第一話
はじめまして。最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
――私の目の前に突如広がったのは西洋風の街並みだった。さっきまで座っていたはずの畳は無くなっていて、代わりに私の下にあったのは石畳。一体どういうことだろう…?混乱した私は今日一日を振り返ってみることにした。
今日の朝、起きたのは午前7時。これはいつも通り。私の部屋は2階にあるが、リビングルームは1階にあるので、下に降りることにした。目をこすりつつ階段を降りると母が料理をしていた。
「おはよう、もしかして起きるの早すぎた?」
「おはよう。私が寝坊しただけだから気にしないで」
母は笑ってそう答えた。少し時間があるので、私は庭に行くことにした。
庭をうめつくすのは、たくさんの鉢。夏の突き刺すように眩しい太陽がそれらを照らしている。庭にある鉢は全部私が使っている。花を育てることが好きな私はたくさん空いた鉢がたくさんあるのをいいことに花をそこにたくさん植えていた。夏の今は向日葵、ラベンダー、朝顔などで全ての鉢が埋まっている。ラベンダーは乾燥させて匂い袋を作ってもいいかもしれない。そう考えながら花に水をやっていると、家の中から母の声が聞こえてきた。どうやら朝食ができたらしい。私は家の中に戻ることにした。
「いただきます」
もぐもぐと白いご飯を頬張っていると、父が私に何かを手渡してきた。
「これ、欲しがっていただろう?買ったからあげるよ」
手渡されたものは本。図鑑並みに分厚い。表紙を見た私は目を丸くした。
「これっ!ガーデニングの本!何で?」
すると、両親は呆れたように笑った。
「何でって、今日はあなたの誕生日だからよ。結花、16歳の誕生日おめでとう」
そう言えば、そうだった。何で気付かなかったのかな、私。
「ありがとう!すごく嬉しい。ずっと欲しかったの!」
私がそう言うと、両親も嬉しそうに笑った。ただただ嬉しくて幸せだった。
朝食の後、私はお気に入りの畳の部屋にもらったばかりの本を持って向かった。この部屋には午前中、日差しがよく当たるため、とても明るい。夏の今はそのためにかなり暑いけれど、扇風機を使えばそこまで問題はない。私は早速本を開いた。本にはガーデニングについてのことだけでなく、たくさんの花が載っている。綺麗。私は夢中になって本を読み進めた。でも、しばらくすると何故かだんだん眠くなってきた。今日はしっかり寝たはずなんだけど?温度が心地よいのかな、それとも眠りが浅かったとか?私は一瞬、目を閉じた。しかし、その瞬間、眠気が一気にとんでいった。驚いた私は目を開けた。そして更に驚くことになる。
目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは西洋風の街並みだった。…つまり、最初に戻る。思い返してみてもやっぱりよく分からない。なので、改めて辺りをじっくり見てみることにした。
道を歩いている人々が着ている服は私と同じような洋服。でも、柄とかが付いているわけではなくて、すごくシンプル。昔の西洋が舞台の映画とかに出てきそう。――それか、まるで、物語の中の異世界のような…。そして活気に溢れている。どうやらここは商店街みたいな所らしくて、あちこちから客を呼ぶための掛け声が聞こえてきた。
……そこで私は不意に気付いた。
「いらっしゃい!そこの姉さん、ちょっと寄ってかない?新鮮な魚がいっぱいだよ」
ちゃんと、聞き取れている。意味もしっかり分かる。偶然だろうか、と別の場所に目を向けてみると、洋服屋さんらしきところに親子がいた。
「ねえねえ、お母さん、あの洋服買って!お願い!」
「だめよ。この前、新しいお洋服を買ったばかりでしょう?」
どちらもしっかり聞き取れている。ということはつまり、ここは日本語圏!どうしてなのかは置いておくとして、言葉が通じるのは正に奇跡だ。日本語が通じるなら、誰かにここがどこか聞くことができる。早速私は近くのお店に入ってみることにした。
カランカラン、と音が鳴る。それと同時にパンのいい匂い。パン屋さんらしい。
「いらっしゃいませ!…おや、普段見ない子だね。どこから来たんだい?」
お店の人らしき女の人にストレートにそう聞かれて、私は答えに困った。もしもここが異世界だったら、国名を言っても分からないはずだ。
「ええっと…、すごく遠いところから」
女の人は私の曖昧な答えになぜか納得してくれた。
「ああ、外国から来たんだね?遠いところご苦労様。シェーロン国にようこそ」
…シェーロン国。聞いたことがない国名…。やっぱりここは異世界の可能性が高い。取りあえず、情報収集してみることにした。分からないことばかりだし、基本的なことくらいは知っておくべきだろう。
「あの、もし良かったらこの国について教えていただけませんか?」
開店中だから無理かな、と思ったけれど、女の人は快く了承してくれた。
「このシェーロン国は山国で農業が盛んなんだよ。特に盛んなのは花の栽培かな。それと、この国にはたまに異世界から人がやって来るんだよ」
一瞬ドキッとした。その人たちは今どこにいるんだろう?
「その異世界の人たちは二度と元の世界に戻れないらしいけど、この国にたくさんの技術や花に関する知識を残していってくれる。そのおかげでこの国は成り立ってるんだよ」
私は異世界から来たことを言うか言わないか迷ったけど、結局言わないことにした。
「すごいですね、ということはここには異世界の技術がたくさんあるんですか?」
「…いや、解読不能なものばかりでねぇ。なかなか上手くはいかないんだよ」
解読不能、か…。もしかして文字は日本とここでは違うのかな…?まあ、異世界なのに話し言葉も書き言葉も一緒だったら怖いかも…。日本語だったら分かりそうだし、見てみたいな。
「ところでお嬢ちゃん、どこに泊まるつもりなんだい?」
そう言われてはっとした。どうしよう、このままだと野宿決定じゃん!私、この世界のお金持ってないし…。働き先を見つけて早く仕事して、お金を稼がないと!女の人のお話だと、元の世界には二度と戻れないらしい。でも、私はどうしても元の世界に戻りたい。家族が心配してるだろうし。そのためには色々調べるべきだろうけど、無事にこの世界で生き延びることが最優先だ。
「あの、泊まるあては全く無いんですけど…、お金を稼いだらどこかに泊まれますよね?」
「まあ、確かにそうだけどね。でも、あんたにできることは何かあるのかい?」
私は日本ではアルバイトすらしたことがなかった。ただの学生だった私にもできること…。
「…あ、花を育てる、とかだめですか?それならそこそこ自信あります」
私がそう言うと、女の人は少し複雑そうな表情をした。しかし、それは一瞬のことで
「そうかい。それならこの近くに花屋があるからそこを訪ねてみな。地図、描いてあげるから」
女の人は近くにあった紙にさらさらと筆みたいなものを走らせ、私に渡してくれた。
「あ、ご親切にありがとうございました。早速訪ねてみます!」
私は扉を開けて外へと飛び出した。
結花が出ていった後のパン屋さんの中。二人の会話の一部始終を聞いていたお客さんが女に話しかけた。
「おい、お前の紹介した花屋って…、例のあそこか?」
「そうだよ。しょうがないだろう?そこしかないんだから」
お客さんはため息をついて、結花が向かった方向に目をやった。
「あの子が無事だといいんだがね…。あいつがあの子を受け入れるかどうか…」
「えっと…、たぶんここらへんだよね?」
私は女の人がくれた地図の通りに花屋を目指していた。この町は本当に西洋風。時々、馬車が走っている。でも、残念ながら車はないみたい。あれがあると結構便利なんだけどな…。というかそもそもこの世界にはガソリンとかあるのかな?どうでもいいことを考えながら道を歩いていると、建物の傍に花がたくさん出ているところを発見した。もしかして、あそこかな?そこに辿りついた私は窓越しに中を覗いてみた。人がいる。私と同じくらいの少年だ。この年で働いているなんてすごいな…。私はドアを開けた。
「こんにちはー!」
ちゃんと挨拶したのに、中にいたその人は私を睨んできた。…私、悪いことしたかな?
「お前、馬鹿なのか?外のプレートに閉店中って書いてあるのに何で入ってきた?」
え、嘘。そんなのあったっけ?まあ、気付いていてもこの世界の言葉、読めないしな…。
「ごめんなさい…。じゃあ、いつ開店しますか?その時間にまた来ますから!」
私がそう聞くと、少年は壁を指し示した。そこには何か文字が書いてある。…読めない。
「えっと…、何て書いてあるか教えてもらってもいいですか?」
すると、少年は目を丸くした。驚くこと、あったかな。
「シェーロン語が読めないってことは…、お前、俺と同じ異国人なのか?どこから来たんだ?」
「えーっと、…ものすごく遠いところ?」
私がパン屋さんの時と同じように曖昧に言うと、少年は少し不思議そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。少しホッとする。でも、今後他の人に同じような質問をされた時の為に何か答えを用意すべきかもしれない。
「…まあいいや。で、あそこに書いてあるのは、開店時間は9時から12時と14時から17時。今は13時50分。よって今は閉店時間…というか、休憩時間。あと10分後にまた来い」
「10分くらい良いじゃないですか…。というか、私、花を買いに来たんじゃないんです!」
すると、少年は再び不思議そうな表情をした。私はまくしたてるように彼に言った。
「私、このままだと野宿することになるんです!泊まる場所がないし、そもそもお金も全然持ってないし…!この状態がずっと続けば元の世界に戻るまでに確実に死にます。だからお願いです、私をここで雇っていただけませんか!?どんな仕事でもするので…!」
少年は私の勢いに若干ひいたようだ。確かに怖かったかも。反省。
「待て待て、とにかく落ち着け。最初からゆっくり話を聞かせろ。まず、元の世界とは何だ?もう一度聞くが、お前、どこから来た?」
…やっちゃった。そういえばさっき、つい勢いで言ってしまった。でも、この人は否定しないでちゃんと話を聞いてくれるみたい。口は悪いけど、実はいい人、……なのかな?
「実は私、ついさっきこの世界に来たばかりなんです。ここに来る前、パン屋さんの人に話を聞いたんですけど、私はたぶん、この国に時々やってくる異世界人なんだと思います」
「異世界…!?本当に異世界なんてあるのか…。噂では聞いていたが。でも、そのことはあまり他の人には言わない方がいい。…この国で平穏に過ごしたいなら」
最後の言葉が引っかかる。そういえば、この少年も異国出身なんだっけ。そのことと関係してるのかな。
「この国はどちらかというと、自分たち以外の文化を受け入れられないタイプだ。たぶん、異世界出身って言ったら…、大変なことになる」
「…そっか。教えてくれてありがとう」
すると、少年はぶっきらぼうに
「…別に」
と返してきた。でも、その耳が少し赤い。照れているようだ。なんか可愛い。
「で?お金がないから働きたいってことか?」
「そう!そうなんです!私、花を育てることなら元の世界でもやってました。だから、それなら仕事で生かせるかなって思って…!」
しかし、少年は怪訝そうに私を見た。
「…お前みたいな細っこいのが本当に力仕事とかできるのか?」
「できる!というかやる!だからお願いします!」
だんだん敬語じゃなくなってきてるけど、この際横に置いておく。すると、少年はため息をついて2本の指を立て、私の目の前につきだした。
「…、2週間。その間、様子を見てどうするか決める。その間は飯も出るし、この店の敷地にある物置小屋のところにも住める…っていうのでいいか?」
…………。
一瞬、少年が言ったことが信じられなくて、私は固まってしまった。
「…おい、聞いてるか?それとも何か問題点でもあるのか?」
「聞いてます!ごめん、一瞬固まってた。…あの、本当にいいの?」
私がそう聞くと、少年は苦笑いした。
「お前みたいな奴は、拒否しても諦めずに何度でも来そうだから。…仕方なく?」
む。何だか馬鹿にされた気がする。…でも、とりあえず二週間は無事に生きられる!
「ありがとう!これからよろしくね、…ごめん、名前、何ていうの?」
「そう言えばお互い、名前聞いてなかったな。俺はルイ。年は16歳。お前は?」
「私は結花。あなたと同じ16歳。改めてよろしくね、ルイ!」
少年―ルイは意地悪な笑みを浮かべた。
「二週間だけかもしれないけどな」
なんかこの人、すっごくむかつく!最初会ったときから思ってたけど、やっぱりこの人、私を馬鹿にしているような気がする…。よし、決めた、絶対に二週間以上、ここで働くんだから!
こうして私の異世界生活は幕を開けたのだった。
読んで下さり、ありがとうございました!