第三話
一段落着いたところでルイが再びやって来た。
「そろそろ店も手伝え。夕方は客がたくさん来る可能性が高い」
ちょっと休憩させてほしいけど、まあいいか。私はうなずいて台所を出た。
花屋さんスペースに着くと、ちょうどお客さんが来た。ルイは微笑を浮かべ、その人に声をかけた。
「いらっしゃいませ、どんな花をお探しでしょうか?」
私と話している時とは全然違う雰囲気だ…。そう思ったが、口には出さなかった。やって来たお客さんは老婦人。ものすごく上品そうなお方だ。でも、どこか悲し気な表情をしている。
「実はね、私の知り合いが亡くなってしまって、お花をお供えしようと思ったのだけど、その人は異世界の文化が大好きだったから異世界の文化を取り入れたようなお花が欲しくて。何かないかしら?」
「そうですか…。それはご愁傷さまでした。少しお待ちください」
ルイはそう言って何故か私を庭へと引っ張っていった。…この差は何なんだろう?確かにさっきの方はお客さんだけど、それにしたって性格が変わりすぎだと思う…。それを言ったら絶対に怒られるだろうけど…。
「ちょ、ルイ、急にどうしたの?」
「元の世界で使ってた花、教えてほしい。…あの人は異国出身の俺にも優しく声をかけてくれた人だ。だから、その…、少しでも役に立ちたい」
「分かった。…けど、その前に。この世界ではこういう場合、どんな花を使うの?」
この世界と元の世界での使う花の違いが気になったので、聞いてみることにした。
「…、白い花が多い。百合とか、スズランとか。他には白のヒガンバナだったり…」
要するに、白ければ何でもいいってことなのかな?そう思いつつ、元の世界のお花を思い出す。家の仏壇に供えられていた花は…菊が一番最初に浮かぶ。この時期だったらキキョウとかもありだよね。ただ問題は、この世界にこれらの花があるかどうか、ということ。それに菊は季節的にもう少し先のものが多いだろう。元の世界はビニールハウスとか電照栽培とか色々な方法があったけど、この世界はどうだろう?
「ルイ、ここにはビニールハウスとかあるの?」
「は?びにーる…?聞いたことはないが…」
…ということは、ない、ということでいいのかな。そもそもこの世界にビニールはあるのだろうか…。まあ、それは一旦置いておくとして。たぶんこの時期は菊はない。そうすると、ダリアとかキキョウ、マツバギクとかがいいのかな。あ、もしかしたらユウゼンギクがあるかも。
マツバギクの開花時期は4~7月。今の時期ならぎりぎりあるかも。ただ、本当にぎりぎりだから、あまり長持ちはしないかもしれない。それからユウゼンギクは6~10月が開花時期。品種がたくさんあるから一つくらいはあると思う。
ルイは一旦、接客の為に花屋さんスペースに戻ったので、私は一人で庭に出た。相変わらず日差しが強い。この世界に日焼け止めがあったら絶対に買おうと思った。もし、この世界に来るまでに猶予があれば、色々と準備できただろうな…。どうでもいいことを考えつつ、とりあえず、菊っぽいものを探してみることにした。広い庭にたくさん置かれている鉢には一個一個、ていねいに花の名前が書かれているみたいだけど、残念ながら私には読めない。なので、いつか花の名前を日本語とシェーロン語で書いてまとめたものを作ろう、と思った。
「どの花を探してるんだ?」
そこで急にルイがやって来た。お客さんはどうしたんだろう?すると、私の疑問を読み取ったように、
「新米店員の世話をしなきゃいけないから…って、少し抜けてきた」
意外と優しいかもしれない。私は遠慮なくルイに花探しを頼むことにした。
「ダリア、キキョウ、それから菊っぽい花を探してるの」
「…菊っぽい花って何だよ?今の時期、菊はないぞ」
それを聞いて、もしかして、と思った。私の言った菊は供えるための小さいものだけど、普通に「菊」とだけ言われて想像するのは、神社とかで秋に見られる大きい菊の花。…説明するの、難しい。
「えっと…、私が今言ったのは、大きいのじゃなくて小さい菊。菊って色々な種類があるでしょ?中には夏とかに咲いている小さい菊があって…。形が似ているのは、…あ、カモミールとか?」
それを言うと納得したらしい。すぐにささっと見つけてくれた。すごい。私も場所を覚えた方がいいかもしれない。お客さんが来たとき、すぐに渡せるほうがいいよね。
「キキョウは紫色しかないからいいとして…、他の花は何色にするんだ?色々種類あるけど」
「うーん…。キキョウの色が濃いから他の花は淡い色とか白とかがいいのかな…」
「だとすると、この鉢とこの鉢がいいかもしれないな」
そう言ってルイは珍しく(と言っても会ってから少ししか経っていないけど)嬉しそうに笑みを浮かべた。
数分後。ルイは私の選んだ花で花束を作って持って来た。キキョウ、ダリア、小さめの菊に似た花。ちなみに菊の花はユウゼンギクやマツバギクがなかったので、似ている花を使った。キキョウの濃くて少し暗めの紫色と、ダリアなどの明るい白やピンクがマッチしている。けっこう可愛い。亡くなった方が男性だったら少し可愛すぎるかもしれない。ちょっと心配。ルイいわく、
「これくらいでいいんじゃないか?この世界の白い花束もけっこう明るいし」
適当である。とりあえず私たちは花屋さんスペースに戻った。
「お待たせいたしました。こちらになりますが、いかがでしょうか?
ルイがそう言って老婦人に花束を見せた。老婦人は受け取ってじっくりと見つめる。
「まあ、可愛らしい…。この花を選んだ理由を教えていただけない?」
するとルイが私の背中を押して老婦人の前に立たせた。…私が説明するってこと?唐突だな…。
「花を選んだのはお前だ。説明するのは当然だろ?」
確かにそうだけど。…けっこう適当だよ?菊が良さそうって思いついたのはいいけどこの時期は菊があまりなさそうだからってことで代わりを入れちゃったし。それにダリアは大きさ的に良さそうとおもっただけだし、キキョウに至ってはこの時期に咲くものを入れたいなって思っただけだし。自信ないよ…。
「…。あなた、お名前は?」
私が説明の仕方に迷っていると、老婦人の方から質問してきた。
「私、結花です。あ、それでそのお花なんですけど。異世界のお供えするための花は菊が定番なんです。でも、暑い夏の時期は菊はほとんど咲いていません。なので、菊の花は似ている花で代用しました」
老婦人はうなずいた。ルイは何も言わずにこちらを見ている。私は話を続けた。
「キキョウの花は季節の花ですし、色合いも落ち着いているのでいいかな、と。ダリアの花は少し大きめの花も必要かと思ったため選びました。…実を言うと、私は花束の花を選んだことがなかったので、合っているかは自信がないのですが、お受け取り頂ければ嬉しいです」
言っているうちにだんだん自信がなくなってきてしまう。でも、老婦人は明るい声で
「素敵な花束。…確かにこの国では見ないような選び方だけど、これは異世界の花束なんでしょう?きっとあの人も喜ぶわ。ありがとう」
老婦人は笑っていた。嬉しそうで、でもどこか寂しそうな笑みだった。
「…っ!こちらこそ、ありがとうございます!」
「ルイさん、お会計をしたいのだけど、お代はいくらかしら?」
すると、ルイは謎の言葉を言った。恐らく、この世界の通貨の単位。老婦人はお金らしきものを払ってお店を出た。大事そうに花束を抱えながら。私たちは老婦人を見送った。
「ルイ、さっきのお客さん、異世界の文化を取り入れた花束が欲しいって言ってたけど、どんなものだか知ってたのかな?というか、知らないと判断できないよね」
「ああ…、たぶんあの人は知らなかったと思う。それでも良かったんじゃないか?それか俺が異世界の花束を知ってると思ったのかもしれない。俺の母さんが異世界から来たことは意外と広く知られているからな」
「…ばれたかな?私が異世界から来たこと?ちょっと心配」
「さあ?そう簡単にはばれないんじゃないか?まあ、ばれてたとしてもあの人は口が堅いし。…ところで、ジャスミンティーはどうしたんだ?上手くできてない…ってことはないよな?」
急に話題が変わった。というか、ひと言余計!でも、そういえば確かにジャスミンティー、どうなった?気になるけど、今、様子を見に行ってもいいのかな?そもそも香りがついてるかどうか。でも、ルイが気にしているようなので、台所に行くことにした。
台に置いてあるジャスミンの花入りのお茶が入った容器のふたを開けるとふわっとその場に優しい香りが広がる。香りはたぶんついたと思う。
「問題は味なんだよね…。味見しとけばよかったなあ…」
ちょっと後悔。でも、今さら後悔してもどうしようもないので、とりあえず容器の中にあるジャスミンの花を全て取り出し、お茶をカップっぽいものに入れた。そしてそれを持って行く。
「はい、どうぞ。一応ジャスミンティー。ルイのお母さんの作ったお茶じゃないかもしれないけど、それを明らかにするためにも飲んでみて」
すると、ルイはじっとお茶を見て、ひと言。
「…ものすごい苦いお茶、とかじゃないよな?」
…味見してないって言ったら飲んでくれない、よね?うん、黙っておこう。私が何も言わないでいると、ルイはようやくカップを手にし、もう一回じーっとお茶を見てからようやく飲んでくれた。でも、すぐに怪訝そうな表情をして、カップを置いた。苦い、という表情ではない。…ということは、味は大丈夫だったのかな…?
「これ、母さんのじゃないと思う。味は悪くなかった。意外とお茶入れるのは下手じゃないんだな。でも、明らかに香りが違う」
味が苦くないことにはほっとしたけど、香りが違うということはジャスミンティーではない。他のハーブティーも作る必要がある。カモミールティーとか。
「せっかく作ってもらったのに悪かった。でも、けっこう良かったからお店で出してもいい」
「明日も他のハーブで作ってみるね」
その後、数人お客さんが来て接客をした。この人誰だろう?というような視線が多かったが、何とか無事にその日の営業は終了した。
お花についての知識があまりないので、植物図鑑を見ながら物語を書いています。けっこう楽しいです。