第五十五話
一日目の午前中編その二です!
カフェの中は、意外と人が少なかった。スイさんの言っていた通り、外のお店で何か買って食べている人が多いのだろう。…というか、初めて来たよ、こんなところ。何となくの場所は分かるけど、来たことはなかった。
近くの壁にかかっている小さな紙には、メニューと、その値段が書かれている。いくらくらいなんだろうな?って思ってそれを見た私はぎょっとした。最近、ようやく慣れてきたシェーロン語の数字が示す値段は、とても低かったのだ。安くない?安すぎない?それとも、これくらいが相場なのかな??
「結花ちゃん?どうかしたの?固まってるけど…、何かあった?」
「いや、特に何かあったわけではないんですけど…、値段の安さに驚いていました…」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせた。どこか不思議そうな表情。やっぱり、普通の値段みたい。日本の物価が高すぎたのか、それともこっちの値段が安すぎるのか…。
「ところで、お二人は何を頼みますか?色々、美味しい飲み物がありますけど…。ちなみに、私のおすすめはココアです。最近、寒くなってきましたし、ちょうど良い気がします!」
スイさんはそう言って、早速ココアを頼んでいた。メニューのイラストを見ると、マシュマロが一つ浮いているココアのイラストがあった。可愛い…!他にもカフェラテや抹茶ラテなどがあるみたいだ。迷うなー…。しかも、私はこういう場面でかなり優柔不断なので、なかなか決められない。どうやらそれは、アケビさんも同じらしく、隣で私と同じように悩んでいた。スイさんが少し呆れている。
「二人とも似ていますね…。先に飲んでいていいですか?冷めちゃうので…」
気がつくと、いつの間にかスイさんは頼んでいたココアを手に持っていた。イラストの通り、マシュマロがぷかぷか浮いている。カメラとかスマホがあったら、絶対に写真を撮っていたと思う。それくらい可愛かった。
「うーん…。じゃあ、私、抹茶ラテお願いします!」
私は迷った末、店員さんにそう言った。でも、今回はとりあえず抹茶ラテにしたけど、どれも美味しそうだし、機会があったらまた来てみたいな。何だったら、ジェシカさんと来てもいいかもしれない。
「え…、結花ちゃんがわたしを置いていった…。まだわたし、決めてないのにー…」
なぜかアケビさんが衝撃を受けている。何か申し訳ない…。少しすると、抹茶ラテが運ばれてきたので、私はそれと引き換えに代金を支払った。…そういえば、この世界には税金はあるのだろうか?あんまり気にしたことはなかったけど…。ちょっと疑問に思う。でも、特に表示とかなかったし、税はないのかもしれない…。そんなことを考えていると、アケビさんがカフェラテを注文した。私はアケビさんを待つことにする。
「ごめん、お待たせー。早速、スイちゃんのところに行こうか?」
スイさんは、窓際のカウンター席でのんびりとココアを飲んでいた。その姿はどこか大人っぽい。でも、私たちに気付くと、柔らかい笑みを浮かべた。
「お二人とも、遅いです…。もう半分くらい飲み終わってしまったのですが…」
「ごめんね、スイちゃん!あと、席を取っておいてくれてありがとう。ここ、本当にいい席だよねー」
アケビさんの言葉に私は首をかしげた。何でここがいい席…??頭の中にたくさんのはてなマークが浮かんだ。すると、アケビさんが窓の外を指さしてその理由を教えてくれた。
「すぐそこに、大きな木があるでしょ?今の時期は、紅葉が始まってるから、すごく綺麗なんだよ」
言われてみて気付いた。今の季節は秋。美しい紅葉が見られる時期だ。実際、目の前の木も、半分ほどが黄色の葉で染まっている。でも、残りの半分はまだ黄緑や緑なので、本格的な紅葉はこれからなのだろう。でも、これだけでもすごく綺麗だと思う。
「そういえば、南の方には、紅葉がとても綺麗で、すごく広い公園があるんだよ。花とかも綺麗だし…。今度、ルイにでも連れて行ってもらったら?ここからは少し遠いから、水上車に乗らないといけないんだけど、水上車からの眺めも本当に最高だし」
植物園みたいなところなのかな…?私は、前に見たことがあるシェーロン国の地図を思い出した。シェーロン国は基本的に山に囲まれている。しかし、南の方だけ海に面している。ただ、この国の領土は、南に行くに従ってだんだん狭まっていくので、海に面している場所は本当に少ないみたい。ここら辺は南の方ではないので、海は見えないけど、その辺りの海はとても綺麗なのだそう。
「水上車、ってあれですよね?川みたいなところを走ってる列車ですよね?」
サーニャ様のお屋敷に行く途中で見た、列車。一度でいいから乗ってみたい。
「あれ、もしかして結花ちゃん、乗ったことない?この国で一番使われている交通機関なのに…。まあ、確かにここら辺にはないからねー…。でも、南の方の水路はまっすぐで、遠くの景色までけっこう綺麗に見えるから、観光客の人とかもよく利用しているんだよ。この時期は特に、多いかなあ…」
「そうですね。それに、南の方には、海の浅瀬を走っている水上車もありますし。一度だけ乗ったことがあったのですが、本当に良かったですよ。風も心地よかったですし」
スイさんがその時のことを思い出したのか、ふんわりと笑った。
「わたしも行ったことがあるよ!楽しかったなー。また行きたいなー」
「あー…、師匠が彼とデートに行った時でしたっけ?その時、私は非常に大変だった記憶があるのですが気のせいでしょうか…?」
…と、スイさんのその言葉にアケビさんはどこか気まずそうな表情になった。どうやら、その時ちょうど、偉い人が植物屋さんに来ていたらしく、その対応が大変だったのだそう。まあ、そもそもその偉い人も何の前触れもなく来ていたらしいんだけど…。と、その時の仕返し(?)なのか、スイさんがいたずらっぽく笑って、アケビさんにこう聞いた。
「ちなみに、今年のお祭りでもデートするんですか、師匠?」
「え!!?な、急に何言ってるの!!まあ、確かにそうですけど!今日の夜とかそうなんですけど…!」
なぜか敬語になっている…。しかも、早口になっている。でも、思いっきり暴露している。かなり動揺しているみたい。すると、なぜか急に話の矛先が私の方に向いた。
「そ、そんなことより…!結花ちゃんに一つ質問なんだけど、いいかな?」
「え、私に質問…、ですか?いいですけど…。そもそも今、アケビさんの話をしていたのでは…??」
「細かいことは気にしない!で、質問なんだけど、さっきお店を出る時、ルイに対してめちゃめちゃ挙動不審だったじゃない?さっきから、どうしてか聞きたかったの!」
そ、そんなに挙動不審だったの、私…??…ということは、アケビさんたちが来る前、まだお店にいた時の私、もっともっと不自然だったんじゃ…?あれでもかなり、頑張ったんだけど…!あ、あとでジェシカさんに会ったら、私が明らかに挙動不審だったかどうか、絶対に聞かないとな…。
「あ、それ、実は私も気になっていたんです!結花さまにしては珍しく、動揺していましたよね?何かあったんですか??」
ス、スイさんまで…!それだけ私の様子がおかしかった、ってことか…。私は一口、抹茶ラテを飲んだ。そして、アケビさんとスイさんの方をちらっと見る。二人とも、じーっと私を凝視していた。…ごまかせなさそうな状況だ。でも、私だってちゃんと自分の気持ちを整理できてないんだよー…!
「上手く説明できるか分からないんですけど…」
私はそう前置きして、ここ数日の話を二人にした。ところどころ、時系列がおかしくなってしまったけど、何とか説明することができた。二人は、私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
「…ってわけで、昨日の夜から私の頭の中は混乱しているんです」
私は話を締めくくった。すると、アケビさんとスイさんが顔を見合わせた。
「何か…、ようやく…って感じだね。まさか、ここまで気付かないとは思ってなかったんだけど…」
「でも、まだまだこれからですよ?この調子で大丈夫でしょうか…?」
な、何の話なんだろう…?でも、ジェシカさんと同じようなことを言っているような気がする。…と、私は不意にジェシカさんに言われた言葉を思い出した。なので、二人に質問してみる。
「あの、私って鈍感ですか?ジェシカさんに昨日、そう言われたんですけど…」
すると、二人は同時にうなずいた。…ってことは、私、鈍感確定かな?でも、どこが??
「具体的に言うと、どこが鈍感なんですか??」
すると、アケビさんとスイさんは再び顔を見合わせた。そして、いつかの時みたいにこそこそ、と話し始める。
「この質問、どう答えればいいんだろう??言っても上手く伝わるかな?」
「ですよね…。そもそも、この質問をしているところから鈍感なのでは?」
「スイちゃん、辛辣…。でもでも、何か答えないとだよ!?」
「そう言われても…。妙案が浮かびません。ここは師匠にお任せします。頑張ってくださいね!」
「まさか、丸投げされるとは…。スイちゃん、巧妙すぎる…。わたしの弟子ながら、恐ろしい…」
二人で何か話をした後、アケビさんは少し何かを考えていた。そして、その後で私に言った。
「たぶん…。えーと…。わたしにもよく分からないかな!でも、あまり気にしなくていいと思うよ!」
と、そこでスイさんがアケビさんに呆れたように言った。
「師匠、適当すぎです…。何も思い浮かばなかったから、ってその答えはあり得ませんよ…」
「それはそうだけど…!!そう言うスイちゃんは何か思いついたの??」
スイさんは明後日の方向を向いた。…何も思いついてなかったみたい。
「で、話を戻すけど…、結花ちゃんはルイとどこかに行かないの?」
…あ、これ、ジェシカさんにも聞かれた質問だ。
「特に約束はしてませんけど…」
「「えええーーーーーっ!!」」
うわ、びっくりした!というか、お店の人に迷惑な気が…。いや、だって、無理だって…!アケビさんやスイさんに挙動不審だとばれている時点で、まずい気がする。そもそも、一緒に楽しく回れる気がしない…。緊張しまくって、自分でも何を言っているか分からなくなると思う…!
「絶対に誘わなきゃダメだよ!?特に今日の夜とか、とっても素敵な企画があるんだから!」
隣でスイさんもこくこくうなずいている。というか、素敵な計画、って一体?そう聞こうとしたところで、スイさんが「あ」とつぶやいた。
「残念ながら、そろそろ時間みたいです。結花さま、午後からお店なんですよね?」
店内の時計を見ると、確かにそろそろ、お店開始の四十分前。三十分前にはお店に戻ってくるように言われたから、もう戻らないと…。私は立ち上がった。
「あの、一緒にお祭りを回れて、とても楽しかったです!ありがとうございました!」
「こちらこそ、楽しかったです。お祭りが終わった後とかで、また遊びましょう」
そう言ってスイさんはいつものような静かな微笑みを浮かべた。
「スイちゃんの言う通り!また三人で遊べたらいいなー。あ、お店とか、その他もろもろ頑張ってね!」
アケビさんもにこにこ笑ってそう言ってくれた。
私は、外に出た。窓の外に見えていた木が、すぐそこにある。…その時、一枚の黄色く染まった葉がひらひらと落ちてきた。私はそれを空中で捕まえる。太陽の光にかざしてみると、その葉は、鮮やかに輝いて、何となくだけど秋の訪れを感じた。
読んで下さり、ありがとうございました。




