第二十一話
今日はここに来てからちょうど一週間となる日だ。もしかしたら、あと一週間で私はここを出なければならなくなるかもしれない。そう思うと悲しい。一週間って意外と早い…。
「そういえば今日って、元の世界にいたら、友達と花火を見に行く予定だったんだっけ…」
私の家の近くには毎年、大規模な花火大会をやっている場所があって、毎年、友達と一緒に見に行っていた。私がいなくなった今、彼女は他の子と一緒に祭りに行く約束をしたかもしれない。
「…って、そんなことより、さっさと支度しないと。ルイに怒られる」
私は庭に出た…のだが、まだルイは来ていなかった。でも、確か今って6時ちょうどだよね?ルイが時間通りに来ないなんて珍しい…。5分ほど待ってみたが、やはり来ない。珍しく、寝坊かな…?私はルイを起こしに行くことにした。
「確か…、ルイの部屋ってここだよね?」
ここに来て1週間経ったが、私が行ったことのある部屋は限られていて、お店スペース、台所、リビングルームくらいだった。なので、本当にこの部屋かは分からない。自信がない。でも、開けてみなければ何の部屋か分からないので、取りあえず開けてみることにした。
「ルイ、いる?朝だよ?」
声をかけてみると、部屋の左にあるベッドの上で何かが動いた。そして、起き上がる。やっぱりここがルイの部屋みたい。一発で当たって良かった。
「おはよう。もう6時過ぎてるけど、起きても大丈夫?まだ眠いなら勝手に準備してるけど…」
「…いい。起きる。建物が破壊されたら困る…」
そう言いつつも、まだまだ眠そう。それでもそういうことを言えるのはさすがだよね。
「…。花にお水あげとくね。その間に支度したら?」
「そーする……」
私は扉を閉め、庭に戻った。今日の天気は曇り。ハーブを摘んでも、乾燥できなさそう。今日はポプリ作りは諦めることにする。私は丁寧に花に水をやり、昨日屋根裏部屋で干しておいたハーブを取りに行くことにした。その途中で、気がつく。
「アケビさんの服…、着てなかった。忘れないうちに着ておこうかな…」
その服はエプロンっぽい感じなので、普通に上から着ちゃって良さそうだった。鏡を見て形を整えた。…こんな感じでいいのかな?すごくふわふわしてる…。こういうのって本当になかなか着ないんだよね。でも、おかしいところはなさそうなので、今度こそ屋根裏部屋に行くことにした。
「…って、うわあ。またクモが大量発生してる。怖いんだけど…」
クモが再びうじゃうじゃ出てきた。この前、駆除した後、あまりクモを見ていなかったので、退散したかな?って思ったんだけど…。私はクモの近くを通らないようにして花を取りに行った。やっぱり、クモは苦手だ。私は何とか花があるところまでたどり着き、クモに警戒しながら花を取ってさっさと退散した。
「…ってことで、またまたクモが大量発生しちゃって。また捕まえて、おじいさんのところに行こうかな?」
「じいさんだってそんなにクモ、いらないだろ。使い道がないし…。そもそも今日はサーニャ様がいらっしゃる日だ。そんな余裕、ない」
「でも、サーニャ様はいついらっしゃるか分かんなくない?」
「だから緊張するんだろ!…まさか、結花、事の重大さが分かってないのか?」
事の重大さ…って言われても。作っちゃったものは作っちゃったんだし、どうにもならなくない?私がきょとんとすると、ルイが言った。
「だめだ、こいつ。話が通じてない…。いいか?もし、俺らが作った花をサーニャ様が気に入らなかったらどうなると思う?」
「…えっと、…あ、作り直す、とか?」
「違う。そうなったら、この店が取り潰される可能性があるんだ」
「取り潰し?でも、それってひどくない?こっちは一生懸命作ったのに…?」
「そういう問題じゃないんだ。この国では、というかこの世界では権力を持つ者が全てだ。これはもう、この世界の常識みたいなものなんだ…」
沈黙がその場に落ちた。でも、不意にその沈黙が破られる。ドアを叩く音がしたからだ。誰だろう?私は扉を開けた。そこには、アケビさんがいた。朝早くからどうしたんだろう?
「おはようございまーす!サーニャ様に関することで用事があったんだけど、今、大丈夫?」
「何だ、アケビだったのか。俺はてっきりサーニャ様かと…」
「さすがにサーニャ様だって、こんなに早い時間には来ないわよ。…って、ああ!結花ちゃんがわたしの買った服、着てくれてる!ありがとう。すごく似合ってるわ。ね、ルイもそう思うでしょ?」
急に話を振られたルイは一瞬、驚いたようだ。少しの沈黙の後、
「この前も見たんだけど…。でも…、やっぱり、すごく…、いい、と思う」
と言ってくれた。よくよく見ると、ルイの頬、少し赤い?アケビさんもそれに気付いたらしい。
「ちょっとちょっと!何か、ルイが可愛い!こんな表情することもあるなんて…、知らなかった!」
「アケビ、うるさい。からかうな。追い出されてもいいのか?」
とルイが言ったが、まだ微妙に赤くなっているせいか、何となく迫力がない。アケビさんはしばらくにやにや(にまにま?)していた。というか、何かルイにそう言われると、照れる。私はどうすれば良いか分からないのと、ルイを見るのが段々恥ずかしくなってきたのとで、うつむいていた。しばらくすると、ルイがついにアケビさんのにやにやに耐え切れなくなったらしく
「…ってか、アケビ!用があるならさっさと話してさっさと帰れ!」
と言った。すると、アケビさんは残念そうに言った。
「あーあ。ルイが元に戻っちゃった…。せっかく珍しい顔が見られたのに。…あ、そうだ、帰ったら弟子に話そうかな、このこと」
「それは止めろ。さっさと話を元に戻せ」
「はいはい。しょうがないなあ、もう。サーニャ様は今日の午前中にここにいらっしゃるみたい。で、依頼したものを受け取るって。その時はわたしもまたここに来るから。楽しみにしててね♪」
「…もうお前、1年はここに来るな。大人しく仕事してろ」
ルイは冷たくそう言ったが、アケビさんはルイの扱いに慣れているらしく、適当に聞き流していた。
「それじゃ、わたしは一旦帰るわね。また後で会いましょうね!」
そう言ってアケビさんは去っていった。…突風みたい。ルイはかなり疲れたらしく、近くにあった椅子に座った。サーニャ様にまだお会いしてないのに、この調子で大丈夫だろうか?
「ルイ、大丈夫?今日も寝坊してたし…。具合悪いなら休んでる?」
「大丈夫だ。最近、寝つきが悪かっただけだ。…どっかの誰かさんのせいで」
ルイはそう言ったが、誰のせいなのかはよく分からなかった。
開店してから約1時間後。最初にサーニャ様がやって来た時のように、通りがざわざわし始めた。
「いよいよ、かな?たぶん、サーニャ様だよね?」
「…だな。結花、昨日の瓶、取って来てくれないか?こっちもサーニャ様への対応とかあるから…。悪いな」
「大丈夫。すぐに戻ってくるから。ルイの部屋だよね?」
「そう。くれぐれも運ぶときに気をつけろよ。割ったら許さないからな」
いや、割らないし!そこまで雑じゃないよ、私…。そう思いつつ、ルイの部屋に向かった。本日2度目。ルイの部屋に入ってどこにあるか探してみた。確か、早朝に入った時は、右の方にあった気がする。でも、ない。何で?もしかしたら、見間違い?私はもう一度、よくよく探した。机、ベッド、棚…。
「あ、あった!これ、だよね?」
私はボトルを棚から取り出した。寝かされていたから一回見ただけでは分からなかった。白、青、水色が基調となった、夏っぽい爽やかな紙の花。でも、何となく、だけど、本物の花のように私には見えた。私はそれを持って、落とさないように気をつけながら、急いで店へと戻った。
店には既に、サーニャ様がいらっしゃった。さっきの言葉通り、アケビさんも。それと、もう一人。黒髪の、私より2歳くらい年下の女の子。…もしかして、この人は。
「結花、ありがとう。それをサーニャ様に…」
「了解です」
私はサーニャ様に一度お辞儀してから、そのボトルをサーニャ様にそっと渡した。サーニャ様もそっとお受け取りになり、じっくりと眺められた。そして、ふっと笑う。
「美しい。まるで…、海みたい。わたくし自身は一度しか行ったことがないけれど…。ねえ、ネネ、あなたはこれを見てどう思うかしら?」
サーニャ様はそう言って黒髪の少女に目を向けた。やっぱり、この方がネネ様なんだ。サーニャ様と一緒にいらっしゃるとは思っていなかったけど…。
「あたしは…、そうですね。空みたいだと思います。どこまでも青くて、広い…。綺麗な青空だと思いました」
「ふふ…。ネネは空がずっと好きよね…」
「ええ。だって、空って自由ではありませんか?…あなたはどう思う?」
黒髪の少女―、改めネネ様は私をまっすぐに見て、そう尋ねてきた。私ですか!?
「え、…そうですね。私は、…氷みたい、って思いました」
「「「氷???」」」
サーニャ様、ネネ様、アケビさん、の声が揃った。そんなに驚くこと?
「どうしてそう思ったの?」
ネネ様が再び尋ねる。
「単純すぎるのですが…、氷って、透明ですけど、冷たい雰囲気が青色かな、って…」
「そう…。なかなか素敵ね。暑い季節にはちょうどいいわ」
ネネ様はどうやら納得されたようだ。ほっとする。急に振られると、けっこう焦るね…。すると、サーニャ様がこちらを見た。
「ルイ、結花、わたくしにもう一度、咲き続ける花を見せてくれてありがとう。感謝します」
サーニャ様は綺麗な礼をした。ネネ様も。なぜか、ルイとアケビさんが慌てた。
「顔をお上げになってください。勿体ないお言葉です…」
あとで教えてもらったんだけど、貴族が庶民に頭を下げるということはあってはならないことらしい。つまり、タブーみたいな。その行為は貴族の権威を下げることにもつながる場合があるためだ。サーニャ様たちはタブーを破られたことになるが、あの店には私たちしかいなかったから、私やルイ、アケビさんが何も言わなければ何も無かったことになるみたい。
「わたくし、このお店のことを生涯忘れることはありませんわ。本当に、本当にありがとう」
その後、サーニャ様は何回も「ありがとう」おっしゃってから帰られた。
「んー、引っかかるなあ…」
アケビさんもその後、自分のお店に戻り、私とルイだけになったところで私はつぶやいた。
「引っかかるって…、何がだよ?」
ルイが不思議そうに尋ねてきた。
「実は、ネネ様のことなんだけど…」
「ネネ様?何か変なところでもあったか?」
「気のせいかもしれないけど、私のことを最初から最後まで、ずーっと見てたのよね。視線がすごくて」
ルイは不思議そうに首をかしげた。
「そうだったのか…。俺は全く気付かなかったけど。アケビがネネ様のことを見てたかもしれないな。そんなに気になるなら、今度会ったときにアケビにネネ様の様子について聞いてみたらどうだ?」
「そうする。…でも、あのボトル、受け取って頂けて良かったね!」
「…だな。結花がサーニャ様に渡した時、すごく緊張した…」
そんな会話をしていると、お客さんがやって来た。座っていた私たちは慌てて立ち上がる。
「「いらっしゃいませ」」
少しのもやもやが残っていたが、私はそれを一旦、頭の隅に追いやり、新たなお客さんに話しかけた。
「こんにちは。どんな花をお探しですか?」
今日は二話投稿させて頂きました。時間があるときにたくさん書いておこうと思います。
読んで下さりありがとうございました。




