第七十一話
私は食器洗いが終わった後、一旦小屋に戻ることにした。外に行く準備と、自分の心を平穏な状態に戻すためだ。…が、庭へと続く扉を開けた瞬間、寒すぎる風が私に吹きつけてきた。真冬みたい…!大丈夫かな、外にいたら私、凍りそうなんだけど。何か温かいもの、用意した方がいいかもしれない。マフラーとか、手袋とか、あったらいいな。あと、普段私は、クローゼットの中に入っている千智さんの服を借りているけど、屋根裏部屋の箱の中にも色々と服があった気がする。そっちも探してみようかな…。あ、でも、探す時間あるかな。ないような気がするんだけど…。…うーん、動いていれば寒くないかな?少し適当な結論を出した私は、とりあえず、厚めだと思われる服を引っ張りだして、借りさせていただくことにした。千智さんは私と同じ世界から来たからか、この世界の服もあるけど、元の世界にもありそうなデザインの服も色々とある。でも、これ、どこで買った物なんだろう?前に洋服屋さんに行った時は、こういう感じの服、売ってなさそうだっただけど…。もしかして、作った、とか?色々と疑問があるけど、そろそろ時間なので、私は外に出ることにした。寒いけど、さっきよりはましかな?…と、相変わらず楽しそうな表情のジェシカが庭にやって来た。私は開口一番、こう言った。
「ジェシカ、私、今、ものすごく抗議したいんですけど…。ルイと何話せばいいか全く分からないんだけど!どうすればいいかな…」
「まあ、なるようになるでしょ。というか、これくらいしないと、二人とも、お祭り行こう、とか誘わなさそうだったし、このまま仲が進展しなかったら、魔法協会に帰った後まで気になりそうだったし!だから、許してね!あと、楽しんでねー」
理由が謎すぎる…。そして、軽い…。そう思いつつ、そっとお店の建物の扉を開けた。だって、開けたらすぐそこにルイがいる、とかいう状況になったら困るんだもん…。まだ、心の準備ができていないのだ。幸いなことに、ルイはいなかったのでほっとした。でも、代わりに、ジェシカがちょっと呆れたような表情をしていた。恐らく、今日一日、こんな調子で大丈夫かな…、って言いたいのだと思う。私はとことこ、お店のスペースへ行った。既にそこにはルイがいて、ゼンさんと何か話していた。前から思ってたけど、ルイっていつも準備が早いよね。私より遅かったことってほとんどなかった気がする。
「…あ、結花、ちょうど良かった。…これ、やる。今日は特に寒いし、つけてた方がいいんじゃないか?」
ルイがそう言って、何かを投げてきた。物を投げちゃダメだと思うんだけど…。しかも、かなり力入れてるし!顔にぶつかったらどうするんだろう…。そう思いつつ、キャッチした。あれ、何か感触がもこもこしてる??何だろう?そう思ってしっかり見てみると、私の手にあったのは、手袋だった。ふわふわだ。というか、これ、どこから出してきたんだろう?
「それ、昔、買ったけど、結局使わなかったやつ。デザインとか好きじゃないかもしれないけど…」
デザイン??無地だけど…、と一瞬思ったけど、編み目がついてるから、それのことを言っているのかも。でも、編み目が本当に綺麗だから、全然嫌じゃない。この世界の縫い物って本当に芸術みたい。
「大丈夫だよ。寒いから助かった!ルイ、ありがとう。大切にするね!」
早速つけてみる。そして、手を動かしてみた。手袋してるのに、指先が動かしやすい。何か作業している時でもつけていられそうな気がする。これ、けっこう日常的に使えそう。そして、小屋で手袋を探すという手間が省けたのが嬉しい。私が一人でわーい、と喜んでいる一方、ルイは、いつものように「別に」とだけ答えていた。すると、ジェシカが話に入ってきた。
「ルイ、もうちょっと何か言った方がいいと思うんだけど。ほとんど必要最低限のことしか言ってない気がするよ?もうちょっと素直にならないとー!ねー、結花?」
何で私???反応に困るんだけど…。というか、素直になる、って一体??何の話なんだろう?私が何て答えようか考えていると、ルイが急にお店の扉を開けた。
「…ジェシカ、うるさい。結花、そろそろ行くぞ。早く行かないと、回る時間が少なくなる」
私も慌てて扉の方へ向かった。外に出て、扉を閉める直前、ジェシカがにこにこ笑いながら手を振っているのが見えた。そして、口パクで「頑張ってねー!」と言っているのが分かった。いや、そう言われても…。今でもどんな会話をすればいいのか分からないんだけど…。ちょっと緊張する。この世界に来てからは、毎日会っている相手なのにな…?
「…で、外に出たはいいけど、結花はどこか、行きたいところとかあるのか?」
「行きたいところ…。うーん…。特にないかなー。とりあえず、のんびり回りたいな、って感じ。ルイこそ、どこか行きたいお店とか屋台とかあるの?」
逆に聞き返してみたが、ルイも特に行きたいところはないらしい。早速ピンチなような気がするんだけど、一体どうすれば?二人とも行きたいところがない、ってけっこうまずい状況だよね…?!
「そうだな…。じゃ、せっかくだし、結花の言った通り、店の集まってるところをぐるぐるするか。もしかしたら、じいさんとかアケビたちとか、知ってる誰かに会うかもしれないし」
ルイの提案に私はうなずいた。…と、不意にゴトゴトゴト、という何かがこっちに向かってくるような音が私の後ろの方から聞こえてきた。何だろう、と思って振り返ろうとした、その時。急にルイに腕を強く引っ張られた。一気にルイとの距離が近付く。そして、そのまま抱きとめられた。…!?一瞬、心拍数が跳ね上がったような気がした。驚く私の後ろで、何かが猛スピードで去っていく…、そんな気配を感じた。
「悪い、腕、痛くなかったか?馬車に轢かれそうになってたから、とっさに引っ張ったけど…」
そう言って、ルイは私の腕を離し、私から一歩離れた。でも、その目は、遥か遠くを見つめている。私もそっちの方向を見ると、かなり遠くに馬車の影が見えた。そしてそれは、あっという間に見えなくなってしまった。それだけ、あの馬車はスピードを出してた、ってことだ。そう考えると、ぞっとした。もし、ルイが引っ張ってくれなかったら、私は確実にあの馬車に轢かれていただろう…。
「大丈夫、びっくりはしたけど、痛くはなかったから。あと、ありがとう。あのままだったらたぶん、轢かれてたと思う。後ろから来てたから距離とかもよく分からなかったし…」
「それなら良かった。…今のは、完全にあの馬車が悪いと思うけど、結花も気をつけろよ。いつ、何が起こるかなんて誰にも分からないからな。特に、一人でどこか行くときは本当に周りに注意しろよ」
何だか、小学校に入学する前の子どもに、通学路で気をつけることを教えるお母さんみたいだな…。つい、そう思ってしまった。ジェシカが、ルイがお母さんみたい、と言ってたことがあったけど、あながち間違ってないかも。そう思った私は思わず笑ってしまった。笑うところじゃないんだけど…。ルイに怒られそうだな、と思っていると、案の定、ルイはちょっと不機嫌そうに言った。
「何で笑ってんだよ…。どう考えても笑うところじゃないだろ。そもそも、面白い部分、なかったはずだけど。ってか、結花、ちゃんと俺の話、聞いてただろうな?」
「ごめん、ちゃんと聞いてたよ。でも、ジェシカが前に言ってたことを思い出しちゃって、つい…。本当にごめん、ちゃんと気をつけるから安心して大丈夫だよ!」
私はそう言ったけど、ルイはちょっと疑わし気な表情をしていた。まあ、私の態度的に考えると、そう思うのも当然か…。それにしても、さっきは本当にびっくりした…。馬車が走ってきたこともだけど、急にルイの方に引き寄せられたこともだ。そのおかげで無事だったのは良かったけど、ちょっと心臓に悪い。そして、そのせいでついつい、昨日のことを思い出してしまった。まさか、ここで思い出すことになるとは思ってなかった。あー、もう、絶対に馬車のせいだ…。と一人で悶々考えていると、ルイが言った。
「気を取り直して、そろそろ行くか。それに、ここでぼーっとしてると、客も増えるだろうし。…あ、でも、歩けるか?さっきの、かなり怖かっただろ?」
「え…、た、たぶん大丈夫だと思う!それより、早く行こう、ね?」
ルイはまだ少し心配そうな表情をしていたが、歩き始めた。私もその後を追う。…しばらくして、気付いた。ルイ、いつもよりもゆっくり歩いてくれているような…?最初は気のせいかと思ったけど、でも、やっぱりゆっくりな気がする。それに、時々こっちを気にしている。普段の買い物の時は、もっとスピードが速い。それに、私のことをほとんど気にせずさっさと行っちゃう。もしかして、心配してくれてるのかな…。何だかんだ、ルイは優しいな…、と私は改めて思ったのだった。
この調子で四章、完結するのかな…、と段々心配になってきた作者です。
読んで下さり、ありがとうございました。




