第七十三話
お店が始まってから、私は何となく落ち着かなかった。表面上はいつも通りにしてるんだけど、心の中は決して穏やかではない。一方のルイは、本当にいつも通りだ。いつも通りすぎて、逆に大丈夫か心配になる。でも、そう思うと同時にすごいな…、とも思っていた。どうしたら、そんなに落ち着いていられるのかな?と考えていたら、今日の朝会ったばかりの店主さんがおじいさんと一緒にやって来た。ルイが思わず、という風につぶやいた。
「あー…、何かうるさくなりそうな気がする…。微妙に面倒だな…」
それ、本人たちの前で言っちゃダメだと思うんだけど?!聞こえてたら絶対に怒られる状況だよね、これ…。幸い、今のは本人たちには聞こえていなかったようなので、特に何も言われなかった。でも、ルイは他の人にもけっこう遠慮なくそういうことを言っているので、いつもこっちが、そんなこと言っちゃって大丈夫かな!?とひやひやする。もうちょっと本音を抑えてほしい…。
「で、二人して何の用だ?」
「ルイ!?知り合いだけど、そこは一応、いらっしゃいませ、くらい言おうよ!?せっかく来てくれたんだし、それに、ここ、お店だもん」
私がそう言うと、何故かおじいさんたちも「そうだそうだ」と私に同意してくれた。すると、ルイはかなり面倒そうな表情になった。でも、最終的には「…いらっしゃいませ」と渋々言った。本当に不本意そうな感じで。私はちょっと笑ってしまった。ルイは不機嫌そうになった。
「あー、もう、で、用件何なんだよ?ほら、さっさと言え」
結局、対応がものすごく雑…。店主さんが何か言いそうだな、と思っていたら、案の定、店主さんはむっとして何かを言おうとした。わ、何かこれ、言い争いに発展する予感がする…!!なので私は慌てて口を挟んだ。
「あの!もしかして、店主さんとおじいさん、お花を買いに来てくれたんですか?そうだとすると、どんな花を買いに?色々ありますけど…」
すると、店主さんはこっちに注目してくれた。おかげで、険悪な雰囲気が若干薄れたのでとりあえず一安心。そして、用件を教えてくれた。どうやら、店主さんは文房具屋さんに飾るための菊が欲しかったらしい。確かに、今は菊が綺麗な時期だから、ちょうどいいと思う。でも、菊の中にも、色々な種類があるから、個人の好みはかなり違ってくると思う。しかし、店主さんは特に、どんな色や大きさがいいのかという希望がないらしく、私に任せる、と言ってきた。ルイに任せた方が絶対に綺麗な配色になりそうなんだけど…。私はそう思ったけど、店主さんは何故か、私に選んでほしいらしく、そう言って聞かなかった。私はなるべく明るい色で、小さめのものを選ぶことにした。大きい方が印象には残るけど、室内だから、大きすぎると散った時とか、掃除が大変かな?と思ったのだ。
「…ってことで、こんな感じでどうでしょうか?嫌だったら、ルイにお願いしますけど」
「…何で俺?そこは、結花が選び直せばいいだけの話だろ。ってか、元々こんな花がいい、とかそういう要望はなかったんだし、いいんじゃないか?」
と言われてしまった。店主さんも店主さんで、これでいい、と言ってくれたので、とりあえず良かった。私が丁寧に花を紙で包んで店主さんに渡した後、何故かルイと店主さんは謎の論争を繰り広げていた。さっきは何とか防いだのに…。二人とも、相変わらずだな…。しかし、しばらくすると、それに付き合っていたおじいさんの方が段々疲れてきたらしく、店主さんを引きずって帰って行った…。
「…というか、ルイって何でいつも、店主さんと険悪ムードなの?何か因縁でもあるの?」
「そういうわけじゃない。…特に理由はないけど、何となく?そもそも、最初に喧嘩売ってきたの、向こうだったし。だから売られた喧嘩を買ったというか、何というか…、そんな感じ」
一瞬、ルイと店主さんが子どもっぽく感じたのは気のせい…?何で売られた喧嘩を買っちゃうかな…。そもそも、二人ってかなり年が離れてるはずだよね?何で喧嘩の売り買いしてるんだろう??不思議だ…。そんなことを考えつつ、私はぼーっと外を見た。何だか、急にお店の平穏な空気になったような気がする。その場にいる人が少し違うだけで、こんなに空気って変わる物なんだな…。
「……あ。そうだ、今ならちょうどいいかもな」
ルイが、急に何かを思い出したかのようにそう言ったのは、私が、そんなことを考えていた、ちょうどその時だった。私はその声で現実に引き戻されたような気がした。そして、首をかしげる。ちょうどいい、って何が…?というか、何の話?一瞬、ルイの話を聞き逃していたのかと思って不安になった。…と、ルイがどこかから、何かが入った、小さな袋を取り出し、私に丁寧に手渡した。朝の手袋の時みたいに、投げてこなかったな、と変なところに気付きつつ、それを受け取る。軽い。というか、これ、何だろう?
「これ、何が入ってるの?というか、これ、私が受け取っちゃっていいの?」
「ああ。ってか、そうじゃなかったら渡してないし」
私はそっと袋の封を外し、中身を取り出した。中に入っていたのは…。
「…あ、もしかして、これ、髪留め?私が、ヘアゴムが切れた、って言ったから?」
私はじっとそれを見つめた。淡い桜色の花がついている。今にも、光に溶けてしまいそうで、とても綺麗。本当にこれ、もらっちゃっていいの?というか、何でこれを??色々と不思議に思う。
「あの、これ、本当に、本当に私が頂いちゃっていいの?他の人にあげれば良かった、とか後で思わないよね?本当にいいんだよね?」
「何でそんな怪しんでるんだよ…。大体、何で他の人にあげたいものを結花に渡す必要があるんだ」
確かに…、と私は納得した。そして、早速つけてみることにした。ジェシカがやってくれた編み込みを崩さないように慎重に紐をほどいてからその髪留めをつけた。編み込みにほとんど影響がなかったのでほっとした。もしも編み込みが崩れちゃったら、自分では直せない。すると、ルイが言った。
「そういえば、朝から思ってたけど、今日、耳のところ、何かやってるな。自分でやったのか?」
「編み込みのこと?ううん、ジェシカにやってもらった。自分じゃ、こんなに上手くできないもん。人にやるのはそこそこできるんだけどなー…。自分のだとできないのかも」
すると、何を思い出したのか、ルイが急にけたけたと笑い始めた。そして、こう言った。
「そういえば、包帯の時も、すごく結び方がおかしかったよな」
「う…、そ、それは…。そのことに関しては一秒でも早く、記憶から抹消してほしいんだけど…。絶対に忘れて!というか、急にこれをくれるなんてどうしたの?そもそも、誰かに何かを渡したい、って話は聞いてたけど、その人には渡したの?」
「あー…。それ、結花のことだから。でも、そこで言ったら渡そうと思ってたことを暴露することになるし、適当にごまかしてた。悪い」
…!!?それは一体、どういう…?私はそれを聞いたとき、ルイの好きな人に何かをあげるのかと思っていて…。だから、少し複雑な気持ちになって…。あれ?となると、つまり、私は勘違いしてたってこと、…かな?でも、それはそれで、どうしてルイが私にこれをくれたのか、っていう疑問が残るんだけど…。頭の中がごちゃごちゃになる。そんな私に、ルイはいつになく真剣な表情で何かを言おうとして、口を開きかけた。…その時。
「…こんにちは。ここが、花屋で合っているようだな」
誰か、知らない人の声が聞こえた。それと同時に、ルイがパッとものすごい速さでそっちを見た。そして、息を飲む。…知り合い、なのかな?すると、楽しそうに、突然入ってきたその人は笑った。
「…久しぶりだな、ルイ。たまには、屋敷に帰ってくればいいものを…。随分と親不孝になったものだな」
「は?何言ってんだ、帰ったって何もいいことないだろ。…ってか、何となく用件は分かってるけど、今さら何のつもりなんだよ?」
ルイは、今まで見たことがないくらい、厳しい表情をしていた。…というか、この人は一体???普通に話してる、ってことは、知り合いなのかな?でも、それだったらちゃんと挨拶した方がいいような…?頭の中に大量のはてなマークを浮かべている私を置き去りにして、二人の会話はどんどん進んでいく。
「こちらの用件が分かっているなら話は早い。庶民として暮らしてないで、ヴェリエ国に戻ってこい」
「断る。用事がそれだけなら、さっさと一人でヴェリエ国に帰って大人しく仕事でもしてろ」
二人のその会話で、私はようやく理解した。この人は、ロディル卿なんだ…、と。というか、この雰囲気、大丈夫かな!?かなりおどろおどろしいんだけど…?天気で例えると、今にも、竜巻が発生しそうなくらい、雲行きが怪しい感じになっている。どうしよう、このままだと、色々大変なことになりそう。しかし、意外にも、先に退いたのは、ロディル卿の方だった。というのも、ロディル卿の後ろに控えていた従者の人が、彼に、そろそろタイムリミットであることを告げたからだ。
「ふん、随分と生意気になったものだな。…まあいい。すぐに言うことを聞くとは最初から思っていなかった。今日はこれで帰るとしよう。……ああ、そうだ」
最後にロディル卿は、何かを思い出したかのようにそうつぶやいた。そして、従者さんから紙とペンを受け取り、それに何かをさらさらと素早く書いて、ルイに渡した。
「三日後、この場所に来い。今後について、色々と話したいことがある。迎えをよこすから、そのつもりで」
そう言って、ロディル卿は従者さんと共にさっさと行ってしまった。何というか…、呆気なかった。もうちょっと論戦が繰り広げられるのかと思ったけど…。一方、ルイはロディル卿に渡された紙を凝視していた。何て書いてあるんだろう?そう思って横から覗くと、よく分からない名前が書いてあった。読めない…。すると、ルイが解説してくれた。
「これ、隣町にある、洋館みたいなところだ。確か、貴族とかがパーティーとか開くための別荘だったと思う。たぶん、この日だけ借りることにしたんだと思う」
「そうなんだ…。行くの?」
「行きたくないけど、行かなかったら絶対に店に乗り込んでくるから、行くっていう選択肢しか残ってない。…本来だったら絶対に行かないと思うけどな」
ルイは、「絶対に」の部分を強調した。本当に行きたくないんだね…。私は苦笑いした。
「…でも、そうなると、その日は必然的に店は休業することになるな。しかも、結花を一人にさせることになるし…。やっぱり、行くのやめとこうか…」
「いや、大丈夫だよ!そしたら私、大人しく小屋に引きこもってることにするから、全然気にしないで!」
私は慌ててそう言った。私のせいで行くのをやめることにするなんて、申し訳ないもの。ルイはちょっと心配そうだったけど、結局、うなずいた。…あ、そういえば。ロディル卿の登場でうやむやになってたけど。
「ルイ、さっき、ロディル卿が来る直前、何か言いかけてなかったっけ?何か重要なことだった?」
すると、ルイは一瞬、固まった。そして、何かを考える。
「………何でもない」
それにしては、無言の時間が長かったような気がするんだけど…、まあ、とりあえず、そういうことにしておこう。ルイだって、ロディル卿の登場で疲れただろうし。ものすごく重要な話なら、いつかまた、機会があるだろうしね。そんなことを考えつつ、私はふと外を見た。夕暮れが、近づいてきていた。
恐らく、あと一話で四章が完結すると思います!
読んで下さり、ありがとうございました。




