第十四話
翌日、私は危うく寝坊しかけた。危ない危ない。私は慌てて庭に出た。すると、ちょうどルイも建物から姿を現した。でも、少し眠そう。私が小屋に戻った後、夜更かしでもしてたのかな?
「おはよう。眠そうだけど、大丈夫?もう少し寝る?」
「別に大丈夫だ。…結花こそ、今日は起きるのギリギリだったんじゃないか?」
ぎくっ。何で分かった、どうしてばれた?千里眼?
「小屋のドアを開ける音が聞こえてきたのが、俺がここに来る直前だったからな」
…何か怖い。どんな音、聞いてるのよ?怖いんだけど。私が若干引いていると、ルイは
「たまたまだ!普段は全く聞いてないからな!今日は俺がたまたま庭の近くにいたから聞こえただけで…。とにかく勘違いするな!」
とすごい勢いで言ってきた。逆に怪しいんだけど…?まあ、いいや。ここで変な言い争いを繰り広げてもどうしようもない。私は話題を変えた。
「ねえ、昨日のサーニャ様の言葉なんだけど…」
私は昨日の夜に感じた違和感をルイに話した。ルイは納得してくれたようだが、やはり、その意味は分からないようだった。…まあ、これでわかったら正直すごいと思うけど。それに、サーニャ様が言い間違えた、っていう可能性だってあるわけだし…。
「サーニャ様ももうちょっとヒントをくれたら良かったんだけどな…。昨日はこっちも困惑してたし、聞けなかったというか…。もし、またこの店に彼女が来たら聞いてみよう」
私はそれに賛成し、ハーブを摘むことにした。ポプリ作りをするためだ。ラベンダーやカモミールは今のうちにささっと摘んでおかないと、開花時期を過ぎてしまう。それまでに出来ればたくさん作ってたくさん売りたい。…売れるかどうかは分からないけど。地道に頑張るしかない。私はそう思いつつ、屋根裏部屋に、摘んだ花を持って行った。今日も見事に晴れているので、お昼過ぎにはカラッカラに干からびているだろう。…そういえば、雨の日ってどうすれば良いんだろう?乾かせないよね?レンジとかトースターとか使ってもいいけど、どれくらいやればいいかがよく分からない。そこら辺はルイと相談した方がいいだろう。すると、ちょうどその時、下からルイの声が聞こえてきた。
「結花、そろそろ降りてこい。開店時間に間に合わなくなる。一分で降りてこい」
「はーい。今行くから待ってて!」
お、昨日よりハードルが低くなった。いや、そもそも昨日の制限時間が異常だっただけなんだけどね。私はそう思いつつ、屋根裏部屋を後にした。
「……で、違和感の話はしてたけど、結局、水の中でずっと咲き続ける花の正体は思いついたのか?」
もぐもぐ、とパンを食べている私にルイはそう聞いてきた。私は首を振る。
「全く。さっぱり分かんない。ハーバリウムかと思ったんだけど、何か違う気がする。そもそもハーバリウムの作り方、よく知らないし…。ルイは何か思いついた?お母さんとの話とか…」
「全然。そもそも咲き続けるってのが異常なんだよな…。普通、花ってのは咲いたらいつかは枯れる」
「そうだよね…。そもそも水中で咲く花って何だろう?水辺に咲く花なら色々あるけど…。」
「そうだな。あと、もう一つ。その瓶はどれくらいの大きさだったんだろうな?小さいのだったら、入る大きさの花は限られてくるが…」
確かにそうだ。小さめの瓶だったら、大きい花は入れることができない。花びらだけ、というならいけるかもしれないけど…。でも、サーニャ様ははっきり「花」と言っていたからその可能性は低いだろう。
結局、私たちは何も思いつかなかった…。
「でも、意外と異世界人って多いんだね。もっと少ないかと思ってた」
道端の掃除をしつつ私がそう言うと、ルイはうなずいて答えた。
「ああ、そうだな。報告されているだけで年に50人以上は異世界から人が来るらしい」
うわ…。すごい。「報告されてるだけで」ってことは実際はもっといるんだろうな…。
私は、箒で道の葉っぱを掃きながら考えた。…いつかは、私も自分が異世界から来たことを報告しなければならない日が来るのかな?でも、そしたら、ここで働くことはできなくなってしまうのだろうか。…それは、嫌だな。まだここに来て五日しか経っていないけれど、私はずっとここにいたい、と思っていた。最初はルイがむかついたから…、って言う、超単純な理由だったけれど、今は違う。私はこの場所が好きだ。ここで過ごす時間が好きなのだ。…ここから離れたくない。
「…って、私がわがまま言っちゃダメだよね。ここはルイのお店だもん…。このことは私じゃなくて、ルイが決めるんだから…」
私はふと思った。…もし、本当に二週間でここを出なければならなくなったらどうしよう?ここを離れるとか、考えたくない。考えられない。…だから、今は、今だけはここでの生活を楽しんでいよう。そう思った。ここに来てから二週間になる日まで、残りはあと9日…。9日しかないんだ…。
「…か、ゆいか、結花!」
「わあああああっ!!?はいっ!何ですか?!」
私はルイに話しかけられていたことに気づいてびっくりした。ルイが私がいきなり反応したことに驚いたらしく、固まっている。…すみません。
「びっくりした…。今ので寿命縮んだ気がする。…お前、大丈夫か?ぼーっとしてたっぽいけど?」
「ごめん、考え事してた。…というか、そんなに驚いたの??」
「ああ。ずっと呼びかけてたのに返事しなくてさ…。それなのに、急に大声で反応されたら誰だって怖いだろ?」
おっしゃる通りです。申し訳ありません。…そういえば、さっきの独り言、聞かれてたかな?めちゃめちゃ小さい声で言ったはずだから聞こえてないと思うけど。
「サーニャ様の依頼のこと、考えてたのか?そんな気にしなくていいと思うけどな」
「え、そうなの?何で?もし、作れなくてお店が潰れたら…」
「…まあ、そしたら他のところに移って新しく花屋を開けばいいんじゃないか?それに、そろそろここを離れた方が良いかもしれないし…。この前みたいにヴェリエ国からの追手が来るかもしれないし」
ルイのその言葉を聞いて私は思った。
やっぱり私は二週間でここを出た方がいいのかもしれない、と。私がいたら、足手まといになるだけだ。
「お二人とも、どうされたのですか、道端で?開店の準備をしなくてよろしいのですか?」
不意にどこか威厳のある声が聞こえた。私たちが声が聞こえた方を見ると、そこにはなぜかサーニャ様がいらっしゃった。…急に登場しないでほしい!というか、馬車がないけどどこにあるんだろう?
「サ、サーニャ様!?なぜこちらに…」
ルイがめちゃめちゃ慌てている。珍しい。たぶん、元の世界で言えば、自分の住んでる街の市長さんや区長さんが突然自分の家に来た、みたいな感じなのだろう。…そう考えると、緊張する。でも、昨日みたいな、いかにも貴族です!って感じの馬車がないから昨日よりはましかな。…少なくとも私にとっては、だけど。
「昨日は予定上、この辺りを回ることができませんでしたが、せっかくなので、この機会に街の様子を色々見てみたいと思ったのですよ。この店に用事もありましたし。ここでは何を売っていらっしゃるのですか?」
「ここでは普通に花束や鉢植えを売っていますが、ポプリ、と呼ばれる物も売っています」
ルイのその言葉にサーニャ様が興味を示されたので、私は中に戻ってポプリの瓶を取り出した。お客さんがあまり来ないから、一番最初に作ったカモミールのポプリがまだ残っている。とりあえず、それを持って行くことにした。
「この瓶の中にいい香りの花びらを入れているんです。ちなみにこの中にはカモミールが入っています」
そう私が補足すると、サーニャ様は私が差し出した瓶を受け取ってそっと蓋を取られた。そして、瓶の口に顔を近付ける。そして、ゆるゆると笑みを浮かべた。やった!どうやらお気に召したみたい。こういう顔を見ると、やっぱり作った甲斐があったな、って思う。
「これ、いくつか頂いて行ってもよろしいかしら?」
「ええ、どうぞ。他の花もありますが、いかがでしょうか?」
ルイが慌てて店の扉を開けた。私もポプリの瓶が綺麗に並べられている箱を持ちあげて、サーニャ様が見やすいようにした。
「カモミールの他に、ラベンダーとジンジャーがあります。どれもそれぞれ素敵な香りですよ」
サーニャ様が真剣に迷い始める。…もしかして、ご家族の方に買って行きたいのかな?すると、サーニャ様はふと顔を上げてこちらを見た。
「3種類、全て買って行ってもよろしいですか?どれも素敵すぎて決められません」
そう来ましたか。でも、気に入って頂けたなら嬉しい。私はうなずいた。すると、サーニャ様は何か書いてある紙幣を取り出した。それを見たルイがなぜかぎょっとする。
「これくらいあれば足りるかしら?」
いや、私に言わないで下さい。私、数字がさっぱり読めないので。すると、ルイがさりげなく私の前に出て、言った。
「サーニャ様、その額では多すぎます…。お釣りが足りません」
その言葉に今度は私がぎょっとした。え、待って、この紙幣、そんなに高額なの!?貴族ってすごい…。
「そうなの?それならこれは?」
「……。この紙幣はお手元にございませんか?この紙幣、5枚分で十分なのですが…」
ルイがそう言って、紙幣を1枚サーニャ様に見せた。すると、サーニャ様は驚かれた。
「まあ、たったこれだけ?こんなに素晴らしい物なのだから、もう少し高くしてもいいと思うわ」
「今はまだ、これがものすごく売れているわけではありませんし…。もう少し様子を見ます」
とルイは答えた。相手の意見も尊重しつつ自分の意見も…、って感じ。同い年なのにすごいな…。少しルイのことを見直した気がする。
その後、しばらく私たちは他愛ない話をした。お客さん、全く来ないし。
「…ところで、サーニャ様。昨日おっしゃっていた水中で咲き続ける花のことなのですが…」
ルイが話題を変えてくれた。これで少しは手掛かりが掴める。
「ああ…。そのことね。ごめんなさい、わたくしも本当はその話をしようと思ったのよ。昨日の言葉だけじゃ、全く何も分からないわよね…」
そう言ってサーニャ様は「水中で咲き続ける花」について説明され始めた。
「その花はたくさん花びらがあって、青や黄色、それからピンク色もあったわね…。とてもカラフルだったわ。どの花も小さくて可愛かった…」
「その花の名前は聞いていらっしゃらないのですか?」
私の質問にサーニャ様は予想外の答えを返してきた。
「確かにわたくしは花という表現をしたけれど、正確には花ではないわ」
「花じゃない……、ですか?」
「ええ。わたくしにそれをくれた時、その人はこう言っていたわ」
『この中に入っている物は見た目は花にそっくりだが、本当の花ではない。この花は紙でできている』
花なのに……、紙?一体、どういうこと?誰か私に説明してほしい。
思ったより敬語が難しいです…。
読んで下さり、ありがとうございました。




