第四話
閉店時間になると、ルイは店のドアのプレートを裏返しにした。文字が読めないから分からないけど、恐らく「閉店中」にしたのだろう。そして、私にこう尋ねてきた。
「これから外に買い物に行くが…、一緒に来るか?」
「んー、行く。この町に早く慣れたいし。迷惑じゃなければ」
「じゃあ、行くか。…迷子になるなよ。はぐれても探さないからな」
絶対に迷子にならないようにしよう、と思いつつ私はルイと一緒に外に出た。
夕方の街は買い物客でにぎわっている。最初にこの街を見た時にも思ったけど、ここ、人が多い…。そういえば、何を買うんだろう?と思いつつ、私はルイに付いていった。あちこち気になる店がたくさんあるけど、見ていると置いていかれそうなので、我慢する。しばらくすると、ルイは一つの店の前で止まった。
「ここ、野菜売ってるとこ。とりあえず、野菜買うから」
と言って入っていった。丁寧に説明してくれたことに驚く。私も後に続いて店内に入った。
「いらっしゃい。お、ルイか。…って、珍しく人連れてる。しかも女の子。どんな関係?」
中にいた店主らしき男の人がルイに親し気に声をかけた。仲良さそう。
「こいつは今日、俺の店に来たばっかりの新人。名前は結花。俺の代わりにこの店に来ることがあるかもしれないからその時はよろしく。…まあ、二週間だけの店員かもしれないけどな」
二週間だけ、って…。言わなくてもいいと思うんですけど?…うん、やっぱり頑張って二週間以上働こう。改めて私が決意していると、店主さんは残念そうに言った。
「なーんだ。ようやくルイにも彼女ができたと思ったんだけどな…」
「「絶対にこの人とは付き合いたくない」」
私とルイの声が重なった。思わず二人で顔を見合わせる。すると、店主さんはけたけた笑った。
「息ぴったりじゃねーか!案外、相性合うのかもしれないな!」
ルイはその言葉を無視してかごの中に野菜を入れ始めた。私も、どんな野菜があるのか気になって店内を歩いてみることにした。見たことのない野菜が色々。例えば、白色のキュウリみたいなものがある。熟してなさそうに見えてしまうが、売り場にあるってことはちゃんと熟してるのだろう。自分から食べようとは思わないけど…。そして、白い野菜の後ろには前の世界にあった野菜がさりげなく置いてあった。トマトとかパプリカとか。私がじっと見ていると、ルイがやって来た。
「何か欲しい野菜でもあったか?一つくらいならいいけど」
しかし、私がルイに近くにあったトマトを見せると、何故か微妙な反応をされた。それを見て店主さんがまた笑った。
「こいつ、トマトが昔から苦手だったんだよ。意外と可愛いとこあるんだよな」
「え、そうなんですか!?確かにちょっと可愛いかも…」
「ふん。買うなら早くかごに入れろ。そろそろ会計するから」
あ、買っていいんだ。私はトマトをかごに入れた。ルイが食べなくても、私が食べるから大丈夫だろう。ルイはトマトをじっと見つつ、店主さんにかごを渡した。この世界にどんなお金があるのか気になったので、ルイが持っているお金を見てみることにした。どうやらこの世界には硬貨がないみたい。全部、紙幣。謎の文字がたくさん書いてあり、絵はない。よく間違えないな、と感動した。
「ありがとうございました!あ、お前ら、植物屋に寄るならこれ、持ってってくれ」
店主さんがそう言って渡してくれたのは段ボール箱みたいな大きめの箱。ルイは野菜を持ってるから私が受け取った。少し重いけど、まあ大丈夫かな。
「…お前、意外と力あるんだな。力仕事はいけそうだ。本当にちょっとだけ見直した」
「本当に」ってやっぱりひと言余計だと思う。そう思いつつ店を出た。
「で、次はどこ行くの?」
「植物屋。本当は最後に回したかったけど、箱があるし。箱持ってたらお前に荷物を持ってもらえない」
この人、私をこきつかう気満々だな…。別にいいけど。でも、私も箱を早く置きたい。地面が見えないから少し怖い。つまずいたらどうしようかな。そう思っていた矢先、早速こけた。前に倒れそうになる。箱の中身は守らないと。そう思って何とか後ろに体重をかけようとしたその時、ルイが私を後ろに引っ張り、私は元の態勢に戻った。
「ルイ、ありがとう。すごく助かった」
「箱が落ちなくてよかったな。…やっぱり荷物交換する。何か結花に任せるの、不安すぎる」
そう言って私の手から箱を奪い取った。代わりに私が野菜を持つことにした。あまり役に立たなくて申し訳ない…。密かに落ち込んでいると、ルイが話しかけてきた。
「今から行くところはここら辺で一番規模が大きい花屋みたいな場所。花以外にも色々売っているから、植物屋とも呼ばれている。ここ一帯を治めている貴族が直接管理しているんだ」
「え、入っても大丈夫なの?制限とかないの?」
「ああ、許可証があれば誰でも入れるところだから。ここには何回も来ることになるだろうし、どこに何があるかとか、仕組みを知っておいても良いと思ってな。…着いた」
そう言ってルイは目の前にある建物を見つめた。そこにあるのはまるで宮殿のような建物。お姫様が住んでいそう。これ、本当に花屋さんなの?いくらなんでも広すぎない!?建物の維持費がすごくかかってそう…。ルイが何のためらいもなく中へ入っていったので、私もルイを追いかけて中に入った。
中には警備員らしき人が立っていた。ルイが一旦箱を置いてから許可証らしきものを見せると通してくれた。その先には大きな扉があり、その中が花を売るスペースになっていた。中は展示場みたいになっている。どうやら場所ごとに違うお店が出ているようだ。ふわり、と花の匂いが漂ってきた。
「結花、とりあえずこの箱を届けに行ってくるからそこにいろ」
ルイはそう言って行ってしまった。私は近くの花を見ていることにした。偶然、ハーブがあったので、見てみる。ハーブティーの謎が解決していないから。ハーブティーって言って最初に思いつくのはジャスミンティー。でも、ルイは違うって言ってた。そうすると、次に思いつくのはカモミールティーだよね。あと、レモングラスとかペパーミントとか。ハーブって言って最初に思いつくのはラベンダーだけど、ラベンダーティーってあるっけ?試してみても良いかもしれないけど、ラベンダーはポプリにしたいな。
「ハーブに興味があるんですか?」
私がじっくり見ていたせいか、お店の人が声をかけてくれた。
「初めて見る方ですが…、許可証は?」
「えっと…。私は付き添いです。ここで待っているように言われたので、ハーブを見てました。そろそろ帰ってくると思うので許可証が見たいならその時にお願いします」
信じてくれるか分からないけど、とりあえずそう言っておく。すると、お店の人は納得してくれたようだった。とりあえず、追い出されずに済んだ。
「あなたの店ではハーブを売っているのですか?」
…覚えていない。何て答えればいいのかな。庭にいくつかあったけど、どうなんだろう?売り物かな?
「ハーブは今、育て途中だと思います。それよりも私、ハーブで試してみたいことがあって…」
「そうですか。ハーブは香りが良いですし、工夫すれば無限大の可能性が広がっているのでしょうね」
そこでルイが戻ってきた。ルイを見てお店の人は驚いたようだった。知り合い?でも、ルイは彼に全く反応しなかったので、知り合いではないみたい。
「待たせて悪かった。届けたのはよかったが、あの人は俺に会うといつも長話してくるんだ…。何か気になる花はあったか?」
「色々あったけど、とりあえずハーブ。ハーブティー研究しないと、あとポプリも作りたいし…」
「だったら、あの店がいいかな…。結花、こっちだ、ついてこい。知り合いがやってる店がある」
私は一旦、さっきのお店の人がいた方向を見た…のだが、誰もいない。何となくさっきの人のことが引っかかったが、今はルイについていくことにした。ご縁があればまた会えるだろうし。
「ここ。安いのに品質が良い物しか売ってない。おすすめのとこ」
ルイが連れてきてくれたところにはたくさん花が売っていた。どの花も生き生きしている。この数の花を手入れするのはすごく大変だろうな。すると、女の人が向こうから来た。
「ルイ!…と、女の子!?うそ、あのルイがついに彼女を…!?」
八百屋さんと同じことを言われた。ルイが面倒そうに八百屋さんの時と同じ説明をする。
「こいつは結花。今日、俺の店に来たばっかの人。もしかしたら俺の代わりに来ることがあるかもしれないからその時はよろしく。ただ、とりあえず二週間雇ってるだけだから二週間経ったらいなくなるかも」
ルイの説明を聞いた女の人がこちらを見る。すごく綺麗な人だ。
「こんにちは、わたしはアケビ。ここのスペースを使って花を販売してるの。よろしくね」
明るくて優しそうな方だ。初対面の私にもすごく気さくで驚いたけど、嬉しい。
「はじめまして、結花です。ルイは二週間だけ…みたいなことを言っていましたが、頑張って二週間以上働きたいと思っています。よろしくお願いします」
アケビさんは面白そうに笑ってお店の中を案内してくれた。
「二人は何の花を探しているの?」
「結花が面白そうで売れそうな案を言っていたから、ハーブを買いに」
「へー、どんな案?気になるな」
「それは企業秘密かな。まだうまくいくか分かんないし。でも、完成したら知らせるから来てほしい」
二人の和やかな会話が続く。どうやらこの世界にも「企業秘密」という言葉はあるらしい。…こういう言葉もメモしておかないと、どの言葉は使えるのかを忘れてしまいそう。言葉は同じ日本語でも、けっこう不便。店に戻ったらいらない紙があるか聞いてみよう。
「ここが一応ハーブのスペース。ラベンダーはそろそろ終わりの時期だから安くなってる。カモミールもかな。じゃあ、わたしは行くけど、好きに見て行っていいからね。どうぞごゆっくり」
アケビさんは去っていった。他のお客さんもいるみたいだし、対応に忙しいのだろう。
「店の庭にあるハーブはカモミール、ジャスミン、ジンジャー。ラベンダーは売り切れたから、買っておいてもいいかもしれない」
「ハーブティーとポプリにカモミールを使う予定なんだけど、今、庭にある分で足りる?」
「……買うか。どうせ安くなってるし。ただ、無駄にするなよ。それと荷物が重くなると思うから覚悟しとけ。後で無理だって言われても知らないからな」
確かに鉢って結構重い。しかも、元の世界では売っている花はビニールみたいなものでできた鉢に入っていたけど、この世界では売り場の花もちゃんとした鉢に入っているから絶対に重いだろう。…そういえばこの世界、ビニールとかプラスチックはないのかな。
「買ってくる。絶対にそこにいろよ」
さっきと同じことを言ってルイはアケビさんのところに行った。私は他の花も見てみることにした。百合がたくさん。テッポウユリ、オニユリ、カノコユリ、スカシユリ…。どうやら百合はこの世界でも色々な種類があるようだ。可愛い…。癒される。
その時、不意に視線を感じた。きょろきょろ辺りを見ると、誰かと目があった。あの人はさっきのハーブの人。でも、私が気付いたのを見て立ち去った。…何だろう?さっきはルイを見ていたからルイに用があるのかと思ったけど。後で合流したときに話した方がいいかな。
そこにルイが戻ってきた。
「結花。これとこれ、よろしく。重いかもしれないけど、よろしく。運ぶの無理なら結花ごと置いてくから。どうする?」
「持ちます、絶対に運びます!ねえ、今さっきルイが支払いに行ったとき…」
「知ってる。巻き込んで悪い。あの人のことは知らないが、心当たりはある。…後で話す」
さっきの人、何だったんだろう?何か悪いことにならないといいけれど…。
その後、魚屋さんとかにも寄って店に戻ると、辺りはかなり暗くなっていた。
「疲れた…。最初にどこに行くか言ってよ…。あんなに歩くなんて聞いてない」
ルイは聞こえないふりをして、買ってきた花を庭へ運んだ。一人だと時間がかかりそうなので、手伝う。更に疲れたので、ジャスミンティーの余りを飲むことにした。
「ルイもいる?ルイのお母さんのじゃないけど…」
「もらう。おいしかったから」
そう言ってルイは慌てて口を押えた。でも、もう遅い。
「本当!?本当においしかったの?良かったー!ありがとね、ルイ!」
「べ、別に?飲めなくはなかっただけだ!悪くなかっただけだ!夕食作ってくる…!」
ルイは逃げるように台所へと向かっていった。でも、私はとても嬉しかった。案外、ルイは意地悪な奴じゃないのかもしれない。そういえば、さっき私がつまずいたときだって助けてくれたし。
「ねえ、ルイ、何か手伝おうか?二人でやった方が早く終わるよ?」
「いい。お前に任せたら味がどうなるかわからん」
即答してきた。…前言撤回しようかな?
第三話のルイの言葉の中に出てくる、「白のヒガンバナ」についてですが、この花にはちゃんとした名前があり、リコリス(別名 シロバナヒガンバナ)というそうです。ちゃんとした名前を書いてなかったな、と思い書きました。