第六十六話
◇の下は、ネネの独り言みたいな感じになっています。
しばらくすると、ルイが戻ってきた。サーニャ様がいらっしゃる前に戻ってきて良かった、と少し安心した。一人だったら、たぶん、どう対応すればいいか分からなくなっていたと思う。そんなことを考えつつ、私は近くに置いてあるポプリの瓶をいじっていた。入り口の近くに立って、外から差し込んでくる少し柔らかい、秋の日の光に当ててみる。特に意味はないけど、瓶がキラキラとしていて、綺麗だった。と、その時。真横から誰かがすごい勢いで向かってきて、そのままの勢いでぎゅっと抱きつかれた。誰…!?
「結花お姉ちゃん!久しぶりー!会えてすごく嬉しい!元気にしてた?」
「フィオナちゃん?!びっくりした…。そういえば、最近会ってなかったね。私は元気だよ。フィオナちゃんも相変わらず元気そうだねー。…ってちょっと待って、お母さんはどうしたの?まさか、一人で来たの?!」
すると、フィオナちゃんが向こうの方を指差して言った。
「ううん、あそこに…、あれ?いない!!あれれ、さっきまでそこにいたはずなのに…。もしかして、お母さんのこと、置いてきちゃったかな…。どうしよう、離れ離れになっちゃったかも!?」
フィオナちゃんがあわあわしている。だ、大丈夫かな…。一体、フィオナちゃんのお母さんはどこにいるんだろう?場合によっては、どこかに迷子届けみたいなものを出した方がいいかもしれない。
「お母さんは、フィオナちゃんがここに来ること、知ってるの?」
「うん。あのね、フィオナがお花屋さんに行きたい、って言ったら、一緒に行こう、って言ってくれたの!」
それなら、ここで待ってたら来るかな?フィオナちゃんがお母さんと再会できるまで、ここにいても大丈夫かルイに聞いてみた方がいいかも。私は、テントの奥を見た。ルイは手元で何か箱みたいなものをいじっていてフィオナちゃんに気付いていなさそうだった。だから、フィオナちゃんがいるのに何も反応がなかったんだ…。なので、私はルイに声をかけた。
「ルイ、今、ここにフィオナちゃんがいるんだけど、お母さんとはぐれちゃったみたいだから、しばらくここで待機させてあげてもいい?どうやら、元々二人でここに来る予定だったみたいで…」
「フィオナ??あー、久しぶりだな。いいけど、もし来なかったらどうするんだ。迷子届けを出した方が良さそうな気が…。でも、だからと言ってここを離れてる間に客が来たらそれはそれで大変だし…」
しばらくルイは考えていたけれど、結局、許可してくれた。それを聞いたフィオナちゃんは嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳んでいた。結んだ髪も、ぴょこぴょこ跳ねている。
「そういえば、結花お姉ちゃん、耳のところにお花つけてる!可愛い!どうしたの、それ?」
「え?あー、これ?これは、何というか…、ルイが、ここに来る前につけてくれたの」
自分で言ってて何故か恥ずかしいんだけど…!!すると、フィオナちゃんが目をキラキラとさせ、にこにこと笑った。そして、無邪気に言った。
「そうなんだ!お花をプレゼントされるなんて、『こいびと』みたいだね!いいなー!フィオナもいつか誰かからお花、プレゼントされないかな?」
どういうこと???何で花をプレゼントされたら恋人??聞いたことないけど…。本当にどういうこと?
「あれ?もしかして、知らないの?あのね、フィオナのお母さんが昔住んでた所では、『こいびと』になったら、その相手にお花を送るっていう、風習があるんだよ!すてきだよね!」
私たちは絶句した。いや、だって…!考えてみてほしい。特に深く考えずに何かをもらったとしよう。それを知った他の人に、恋人同士の風習、って言われたら、反応に困るよね!絶対に困るよね!?というか、そもそもルイには誰か好きな人がいるはずで、私なんかが恋人だ、って勘違いされたらきっと迷惑だよね…。と、うじうじ考えていると、ルイが言った。
「それ、嫌なら外してもいいけど…」
「え、それは嫌だ!せっかくつけてくれたのに外しちゃうなんて…」
反射的に言ってしまった。そして、言った後で少し後悔した。何言ってるんだ、私…。でもでも、外すの嫌だって思ってるのは事実だから…。一方、ルイは私の返答の早さに驚いたらしく、一瞬目を丸くしたが、その後で言った。
「そうか。それならいい。それ、似合ってるから、そのままにしてくれると、…何て言うか、…嬉しい」
な、何故か急に心拍数が上がった気がする…!急にそういうこと言うのはずるいと思う…。というか、今の言葉は、どう受け取ればいいんだろう??私がぐるぐる考えていると、フィオナちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「結花お姉ちゃん、どうしたの?顔、赤くなってるけど、大丈夫?熱でもあるの?」
「え?!心配しないで!ちょっと驚いてるだけだから。熱とかじゃないから大丈夫」
私は、手で頬を触った。何か熱い…。確かに、これ、絶対に赤くなってるな…。ううう…、フィオナちゃん、こういうところでその無邪気さを発揮しないでほしい…。
「ふふっ。正に、青春、って感じかしら?今、お邪魔しても大丈夫?」
「お母様…、たぶん、その言葉で既に二人の邪魔をしている気がするのですが…」
突然、聞き覚えのある声がした。入り口で、何故か楽しそうに笑っていらっしゃるのは、サーニャ様だった。その隣には、ネネがいる。こちらは微妙に申し訳なさそうな表情…。
「こんにちは。お久しぶりね。…あ、そうだわ、最初に一つだけお願いするわね。わたくしと、ネネのことは、様付けしないでちょうだいね。せめて、さん付けにしてほしいの。…って言うのも、様付けしてしまったら、他の方々に気付かれてしまうかもしれないでしょう?あくまでも、わたくしたちはお忍びで来ているから」
サーニャ様はそうおっしゃって、唇に人差し指をあてた。どこかいたずらっぽい笑みが、いつもの様子と違って、何だか印象的だった。
「分かりました。早速ですが、サーニャさ…、いえ、サーニャさん、今日は何故ここに?」
ルイがそう言った。…今、「様」って言いかけてたよね?でも、私も人のこと言えない気がする…。様付けしそうでものすごく心配。ちなみに、フィオナちゃんは、サーニャ様が誰だか分からないらしく、きょとんとしつつ、何故か私の後ろに隠れていた。
「用件は二つほどあるわ。まず一つ目。結花さん、あなたの怪我が治って、本当に安心したわ。あの時は色々ご迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね」
「い、いえ、そんな…!どうか、お気になさらず。もう、何ともないですし、何だかんだ、私、最後に倒れてしまいましたし…」
私がそう言うと、サーニャ様は美しい微笑を浮かべた。
「それでも、あなたが頑張ってくれたのは事実よ。本当にありがとう。屋敷の時はばたばたしてたから、改めてあなたに言いたかったのだけど、なかなか時間が取れなかったの。ごめんなさい。これからもネネと仲良くして頂けると嬉しいわ。…さて、次に二つ目」
そこでサーニャ様はふわっと柔らかい笑みを浮かべて言った。
「お花を買いたいと思ったの。植物屋でもいいのだけど、屋敷に届く花は全てあそこのものだから、たまには他のお店の物もいいかと思って。前に頂いたポプリがとても素敵だったから、ここで買おう、と決めていたのよ」
すると、ネネがサーニャ様の顔を見上げて言った。
「お母様、あたしも何か買っていいですか?お父様に何か差し上げたいです!」
「もちろん。素敵なものを選んでね」
「はーい!ということで、結花、お花選び、よろしくね!あたしはそういうの、全然分からないから!」
急に丸投げしてきた…!そこは、ネネも一緒に考えようよ…。私は、一旦、後ろを振り向いて、私にずっとくっついていたフィオナちゃんに言った。
「フィオナちゃん、少しだけ待っててくれる?この子に、花を選んであげないといけないから…」
すると、フィオナちゃんはにこーっと笑って、私の後ろを指さした。
「大丈夫。お母さん、あそこにいるから!だから、心配しないで!」
そう言って、向こうの方へと駆けて行った。そこには確かに、フィオナちゃんのお母さんがいた。良かった…。かなりほっとした。お母さんは、私に気付くと、フィオナちゃんの手を引いて、私の近くにやってきた。そして、ぺこりと頭を下げた。
「フィオナがご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい…!この子、急に走り出しちゃって、途中で見失ってしまって…。何ともなくて本当に良かった…。また後で、伺わせて頂きますね」
そう言って二人は去っていった。フィオナちゃんはぶんぶん私に手を振って、お母さんの後についていった。一件落着…、かな?とりあえず、お母さんと再会できて良かった…。
「結花!早く選んでよー。あたし、お父様の好みがいまいちわかってないから、結花に任せるからね!」
「そこは、私だけに任せちゃダメでしょ…。何言ってるの、全くもう…」
私は苦笑いして、花が大量に入れてある筒に近付いた。何がいいのかな??全く分からないんだけど…。でも、分からないなりに、ちゃんと選ばないと。私は、真剣にたくさんの花を見つめた。
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結花は、真剣に花を見つめている。時々、質問をされるのでその答えを返しつつ、あたしは考え事をしていた。何を考えているのかというと、お母様とこっそり聞いていた、さっきの少女と結花とルイの会話についてだ。あの女の子、無邪気に、二人の心の奥底をつっつくことを言ったな…、と思う。ある意味、鈍感なのかな?将来、結花みたいになりそうで少し心配になる。…って、そんな話は今はどうでもいいって!いや、どうでもよくないけど、一旦置いておこう。あたしが気になってるのは、現在の二人の関係性について。何でこの二人はこんなに鈍感なんだろう?さっきジェシカが、結花が一応、ルイをどう思っているか気付いた、って言ってたけど本当かな?それにしては、全然関係が進展していない気がするんだけど…。気のせいじゃないよね?
「何か心配だなー…。どうなることやら…」
あたしが思わずそう言うと、結花が顔をあげた。そして、不思議そうに尋ねてきた。
「何が心配なの?大丈夫?」
「うん、平気平気。ちょっと鈍感な子がいるんだけど、その子がこれからどうするのか、ちょっと心配になっただけ」
「…???そう…、なんだ?」
いまいち分かっていなさそうな表情で結花はそう言った。そして、再び花と向き合う。
…やっぱり、この感じだと、当分、二人がくっつくには時間がかかりそうだな…。
読んで下さり、ありがとうございました。




