第四十六話
それから数週間が経ち、あっという間にお祭りまで残り一週間ほどになった。お祭りの日が近付くにつれ、段々とこの街全体が盛り上がってきているような、そんな気がする。でも、それとは対照的に張り詰めたような雰囲気で動き回っているのが、植物屋さんの人たちだ。この前植物屋さんに行ったら、みんなどこかピリピリした感じでお祭りの準備をしていた。アケビさんやスイさんも、忙しそうに走り回っていた。どうやら、植物屋さんはお祭りの中心になっているらしく、毎年大変なのだそうだ。
「こんにちは!ちょっと、届け物があるから来ちゃった。遊んでるわけじゃないからね?」
そう言って、お店番をしている私のところにやって来たのは、アケビさんだった。ちなみにルイは今、何か大変なことが起こったらしく、外に出ている。私も詳しくは知らないんだけど…。今朝来たばかりの手紙を読んだ瞬間、顔色を変えて、どこかに行ってしまった。
「悪い、ちょっと出かけてくる。すぐ戻るから、それまで店よろしく!」
とだけ言い残して。今はお昼近い時刻だから、少し遅いな、と思うのだが、私が探しに行ってすれ違ってしまったら大変だし、結局お店にいる。それに、お店を頼まれているもの。
「こんにちは。どうしたんですか?ルイはいないですけど、何か伝言があるなら伝えておきますよ?」
「え、そうなの?でも、大丈夫。お祭りの出店の場所に関することだから、結花ちゃんからルイに伝えてもらえれば。それに、ちゃんと紙があるからね」
そう言って、アケビさんは紙を私に渡してくれた。お礼を言って受け取ると、アケビさんがあることに気付いた。
「腕の包帯、いつの間に取れたんだ。傷、残ってないみたいで良かったね!」
「そうなんです。昨日外したばかりなんですよ。ジェシカさんが外していいって言ってくれたので、取ったんですけど、傷が消えてて自分でもびっくりしました。ジェシカさんの薬のおかげです」
「へー、すごいね。あ、その紙についてなんだけどね…」
アケビさんにそう言われた私は、紙に目を通した。もちろんシェーロン語だ。ここ最近、毎日シェーロン語の勉強をしているけれど、まだ慣れていない。でも、少しずつ読めるようになってきた。
「まつ、り、の……、かい、じょうに、ついて…?」
何とかタイトルを読むことができた。合ってるかな、と思ってアケビさんを見ると、彼女はうなずいてくれた。
「大正解!すごいね!ネネ様から、結花ちゃんにはシェーロン語は無理だ、って聞いてたから、びっくりした…」
いや、まだまだです…。というか、ネネ、何でそれを他の人に言っちゃうかな…。別に言わなくて良かったんだけど!今度会ったら、文句言いたい…。と、その時だった。お店の扉が勢いよく開いて、ルイが入ってきた。タイミングがいい。
「遅くなって悪かった。…って、あれ、アケビ?何でここに…。植物屋の方は大丈夫なのか?」
「うん、管理人さんに紙を渡すの頼まれちゃったからねー。ついでに、どういう風にお祭りの飾りとかの配置をするかも考えてこい、って言われちゃったから…。面倒だけど、やらないとお祭りが盛り上がらないし。頑張るしかないよね!」
どうやら、この前、私が植物屋さんに行った時にアケビさんが描いていたイラストの案が採用されたらしい。しかし、そうなると、アケビさんはその飾りつけを中心となって進めなければならないらしく、最近はその準備と植物屋全体の準備の両方に追われているそうだ。
「まあ、それはいいとして出店についてなんだけど、街の中心に噴水広場があって、そこから東西南北に四つの道が伸びてるでしょ?このお店は、西に続いている道のところのスペースね。詳しくはこの紙にぎっしり書いてあるから、ちゃんと読んでおいて。それじゃ、わたしは他のお店にも行かないとだから、行くわね」
そう言うと、アケビさんは扉を開け、行ってしまった。ここに来たら絶対にお喋りしていくアケビさんが必要事項しか言わないなんて…。よっぽど忙しいのだろう。一方、ルイはと言うと、アケビさんが持ってきてくれた紙をじっくりと読んでいた。そういえばルイは、さっきまでどこに行ってたんだろう?でも、特に詳しいことを言わずに行っちゃったし、あまり手紙の内容は人に知られたくなかったりするのかな?
「ルイ、あの…、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど…」
私はそう前置きをした。ルイは紙を読む方に集中していたようだったけれど、
「何だ?」
と短く返事をしてくれた。
「さっき、というか、数時間前、手紙を見てどこか行っちゃったけど、手紙には、何て書いてあったの?あ、言いたくなかったら、本当に言わなくていいから」
同じことを二回も言ってしまった。でも、無理矢理聞きだすことはしたくないのだ。ルイは、何も言わなかった。やっぱり、言いたくなかったのかな。私がごめん、と言おうと口を開こうとしたその時、唐突にルイが言った。
「……、昨日、メアリさんから手紙が来た」
何故か昨日の話になっている。でも、私は黙ってルイの話を聞いた。ルイの表情は、どこか浮かない。
「その内容は主に二つ。一つ目は祭りに関することだった。この前送った、祭りに関する返事で、絶対に行く、って書いてあった」
そう言ったルイはどこか嬉しそう。もちろん、私も嬉しい。
「でも、問題は二つ目の内容。ヴェリエ国の屋敷、まあ、俺の一応実家だな。最近、空気が悪いらしい。…ってのも、俺の父がこれ以上ないってくらい不機嫌らしい」
不機嫌…??何があったんだろう?誰かと喧嘩でもしたのかな?
「理由は二つ。まず、ヘルが帰ってこない。まあ、当然だな。魔法協会に捕まってるから。それを知ってる人はほとんどいないから、どうしようもないと言えばそうなのかもしれないけどな…。で、もう一つは、俺が原因。どうやら、全然俺が帰ってこないことに苛立ってるらしい。さっさと諦めればいいのにな。面倒なことこの上ない…」
そこでルイは一旦、話を止めた。少しして、再び話し始める。
「で、今日、また手紙が来た。今日のは、屋敷の家令から。何か、屋敷を追い出されたらしい」
「…??追い出された?何で?何かやらかしたの、その人?」
「いや、特には。ヘルが見つかるまで戻ってくるな、って命じられたらしいんだけど、全然見つからないから代わりに俺を連れて帰ろうとしたらしい。練習ついでに手紙、読むか?」
ルイは私の返事を聞かずにその手紙を私に向けて放り投げた。物を投げないでほしい…。そう思いつつ、私は手紙に目を通した。数分かけて、ゆっくりと解読する。そして、その内容に驚いた。
「これ、脅迫してるのと一緒だよね!!?」
そこには、何月何日の何時に植物屋の裏に来い、みたいなことが書いてあった。そして、その後には、もし来なかったら、お店をめちゃくちゃにする、ということも書かれていた。…怖いな。
「ああ。だから、念のため行くことにした。心配かけたくないから黙ってたけど」
「それで、その人と会ってどうしたの?」
「無理矢理連れて行かれかけたから、そいつにちょっと蹴り入れておいた」
…!?それ、傷害罪とかにならないの!?急に警察が現れる、なんてことになったらどうするんだ…。
「一瞬ためらったけど、正当防衛になるはずだし、まあいいか、って思って。ちなみに、護身術は屋敷にいた時、母さんに教わった。そのおかげで今生きている、って言っても過言ではないな」
「え?!誰かに何かされたの!?」
「まあ。そうだな。正妻とか、側室とか、家に住んでる奴らに?でも、それで一回、間違えて父の方が殺されかけたことがあってさ。刺客が部屋を間違えたらしい。間抜けだよな。それからぱったり、刺客が来なくなった。ついでに言うと、その後、一人、側室が失踪した」
ルイは、笑っていた。たぶん、少しでも、この重い話を柔らかくするために。でも、はっきりと分かる。絶対にルイは無理をしている。何で辛いはずなのに笑えるんだろう?もっと怒ったっていいのに。それなのに、ルイは気にしてない、というように笑っている。何だか、それを見ていたら、急にじわりと視界がにじんだ。すると、ルイが慌てたように立ち上がった。
「ちょっ…。何で結花が泣いてるんだよ!別に昔の話だし、俺は…」
ルイに言われて目に手を当てると、確かに私は泣いていた。だから、急に視界がぼやけたのか。
「でも、だって、悲しくないの?」
「俺は…、確かに、悔しかったけど…」
ルイはうつむいた。しかし、急に何かを私の顔に押し付けてきた。タオル…、かな?
「一応、営業時間中なんだし、さっさと顔を拭け。入ってきた客が驚くだろ」
「うん…」
ルイは私が顔を拭いている間、隣で私の背中をぽんぽんと叩いていた。うう…、ルイになぐさめられてしまっている。今までの流れからすると、逆なはずなのだが…。申し訳ない。
「…ルイ、ヴェリエ国に、帰ろうと思う?」
そう聞いてから我に返った。何言ってるんだろう、私。なぜか急に不安になってそう聞いてしまった。今の話を聞いてからそう聞くなんて…、自分でも呆れてしまうほど馬鹿だ。本当に私は何をやっているんだろう。すると、ルイが言った。
「帰るわけないだろ」
それは、驚くほどはっきりとした言葉で。だから、驚いた。私はタオルから顔を離し、ルイを見る。
「お前、自分から約束しよう、とか何とか言っといて忘れてないだろうな?」
ゼンさんとジェシカさんはこの家に泊まっていた時にした、約束のことだ。
「忘れてないに決まってるでしょ!というか、ルイも覚えてたんだね」
「まあな。だから、帰らない。ってか、それがなくても帰る気は全く無い。心配するな」
そう言ってルイは笑った。何故かそれを見て、どきっとした。思わず胸の辺りを押える。
だって、今、私は…。私が今、思ったのは…。
「…?結花、顔赤いけど、暑いのか?窓開けるか?」
「だ、大丈夫!全然暑くないよ。むしろ、最近涼しいくらいだし。急に朝とか寒くなってびっくりした」
「あー…。ここら辺は夏が異常に短いからな。風邪ひくなよ」
「うん、気をつける。あ、私、顔洗ってくる!」
私は逃げるようにその場を立ち去った。
洗面台の前の鏡で自分の顔を見る。ルイに指摘された通り、少し頬が赤い。ついでに、目も。私は水を出して、顔を洗った。顔を洗いつつ、考える。いつもは、何が何だかよく分からなくなる感情が、さっきははっきりと分かった。ルイが笑った、あの時、私は。私は……、ルイがかっこいい、と思った…。
「まだ顔が赤い気がする…。このままだと、お店に戻れないんだけど…」
この調子で進めていたら、いつになっても、お祭りの話に行かない!と思ったため、お祭りまであと一週間の日の話にしてしまいました。急に時間が進んでしまい、すみません…。
読んで下さり、ありがとうございました。




