第二十二話
サーニャ様が結花とルイから水中花もどきを受け取った日の午後から話が始まります。
午後になった。私は接客しながらふと考えた。サーニャ様がこの店にいらっしゃってから変わったことが一つある。
それはお客さんが増えたこと。今まではガーデニングの本を読む時間がたくさんあったのに、最近はほとんどない。まあ、本当は仕事中に本を読む暇がある方が良くないのだろうけど…。でも、今までと違いすぎて逆に怖い。それに、けっこう疲れる。その上、さっきからルイは私に会計も任せてくるのだ。四苦八苦しながら会計する私の横でルイは包装している。包装とかに関しては悔しいが、ルイの方が上手い。それに比べ、私はまだ数字が完璧ではない。もっと頑張らないと。少しすると、お客さんが一旦はけたので、私は椅子に座り、背もたれにもたれかかった。
「ルイのばか。何で私に会計やらせるのよ?難しいんだけど。頭フル回転して疲れた…」
「…八つ当たりのレパートリー少ないな。ばかしか言ってないじゃん。会計に関しては、もし結花が間違えたら、客の評判が悪くなって、少しは落ち着くかなー、なんて」
「冗談だよね?というか、微妙にむかつくんだけど?」
「60パーセント冗談」
残りの40パーセントは本気だ、ってことでしょうか?というか、お客さんが少ないと、利益が減っちゃうし、多いくらいでちょうどいいのでは、と私は思ってしまう。実際、最近はレジの中のお金が前より多い気がする。…まあ、どう思うかは人それぞれだけど。
「…こんにちは。さっきはありがとうございました」
不意に女の子の声がした。え、誰?この中にお客さんはいなかったはず…。扉の方を見ると、そこには黒髪の少女―、ネネ様がそこにいた。…え、何でここに!?いつ入ってきた?そもそも、さっき帰ったはずじゃ…。混乱している私たちをよそにネネ様はにっこりと笑って言った。
「あたし、ここのお店、気に入っちゃった。だから、お母様には言わずに抜け出してきたの!」
何だろう、寒気、というか、嫌な予感がする。何か大変なことが起こるような…、そんな予感。
「どうぞ。カモミールティーです。お口に合えば良いのですが…」
私はネネ様の前にあるテーブルにそれを置いた。ネネ様は嬉しそうに笑った。あの後、私たちはネネ様を説得した。サーニャ様や屋敷の方が心配しているだろうし、帰った方が良いのではないか、と…。しかし、ネネ様は言うことを聞かず、現在こういう状況に陥っている。
「ねえ、あなたも座って、結花?あたし、あなたとお喋りしたいの。いいでしょう?」
ちなみに今、私とネネ様はリビングルームにいる。ルイは店番中。一人で大丈夫かな、と心配になる。
「…分かりました。お隣、失礼いたします」
私はネネ様の隣にある椅子に腰かけた。…けど、正直言って怖い。そういうのに疎いはずの私でも分かるのだ。ネネ様の中に何か禍々しいものがある、と。午前中にここにいらっしゃった時と、明らかに雰囲気が違う。
「…結花、あなたはあたしが異世界から来たことを知っている?」
「ええ。サーニャ様から聞いたことがございますので」
「そう!それなら話は早いわ!あたしもね、知っているのよ。…あなたも、あたしと同じ世界から来たって」
…どうして、知っているのだろう?誰かがそれを言ったのか…?ルイは絶対違うし、アケビさんも違う。あと知っているのは、店主さん。でも、店主さんも言わないだろうし。他には…。……ヘルさん?でも、ヘルさんとネネ様が会えるわけない。だって、どうやって接触すればこのことを伝えることができるの…?
「ふふ、驚いてる?確かに、あたしはある人からあなたのことを聞いたの。…でもね、そうじゃなくてもきっと分かっていたわ。…例えば、このハーブティー、それからポプリ…。これらは全部、この世界にはないものよ。もしかしたらただ、ずっとこの世界にいる誰かが考案しただけかもしれない。でも…、あなたはあたしと同じ黒髪だし。やっぱり、あなたは異世界から来たのよね?」
「…どうしてそんなことを?」
「あたしね、仲間がいなくてすごく寂しかったの。だから、その人からあなたの存在を聞いたとき、信じられなかった反面、どんな人だろう?ってわくわくしたの。だから、お母様にお願いして、今日ここに連れて来てもらって…。それで分かったの。あなたはあたしの理想そのものよ。この場からすぐにでも連れ去りたいくらい素敵…。それに、どうせあたしと同じなら、一緒にいた方が何かと便利じゃない?」
そこまで聞いたとき、私はネネ様が何を言いたいのかが理解できた。不意にネネ様と私の視線が交わる。その瞬間、なぜか急に頭がぼうっとしてきた。まるで眠い時みたいに、頭が働かない。…何かが、おかしい。でも、何で…?
「だからね、結花。お願いがあるの」
これ以上、ネネ様と視線を合わせていたくない。そう思っているのに、ネネ様から視線を外すことができない。
「あたしと一緒に……」
ネネ様のいる場所から、ここから逃げたい。この部屋を抜け出したい。なのに、できない。体がこの場に縫い止められているよう。
「王都へ、行きましょう?きっと、二人なら楽しいはずよ!ね、いいでしょう?」
うなずきかけそうになる。自分の意思で行動できない。…でも、ここで負けちゃダメだ。私は、自分の持っている全ての力を使って首を振った。すると、ネネ様が目を見開いた。その瞬間、一気に体が自由になった感じがした。思わず立ち上がる。しかし、足元がふらついて床に座り込んだ。…どうやら、ちゃんと回復してないらしい。
「結花、大丈夫?具合が悪いの…?」
ネネ様が私の前にしゃがみ、再び視線を合わせてこようとする。…今度こそ、ダメかもしれない。
「結花…!大丈夫か!?おい、あんた、結花に何をした?」
この部屋の扉の方からルイの声がした。と思ったら、すぐに私の方に駆け寄ってきた。
「結花、大丈夫か…?って、大丈夫なわけないよな。…おい、いい加減にあんた、結花から離れろ。これ以上こいつに何かしたら許さないからな」
異世界人とは言え、ネネ様は貴族だから、あんた呼ばわりしちゃダメだと思うんだけど…。と、どうでもいいことを考える。
「あ、あたしは何も…。で、でも、まあいいわ。結花の具合も悪いみたいだし、今日は帰るわ。それではごきげんよう…」
ネネ様がそう言って立ち上がり、この部屋を出ていく姿が視界の端で確認できた。
「もうあいつは行ったから大丈夫だ。…何があったんだ?」
「わ、分からない…。ネネ様と視線があったと思ったら何か急におかしくなって…。あ、…お店は?」
「そんなのどうでもいい。今は結花の方が大事。落ち着いてからでいいから詳しく話を聞かせてくれ」
私はうなずいた。けど、なぜだか力が抜けてしまっている。やっぱり、何か変。
「…ルイ、気持ちは嬉しいんだけど、私のことはいいから、お店戻っちゃって大丈夫だよ。お客さんが来てたらその人が困っちゃうよ…」
「無理。ネネ様が急に戻って来たらどうするんだよ?それに、具合が今より悪くなったらどうするんだ」
珍しくルイが過保護…。なんて思っていると、ルイはなぜか私の頭をなではじめた。…何で?
「えっと…、ルイ?質問してもいい?」
「何だ?」
「えーと、何で私の頭を…?」
「リラックス効果、的な?本当はハーブティーの方が良いかもしれないけど、俺は作れないから」
ありがたいけど、何だか距離が近い様な気がして反応に困る。でも、何だかさっきよりも安心でそれを言うわけにもいかず、私は大人しくなでられていた。そのうちに段々眠たくなってくる。それはたぶん、きっと、私をなでるルイの手が優しいから…。
「…寝てる?」
反応がない。どうやら、本当に寝てしまっているようだ。
「何でこの状況で寝るんだよ…」
ルイは結花を起こそうかと考えたが、結局やめた。でも、結花の体は今にも床に倒れそうになっている。ルイはため息をついた。そして、自分の方に結花を引き寄せた。これなら、結花が床に激突することはない。たぶん、結花は起きた時に驚くだろう。
「ってか、この後、客が来たらどうするんだよ…。やっぱり、起こそうかな」
今更店のことが気になり始める。しかし、のんきにすやすやと寝ている結花の顔を見ると、その気は失せた。客が来たら、その時はその時だ。
「…にしても、本当に何があったんだか…。ネネ様が普通の状態じゃないのは確かだが…」
ルイは、さっき、ネネが一人でここに来たことを思い出した。その時はそこまでおかしくはなかったのだ。どこか違和感を感じるくらいだった。本当はその時に無理にでもネネを帰した方が良かったのだろう。明らかに変になったのは、結花と二人きりになった後。ネネを奥の部屋に案内した後、ルイはちょうどやって来た客の対応をしていた。しかし、その間、ずっと嫌な予感がしていた。なので、その客が帰った後、すぐに結花たちがいる部屋に向かったのだ。そこでは、結花が床に座り込んでいた。ネネもその隣でしゃがんでいたが、彼女から何か、怖いほど禍々しいものを感じた。ネネはすぐに退散したが、結花の顔は青ざめていた。あの時、すぐに駆けつけていて良かった、と本当に思う。もし、そうしていなかったら、今頃結花は…、どうなっていただろうか?想像するだけで怖くなった。
ただ、疑問点がある。ネネはどうしてさっきのような状態になってしまったのか、ということだ。さっき見た感じだと、何か霊みたいなものに取り憑かれているように見えたが、霊はなかなか人に取り憑くことはない。それに、もしそうだったら、街の占い師らへんが既に気付いているだろう。そうなると、考えられるのは、術や魔法が使われたという可能性くらいだ。しかし、これらは既にこの世から消え去っている。しかも、約1000年前に。使い方も恐らく残っていない。
「そこら辺のことを考えるのは、結花が起きてからになるな。サーニャ様にも一応伝えた方がいいか…。アケビに後で頼んでおくか」
ルイはそう考えつつ、眠っている結花を優しく見守っていた。
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