第十五話
「花なのに、紙なんですか?それは一体…?」
ルイも困惑しているようだ。しかし、サーニャ様は首を振った。
「わたくしにもよく分からないの。普通、紙って濡れればふにゃふにゃになって溶けてしまうでしょう?だから、どういうことかと思っていたんだけど…、結局その花はずっとその状態を保ち続けたわ」
うわ、謎すぎるよ、その花…。アケビさんが無理だと思った理由がよく分かった。…でも、何でこのお店を推薦したんだろう?疑問だ。
「実はわたくし、それを娘のネネに渡そうと思っていて」
へー、娘さんの名前、ネネさんって言うんだ。可愛い。というか、サーニャ様、優しいお母さんだ。
「実は娘はわたくしの本当の子ではなくて…。本当は異世界出身なのよ」
何ですと!?初めて知ったよ、その情報!?本当に異世界人がいる率高いね…、ここ。驚き。
「その異世界の知識を役立てるために王宮で働くことが決まっているのだけど…、どこか憂鬱そうで…。なので、異世界の物があれば少しは元気が出るかと思ったの」
な、なるほど…。それ、責任重大だよ…!?私、異世界から来たはずなのに、その花もどきのこと、何も知らない。どうしよう…。私、作れるかな…。
「…絵を描いていただけると嬉しいのですが、お願いできるでしょうか?」
ルイがサーニャ様にそう言うと、サーニャ様は一瞬黙り込んだが、うなずいた。私は紙と筆記用具を持ってくる。サーニャ様はペンを取り、さらさらと描き始めた。しばらくして
「描き終わったわ。いかが?」
私たちはサーニャ様の描いた絵を見た。そして、一瞬固まる。…正直に言っていいかな?
これ、何の絵ですか?全く分からないのですが…。
私たちが無言になっていると、サーニャ様は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、わたくし、どうしても絵だけは描けないの…。ネネは上手いんだけどね」
「い、いえ、お気になさらず!」
結局、絵は大した情報にならなかった…。
サーニャ様が帰った後、私は密かに落ち込んでいた。この世界に来てからの四日間、すごく順調だった。だから、この後も何とかなる、って思っていた。
私は忘れていたのだ。…現実はずっと優しくないって。いい時もあれば悪い時もある。でも、この四日間、良いことばかりでそのことを忘れていた…。バカみたいだな、私…。異世界から来たからってすごいわけじゃない。記憶力がすごい良いわけじゃないし、何でも知っているわけでもないのだ。何で、どうして、一番肝心なところで何も分からないんだろう…?それが、悔しい。自分でもびっくりするほど悔しい…。
「こんにちはー。アケビだよー。昨日はごめんね、突然。今日は様子を見に来たんだ」
最悪のタイミングでアケビさんがやって来てしまった。理由はよく分からないけど、このお店を推薦してくれたアケビさんに申し訳ないな、と思ってしまう。…私は、何も思いつかないのに。
「ちょっと、結花ちゃん!?どうかしたの?何かすごく空気が重くない?」
「さっきからずっとこんな感じなんだよ。俺が何か言っても全く反応しない。正直、少し怖い」
二人が話している。何か、そういう会話をされると、反応しづらくなるんですけど?
「ルイ、何とか言って励ましたらどう?何か見てて可哀想になってくるんだけど…」
「俺が何か言ったわけじゃない!そもそも俺の言葉に反応しないんだって!そういうのはアケビの方がいいんじゃないか?」
あー、もう。私はぱっと突っ伏していたテーブルから体を起こした。それと同時に二人がぎょっとしてこちらを見る。私、死んでないんだけど…?
「結花…、何て言うか、その、大丈夫か?少し気分転換した方がいいんじゃないか?」
「ううん、大丈夫。心配かけてごめんね」
「でも、食料品と花を買うため以外は全然街に行ってないし…」
ルイの言葉になぜかアケビさんが反応した。…何で?
「嘘でしょ?仕事、生活関係以外で街に行ってないってわけ?ちょっと、ルイ!あなた、もう少し気を使いなさいよ!結花ちゃんは年頃の女の子なのよ?全くもう……」
「何か……。悪かったな、結花。アケビに街を案内してきてもらったらどうだ?まだちゃんとこの街のこととか知らないだろ?」
え!?予想外の話なんですけど…?というか、アケビさん、仕事はどうした???
「えーっと…、まず、アケビさん。植物屋さんはどうしたんですか?」
「え?それ気にしてるの?大丈夫だよ、弟子に任せてるから!あ、今度、結花ちゃんにも紹介するね」
…さようでございますか。それと…。
「ルイ、店番どうするの?一人で大丈夫?」
「それくらい大丈夫だ。どうせ、ほとんど人は来ないからな。遠慮なく行って来い」
まあ、街を少し散歩するくらいならいいかな。ルイの言葉に甘えて少し街へ行かせてもらうことにした。
「…でね、ここが洋服屋さん。入ってみない?色々な服があるから」
今、私はアケビさんと街を歩いている。けっこう色々なお店があって便利。何でも揃うんじゃないかな。あと、ついでに言うと、花屋さんが多い。花の栽培が盛んらしいから当然なのかもしれないけど。
「はい。このせ……、いや、この国の服はどういう物があるのか気になります」
危ない。「この世界」って言うところだった…。ちらっとアケビさんを見てみたが、彼女は私が言葉を言い直したことに気付いていないようだった。少しホッとする。私とアケビさんはそのお店に入った。
「うわ…、すごい。服が多い…」
「そうでしょ?いっぱい可愛い服があるからついつい買いすぎちゃうのよねー」
アケビさんが、てへ、というように笑った。年上の方なのに可愛いな、と思ってしまう。私がきょろきょろとお店の中を回っていると、不意にアケビさんが私を呼んだ。
「結花ちゃん、このエプロンっぽいワンピース、すごく可愛くない?」
アケビさんがそう言って一着の服を私に見せた。確かに可愛い。袖とか裾に邪魔にならない程度にふわふわのフリルが付いている。腰に結ぶリボンには花の刺繍が付いていた。…高そう。
「こういうの、結花ちゃんに似合いそうじゃない?それに、お店で働く時、便利そう!」
いや、可愛すぎてお店で着られない!汚しちゃいそうで怖いんだもん。それに、やっぱり高そう(二回目)。
「…高くないですか?というか、私、今、そんなにお金持ってないですよ」
私が疑問点をストレートに言うと、アケビさんは値札らしき紙を確認して言った。
「そんなに高くないよ。どうやらセール品みたいだし。ほら」
そう言ってアケビさんは値札を私の方に見せてくれたが、残念ながら読めない。じっくりと見てみてもよく分からない。一応読んでみたけど、おかしい数字になってしまった。
「0、8、9、4…???」
何で1000の位が0になった?やっぱり私にはシェーロン語は読めない…。
「え?違う違う。2340だよ?そこから更に10%オフ。あ、もしかして今、シェーロン語勉強中なの?」
「…はい。全く読み書きできなくて。かなり困ってます」
今も全部間違っていた。相性合わないのかな…。落ち込んでいると、アケビさんは
「大丈夫だよ、シェーロン語は世界一覚え辛い言語って言われてるみたいだから。…その割にはシェーロン語を使ってる国が多いんだけどね。まあ、ゆっくり覚えていけば良いよ」
と言ってくれた。でも、なるべくだったら早く覚えたい…。「数字」という言葉で何となく水中で咲き続ける花を思い出してしまった。急に気分が暗くなる。…せっかくルイやアケビさんが気分転換に、って街に行かせてくれたのに。
「…結花ちゃん、やっぱりこれ、買おうよ!」
「え?でも、お金がそんなに…。というか、払い方分からないし…」
「大丈夫大丈夫。私が買ってあげる!お近づきの印ってことで!」
そう言うと、アケビさんはささっとその服を持って店員さんのところに行き、買ってしまった。
「良かったね、この服、最後の一着だったみたい!はい、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます。今度お礼を……」
「いいのいいの。気にしないで。それよりも結花ちゃん、何か困りごと?話、聞こっか?」
…さっきから私、すごくアケビさんに気を使ってもらっている気がする。申し訳ない。
「…じゃあ、あの、一つ質問してもいいですか?」
私がそう尋ねると、アケビさんは一瞬きょとんとしてから
「いいよ。何でも聞いて!」
と言ってくれた。なので、遠慮なく質問することにした。
「どうしてアケビさんはサーニャ様の依頼にルイのお店を推したんですか?」
「あー、そのこと?それはね、二人ならいけるかなって思ったから。…単純でごめんね」
「いえ…。…二人ならいける、ですか??」
「うん。正直、今までみたいにルイだけだったらわたしも推薦してなかった。…でも、今は結花ちゃんがいるから。二人で力を合わせれば何とかなるかなって思ったの」
そう言ってアケビさんは私をまっすぐに見た。
「…だからね、結花ちゃん、もうちょっとルイを頼ってもいいんじゃないかな?」
私はうつむいた。
「…でも、どうせ二週間だけだし。頼ったらあのお店を出られなくなっちゃいそうで…」
「えー?結花ちゃん、最初にわたしに会った時、言ってたじゃない?二週間以上、ルイのお店で働くって。何だかんだ言ってルイも結花ちゃんにずっとお店にいてほしそうだし」
その言葉に私は顔をあげた。だって…、衝撃的なんですけど!?だって、ルイ、いっつも私に意地悪なことしか言ってないよね(たまに素直だったり、抜けてたりするけど)?!
「……それ、本当ですか?」
「うーん、わたしの勘かな。でも、大丈夫だよ。わたしの勘、けっこう当たるから♪」
そ、そう、なの?…でも、アケビさんと話したら何となくだけど、もやもやが晴れた気がする。アケビさんってすごいな…。
「ありがとうございます、アケビさん。何かすっきりした気がします」
「そう?それなら良かった。これからはルイにもちゃんと相談するんだよ」
そう言うと、アケビさんは少しいたずらっぽい表情で声を潜めた。
「異世界って大変だと思うけど、まあ頑張って」
「!いつから知ってたんですか!?」
「けっこう最初の方からかな?言ったでしょ、わたし、勘がいいの」
恐るべし、アケビさんの勘…!
「そうなんですね…。あ、このことは秘密でお願いします!それじゃあ、私はこれで。服、本当にありがとうございました。大切にします!」
「うん。どういたしまして。またお店に遊びに行くね!」
「……自分のお店もちゃんとやってください」
私はアケビさんと別れ、お店へ帰ることにした。「頼ってもいい」ってすごく安心できるんだな、って思った。何だか気持ちが軽くなった気がした。
一方、ルイの店では。さっきの結花と同じようにルイがテーブルに突っ伏していた。
「……。どうすればいいんだろうな」
昨日の夜からずっと考えていたことだ。おかげで昨日はなかなか眠れず、微妙に寝不足だ。ルイが考え続けていること。それは、結花のことだった。二週間、と言ったのは自分なのに、やはり結花にずっとこの店にいてほしい、と思ってしまうのだ。二人とも同じことを考えているとはお互い知らない。
「女将さんは自分の気持ちに素直になった方がいいって言ってたけど…。どうすればいいか分からない…」
できれば、自分の事情に巻き込ませたくない、と思う。一方で結花の異世界の知識を使った様々な品々をもっと見てみたい、とも思う。それに、結花を拾った(?)以上、ちゃんと自分が守らないといけない、とルイは考えていた。
「本人に聞くのが一番良いだろうが…、どうやって聞けばいいんだ?」
ルイは同じ年頃の異性と話したことがなかった。まあ、何とかなるか、と思っていたが、意外と難しい。気がつくと、自分じゃないような言葉を言っている。
「絶対、結花は俺なんかと一緒にいたくないよな…。冷たいことばっか言ってるし…」
ルイはため息をついた。
二人は、お互いに同じようなことを考えていることをまだ知らない。
もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、登場人物を書いてみました。ネタバレしないように頑張ったのですが、もしかしたらしているかもしれません。もしも、ネタバレしていたらごめんなさい…。




