第三十八話
ルイは部屋の扉を開けたが、何故かそこで固まった。何だろう?と思って中をよく見てみると、何故か人口密度がすごいことになっている。…何で?すると、ジェシカさんが私たちに気付いてひらひらと手を振った。
「お、ちょうど良かったね。たった今、魔術師を捕まえたところだよ。ここにいるのは、みんな魔法協会の魔法使いだから安心していいよ」
ジェシカさんはそう言ったが、よくよく見ると、所々怪我をしていた。切り傷が多い。
「だけど、サーニャ様にちゃんと謝らないと。この部屋、だいぶ壊れちゃったし。だってさ、なかなかヘルが降参してくれなかったんだもん。最後はとりあえず、わたしが編み出した超強力な攻撃魔法使っちゃった。そしたら、周りへの影響がすごくてね。失敗したなあ…。魔法の花の分量とか、間違えちゃったのかも!」
「本当だよね…。僕まで攻撃されかけてたよ。ということで、後でちょっと話があるからね?」
そこにやって来たゼンさんがそう言うと、ジェシカさんはそっぽを向いた。そんなジェシカさんにゼンさんは苦笑いした。
「でも、ジェシカが元気になって良かった。僕もジェシカがいないとつまらないしね」
「つ、つまらない、ってどういうこと?!わたし、玩具とかじゃないんだけど…」
「まあね。でも、ジェシカってけっこう単純だし?」
…また二人の喧嘩が始まってしまった。ネネもその勢いに目を丸くしている。すると、サーニャ様が部屋に入って来られた。そして、戸惑ったような表情で部屋を見る。
「えっと…、これは一体どういう状況なのかしら?誰か説明して頂けるとありがたいのだけど…」
すると、この前会った隊長さんがサーニャ様の前に出て、状況を説明した。その上で、謝罪する。
「あなたの大切な家を壊してしまい、誠に申し訳ありませんでした。魔法を使って直します」
すると、その場にいた魔法使いさんたちが一斉に頭を下げた。さっきまで言い争っていたジェシカさんたちもだ。しかし、サーニャ様は微笑を浮かべておっしゃった。
「みなさん、頭をお上げになって。そもそもこの事態はネネにも原因があるもの。あなたたちのおかげでネネが元に戻ったのだし。むしろ、あなたたちには感謝しかないわ。ね?」
しかし、ネネがそれを否定した。
「お母様、確かにあたしが原因だけど、一か所だけ違うわ。あたしを元に戻してくれたのは、結花よ」
ネネ!?いや、それは正しくない。私はただ、ネネとお話ししただけだ。元に戻してなんかいない。そう思った時、部屋の端にさりげなくいたらしいヘルさんが口を開いた。
「ネネの言う通りですよ。私がここに来たのは、ネネにかけた魔法が解けてしまったのを感じたから。そして、その時、ネネの近くにいたのはあなただけです」
「ヘルさん、さりげなく人の心を読まないでください!」
しかも、こんな大勢の前でそういうことを言うのは、本当にやめてほしい。何かすごく恥ずかしいんですけど。すると、サーニャ様が私の両手をぎゅっと握った。
「結花さん、本当に、本当にありがとう!あなたには感謝してもしきれないわ」
「い、いえ、その…、どういたしまして…」
でも、なぜか急に意識がもうろうとし始めた。すると、異変に気付いたらしいルイが私のそばに来た。
「結花!…やっぱり、もうちょっときつく縛っとけば良かったな。また、血が出てきてる…」
ルイのその言葉を聞いた直後、私は意識を失った。
ルイは倒れかけた結花を支えた。声をかけてみるが、反応しない。すると、サーニャが冷静に言った。
「医者を呼ぶわ。ちょっとそこで待っていて。ああ、でも、どこかに寝かせた方がいいかしら?ネネ、空いている部屋に案内してちょうだい」
ネネはうなずいて、ルイを近くの部屋に案内した。ルイは、その部屋のベッドにそっと結花を下ろした。後から、ジェシカとゼンもやって来る。
「隊長に、お世話になったんだからちゃんとお礼を言ってきなさい、って言われたの。あ、ついでに言うと、ヘルはそろそろ魔法協会に連れて行かれると思うよ。何か話したいこととかあったら行って来たら?わたしたち、しばらくここにいるつもりだし」
ジェシカがそう言ってくれたので、ルイは一旦、ヘルのところに行くことにした。
ネネの部屋に戻ると、相変わらずたくさんの魔法使いたちがそこにいた。ルイはヘルに近寄る。
「ヘル、あんたが魔法使いだって聞いてから一つ気になってたんだけど、聞いてもいいか?」
「気になってたこと、ですか?何でしょう?」
ヘルは少し怪訝そうにルイを見た。
「何で、あんた、俺の父に仕えてたんだ?父がかなり欲深いからだと思ってたけど、この際、ちゃんと聞こうと思って」
「…そうですね。それは、本当に気まぐれとしか言いようがないですね。でも、案外あの人といるのが面白くて。まあ、その分、かなり怖かったですけど。たぶん、私が今までに会った人々の中でトップクラスの怖さじゃないでしょうか?」
そう言って、ヘルは楽しそうに笑った。ルイはしばらく黙ってそこにいたが、立ち上がった。
「あれ、私に他にも何か言いたいこととかあったんじゃないですか?」
「まあ、あるけど。でも、よくよく考えたら今何か言ったってどうにもならないしな。でも、もし、また結花に何かしたらその時は容赦なく植木鉢で殴る」
「植木鉢は遠慮しておきます。死にたくないので」
ヘルは苦笑いしてそう答えた。ルイはその場を去り、結花たちがいる部屋に戻った。
「出血量が少し多いですね…。ですが、気を失ったのは、恐らく極度の緊張が原因でしょう。しばらく安静に寝かせておいて下さい。念のため、薬を出しておきましょうか」
結花を診た医師はそう言って、薬の説明をしてから帰って行った。結花はまだ眠っている。腕にはちゃんと包帯が巻かれていた。
「あ、ネネ様、すみません。ハンカチが…」
「そんなのいいわ。気にしないで。それに、元はと言えばあたしがいけなかったんだし。お互い様、ってことでいいんじゃない?」
ルイの謝罪にネネはあっけらかんとそう答えたが、サーニャが呆れたように言った。
「全くもう…。全然お互い様じゃないわよ。今度、ネネが王宮から帰ってきた時にでも、お見舞いに行くわ。本当にネネがご迷惑をおかけして申し訳なかったわね…。あと、魔法使いさんたちもありがとう」
「いえいえ。わたしなんか、途中参加だったし…」
「僕がもう少し早く迷路を突破していれば良かったですね…。遅くなってしまったせいで結花さんは怪我を…。ネネ様にも怖い思いをさせてしまったでしょうし。こちらこそすみません」
ゼンは少し心配そうにネネを見たが、ネネは大丈夫、というように首を振った。
「ところで、結花さんはどうする?もう少し、ここで寝かせておくべきかしら?それとも、すぐにお店に帰った方が良い?わたくしはどちらでも構わないけれど…」
ルイは少し考えたが、夕方まではこの屋敷にいることにした。しばらく安定したところで寝かせておきたい、と思ったのだ。ジェシカが言った。
「わたしたちも結花が起きるまであなたたちのところにいるわ。さっきね、隊長からメッセージが来て。結花が起きるまで帰ってくるな、みたいなことが書いてあったよ」
意識が急上昇していくような気がした。急に目の前が明るくなる。何だろう、と思って目を開けると、そこはいつもの小屋の中で、ジェシカさんが窓のカーテンを開けていた。私がジェシカさんに声をかけると、ジェシカさんは一瞬、ぎょっとしたように私を見た。
「う、うそ…、と、とりあえず、おはよう、結花。えーっと…、倒れる前のことは覚えてる?」
少し考えて思い出した。私、お屋敷で倒れちゃったんだった。ジェシカさんによると、それから三日も経っているらしい。寝すぎだな、私…。ふと気になって傷口を見てみると、そこにはちゃんと包帯が巻かれていた。でも、外そうとしたら、ジェシカさんに止められた。
「まだちゃんと傷口が塞がってるわけじゃないから、外さないで!」
私がうなずくと、ジェシカさんはほっとしたように笑った。
「じゃ、わたしはゼンとルイを呼んでくるよ。そこで大人しく待っててね。まだベッドから下りちゃダメだからね?」
しばらくすると、ジェシカさんが二人を連れて戻ってきた。二人とも、起きている私を見て驚いていた。
「まあ、でも、起きて良かったです。隊長にもちゃんと報告できますし」
「実はね、隊長から、結花が起きるまで戻ってくるな、って言われてて」
「そうだったんですか?すみません、引き留めちゃって。協会を離れていても大丈夫なんですか?」
「まあ、何とかなってると思うよ。でも、お昼くらいになったら帰らないとね。まだ、仕事が残ってるから」
どうやら二人は魔法協会に戻ったら、ヘルさんをこの後どうするか、という協議に参加しなければならないらしい。二人とも、どこか面倒そうだった。でも、帰る、となると二人ともささっと準備を済ませ、正午頃、私たちとお別れした。店の前の道に出る。
「そういえば、一か月後、ここら辺でお祭りがあるんでしょ?その時に来るよ。楽しみだなあ」
ジェシカさんが去る直前にそう言った。え、そうなの?初耳なんだけど…。
「それまでに全部片付いているといいんだけどね…。それに、片付いたとしても、外出を許してくれるかどうか…。まあ、行けるように頑張ります」
「ああ。俺らも楽しみにしてる。でも、こいつみたいに無茶するなよ」
とルイが言った。私が無茶したのは否定しないけど、一言余計だ。『こいつみたいに』ってわざわざ言わなくてもいいと思うんだけどな?
「無茶はしたくないですけど、どうでしょうね…。善処します。…それでは、お世話になりました。どうかお元気で」
「また一か月後に会おうね。それと、結花、お大事に。あ、あと、アケビさんによろしくね!」
魔法の花の光が強まり、二人の姿がその場から消えていった。何だか急に寂しくなる。
「…というか、もしかして、私が寝てる間、ルイ、ずっと一人で店番してた?」
「まあ、そうなるな。あの二人は基本的に魔法の研究しかしてなかったからな…。結花が来る前は一人だったから慣れてるけど、でも、やっぱり結花がいたほうがいい。案外、ポプリ目当ての客とか多かったからそっちの対応が大変だった」
その時のことを思い出したらしく、ルイは苦笑した。
「ごめん、それじゃ、今から早速ポプリ、作ろうか?」
「いい。まだ本調子じゃないだろ?寝てろ」
気遣ってくれたのは嬉しいけど、私がいなくても取りあえずは何とかなる、っていうのが悲しい…。私が少ししょんぼりしていると、ルイはそれに気付いたらしく、言った。
「そうだな…、夕方の買い物は一緒に行くか。アケビがすごく心配してたし」
「本当?行く行く。絶対行く!」
「決まりだな。…でも、腕、大丈夫か?まだ痛いんじゃないか?」
私は怪我したところを見た。でも、そこまで痛くない。さっき、物にぶつかった時は痛かったけど。
「本当に悪かった。もっと早く着いてたら、倒れることもなかっただろうし…」
「大丈夫だって。こっちももうちょっと防ぎ方を工夫していたら何とかなったかもしれなかったし」
ルイは少し笑ってぽんぽんと私の頭を叩いて、お店の中に入っていった。?急にどうしたんだろう。
「早く入れ。扉、閉めるぞ」
「早っ、そもそも急に中に入っていったのはルイの方だからね?!」
私は慌てて中に入った。そして、いつも通りだな、と思ってしまった。ここに来てまだ二週間くらいしか経っていない。でも、私はその前からずっとここにいたように感じた。不思議だ。
「これからもよろしくね、ルイ」
「は?何だよ急に?まあ、でも、よろしく」
扉を閉める直前、爽やかな風がお店の中を吹き抜けていった。
二章完結です!明日から三章に入っていきます。今後ともよろしくお願いします。
読んで下さり、ありがとうございました。




