第七十六話
テントの部品を置くための場所まで行くには、少し時間がかかる。でも、今運んでいるものを届けても、まだまだパーツがあるので、そこまでのんびりとはしていられない。内心、もやもやな気分のまま私が荷物を持ちつつ歩いていると、不意にルイが話しかけてきた。
「明後日のことなんだけど、店、休みにする。やってもいいけど、俺がいつ帰ってこられるか分からないから結花だけで店をやらせるのは、何か不安だし。だからその日は何か好きなこととかしてていいぞ」
…そういえば、お祭り最終日にロディル卿が、三日後にルイと話をしたい、というようなことを言っていたような気がする。一体、その話し合いはどうなることやら…?でも、確かに、その日はルイがお店にいないから、何もできなさそう。微妙に信頼されてないのが傷つくけど…。ただ、私がお店やったら、色々混乱が起きそうな気がする…。なので、ルイのその判断は正しいと思う。…というか、好きなことをしていいと言われても、何をすればいいのか分からない。やりたいこと、特にないしな…。うーん…、何しよう?ずっと寝ているのもそれはそれで嫌だし、アケビさんの所にでも行こうかな?でも、アケビさんだってずっと暇なわけではないだろうし…。お邪魔になっちゃいそうだよね。本当に何しようかな?と、考えていたその時、ルイが少し不機嫌そうに私に言った。
「結花?今、俺の話、聞いてたのかよ?ってか、絶対に聞いてないよな。何も返事してくれなかったし」
「え…?聞いてたよ?明後日、お店はお休みにするから、好きなことしてていい、って言ってたよね?」
「…まあ、それもそうなんだけど、俺が言いたいのはそっちじゃなくてその後の方。けっこう重要なことを言ったんだけど、やっぱり聞いてなかったか?」
あれれ?何か言ってたっけ…。全然、記憶にないんだけど…。も、もしかして、考え事してたから聞いてなかったのかも?そういえば、ルイの声が聞こえていたような、いなかったような…。ってことは、つまり私、ルイの話を聞いてなかったってことだよね!?うわー…、これは絶対、ルイに怒られるな…。私は恐る恐るルイの方を見た。一方のルイは、やっぱり…、というような表情をしていた。
「だと思った…。その後で俺が言ったのは、もし外に出る時はちゃんと鍵を閉めてから出かけろ、ってことだ。それと、知らない奴とかに声かけられても絶対についていくなよ?」
そんな、初めてのお出かけじゃないんだから…。確かに、この世界の人たちに比べたら私ってけっこう危機管理能力が低いかもしれないけど、私だってそれくらいはちゃんと心得ているよ?さすがに、知らない人に話しかけられたら速攻でその人から逃げますから!…やっぱり、ルイって過保護なところがある気がする。というか、親みたいな感じがしなくもないんだけど…??それか、それだけ私に信用がないってことなのだろうか?それがちょっと悔しかったので、私は言った。
「それを言ったら、ルイだってそうじゃないの?ルイも、誰か変な人とかいたら、すぐにそこから立ち去った方がいいよ?あと、絶対煽ったりしないでね!万が一、危険な目に遭ったら心配だもん」
「…それはそうだけど、何で知らない奴を煽らなきゃいけないんだよ…。特に何かその人についての情報とか知ってるわけじゃないのに、どうやって煽ればいいんだ…。ってか、普段から俺、人のこと煽ってないけど、何でその言葉が出てきたんだよ?」
「えー…、だって、ルイっていつも、店主さんと険悪な雰囲気な気がするんだけど…。それに、私が初めてここに来た時も、何か、けなされたような気がするから?」
私はそう言って、今までのことを思い出してみた。文房具屋さんの店主さんとは、いつも喧嘩してるし、色々な人に遠慮なくずばずば物事を言ってるし…。あと、ネネに対してけっこう態度が悪かった気が…。要するに、口が悪い、ってことなのかな…。そもそも、一番最初、私がこのお店に入った時、ルイに言われた言葉、今でも忘れられないほど衝撃だったからね!?一応、あの時、初対面だったんだけど!初対面の相手にいきなり、馬鹿、って言うの、どうかと思うよ!?もし、普通のお客さんだったら、絶対にその人、怒ってたと思うんだけど…。そう考えていると、ルイは気まずそうな表情になった。
「それ、まだ覚えてたのかよ…。まあ、確かに、あれは反省してる。あの言葉、結花が文字を読める前提で言った言葉だったし。やっぱり、決めつけるのは良くないよな…」
反省しているのはいいんだけど、反省していることが何だかずれているような…?決めつけが良くないことは事実だけど、反省する部分はそこだけなのだろうか?何か納得がいかないのは、私の心が狭いから?と、そんな感じで私がもやもやしていると、ルイが言った。
「でもなー…。知らない人を煽らないのは当たり前だからいいとして、あの人と話すのは何かなー…。無駄にこっちが煽られるから、煽り返したくなるというか、何というか…」
…今、さりげなく怖いこと言ったよね?!というか、全然反省してないじゃん!あと、わざわざ売られた喧嘩を買わなくていいと思うんだけど…。本当に大丈夫かな、ルイとロディル卿の対面…。そもそも、この前会った時から険悪な感じだったし…。やっぱり不安だ。こっそり付いていった方がいいんじゃないかと、一瞬、本気で考えてしまった。それくらい心配だ。
「お願いだから、絶対に煽らないで!!それと、絶対、無事に帰ってきてね!」
ルイは私の剣幕に驚いたようだったが、うなずいてくれた。ただ、問題は本当に分かっているかどうか…。その後も色々話していると、ようやく指定場所にたどり着いた。私たちはそこに持って来たテントの棒とかを置き、再び部品たちを持ってくるためにお店の場所に戻ることにした。…と、その時、向こうから誰かがやってくるのが見えた。大きく手を振っているその人は…、ネネだ。お祭り終わったけど、まだここにいて大丈夫なのかな?というか、頻繁にここに来ちゃっていいの?サーニャ様に怒られそうな気がする…。当のネネは、にこにこ、楽しそうに近づいてきて言った。
「おはよう、結花!それと、ルイも!少し時間があったから、結花とお喋りしに来たんだー!」
お喋りしに来てくれたのは嬉しいんだけど…。まだ王宮に戻らなくて大丈夫なのかな?それと、ルイをついでのように扱っているような気がするのは、気のせい…?ルイもそれに気付いたらしく、少し不満そうな表情をしていたが、不意にネネに言った。
「ネネ、ちょうどいいから、テントの片付け手伝ってくれないか。布とか運ぶだけでいいから」
「は?!あのね、ルイ。あたしは何でも屋じゃないんだから!というか、あたしに対しての態度、相変わらずひどいよね!?少しは気を遣ってくれてもいいと思うんだけど?そもそもあたしは結花に用事があって、ルイには全然、話すことなんてないんだから!」
結局ルイ、ネネのことを煽っているような気が…。一方、ネネはそう言うと、私の方を向いた。そして、何かを発見したような表情になって言った。
「結花、その髪留めかわいいね!いつの間に買ったの?それと、編み込みがすごい。自分でやったの?」
ジェシカと同じような質問をされた…。髪留め、そんなに目立つのかな?それか、私が髪留めをしているのが珍しいのかもしれない。…というか、ルイがさりげなく視線を違う方向に向けている…。微妙に赤くなってるし、…もしかして、ちょっと照れてるのかな??
「…えっとね、これは私が買ったんじゃなくて、ルイがくれたものなんだ。それと、編み込みはジェシカがやってくれたの。私、自分で編み込み出来ないから。他の人にはそこそこできるんだけどね…」
や…、やっぱり自分で言っててすごく恥ずかしいんだけど…!絶対、今の私、顔が赤くなってると思う…。一方、それを聞いたネネは一瞬きょとんとした表情になったが、やがてちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「そうだったんだね!髪飾りも編み込みも、すごく似合ってるよ。これから、髪型、それにした方がいいんじゃない?……ね、ルイもそう思うでしょ?」
…褒めてくれたのは嬉しいんだけど、何でそこでルイに話を振ったの、ネネ?!もしかして、さっきのいたずらっぽい笑みはこのせいなのだろうか?というか、ルイが固まっている。まさか、自分に話が回ってくるなんて思ってなかったんだろうな…。というか、質問の内容から考えても、急に話を振られたらけっこう戸惑うよね…。などと考えていると、フリーズ状態から脱したルイがネネの質問に答えた。
「べ…、別に…。その、何て言うか…、悪くない、と、…思わなくも、ない…」
途切れ途切れにそう言った。そんな様子のルイに、ネネはくすくす笑った。そして、こう結論づけた。
「要するに、すごく似合ってる、って言いたいんだよね!っていうか、そんな婉曲的な表現じゃなくて、ちゃんと素直にそう言えばいいのに。ルイって、本っ当に分かりにくいよね!……全く、見てるこっちが心配になってくるんだけど」
ネネの最後の一言は、よく聞こえなかった。何て言っていたのか少し気になったけど、ネネは最後の言葉に関しては特に何も言わず、話題を変えた。
「あ、それと、お祭りと言えば、昨日の夜、二人とも踊ってたよね?お母様と一緒に見てたんだー。すごく楽しそうだったよね!それに、すごく綺麗だったよ!」
「……っ!?ちょっ…、待て。ネネ、あんたどこにいたんだよ?ってか、わざわざ見なくていい!!一秒でも早くその記憶、消してくれないか…」
ルイがめちゃめちゃ慌ててる…。で、でも、確かに、今から考えると、他の人に見られてたの、ちょっと恥ずかしい、かも…。ネネはと言うと、珍しくルイをからかう(?)ことができてどこか嬉しそうだった…。が、その嬉しそうな表情が急に崩れ落ちた。なぜならすぐそこに、サーニャ様がいらっしゃったからだ。怖い笑みを浮かべている…。…どうやらネネは、サーニャ様には何も言わずに出てきてしまったみたい。ネネは結局、サーニャ様に引きずられるようにして、帰って行った…。ルイは、どこか複雑な表情をしていたが、不意に言った。
「じゃあ、俺らも片付けの続きをするか…。あともうちょっとで終わりそうだし、頑張ろう」
その言葉はちょっとぎこちない。そのせいで、さっきのルイの言葉が頭の中に蘇ってきてしまった。なので、慌てて頭の中から追い払う。もう、ネネがあんなこと言うから…。そんな感じだったので、その後、私とルイは少し気まずかったのだった…。
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