちを見た私はちょっとびっくりした。だって、そこにはルイがいたから。案外、帰ってくるのが早い…。そう思いつつ、私は言った。
「お帰り。意外と早かったね。でも、大丈夫だったみたいで良かった。心配してたから、何か安心した…」
「ああ。ただいま。あっさり話が終わったおかげで早かったんだ。…で、結花の方こそ、何か変なこととか起こってないよな?」
「うん、大丈夫!…あ、そうだ、お昼、アケビさんとスイさんがお昼に誘ってくれたから、一緒にお昼ごはん食べたよ。ルイが頼んでおいてくれたんだよね?ありがとう」
私がそう言うと、ルイは少し視線を逸らして、「別に」とだけ答えた。相変わらずの反応だ。すると、ルイは視線を逸らした先にあった、私の手元をじっと見た。…あ、そういえば、私、字の練習をしてたんだっけ。驚いたせいで、隠すの忘れてた…!めちゃめちゃ下手だから、見られたくないんだけど…!私は慌ててその紙を裏返しにしようとしたが、ルイが素早く近づいて、その紙を取った。そして、穴が開くんじゃないかと思うほど、じっくりとそれを見た。しかし、何も反応しない。下手なのは知ってるけど、反応されないのも、それはそれで怖いし、気まずい。なので、私は意を決して話しかけた。
「…ルイ?何でもいいから反応してくれると嬉しいんだけど」
「え、…あー、悪い、反応するの忘れてた。…そうだな、何て言うか………かなり個性的で、これはこれでいいんじゃないか?芸術作品…、みたいな?」
…褒めてるようで、全然褒め言葉じゃないよ、それ。というか、反応が遅い時点で分かってたよ。絶対私の字は下手だな、って…。私は机に突っ伏した。こんな感じじゃ、いつネネに手紙を送れるようになるか、全然分からないな……。すると、ルイは更に、慰めにならない慰めの言葉を言った。
「まあ、練習してれば、いつかは上手く字が書ける日が来る……はずだから、まあ、頑張れ」
来るって言葉の直後の沈黙は一体…。というか、はず、って言っちゃってるし!これ以上このことについて話していると、心にぐさぐさ来そうなので、私はルイから紙を取り返し、小さく小さくたたんでゴミ箱に捨てた。よし、これで二度と誰も見ることはできない。そこで私たちはようやく本題に入った。
「…それで、話し合いでは結局、どんな話をしたの?何か話に進展はあった?」
「……まあ、一応。あることにはあるけど、何とも言えない感じだな」
そこで一旦、話を切った。そして、歯切れが悪い。何か、複雑なことにでもなったのかな…?ルイはしばらくお店の中をぐるぐる歩きまわっていたが、しばらくしてから話し始めた。
「このままだと、話が平行線のまま終わりそうだから、ってことで、あることを提案された。で、もしそれに成功したら、俺はこのままシェーロン国にいられる。でも、ダメだった場合は、ヴェリエ国に戻ることになる、っていう話をしてきた」
…要するに、賭けをしたってこと、かな?でも、一体、どうやってそれを決めるんだろう?私がそう疑問に思っていると、ルイは持っていた何かをこっちに投げた!投げ方はすごい丁寧だったけど、それ、巾着袋だよね!?閉まってるみたいだけど、何かの拍子に開いたら、中の物がお店に散乱するよ?!そう思いつつ、こっちにまっすぐ飛んできた袋を難なく受け取る。意外と軽い。そして、中に入っている物は小さいものみたい。…あれ、でも、何で巾着?この世界に、巾着袋ってあまり浸透してないはずなんだけど…。少なくとも、ここら辺では見たことがない。ヴェリエ国ではけっこう人気なのかな?そう思いつつ、私は袋の口を両側に引っ張った。…???しかし、中に入っていた物を見て、わけが分からなくなった。思わず、ルイの方を見る。
「何でここに種が入ってるの??というか、これ、どこで手に入れたもの?何かのお土産?」
「いや、そうじゃなくて、これがその提案の内容なんだよ。その種を育てて、期限以内に花を咲かせられたらそれでいい…らしい。でも、何か引っかかるんだよな…。もし、発芽しにくい品種だとしても、工夫すれば何とかなりそうな気がするし…。簡単すぎないか?ってか、ねらいがよく分からない」
私は種を見つめて、考えた。確かに、賭けにしては、私たちに有利な気がするような…?そもそも、何でお花を育てることが賭けの内容なんだろう?もっと別のことでも良さそうなのに…。大体、この種は、ロディル卿にとって何なんだろう?何でもいいから花を咲かせろ、ではなく、敢えてこの種から花を咲かせることを提案した理由がよく分からない。ただ単に、花屋さんとしての能力を知りたい、というわけではなさそうな気がする…。と考えていると、いつの間にか私の近くにいたルイが、私の手から巾着袋をひょいっと取った。そして、それを持ったまま、どこかに向かう。一体どこに??私がとりあえずそこで待っていると、しばらくしてルイが戻ってきた。片方の手には、ロディル卿からもらったという巾着袋を、そして、もう片方の手にも、何か袋を持っていた。そっちは、巾着袋ではない。急にどうしたんだろう?私が不思議に思っていると、ルイが二つの袋をテーブルに置きつつ、その疑問に答えるように言った。
「こっちの、今、俺が持って来た方の袋は、俺が母さんからもらった物で、こっちにも花の種が入ってる。俺の記憶だと、この中の種と、今日もらった方の種が…、一緒な気がするんだ」
一緒って…、そんなことあるのかな?花の種類って色々あるし、似ている物があるとしても、まさか偶然、同じものをもらうってことはないと思うんだけど…。でも、今日もらった方の種ってけっこう特徴的な形をしているから、同じかどうかはすぐに分かりそうだよね。そう思いつつ、私は千智さんからもらった方の袋を開けてその中身から出てきた物を見た。そして、一瞬固まった。ルイも、目を丸くしていた。だって、その中に入っていた種と、さっき見たばかりの、ロディル卿からもらった方の種は同じだったから。念のためもう一回そっちも確認してみたけれど、やっぱりそうだ。…でも、何で??偶然…?
「…もしかして、ロディル卿か千智さんのどちらかが相手に送ったとか?そしたら、同じ物があることに納得がいくんだけど…。でも、その場合、何でルイに渡したんだろう?」
「さあ…。でも、俺、どっちからも花の名前を聞いてない。一応、母さんにはもらった時に何の花か聞いたけど、咲いてからのお楽しみ、って言われて、結局聞けなかった」
うーん…。謎だな…。私は、千智さんの方の種を一つ取り出し、じっくり見ることにした。…そもそも、これ、この世界の物なのかな?と疑問に思ってしまったのだ。千智さんは私と同じ世界から来ている。それに、ラベンダーティーのことがあるから、花に詳しかったのだと思う。…ということは、もしかしたらこれは、元の世界にあった花の種なのかもしれない。元々千智さんが持っていたものなら、その可能性は十分にあるだろう。それに、向こうの世界からこっちの世界に物を持ってくること自体は不可能ではない。実際、私も植物図鑑を持ってこられたし…。
「まあ、育ててみれば分かるんじゃない?ちなみに、期限っていつまで?半年くらい?」
「いや、三か月。頑張れば何とかなると思うけど、何とも言えないよな…」
さ、三か月……。ものすごく微妙な…。というか、大丈夫かな?!これから冬だし、気温が下がってくるから成長速度が遅くなるような気がするんだけど…。それに、もし寒さに弱い品種だったら枯れちゃいそうだし…。そう考えると、三か月という期間は本当に微妙…。でも、咲かせられなければ、ルイはヴェリエ国に戻ることになっちゃう。ということは、やるしかないよね!
「何の花かは全く分からないけど、咲かせられるように頑張ろう!」
「そうだな。ヴェリエ国に戻らないためにも、ちゃんとやらないとだな。…それに、ここでこの店も続けたいし。あと、もし俺がいなくなったら、結花が働く場所がなくなるからな…」
あ、本当だ…。そういえばそうだ。ルイがいなくなったら、このお店を畳むことになってしまう。そうなると、収入ゼロの危機が…!!やっぱり、本気の本気でやらないといけない。それに、ルイに二度と会えなくなっちゃうのも嫌だしな…。つい、そんなことを考えてしまった。
「それと、結花とこの店をできなくなるのも嫌だしな…。結花が来るまではずっと一人でやってたけど、今ではそれが自分でも信じられないくらいだし…。何か、ずっと前から結花がここにいたような、そんな感じがする」
な、何故か似たようなことを考えていた…?!というか、いきなり、唐突に、何の前触れもなくそういうことを言うの、やめてほしい!!全然脈絡がなかったよね…!?それに、そのせいで心拍数が上がったような気がするんですけど…!ものすごく心臓に悪い…。寿命が縮みそうでちょっと心配になった…。
読んで下さり、ありがとうございました。




