第六話
翌朝、私はちゃんと六時ピッタリに起きた。朝日が眩しかったからかもしれない。…それはいいんだけど、服が欲しい。何かないかな。私はクローゼットの中を覗いてみることにした。
「何か良さそうなものあるかな…」
すると、驚くことにそこには女物っぽい衣服がたくさんあったのだ。服からはふわりと優しい香りがしている。何となく落ち着く。…もしかして、ルイのお母さんの?勝手に着ちゃっていいのかな。少し迷ったが着させてもらうことにした。時間がないし。もしもルイに怒られたらその時はその時だ。とりあえず動きやすそうな服を選び、着る。サイズはちょうどだったので、良かった。そして、小屋を出た。
「わあ…!すごいっ。庭がキラキラしてる」
庭の草や花に朝露がついていて、それらが太陽の光に反射しているのだ。まるで水晶みたい。私がぼーっと見とれていると、お店の建物の扉が開いた。
「結花、そろそろこっちに……、え、……母さん!?」
ルイの驚いた声に驚いた私は慌てて振り返った。すると、ルイは夢から覚めたような顔で
「…何だ。結花だったのか。悪い、一瞬母さんが帰ってきたのかと思った」
「ううん、気にしないで。こっちこそ勝手にお母さんの服使っちゃってごめんね」
「いや。むしろ着てほしい。その方が、服も喜ぶんじゃないか?」
そういえば、ルイのお母さんってどんな人だったんだろう?少し気になったが、ルイは庭の蛇口をひねってじょうろに水を入れ始めていたので聞きそびれてしまった。
「普段は朝起きたらすぐに水やりしてる。ハーブティーの為の花を摘みたいなら今のうちに摘み取っとけ」
なので、私はありがたく花を摘み取らせてもらうことにした。ハーブティーとポプリ(お試し)の為にカモミールを摘むことにした。それからジャスミンも。朝からその優しい香りに癒される。
しばらくの間、摘み取りに集中すると、あっという間にたくさんの花が集まった。よし、早速干そうかな。…でも、どこがいいのだろう?
「ルイ、花を天日干ししたいんだけど、どこに置くのが一番いいと思う?」
「そこの小屋に屋根裏部屋があるからそこがいいと思う」
ルイはじょうろで丁寧に一つ一つの花に水をやりながら答えてくれた。その顔はとても優しい。いつもそういう顔と性格をしていたら女の子にモテそうだな、なんてどうでも良いことを考えてしまう。
「…結花、今の俺の話、聞いてただろうな?」
私が全然反応しなかったせいかルイがそう尋ねてきた。…すみません。
「聞いてるよ。小屋にある屋根裏部屋だよね?早速探してみる。ありがとう!」
しかし、私はルイのその後の言葉を聞いていなかった。
「んー、ここかなぁ…。梯子があるのはここだけだし」
小屋に入ってあちこち探していると、端っこの方に梯子があったのだ。ただ、穴とかが全くない。梯子を上って天井近くまでたどり着くと、くぼみがあるのを発見した。どうやらこれを引っ張れば良いらしい。すると、小屋にルイが入ってきた。水やりが終わったらしい。
「大丈夫か?落ちないように気をつけろよ」
いや、子供じゃあるまいし。木登りとかもしていたので、これくらい余裕だ。私はぱかっとくぼみに指をかけて天井を開けた。その瞬間、ふわーっと埃が落ちてきた。…後で掃除しよう。そう思ったその時。何か黒い物が私の視界の端っこにうつった。そこにいた物、それは。
「きゃあああああっ!クモ、クモがいる…!!!」
しかも、なぜかこっちに近づいてきた。私はクモだけはどうしてもだめなのだ。私は梯子から手を放してクモを追い払おうとした。クモは大人しく退散した…のだが。
「結花、危ない!」
ルイの声で気付いた。私は今、梯子の上にいる。そして、クモを追い払うために梯子から手を放してしまっていた。ぐらり、と視界が大きく揺れる。私は慌てて梯子を掴もうとしたが、すれすれのところで届かない。……落ちる!
しかし、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。何で?無意識のうちに閉じていた目を開けると、目の前にルイの顔があった。そこで、ようやく自分のおかれている状況に気付いた。私は慌ててルイから離れた。
「ごめん、本当にごめん!大丈夫?どこか怪我はない?」
ルイは床から起き上がった。そして、普通に立ち上がる。良かった、何ともなさそう。
「たぶん大丈夫。…お前、本当に俺の話を聞いてただろうな?」
「え?屋根裏部屋があるって話じゃないの?」
「…やっぱり聞いてなかったな。俺が言ってるのはその後に言ったこと。屋根裏部屋はしばらく掃除してなかったからクモがいっぱいいるかもしれないって言ったんだよ」
うわ、聞いてなかった。全く聞いてなかった。
「……ごめんなさい」
私がぺこりと頭を下げると、ルイは私の頭を軽くはたき、
「そろそろ朝食作り始めるからその間にクモの駆除でもしてろ」
と言って小屋を出ていった。許してくれた、のかな?分からないけど、後で助けてくれたお礼に何か作ろう、と思った。とりあえず私はお礼の内容を考えつつ、クモ退治をすることにした。
梯子を慎重に上り、屋根裏部屋に入ると、すごく埃っぽい。私は窓を開けることにした。しかし、なかなか開かない。何とか開けると、風が入ってきた。涼しくはないけど、どこか心地よい。私は改めて明るくなった屋根裏部屋を見てみることにした。物はほとんどない。隅にガラスっぽいケースがあったので、クモ入れに使うことにした。ガラスのケースのふたを開けて準備していると、早速天井からクモが糸を使って下りてきた。何でこんなにいるのかな…。私は糸を掴んで糸ごとクモをケースに入れた。一匹捕獲。かと思ったらクモが次々と現れ、私は必死でクモを捕まえ続けた。しばらくすると、クモに免疫がついてきて、壁を伝っているクモを素手で取れるようになってしまった。慣れって怖い。十五匹くらい捕まえたところでルイがやって来たので、私はケースにふたをして、下に降りた。
「そういう訳でクモが大量にケースの中にいるんだけど、どうすれば良い?」
朝食を食べつつルイに聞くと、ルイは微妙そうな顔で私を見た。
「屋根裏部屋、クモの家になってるな…。キリがなさそうだ」
「多分そう。この後もクモ、大量に出てくる気がするんだよね…」
すると、ルイはテーブルの近くの引き出しから地図を取り出して私に見せた。
「この地図の赤い部分に生き物を売ってるところがある。クモ、もらってくれるんじゃないか?」
ペットショップみたいな感じなのかな。…というか、クモって需要あるの?
「そこのじいさんは変わり者だから生き物なら何でももらってくれる気がする」
そういう問題じゃない気がするけど…。でも、置いておいても特に使い道がないので、後で行ってみようかな、と思った。
その後、摘み取ったカモミールの半分を使ってカモミールティーを作ることにした。ルイとお客さんのために。ルイのお母さんのお茶はこれだろうか?それが終わったら小屋に戻って再びクモ退治して、ルイが言ってたお店に行ってみることにした。お花屋さんの開店時間まではまだ十分ある。地図の通りに歩いてみると、普通の家にたどり着いた。本当にここ?でも、地図だと場所は合っている。意を決してその建物の扉を開けようとした瞬間、ガラリ、と内側にいた人物によって扉が開けられた。ルイの言っていた通り、おじいさんだ。やっぱりここで合っているみたい。
「珍しく人が来たかと思ったが…、まさか小娘だったとは」
小娘ですみませんね。そう思ったが、とりあえずクモを渡したい。私はカバンに入れていたケースを取り出しておじいさんに手渡した。大量のクモを見ておじいさんはぎょっとした。
「小娘、これ、どこから取ってきた?」
「私の雇い主の小屋にある屋根裏部屋から。ずっと掃除していなかったらしく、クモの家になっていました。捕まえたはいいのですがどこに捨てればいいか分からなくて、その人に聞いたらここを教えてくれたんです」
「もしかして、その雇い主というのはルイのことか?」
え、何で知ってるの?びっくりしていると、おじいさんは私を中に入れてくれた。中にあったのは、いや、いたのは大量の爬虫類たち。独特の雰囲気を醸し出している。…何かすごい。
「あの、あなたとルイはどういう関係でいらっしゃるのですか?」
「花屋がある建物があるだろう?あれはもともと私が貸し出しているものだ」
…つまり、大家さんということなのかな。まさか、こんなところで会えるとは。
「いつの間に君を雇ったのか。そんな報告は全く受けてなかったが」
「あ、違うんです。私、昨日雇ってもらったばかりで。それにもしかしたら二週間しかいないかもしれないので。ルイとはよく話すんですか?」
「そうだな、一週間に一回は。あいつはああ見えて寂しがり屋だしな。本人はそれを言うと否定するが」
確かに16歳で一人って寂しいだろうな、とは思ってたけど、本当に寂しがりなんだ。意外。
「そういえばどうしてさっき、屋根裏部屋の話でルイのことだって分かったんですか?」
「あそこはな、私が住んでいたときからクモ屋敷だったんだよ。最近ルイがそこの掃除を全くしてないことも知っていたし。もしかして、と思っただけだ」
どうやらあの屋根裏部屋は定期的に掃除した方が良いみたい。この世界にもお掃除ロボットがあればいいんだけど。そしたら毎日綺麗だよね。…たぶん無いと思うけど。誰かお掃除ロボット開発してくれないかな。けっこう本気でそう思う。せめて日本語で書かれた作り方みたいな本がどこかにあればいいのに。というか、それくらいだったらどこかにありそう。解読できたらいつか誰かが作ってみようって気になるはず。その時私が生きているかどうかは別の話だけど。おじいさんだったら何か知らないかな。聞いてみよう。
「あの、私、異世界の道具?機械?に興味があるんですけど、そういうのが書いてある本ってどこかにありませんか?」
「あるにはあるが、見るのは無理だろうな。ここを治めている貴族の屋敷のどこかに厳重に保管されているらしいからな。見ることができるのは異世界人か貴族の一家、または異世界研究者くらいだろう」
「民間とか、もっと公の場所には全くないんですか?」
すると、おじいさんは一旦奥の部屋に向かった。ごそごそと何かを探っている音がする。何してるんだろう?しばらくすると、おじいさんは何か本っぽい物を持って戻ってきた。
「前に助けた異世界人が残していった記録じゃ。たまに普通の家でもこういうのを保管しているところがある。生憎、この異世界の文字は全く読めなくて、とりあえずとっておいたのだが…。見てみたいか?」
「いいんですか!?お願いします!」
私はありがたくその本を見させてもらうことにした。そこに記されていたのは、何かの記録。トカゲとかカメとかヘビとか…、爬虫類の名前が大量に載っている。…もしかしてこれは、どちらの世界にもいる爬虫類の名前を記録したもの?隣には妙にリアルな絵まで書いてあって驚いた。私がしばらく読んでいると、おじいさんが時計を見て言った。
「小娘、そろそろ開店の時間じゃないか?戻らないと怒られるぞ?」
「え。嘘、本当だ。私、帰ります!これ、見せて下さってありがとうございました。失礼します!」
私は慌ててその家を飛び出した。でも、機会があったらまた来てみたいな、と思った。爬虫類が大量すぎてちょっと怖かったけど、日本語で書かれた本があったし。そこまで考えて私はふとあることが気になった。…クモって爬虫類なのかな。爬虫類が好きな人に爬虫類じゃないかもしれない虫を渡しちゃって良かったのかな。少し気になったけど、まあいいか。嫌だったら返しに来るだろうし。そしたらまたクモをどうするか考えないといけないけど…。私はそう思いつつ元来た道を戻った。
一方、結花が帰った後のその人の家には、昨日、ルイのことを見ていた男が訪れていた。結花が連れてきた大量のクモを見ていたおじいさんは誰かが来たことに気付き、そちらを見た。そこにはいつの間にか、男が立っていた。顔のつくりからすると、ヴェリエ国の者だ。そう思ったおじいさんは眉をひそめた。
「どなたですか?ヴェリエ国にはほとんど知り合いはいないのですが?」
「ええ、確かにそうですねぇ。しかし、あなたにはルイという名のヴェリエ国の知り合いがいらっしゃるのではありませんか?」
それを聞いたおじいさんははっとした。
「あなたは…、ルイの知り合いなのですか?」
「ええ、まあ。…色々と事情があり、彼をヴェリエ国に連れて行きたいと思っているのですが…、協力していただけませんか?」
「断る」
おじいさんはあっさりと言い切った。男は怪訝そうな表情をした。
「あの子はここで十分楽しそうに生活している。ヴェリエ国行って今よりも幸せになるとは限らない」
男は残念そうな表情でおじいさんを見た。
「そうですか、協力していただけないのですか…。……折角、あなたの借金を肩代わりしようかと思ったのですが。…残念です。用事はそれだけでしたので失礼します」
おじいさんは、そう言って立ち去ろうとした男を呼び止めた。
「待て、今の話は一体どういうことだ。協力したら私の借金を肩代わりしてくれるのか?」
おじいさんが見事に食いついてきたことに男は一瞬笑みを浮かべた。
「ええ。でも、協力してくれないのでしょう?」
「私の借金は巨額だ。それでもいいなら協力する」
男は嗤った。そして、言った。
「-、取引、成立ですね。私のことはヘルとでもお呼びください。詳しいことはまた後ほど。一旦、私は失礼いたします」
男―、ヘルはどこかへ行ってしまった。その場に残されたおじいさんはぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
…今回は花要素がほとんどありませんでした(むしろ、虫要素ばかり)。次回は花要素に戻るつもりです。




