第三十六話
二章も終わりに近づいてきました。
「ところで、どうやってネネにかけられた魔法を解くの?」
サーニャはそう言えば聞いていなかった、と思い、二人に尋ねた。すると、予想外の答えが返ってきた。
「それなのですが、実は、分かっていないんです。その人によって変わるので…。それを見つけるためにも、結花はネネ様と話しているんです」
ゼンがそう言うと、サーニャは納得したようにうなずいた。しかし、少し心配そうに上の方を見る。
「ネネは一体、何を望んでいるのかしら…?結花さんが見つけてくれるといいのだけど…」
その時、メイドがやって来て、サーニャに目配せした。どうやら、サーニャに話があるらしい。サーニャはすぐにそれを理解して二人に言った。
「ごめんなさい。少し席を外すわね」
その場に二人だけが取り残される。すると、ゼンがルイに話しかけた。
「もしかしたら、ヘルが来るかもしれません。その時は、僕たちもネネ様のところに行きます」
「ヘルが?でも、一人で対抗できるのかよ?ここにいる人の中で魔法使えるの、あんただけだろ。大丈夫なのか?」
「どうでしょう。ジェシカがいれば、けっこう戦力にはなるんですけどね…。まあでも、何とかします」
ルイがそれに何か答えようとしたその時だった。ゼンが窓の外をにらんだ。
「噂をすれば…、ってやつですね。ヘルの気配がします。恐らく、僕の魔法の気配を感じたんでしょう…。サーニャ様は戻ってきていませんが、行きましょうか」
そう言うと、立ち上がり、扉を開けた。ルイも後に続く。…が、そこで立ち止まった。
「何だよ、これ…?!」
さっき来た時はまっすぐだった廊下がぐねぐねと曲がっている。しかも、大量に道が枝分かれしていて、どこにどう繋がっているのかが全く分からなくなっていた。それを見たゼンは舌打ちした。
「先手を打たれましたね。僕らをなかなかネネ様の部屋へたどり着けないようにしたかったのでしょう」
「どうするんだよ、この意味分かんない道…。このままだと…」
「一つ一つ、地道に探していくしかないですね。とりあえず、右行きましょう。あ、はぐれるかもしれないので、離れないようにしてくださいね」
ルイは、ゼンの後を追いつつ、結花たちが無事でいることを願った。
「…本題、って一体?」
私がそう聞くと、ネネ様はにっこりと笑って返した。
「この前も言ったけど…、結花、一緒に王宮に来てくれない?あたしと一緒なら、何も心配することはないわ。それに、あたしなら伝わらない言葉とか、ないはずだよ。さっきだって、『浮世絵』、他の人に伝わってなかったよね?」
「…。私は、王宮には行かない。私はずっと…、あのお店にいたいから」
ネネ様は目を丸くした。そして、にらむように私を見た。目が合う。でも、この前ので耐性がついたのか、一瞬頭がぼーっとしたが、すぐに治った。
「どうして?あたしと来た方が、絶対楽だよ?だから……」
ネネ様が必死にそう言った。私は、この前の時から、とある疑問を抱いていたので、聞いてみることにした。
「ネネは…、どうして私と王宮に行きたいの?何か、大事な理由があるの?」
「だって…、できるわけないもん。このお屋敷には、母様や父様みたいに、あたしのことをこの世界の他の人と同じように接してくれる人が、たくさんいる。でも、王宮にはそんな人、一人もいない!この前、王宮に行ったの。でも、みんな、あたしを腫れ物に触るように扱ってた…。そんな中で働くなんて、絶対無理…。でも、同じ世界から来た、結花なら…、王宮の人みたいな態度、取らないでしょ?」
そういえば、前にルイが、この国の人は、なかなか他の文化を受け入れられない、というようなことを言っていた。私の場合は、私が異世界出身だと知っている人がみんないい人なおかげでネネ様が体験したような扱いはされていないけど、たぶん、実際にはそういうことの方が多いのだろう…。
「理由は分かった。…でも、私が本当にわがまま言ってるのは分かるけど、ネネと一緒には行けない。…あ、あと、念のため言っておくけど、私にその魔法、効かないから」
すると、ネネ様は「え…」と小さくつぶやいた。
「ど、どうして…?ヘルは、絶対に効く、って言ってたのに…。でも、確かに、全く効いてなさそうね」
「まあ、その話はけっこう大事なんだけど、一旦置いといて、その上で提案があるの」
「て、提案…?何の?」
急に『提案』と言ったせいか、ネネ様は怪訝そうな表情になった。私はうなずく。
「根本的な解決にはならないけど…、私たち、友達にならない?」
「…は?結花、あなた、何言ってるの?どこがどうなってそうなったの?というか、急に何で…」
「ダメ?でも、私はネネと友達になりたい。王都には一緒に行けないけど、ネネと色々話したいもん」
友達になりたい、というのは本心。同じ世界から来た人がいたら色々話してみたい、とずっと思っていたのだ。
「…!ダメじゃ、ないけど…。でも、聞きたいんだけど、どうして結花は王宮に行きたくないの?」
確かに、これだけ頑なに断ってるし、疑問に思うだろう。でも、何で、と言われると、何て答えたらいいか分からない。大した理由じゃないし…。ネネ様が答えを待つようにじっと私を見ている。
「上手く言えないんだけど…。ルイと約束した、って言うのもあるけど…、私自身、何て言うか…、ルイの傍を離れたくない…、というか?自分でもよく分からないんだけどね」
しかし、ネネ様の反応が全く無い。なぜか、ネネ様は呆然としたような表情で私を見ていた。しばらくして、こう言った。
「つまり…、結花は、恋をしている、ということなの?というか、そうだよね」
…!?何かそれ、色々な人に言われてる気がする。何でみんな、そっちに持ってくのかな?
「それは自分でもよく分からない…。というか、それが恋とは限らなくない?」
「は…!?鈍感すぎでしょ…。恋じゃなかったら何なのよ、それ…。結花って、…鈍感だね」
さりげなく、『鈍感』って二回言われた!?というか、それは今、どうでもいいって!
「話を元に戻して…。さっきの提案、どうする?」
「…手紙送ったら、返事くれる?」
「もちろん。楽しみに待ってるから。あ、それなら、シェーロン語、誰かにちゃんと教えてもらわないと…。でも、ちゃんと返事書くよ」
「…こっちに帰ってきた時、お喋りしてくれる?」
「うん。そしたら、王宮でのこととか、色々教えて。あ、その時は、お花とか持っていくね」
ネネ様は嬉しそうに笑った。
「いいよ。…というか、びっくりした。友達になる、っていう発想はなかったなあ。最初から、そうしておけば良かった。…ところで、全く違うことなんだけどさっきの魔法の話、どういうこと?」
そういえば、「後で」って言って説明していなかったな。忘れていた。
「この前、ネネがお店に来た後、とある魔法使いさんたちに会って、ちょっとした実験をしたの。それで分かったんだけど、異世界から来た人って、魔法にかかることはあっても、魔法の『影響』は受けないんだって」
「そうなの?だから効かなかったのか…。あ、でも、どうしよう。このまま王宮に行ったら、大変なことになっちゃうよ?!」
ネネ様が少し慌ててそう言ったその時だった。ふわり、と大きく部屋のカーテンが揺れた。それは、風のせいだけではなかった。
「それは心配しなくて大丈夫ですよ。どうやら、魔法が解けてしまったみたいなので」
いつの間にか、窓際に誰かが立っていた。…でも、この声は何回も聞いたことがある。その人は、カーテンの陰からゆっくりと姿を現した。…このタイミングで、来てしまった。ネネがその人の名前をつぶやいた。
「ヘル…!?」
「そんな嫌そうな顔しないで下さい…。そこは、嫌でも笑っておきましょうよ?」
その人―、ヘルさんは苦笑いしてそう言った。…少し怖い。でも、一応、作戦では、ヘルさんが現れたらすぐにルイとゼンさんが来るはず。だから大丈夫。だが、ヘルさんは私の心を読んだかのように言った。
「あなたと一緒に来た二人がここに来ると、思っているんですか?でも、残念ながら、あの二人はなかなか来ないと思いますよ?どうします?」
「…どういう、ことですか?」
「ちょっと足止めさせてもらいました。たぶん、しばらくここに来れないと思いますよ。実は、魔法を使って、この建物の廊下を迷路風に変えてみました。上手くいくか心配だったんですけど、予想以上の出来ですよ」
どこか嬉しそうにヘルさんはそう言った。でも、それが本当なら、私たちにとっては全然嬉しくない状況だ。すると、ヘルさんは部屋の扉に近付いた。
「気になるなら、見てみますか?面白いことになってますから」
そう言うと、私たちの返事を全く聞かずにヘルさんは勢いよく扉を開けた。
「……っ!」
さっきまでまっすぐだった廊下が、ぐにゃぐにゃと曲がっている。しかも、大量に分かれ道がある。来た時は、こんなにたくさん曲がり角はなかったはずだ。
「すごいでしょう?一階も同じ風になっているので、たぶん、階段を探すのが大変でしょうね」
ヘルさんは他人事のようにそう言った。いや、おそらく、ヘルさんにとっては本当に他人事なのだろう。ヘルさんはぱたん、と扉を閉めた。
「さて、ここで本題に戻りましょう。…正直、驚きました。全てが予想外です。異世界人に『影響』が効かないことも、ネネにかけた魔法が解けてしまったことも…。あの魔法を作った時は、異世界人に関することを全く考えていませんでしたから仕方ない、と言えばそうなのですが。そもそも、その頃は魔法にしか興味を持ってませんでしたし」
「…どうして、ネネに魔法をかけたんですか?」
「言ったでしょう?ルイとあなたが離れてくれれば何でも良かったので。でも、こうなるんだったら、あなたに直接、何か魔法をかけておいた方が良かったですね」
ヘルさんがさりげなくぞっとする発言をした。
「確かにそう言ってましたけど、どうして私とルイを離すために、ネネに魔法をかけたんですか?」
「ああ、そういうことですか。まあ、同じ異世界人なら、何とかなるかな、と。私なりの配慮みたいなものですよ。無理矢理離すのは申し訳ないな、と思ったので。それだけです。…主には、きっと、そんなの必要ない、とか言われるでしょうけど」
全然嬉しくない配慮だ…。でも、どうしてここに?ネネにかけた魔法が解けたなら、ここに来る意味はないはずなのに…。すると、ヘルさんは再び私の心を読んだかのように言った。
「確かに失敗しましたけど。…でも、このまま帰ると主に怒られそうですし。どうせならちょっとくらいは成果を出しておいた方がいいと思いまして」
ヘルさんは微笑を浮かべた。でも、その瞳は氷のように冷たい。
「なので、こうするしかないな、と思ったわけですよ」
その手には、いつの間にか、魔法の花。何となく、ヘルさんが何をしたいのかが分かった気がした。
「ちょっ…と、待って!明らかにそれ、私たちにとって不利ですよね!?」
「確かにそうですね」
何か問題でも?というような感じで言われた。その答えを聞いて、確信する。
ヘルさんは、私たちを攻撃しようとしているのだ。
ヘルさんがいつも急にやって来るので、作者自身、かなり困っています…。
本文中、結花の、ネネの呼び方が急に「ネネ様」から「ネネ」に変わっていますが、友達になった、ということでわざとそうしています。違和感あるかもですが、よろしくお願いします。
読んで下さり、ありがとうございました。




