第十八話
「もう一度聞きますが、なぜ、あなたはこの文字が読めるのですか?」
私は少し考えた。私が元の世界の数字を読めた時点で、この人には私の正体がばれている。それでも彼は、私の口からそのことを言わせようとしている。…だったら。私は絶対に異世界から来た、ということは言わない。今度こそ誘導尋問に引っかからないようにしないと。
「…逆に聞きますが、なぜあなたは私にこの文字を読ませたのですか?」
すると、ヘルさんは少し驚いたようだった。しばらくすれば、私がなかなか来ないことを怪訝に思ったルイが来るはず。それまで何とか持ちこたえないと。
「既にお分かりでしょう?あなたが本当に異世界から来たのか確かめるためです」
「…でも、どうしてあなたが異世界の言葉を知っているんですか?あなたはヴェリエ国の人でしょう?」
そう言ってから、この言葉って自分が異世界から来たことを認めることになるのかな、と気になったが、どうやらセーフだったみたい。特に言及せず、私の質問に答えてくれた。
「まあ、伝手ですよ、伝手。伝手があれば、様々な情報が手に入りますから」
「その伝手を使って、私の存在を知ったんですか?」
「いいえ。あなたのことを知ったのは、ただの偶然です。あの植物屋にいればルイに会えると思って待ち伏せしたのですが…、予想外にあなたが現れてしまった。それだけです。…そろそろ私の質問に答えてもらってもよろしいですかね?」
うわ、話が元に戻っちゃった。どうしよう。
「……、知って何になるんですか?」
「そうですね。単刀直入に言うと、あなたにはルイから離れてもらいたい。ルイは貴族の血をひいていますから、いるべき場所に戻ってもらうつもりです。最初、私はあなたのことを、…消そうと思っていましたが」
この人、いきなり物騒な発言したよ?!警察呼んだ方が良いんじゃない?
「でも、もしあなたが本当に異世界人なら消してしまうのはもったいない。王宮とかで働けるよう、伝手を使って手配しようと思っていました」
何だそれ?要するに、「今後の生活は保証するから、二度と関わらないでね」ってこと?最低だな。
「…お断りします」
「…はい?」
「その伝手とやらを使わなくて結構です。伝手を頼ってまで王宮で働きたくありませんから。そんなことされても全く嬉しくありません」
「…そうですか。なかなか珍しいタイプの方ですね。普通、王宮で働ける、と言われたら皆、飛びついてきますよ?」
確かにそうだね。だって、お給料が安定してるし、ちゃんと食事も出るだろうし。
「すごい勝手ですけど、私はずっとルイのお店で働いていたいんです。私はあのお店が好きなんです。たぶん、あそこ以上に私に適した場所はありませんから」
「そうですか。まあ、そう言ったところで無駄ですけどね。私の主の執念は恐ろしいですから。きっとルイを連れ戻すのに何回失敗しても諦めないはずです。だったら、今のうちに離れた方が良いのでは?あなただって大変な目に合うと思いますよ?そこまでして、あの店で働きたいのですか?」
その時だった。第三者の声が突然入り込んできた。
「…いい加減にしろ。人の人生、勝手に決めるな。俺は貴族になるつもりなんかない。そんなの絶対にごめんだ」
その声の主―、つまりルイがヘルさんの後ろからこっちに歩いてきた!良かった…。
「ルイ!来るとは思ってたけど、けっこう早かったね」
「…俺が来る前提だったのか。あと、実は別れてから、もう20分経ってるからな。さっさと帰るぞ。」
え、嘘。意外と時間経ってたんだ。確かに早くしないと午後の開店に間に合わないかも。
「…結花、こいつに何もされてないよな?」
「大丈夫だよ。…最初は消そうと思ってたみたいだけどね」
すると、ヘルさんが私の発言に慌てた。
「い、いやいや。そんなわけありません。何であなた、ばらすんですか!?」
「え?だって別に口止めされてませんでしたよね?だったらいいかな、って…」
「…あんた、最低だな。ますます戻りたくなくなった…。結花、店に戻るぞ」
ルイの言いたいことが分かった私はうなずいた。しかし、二人でその場を立ち去ろうとした瞬間、ヘルさんが立ちはだかった。…まだ用があるんですか。
「ルイ様!お待ちください。どうしてですか!?どうしてヴェリエ国に戻ってこないのですか!?ヴェリエ国にいる方がよっぽど楽な生活ができるというのに…」
…この人、ルイがいないところでは呼び捨てにしてたくせに、いるところではちゃんと「様」をつけている。ヘルさん、ルイの前で猫被ってる。
「…今更貴族として生きられるわけがない。…ってのが、表向きの理由だけど、他にも色々。大体、屋敷にいた頃、ぞんざいに扱ってきたくせに何なんだよ?どうせ、屋敷に戻ったらまた同じ扱いなんだろ」
そう言ってルイはヘルさんを睨んだ。思わぬところでルイの屋敷時代の話を少し知ってしまった。ほぼ他人の私が聞いちゃってて良かったのかな…。
「それは間違いですよ。ルイ様のお父上はいつもあなたたちを気に掛けていらっしゃいました」
「それはない。あの人の辞書には貪欲と酷薄って言葉しか載ってないだろ」
…辛辣。というか、この会話、いつまで続くわけ!?いい加減にしてほしいんだけど…。
「…あの、少しよろしいでしょうか?」
私は無理矢理会話に入りこんだ。二人が私を見る。全く何も許可されなかったが、私は口を開いた。
「あの、少しはルイの気持ちも考えたらいかがです?自分たちの要求だけ勝手に押し付けない方がいいと思いますよ。ルイが貴族だ、って言いつつ全く敬ってませんし。しかも、ルイの人生設計、滅茶苦茶になるじゃないですか。人生設計ってすごく大事なんですよ。その責任は誰が取るんですか?そもそも、お屋敷で適当に扱った挙句、家に戻ってきてほしくなったら急に態度を一変させる…、とか、不信感しか抱けないですよ。…以上のことから、あなたたちの『ルイを連れ戻そう計画』は破たんしてるんです!諦めちゃった方が早いですよ!」
途中から自分でも何を言っているのか分からなくなってきたけど、自分の言いたいことを伝えた。言い終えてから二人の反応を見ると、二人ともぽかんとしていた。ややあって、ルイが笑いだす。
「はははっ!確かにそうだな。結花の言う通りだ。すごいな、俺の言いたいこと、代わりに全部言ってくれた。ありがとう」
「え…、あ、ごめん、もしかして、ルイが言いたかった?何だったら、ルイがもう一回同じこと言ってもいいんだよ?」
「いいえ、それは流石に遠慮しておきます」
私の言葉にヘルさんがそう返答した。ルイは、ヘルさんをまっすぐに見た。
「…まあ、そういうわけだから、俺はヴェリエ国に戻らない。ここでのんびり、一庶民として暮らしていくつもりだ。そういう訳だから、お前はさっさとヴェリエ国に帰って俺以外の跡継ぎでも探せ」
「……。なるほど。しかし、私も旦那様に言われている以上、諦めるわけにはいきません。既に色々と素敵な贈り物は用意してありますので。覚悟しておいてくださいね?」
捨て台詞のようにそう言うと、ヘルさんはその場を立ち去った。
「…結花、本当にあいつに何もされてないよな?あいつは俺が屋敷にいた頃からあの人の書斎に出入りしていた奴で、ああ見えて、相当黒いし、怖いし、策略家なんだよ。俺にとっては天敵みたいな奴」
「うん。少し話しただけ。どうやら私が異世界人かどうか確かめたかっただけみたい。…ルイ、大丈夫?天敵みたいな人と話したんだから、怖かったんじゃない?」
すると、ルイは苦笑して言った。
「別に。…と言いたいところだが、正直、かなり怖かった。昔からあいつの目を見るのが怖いんだよ。まるで、闇に落ちていきそうで…」
「…ルイ、お店に戻ろう?私、ラベンダーティー作るから。ね?」
私の提案に、ルイはうなずいた。
「…そうだな。そろそろ本当に時間がやばいし。……迷惑かけたな。悪かった」
「ううん。私は大丈夫。ルイの方が心配」
「…結花は、…強いんだな」
ルイが何か言ったけど、聞こえなかった。聞き返してみたが、ルイは首を振った。
「何でもない。早く戻ろう」
私たち以外、人影のない道を通り、私たちはお店に戻った。
ヘルは二人のところから立ち去ったその足でネネやサーニャの住む屋敷に向かった。いつもの侵入経路から中へと入る。今日も侵入に成功し、ヘルはほっとした。そして、ネネの部屋へ向かう。ここ最近、よくネネのところに通っていた。ある目的のために。最近はネネもようやくこちらに打ち解けてきたので、そろそろ目的を果たしてもいいのかもしれない。そう思ったところで、不意に、さっきのことを思い出した。結花が異世界から来たことをちゃんと証明しようと思ったので、近づいてみた。やはり彼女は異世界から来たようだが、返り討ちにされてしまった気分になった。あんな小娘に。悔しい。ちゃんと言い返せなかったことが更に悔しい。今度こそ自分の策を成功させて、雪辱を果たしたい、と思う。そう思っているうちに、ネネの部屋にたどり着いた。念のため、辺りを確かめてから中に入った。
「あら?ヘル、今日も来たの。そろそろ警戒した方が良いかもしれないわよ。お母様が定期的にこの部屋にやって来るから…」
「大丈夫です。私は物音に敏感ですから。ところでネネ様は何をなさっていたのですか?」
「…勉強よ。お母様が言っていたの。あたしは王宮に行ったらすぐに働くことになる、って。しかも、学問を研究する場所でね。だから、少しでも知識を頭の中に入れようと思って。…はあ、憂鬱ね」
どうやら、今日もネネの悩みは尽きないようだ。この少女は基本、笑顔を見せない。もともとそうなのかもしれないが、恐らく、王宮勤めが憂鬱、というのもあるのだろう。
「そうだわ。ヘル、今日、その花屋さんの女の子の正体を確かめに行くって言っていたわよね?どうだったの?私が書いた数字、役に立ったかしら?」
「ええ、とても。ちゃんと、367294675、と言っていました」
すると、ネネは珍しく、嬉しそうに笑った。
「本当に!?それなら決まりね。その子はあたしと同じ、異世界から来たのだわ。それで、あの話はしたの?」
「…いえ。しかし、最近サーニャ様があの店に行っているようですから。いつか、ネネ様も行くことになるかもしれません。その時に伝えてみては?」
「…確かに、そうね。そうするわ。ありがとう」
その時だった。コンコン、と部屋の扉が叩かれた。二人は顔を見合わせる。
「大変、お母様だわ。ヘル、早く逃げて」
ヘルはうなずき、素早く窓辺に近付いた。それを見てネネは返事をする。
「どうぞ」
扉が開いた。そこにはやはり、サーニャがいた。
「どうなさったの、お母様?」
「また不審者が出たみたいで、心配だから様子を見に来たの。窓が開いてるけど、夜はちゃんと閉めなさいね」
「分かってます。お母様もお気をつけて。…あたしが王宮に行っても」
ネネがそう言うと、サーニャは寂しそうにうなずき、部屋を出た。ネネは、はああ、とため息をついた。間一髪だった。恐らく、母は何も見ていない。ここにいたのは、あたし―、ネネだけ。
今回はヘル多めでした。逆にルイが少なめだった…。次回からはちゃんと、出る量を元に戻します。読んで下さり、ありがとうございました。




