第二十三話
その頃、ヴェリエ国の誰も立ち入らないほど深い山の中にある施設の中では慌ただしくたくさんの人たちが動いていた。その人たちは皆、街では見られないような不思議な道具を持っている。もし、その姿を見た者がいたら、こう考えていただろう。まるで今はもういない魔法使いのようだ、と。しかし、誰もその予想があっているとは思わないはずだ。
ここは、魔法協会本部。この世界の最後の魔法使いたちがとある目的のために日々働いている。しかし、公には既に魔法協会はなくなったものとなっている。また、魔法を使える者がいると知られれば必ず悪用する者が出てくるという二つの理由から、人目のつかない山奥に協会があるのだ。また、魔法の存在を隠すための対策は更にあり、協会に入った者は基本的に二度と外の世界に出ることはできないという決まりがあった。ただし、例外はある。それは、魔法協会が探しているある人物が現れたとき。そして、その人物に接触するとき。
魔法協会中が動きだす少し前のこと。魔法協会の一員であるジェシカは同僚のゼンと、世界中に張られている魔法感知システムのモニターを確認していた。いつも通り、異常なし。ジェシカは思わずため息をつく。
「あーあ、暇だー…。魔術師の捜索ってさっさと諦めた方が早いと思うんだけど」
再びモニターを見るが、やはり異常はない。いつも通り、モニター上の地図の丸い点は青色になっている。この点は感知システムのある場所を示していて、もし約1000年前のような魔法を感知したら赤色に変化する。そして、この魔法協会中にアラームが鳴り響くらしい。「らしい」と伝聞の言葉になっているのは、過去100年ほど、全く魔法を感知していないからだ。
「…それ、他の人の前では言っちゃダメだからね?みんなの士気が下がっちゃうよ」
「大丈夫だって!ゼンの前でしか言ったことないから。安心して」
「どうかなあ…。ジェシカのことだから、その言葉を忘れてみんなに言いそうだよね」
ジェシカはそれに答えず、再びモニターを見た。相変わらず、青色である。モニター監視を他の人と交代するまであと一時間。退屈だ。モニター監視をする暇があるなら、魔法の特訓をしていたい。
「でも、もし今赤色になったらどうするの?一気に忙しくなると思うけど?」
「そうだねー。たぶんわたしたちが調査することになるよね!ゼンと外に行くなんて楽しみ」
「のんきだねえ…。というか、何で僕も調査隊に入ってるの?」
その時だった。ジェシカはある異常をモニター上で確認した。100個以上ある丸のうちの一つが紫色になっていた。そして、それはみるみると赤色に変わっていって…。ジェシカが驚いていることに気付いたゼンもモニターを見る。そして、つぶやいた。
「え、これって、もしかして…」
リリリリリリリリリ!!!!!
急に大きな音が建物中に鳴り響いた。鼓膜が破れそうなほど大きいその音に、ジェシカたちは耳をふさいだ。窓辺にいた鳥たちが驚いて飛んで行く。しばらくすると、音は鳴りやんだ。
「何だったのあの音…。大きすぎない!?無駄に大きすぎない!?」
「確かに。耳が破壊されるかと思った。噂に聞いてたよりひどかった…」
すると、ドタバタと音がして、一斉に協会の中にいるほとんどの人たちがジェシカたちのいる部屋に入ってきた。その中の一人、この協会で高い地位を持つ一人である隊長がジェシカに話しかけた。
「ジェシカ、たった今、アラームが鳴った。どこで確認されたか教えてくれ」
ジェシカは手元のコンピューターを使って、赤色に変わった地点を拡大した。
「報告いたします。感知システムが作動した場所は、シェーロン国。ヴェリエ国に近い街です。ただ、ここには領主の館があり、影響が懸念されます」
「そうか…。ついに現れたな、魔術師。…聞け!これから役割分担する。本当は対策会議でも開きたいところだが…。時間がない。まず、ジェシカ、ゼン」
「「はい!」」
「お前たちは今すぐシェーロン国に向かい、情報収集しろ。すぐに出発すれば、深夜までには着くはずだ。もし魔術師を見つけたらすぐに連絡しろ。くれぐれも無理はするな」
「了解しました」
ジェシカとゼンはすぐに支度し、魔法協会を出た。目指す先は、シェーロン国…。
目を覚ました私は一瞬驚きで固まってしまった。なぜなら、近くにルイの顔があったからだ。…反応の仕方に困る。というか、どういう状況?えーと、確か、ネネ様が来て、お話しして、何かおかしくなったんだけどそこにルイが来てくれて…。その後の記憶がない。
「もしかして、まさかとは思うけど、私、ずっと寝てた?」
「そのまさかだ。気持ちよさそうにずっと寝てた。意外と同じ体勢でいるのってきついな…」
「うわー、ごめん!でも、ありがとう。床に倒れずに済んだ」
私は慌ててルイから離れた。うう…、恥ずかしい…。寝顔とか見られたかな、とか考えると、本当に消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
「でも、ちょうど夕方だから良かった。これから買い物行くけど、一緒に来られるか?」
「うん、大丈夫。でも、ルイこそ疲れてない?私が寝てる間、ずっと起きてただろうし…」
「別に。さっさと行くぞ。…あ、その前に店の片づけするか。そのままになってるし…。にしても、客が来なくて良かったな。もし来てたら容赦なく起こしてたと思う」
そう言いつつさっさとルイはお店の方へ行ってしまった。私も慌ててルイの後を追った。
「…で、さっき、ネネ様と話してた時、何があったんだ?」
お店の片づけが終わった後、私たちは買い物に行くために街に出た。今はちょうど、お客さんが多い時間みたいで、どこのお店も人がたくさんいた。
「えっと…。最初は普通にお話ししてたんだ。誰かから私が異世界から来たってことを聞いたらしくて」
「は!?待て待て。誰かって誰だよ!?」
「私も知らない。ネネ様は名前を全く言ってなかったし…。でも、確かに怖いよね…。誰なんだろう?」
二人でしばらく考えていたが、結局この人、と思えるような人がいなくて、取りあえず誰なのかを考えるのは諦めることにした。
「で、おかしくなったのは、ネネ様と目があった時。急に頭がふわーって眠い時みたいになって、自分の体が思うように動かせなくなったの。まるで、操られているみたいに…」
「まるで魔法みたいだな…。その操られてるみたいな感じの時、何て言われたんだ?」
「私を王都に連れて行きたいとか何とか。私はネネ様の理想そのものらしくて…」
私の言葉にルイは不思議そうな表情をした。たぶん、「理想」という言葉が気になったのだろう。…そういえば、ネネ様の理想ってなんだろう?私のどういうところが理想通りだったんだろう?そもそもネネ様には今日あったばかりだ。それなのに、どうしてネネ様は私が理想通りだと分かったのだろう…?考えているうちに頭がこんがらがってきた。
「そういえばこの世界には魔法ってないの?元の世界の本とかだと異世界には必ず魔法があるって設定になってるんだけど…」
「この世界にもないぞ。正確に言うと、大昔はあったらしいけど、今はない」
「大昔ってどれくらい前なの?」
「だいたい1000年前くらいまで。でも、魔法に関する何かが原因で魔法協会が魔法の元になっている、魔法の花を全て絶やしたんだって聞いたことがある」
残念…。魔法、見たかったな。というか、よくよく考えたら、私、ここに来てから1回も魔法っぽい物見てなかったよね。その時点で魔法はない、って普通気付きそうだけど…。何で気付かなかったんだろう、私。すると、ルイが言った。
「でも、俺にとっては結花が魔法使いみたいだな」
「え、何で?私、魔法なんて使えないけど…」
「今のは比喩表現。この世界にはないものを色々作りだしてるから、すごいな、って思う」
なんか、ルイが素直…?驚いた私はルイをじっと見た。
「…何だよ。せっかく人が褒めてるって言うのに…」
「だって、ルイっていつも素直じゃないんだもん。だから、たまにそういう風に言われると、驚く」
「は???素直じゃないって…」
わ、本心言っちゃった。言ったら絶対怒られそうだから言わないでおこうと思ってたのに…。とりあえず、適当にごまかすことにする。
「ええと…、そうじゃなくて…。とにかく、ルイはいつも意地悪なことしか言ってないよ?」
「は!!?」
うわ…、最悪…。言い直そうとしたら、逆に変なことを言ってしまった…。何やってるの、私…!
「えーとえーと…、そうじゃなくて………」
「………悪かったな、素直じゃなくて」
「え?あ、いや、こっちこそ変なこと言っちゃってごめん…」
会話が途切れた。何か気まずい…。とりあえず、話題を変えよう。空気が何か暗いもん…。
「…い、今、どこに向かってるの?」
「…言い忘れてたな。アケビのところ…、つまり、植物屋に向かってる。ネネ様があの状態のままじゃまずいだろうし、サーニャ様に直接伝えたいと思ったが、基本、庶民は貴族に会えないからな。アケビ経由だったら会えるかと思ったんだ」
少しぎこちないが、ルイは私の質問に答えてくれた。いつも、ルイは私の質問に答えてくれる。
「確かにルイは素直じゃないし意地悪だけど…、でも、いつも質問に答えてくれるところは、その…、すごく、いいと思う…」
私がそう言うと、なぜかルイは急に立ち止まった。どうしたんだろう?変な発言したかな…。
「おーい、ルイ?大丈夫?」
「え、べ、別に。何でもない。暗くならないうちに早く行くぞ」
「早く行く、って…。今立ち止まったのはルイの方だよ…?」
しかし、ルイは無視してすたすた歩き始めたので、私は小走りでルイの後を追いかけた。
「おー、ルイと結花ちゃんだ。いらっしゃいませ。どうしたの?」
「今日は花を買いに来たんじゃなくて、相談事なんだ」
植物屋さんでは明るくアケビさんが私たちを迎えてくれた。その傍らにはひっそりと少女が立っている。
「そういえば紹介してなかったね。この子がわたしの弟子のスイちゃん!こう見えて、すっごく頼りになるんだよ!」
スイさんは静かにお辞儀した。青色の瞳がとても綺麗。
「はじめまして、結花さま。スイと申します。アケビ師匠がいつもお世話になっています。以後、お見知りおきを…」
「こちらこそよろしくお願いします。あの、私の名前、知っているんですか?」
「ええ。アケビ師匠からよく聞いております。だから、会うのをとても楽しみにしておりました…」
「私もアケビさんに聞いて気になっていたんです!」
スイさんはふんわり笑って、
「何かお話があるのでしたら、アケビ師匠は少しお休みになられたらいかがでしょうか」
「ええ、そうするわ。いつもありがとう、スイちゃん」
「いいえ。お気になさらず」
アケビさんは私たちをベンチがたくさん設置されている場所に連れて行ってくれた。人はいない。
「それで、話って?」
「ああ、そのことなんだけど…」
ルイはネネ様が再びやって来たことや私との会話について話した。時々私も補足する。
「…ってわけ。だから、早いうちにサーニャ様にでもこのことを伝えた方がいいかと思ったんだ」
「なるほどね…。それは確かに大変だね…。分かった、連絡しとく!って言っても、連絡できてもいつサーニャ様が来られるか分かんないし、あまり期待はしないでね…」
「分かってる。それでも頼む」
「はいはい、分かってますって。お店が終わったらすぐに連絡してみるね」
良かった…。ただ、ネネ様がまた、私のところに来るかもしれない。油断しないようにしないと…。
「じゃ、用は済んだから帰る」
「また来てねー!」
アケビさんは手を振って見送ってくれた。
「え、帰るって。買い物は?しなくていいの?」
「昨日買っておいたからな。…本当は買いすぎただけだけど」
「え、それじゃあ、アケビさんにお願いするためだけに…!?」
「…まあ、そういうことになるな」
「ルイ……」
何故かとても、嬉しいと思った。私の為に、こうしてくれたことが…。
「…ありがとう」
私はそっとつぶやいた。
読んで下さり、ありがとうございました。




