第十九話
「そういえば結局、紙買ってないね。また夕方行こうかな?」
お店に戻った後、ラベンダーティーを入れながら私がそう言うと、ルイは一瞬固まった。そして、ものすごく心配そうな表情になる。
「…でも、さっきみたいにまたあいつが来たらどうするんだ?」
「いや、ヘルさんだってさすがに1日に2回も登場しないでしょ。私一人で大丈夫だよ」
「…。いや、でも、万が一そうなったら…」
少し面倒になってきた私はルイにこう尋ねた。
「じゃあ、ルイは文房具屋さんに一緒に行ってくれるの?店主さんは異国人が嫌いだからどうこう、って言ってたけど…?」
「…行く。店主とあいつだったら店主の方がまだましだからな」
え、そんなに?というか、本当に?どうやら、ルイは本当に私と一緒に文房具店に行くらしい。まあ、その方が頼りになりそうだしいいか、と思いつつ私はお昼ごはんのサンドイッチを食べることにした。もぐもぐ。やっぱりパン屋さんのパンは美味しい。…そういえば、カメメロンパン、作ってくれたかな?カメさんに会いたい…。夕方、買い物に行くときに寄ってもらおうかな…。そんなことを考えつつ、サンドイッチを飲み込んだ。
「…そういえば、店主さんのこと、詳しく聞いてなかったけど、どんな人?」
「そうだな…。確か、じいさんと仲良かった気がする。それと、珍しい石が好きっていう、変わり者。やっぱりじいさんが変わり者だから、店主も変わり者なのかな…」
どういうこと?変わり者は変わり者で集まりやすいってこと、かな?というか、石が好き、って…。石博士になれそうじゃない?どうして文房具屋さん、やってるんだろう?少し疑問に思った。
夕方。営業時間が終わり、私たちは買い物に行くことにした。…のだが、ルイがめちゃめちゃ警戒している。用心した方がいいのだろうが、何もそこまで警戒しなくてもいいのでは…?
「ルイ、置いてっちゃうよ?早く早く」
「何でお前はそんなに警戒心薄いんだよ…。ってか、ちゃんと数字、分かるだろうな?」
「たぶん大丈夫。頑張れば何とかなるよ!いざとなればルイがいるし!」
「……本当に大丈夫かよ?何かすごく心配になってきた…」
私は数字が書かれている紙を見つつ、文房具店へと向かった。ルイはその後も警戒しながら私の後を歩いていた。しばらくすると、どこか和風の家が見えてきた。ついつい、からくり屋敷とかを想像してしまう。確か、文房具屋さんってここだったよね?
「…ルイ、ここ、入ってもいいのかな?扉を開けた瞬間、何か出てきそうじゃない?」
「…お化け屋敷かよ。前来た時は大丈夫だったけど、今は夕方だから何か出るかもな」
と、なぜか脅かしてきた。そう言われると、本当に怖いからやめてほしい…!言いだしたのは私だけど。
「うう…。じゃ、じゃあ、開けるよ。さん、に、いち!」
ガラガラガラッ!勢いよく扉を開ける。すると、目の前におじいさんが現れた!まさか本当に幽霊!?
…と思ったら、ルイが
「何だ、じいさんじゃん。結花、怖がりすぎだろ。そこまで怖がると、じいさんが可哀想になってくるんだけど。…ってか、さっきはヘルに対して色々言ってたのに、その時の威勢、どこ行った?」
「それとこれとは別問題!全く違う話なの!」
「騒がしいと思ったらルイたちだったのか。どうしたんだ?」
よくよく考えてみたら顔も声もおじいさんのものだ。…勘違いしてすみません。
「実は、ある依頼を受けたので、そのための紙を買いに来たんです。でも、その紙って言うのがちょっと特殊で…」
と、私がおじいさんに説明していると、建物の奥の方から
「そんなところでごちゃごちゃ言ってないで入って来たらどうだ?」
と、声がした。もしかして、この声の人が文房具屋さんの店主さん…なのかな?私たちはお店の中に入った。
「何だ、小娘だけかと思ったら異国人の少年まで…、何の用だ?」
「俺は一応、こいつの付き添いで来ただけだ。本当に用があるのはこいつ」
急にこっちに話を振らないでほしい。心の準備ができていないんですけど…!?
「…えっと。初めまして。ある特殊な紙を買いに来ました。って言っても、原材料は分からなくて…。性質しか分かってないんです。その紙は水に入れても溶けないそうなのですが、そういう紙ってありますか?」
「………」
店主さんはなぜか無言になった。…もしかして、ない、のかな?私が最悪の事態を考えていると、
「小娘、わしについてこい。異国人の少年はダメだからな」
「分かってますって。俺はじいさんとここで話でもしてますので、どうぞごゆっくり」
一人って心細いんだけど…?でも、店主さんがそう言ってるんだし、まあ行くか。もし危ない目に遭ったら声を出せば届くだろうし。何とかなるよね!私は店主さんの後に続いて店の奥へと入った。
「…小娘、名前は?」
「え?私の、名前…?ゆ、結花です」
唐突に聞かれたので、一瞬戸惑った。…というか、おじいさんに最初に会ったときもそうだったけど、何で私のことを小娘って言うんだろう?そんなに背、低くないはずなんだけど?
「…では、結花。君の探している紙はこの部屋にある…のだが、その紙は相当昔に作ったきりでその紙の上にたくさん他の紙が積み重なっていると思う。探さないと見つからないが…」
店主さんはそう言ってとある部屋のふすまの前で止まった。…やっぱり和風の家。
「いい、ですけど、おじいさんやルイにも手伝ってもらった方がいいのでは?その方が効率的だと思いますが」
「いや、この部屋は…、というか、紙は特別なんだ。入ってみれば分かる。開けてみろ」
え、私が開けちゃっていいの?いいならさっさと開けるけど…。店主さんは私が開けるのを待っているようなので、開けることにした。開けた瞬間、何かが飛び出してくる…、なんてこと、ないよね?
「じゃあ、失礼します」
私はそう言ってふすまを開けた。元の世界の畳の部屋を思い出す。そういえば私、あの部屋からこの世界に来ちゃったんだっけ…。この世界に来てから6日しか経ってないのに、何だか懐かしい。
開けた先にあったのは、文字通り、山積みになった紙だった。一応棚もあるのだが、その棚も紙で埋まっている。予想外なんだけど。…これ、どういう状況?店主さん、説明お願いします。
「なかなか今の時代、特定の紙以外売れなくてなあ…。売れない紙は全部ここに入れておる」
「で、その売れない紙の中に私の探している紙がある、ってことなんですか?」
「いかにも。でも、時々紙の名前が書いてある紙が挟んであるからその文字を見ればすぐに見つかるはずだ」
私、シェーロン語読めないんですけど…。そう思いつつ、私は近くにある紙の近くに書いてある字を見てみた。うん、やっぱり読めない。全然読めない。…………って、えええええ!?どういうこと!?読めるんだけど!?
「店主さん!!!これ、この文字って…、日本語じゃないですか…!どういうことですか!?」
「…だから、君だけ通したんだよ」
「ええっと、説明していただいてもよろしいですか?」
店主さんは一つうなずいてから語り始めた。
「この建物はもともと、とある異世界人が建てたものだ。…言っておくが、わしではない。その異世界人はどうやら和紙などの紙を作る技術に長けており様々な紙を作っていた。…わしは、ある日その人に会って、紙を作るその姿に感動し、弟子入りした。そして、紙作りを学んだのだが、なかなか客が来なくてなあ…。だから、作った紙をこの部屋に入れ始めた。その人は紙の見分けがつくように、と紙を挟んでくれたのだが…。問題はわしがそれを読めないことだ」
え、それ、かなり重大な問題じゃない!?今までどうしてたんだろう?
「その人はわしにこの言語を教えることなく死んだ。…ということで、わしは頼りにならない。探せるのは君しかいないから時間がかかるが…、それでも良いか?」
「私は全然大丈夫ですけど…、今まで読めなくて、本当に大丈夫だったんですか?何だったら、どの日本語がどのシェーロン語に該当するか、とかお教えしましょうか?あ、あともう一つ。どうして私が異世界の言葉を読めるって分かったんですか?」
「紙は、大丈夫だ。そもそもほとんど需要がないからな。君に関しては何となく、としか言いようがない。ここの元の持ち主と同じようなものを感じただけだ」
同じようなもの…、ってどんなもの?謎だ。それは一旦置いておいて…、時間がかかるならルイに言っておこうかな。私のせいで待たせるのも申し訳ないし…。私はルイのところに戻った。
「ルイ、紙探すのに時間かかりそうだから、先に買い物行ってていいよ」
「…大丈夫かよ?俺も手伝った方がいいんじゃないか?」
「ううん。たぶん、…私が住んでた場所の文字が読めないとダメだと思うから」
この場にはおじいさんもいるから、彼に異世界から来たことがばれないようにそう言った。ルイはそれを察したらしく、うなずいた。
「…そうか。それなら俺は買い物行ってからまた戻ってくる。その時までに見つかってなかったら紙探しの続きは明日にしよう」
「うん、そうだね。じゃ、行ってらっしゃーい」
私はルイを見送ってから再び紙の部屋に戻った。店主さんはその部屋で待ってくれていた。
「お待たせしました。…ところで、その紙の名前は何でしょう?」
「確か、ツウソウシ、と言っていたな。字は知らんが…」
…聞いたことない。ツウソウシ、か…。「シ」はたぶん「紙」だよね。って言っても、それだけじゃヒントになってないよね…。そもそも漢字なのか、カタカナなのか、それとも平仮名なのか…?まあいいや。探してみよう。
「どこらへんに置いた、とかいう記憶はありませんか?」
「そうだな…。確か…、棚では無かったはずだ」
何とも言えない…。棚じゃないって言っても、床にも大量に紙が置いてある…。とりあえず、挟まってる小さい紙を見れば何とかなる…かな?
「ところで、君はその紙で何を作りたいのかな?」
私は日本語が書かれている紙きれを読みながら答えた。
「水の中で咲き続ける花、です。ルイがデザインをしてくれているんですよ。あ、もし成功したら、店主さんにも作りますね。楽しみにしていてください」
「……そうか。まあ、せいぜい頑張れ、とでも伝えとけ」
微妙な間が気になったけど、とりあえず考えないことにする。
「そういえば、ルイが言ってましたけど、店主さんは珍しい石がお好きなんですよね?」
「…もしかして、あのじいさんが勝手に情報を流しやがったのか。…後で尋問しよう」
「あの…?店主さん?」
何か怖い発言してた気がするけど、…知らない。気のせいだよね。
「すまん。何でもない。石集めはただの趣味だ。わしの出身地は、川の近くで石が多かったんだ」
私は店主さんの話を聞きつつ、片っ端から紙きれを見ていく。
しばらく、無言の時間が続いた。私は次々と紙きれを読んでは端っこに紙を避けていった。
「…暗くなってきたな。明かりでも点けるか」
店主さんが明かりを点けてくれたため、かなり明るくなった。見やすいので助かる。
「ありがとうございます」
「…少年は遅いな。どこをほっつき歩いているんだか…」
「この時間ですし、お店も混んでいるんでしょうね…。でも、来ると思いますよ」
私がそう言うと、店主さんは黙りこんだ。
「…君は、あの少年を信頼してるんだな」
「もちろんです。だって、得体もしれない私を雇ってくれたんですから。ルイは恩人です」
「…そうか。わしは異国の者は好かない。この辺りの人はだいたいわしと同じように異国人を嫌っている。…異国人といると、君までその対象になるかもしれないが、それでも良いのか?」
「私は、あのお店が好きなんです。今のところ、他の場所に行くなんて考えられません」
私はきっぱりと言った。しばらくすると、ルイが戻ってきた。
「……。紙、見つかってなさそうだな」
ルイは大量の紙に唖然としながらそう言った。
「うん。…って、ルイ、ちょっと待って!」
ルイの手前にある、紙の山。そこに、何かが見えた。私は近寄ってその紙の山の真ん中らへんの紙きれを見た。そこに書いてあった字。
「これ…っ!通草紙って書いてある…!こういう字だったんだー」
「その紙が、探してた紙なのか?」
私はうなずいた。そして、紙きれが挟まっていたところの紙を引き抜いた。
「店主さん、試しに端っこの方をちぎって水に入れてもいいですか?」
私がそう言うと、店主さんは水を持ってきてくれた。私は早速、ちぎった紙を入れた。しばらく待ってみたが、何も起こらない。…ってことは、これが、水に入れても溶けない紙なんだ。ようやく見つかった。
結局今回もあまりルイの出番がなかった…。そして、長くなってしまった…。
読んで下さりありがとうございました。




