第七十八話
今回は、ルイ視点のお話になっています。
何時に店に戻れるだろうか?さっき店を出たばかりなのに、俺はついそんなことを考えてしまった。父との対面なんて、正直に言って面倒でしかない。言われることは分かっている。どうせ、ヴェリエ国に戻ってこい、とでも言いたいのだろう。本当は行きたくなかったのだが、行かないとそれはそれで後から面倒なことになりそうだから、結局行くことにした。そのことは分かっているけど、やっぱり面倒だ……、と思いつつ俺は窓から見える、外の景色を眺めた。この馬車が走っている大通りには、人がたくさんいて、楽しそうだ。どこからか音楽が聞こえる。もしかしたら、何かイベントでもやっているのかもしれない。そんな推測をしつつ、俺は祭りの日にあの人から貰った紙を見た。そこには、店からどれくらいの時間がかかるか、ということや、場所などが細かく記載されている。何故かこういうところだけは、丁寧なんだよな…。どうやら、そのメモによると、店から目的地までは一時間くらいはかかるらしい。裏道とかを通ればすぐにたどり着くんだろうけど、恐らく馬車が大きいから、そういう道を上手く通ることができないのだろう。それだったら、帰りは馬車に乗らずに帰ろうかとも考えたが、道が分からないからな…。と、そこで気付いた。何で俺、今から帰るときのことを考えてるんだ?まだ、目的地に着いてないのに…。我ながら、意味が分からない。それよりも、目的地に着いた後の方が重要だ。どうやって、あの人のことを説得するか…。しかし、考えてみても特にいい案が出てこない。何も思いつかない。そもそも、説得方法が存在するのかどうかも分からない。なので、俺は早々に考えることを諦めた。そうすると、思考は別のことへと向かっていく。
「結花、今頃何してるんだか…」
一人で店にいるであろう結花のことが心配になってきた。昼の時間は、アケビとスイに、結花と一緒にいてもらえるよう頼んであるからいいとして、問題はそれ以外の時間だ。結花が元々いた世界はかなり治安が良かったのか、結花はこの世界の人に比べて、危機管理能力が欠けている部分がある。一応、片付けの日に、注意はしておいたけど、それでも心配だ。やっぱり今から店に戻った方がいいのか…?でも、それはそれで色々と大変なことに…。そんな感じで俺が葛藤していると、馬車が目的地に着いてしまった。考え事をしていたせいか、あっという間だったような気がする。すると、御者が馬車の扉を開けて言った。
「着きましたので、どうぞお降りください」
対応が丁寧なことに少し驚く。俺が屋敷にいた頃は、貴族の子どもにしては、そこまで丁寧な扱いを受けていなかったのでそのことが意外だった。少なくとも、あの頃は正妻たちの方が権力を握っていたからな…。一瞬、過去の出来事を思い出してしまった。なるべくなら、思い出したくない記憶。今はそんなことを思い出している場合じゃない。そう思った俺はその記憶を頭の中から追い払い、御者の後について、建物の中へと入った。
建物の中は割合落ち着いた雰囲気だった。しかし、誰もいないのがどこか不気味だ。てっきり、父の部下や使用人の人たちがいるのかと思っていた。窓から明かりが差し込んでいるので、雰囲気は柔らかい感じなのだが…。しばらく歩くと、御者がとある部屋の前で止まった。扉が開いている。しかし、中からは人の気配を感じない。まさか、幽霊が待ってるとか、そういう話じゃないだろうな…、と思いつつ、部屋に入る。そこは、広間のような作りになっていて、普段は舞踏会などに使われているようだった。けど、思った通り、誰もいない。すると、ここまで案内してくれた御者が言った。
「旦那様は直にいらっしゃいますので、少しの間、お待ちください」
待たされるのかよ…。若干、面倒だと思ったが、貴族の常套手段なのは分かっているので、一旦落ち着くことにする。敢えて自分が遅れることで相手を苛立たせて、平常心を失わせる…、というけっこうひどい手段で、よく交渉の時とかに使われる手だ。心を落ち着かせるためにも、俺は窓から見える景色を眺めた。シェーロン国は、緑が多いので、見ているだけでも落ち着く。…そういえば、庭の花、そろそろ冬に備えて防寒対策した方がいいかもしれないな。結花にも手伝ってもらおう。そう考えたところで、再び結花のことが心配になってきた。今頃何してるか、とか、何かトラブルが起こってないか、とか色々気になる。結花を信頼していないわけではないが、不安になる。…早く帰りたい。やっぱり、あの人との話し合いは必要最低限のことだけ話してさっさと帰ろう。向こうだって忙しいだろうから、そこまで長くシェーロン国に留まっているわけにはいかないだろう。…そもそも、何であの人は、この場所を指定してきたんだ?わざわざ国を超えてくるなんて面倒だろうし、こっちだって微妙に時間がかかるから、効率が悪い気がするが…。色々考えつつ、俺が部屋の中をぐるぐる、うろうろしていたその時だった。突然、俺がさっき入ってきた扉から、たくさんの人を後ろに従えた、父が入ってきた。その表情は、光の反射のせいで見えにくい。そして、来るのが急すぎて少し驚いた。
「やあ。遅れて済まなかったな」
全く済まないと思っていなさそうな声音でそう言った。やっぱり、遅れてきたのはわざとらしい。俺は、普段と変わらない調子で答えた。
「別に。仕事が忙しい中、わざわざご苦労なことだな。そこまでして、俺のことをヴェリエ国に連れ戻したいのか?」
はっきりそう言った。…気をつけようとは思ってるけど、結局煽るようなことを言ってるな…。もし、ここに結花がいたとしたら、絶対に怒られていただろう。つい、そんなことを考えてしまった。対する父は、そんな俺の言葉に、あっさりと答えた。
「ああ、そうに決まっているだろう。そうでなければ、わざわざこの国に来ることはない。そもそも、お前が大人しくヴェリエ国に帰って来ていれば、今日だって来ないで済んだものを…」
少し不満そうにしているが、そう言われても困る。そもそも、何で今さら俺を連れ戻したいのかがよく分からない。連れ戻したいと思っていたなら、母さんが屋敷を出た時にすぐに連れ戻せば良かったはずなのに、何故かこの人はそれをしていない。執拗に戻ってくるよう言い始めたのは、俺がシェーロン国に来た後のことだった。その理由が分からなかった。そもそも、会う機会がなかったから、その質問ができる機会もなかったのだ。
「…さて、本題に移ろうか。お前も私が何を言いたいか分かっていると思うが、一応言う。ヴェリエ国に戻って来い。今からでも遅くはない。それに、庶民として生きるなんて、大変でしかない」
「…たぶん、俺の答えは分かってると思うけど、一応答えとく。俺は、絶対に戻らない。そもそも、戻ったところで、正妻たちが黙ってるはずがない。それに、貴族の風習とか意味分からないし、戻る気は全くない。大体、何で今頃になってそんなことを言い始めたんだ」
この際、ずっと気になっていたことを直接ぶつけることにした。しかし、父はその質問には答えず、俺の方を見た。しかし、その目は俺ではない、どこか遠くを見ているような気がした。どうしてなのかは全く分からない。でも、普段は全く理解できないこの人が、今はどこか寂しそうな感じがする。どうしてそうだと思ったのかは、自分でもよく分からない。それに、その人の顔はちゃんと見えているわけでもない。それなのに、何故かそう思った。
「…まあ、そう言うとは思っていた。しかし、お前が主張を変えないのと同じで、こちらの考えを変える気はない。…そこで、お前に一つ、提案がある」
そう言って父にしては珍しく、笑みを浮かべた。が、嫌な予感しかしない。笑みを向けられて、こんなに嫌な予感がすることってあるんだな…、と、どうでもいいことを考えてしまう。
「私と、賭けをしないか?」
唐突に賭けをすることを誘われても、どう反応すればいいか分からない。ってか、何をどう賭けるんだ?不明な点が多いので、返事は避けておくことにする。無謀なことを言われたら、大変なことになるし。すると父は、後ろに控えていた人から、何かを受け取った。そして、それを俺に手渡してきた。何だこれ?気になったので、開けてみる。その中に入っていたのは…。
「…種?何で種なんか持ってるんだよ?ってか、その、賭けとやらに関係してるのか?」
「ああ、それこそが賭けの内容だ。今後三か月以内にその種の花を咲かせられたら、私はお前を連れ戻すことを諦める。そして、咲かせられなければ、お前がヴェリエ国に戻ってくる。…どうだ?」
俺は少し考えた。内容からすると、かなり簡単なことに思える。こっちは植物をずっと育ててきたから、そのこと自体は簡単だ。期間が短いかもしれないけど、工夫すれば何とかなるだろう。だが、この人にしては、賭けの内容が甘すぎる。そのことが、ものすごく引っかかっていた。
「どうする、ルイ?賭けるか、それとも賭けないか?」
「……やる。ただ、賭けに勝ったとしても負けたとしても、今言ったことはちゃんと守れよ」
「お前こそな。…さて、賭けが成立したことだし、私は帰る。…ああ、そうだ、一つだけ忠告しておく。その花を咲かせることは、決して簡単ではない。そのことを覚えておくんだな」
そう言って、父はさっさと部屋を出て行き、俺だけがそこに取り残された。何だったんだ、一体…。結局、肝心なところは教えてくれなかったし、何をしたいのかもよく分からない。そう思いつつ、俺もその部屋を出ることにした。建物を出ると、行きと同じ御者がそこにいて、何も言わずに馬車の扉を開けた。ようやく、帰れる。でも、結花に何て説明しようか…?急に花の種を持って帰ってきたらびっくりするだろうな。そう思いつつ、俺はもう一回、種が入った袋の口を開けてみた。そして、手に乗せてみる。そこで、俺は、あることを思い出し、思わずつぶやいた。
「この種…、俺が母さんからもらった種と似ているような…?」
しかし、この場にそれがあるわけではないので、本当かどうかは分からない。帰ってから確かめてみることにする。…でも、もし、本当にこの種が、店にある方の種と同じだとしたら、何故同じものがヴェリエ国と店の、両方にあるんだろう?ただの、偶然なのか、それとも…。
読んで下さり、ありがとうございました。




