第十三話
夜。私は花記録をしようと紙を取り出した。しかし、そこで思い出す。
「私、まだルイから本を返してもらってない!」
なくても一応何とかなるけど、やっぱりあった方がいい。私は慌ててルイのいる建物に向かった。
「ルイ、いい加減、本を返してくれない?あれがないと困るんだけど…」
しかし、ルイは完全に無視している。…と、そこで何かおかしい点に気付いた。ルイが全く動いてない。私がいる方向からはルイの顔は見えない。なので、顔が見える方向に移動した。…うん、やっぱり寝てる。疲れたのかな?そっとしておこう。…この隙に本、探そうかな?そう思った瞬間、ルイが起きてしまった。…タイミングが悪い。ルイは私がここにいることに驚いたらしい。
「な、ゆ、結花!?どうしてここに!?」
…そこまで驚かれると微妙に傷つく。私は幽霊か何かか。
「…、花の本、返してもらいに来ただけだよ。どこにあるか教えてくれない?」
「そ…、そこの棚の一番右にあると思う。…本当はちゃんと数字を覚えさせてから返したかったんだけど」
最後の言葉は聞かなかったことにして、私は教えられたとおりの場所を探した。すると、ちゃんとそこに本があった。良かった良かった。
「ありがとね、ルイ。それじゃ、おやすみなさい。あ、寝る前にサーニャ様が言ってた花のこと、少し考えてみるね。もしかしたら何か思いつくかも」
「悪い、頼む。ただ、明日に響かない程度にしろよ。…おやすみ」
あれ、何か優しいかも?ラベンダーティーの効果があったのかな。私はそう思いつつ、小屋へ戻った。
その後、私はしばらく花記録をすることにした。まだ、ジャスミンとカモミールしか書いていない。何かハーブばっかりだな…。とりあえず、ラベンダーとユリを書くことにした。ちょうどこの季節の花なので。…けれど。
「相変わらずシェーロン語ってにょろにょろだなー…。ヘビみたい。それか、日本の平安時代の書物みたい」
四苦八苦しながら何とか書き終える。満足。私は本と、この世界の植物図鑑を棚の空いてるスペースにしまい、ベッドに寝転がった。そして、ぼんやりとサーニャ様のことを思い出した。
「水の中で咲き続ける花…。やっぱり、ハーバリウムしか思いつかない…。ハーバリウムだったらけっこう長く花を楽しめるんだよね。それに簡単だし」
実は、私はサーニャ様の一番最初の言葉が引っかかっていた。なぜなら、サーニャ様は私たちに
『水の中でずっと咲き続ける花をわたくしに作りなさい!』
と言ったのだ。普通、花は「育てる」という表現をするはず。それなのに、サーニャ様は「作る」という表現をしたのだ。ものすごく引っかかる。ハーバリウムも「作る」って表現をすると思うけど。花を作るわけじゃないし…。そもそもハーバリウムの液体の原料って何なんだろう?それに、花は本物の花を使う訳だから、やっぱりどこか変なのだ。
「うーん…、難しい!もう今日は寝ちゃおうかな。…まだ時間はある、よね?」
私は楽観的にそう言ってその日は寝ることにした。
その夜、サーニャは屋敷の廊下を見回りしていた。どうやら、使用人たちによると、昼間、建物内で怪しい人影が目撃されたらしい。しかも、あろうことか、その人影は娘のネネの部屋に向かったそうだ。ネネは誰も来なかった、と言っているそうだが…。しかし、ネネは最近憂鬱そうだ。恐らく、王宮に行きたくないのだろう。しかし、これは決まったことだ。本当はサーニャだってネネを王宮に行かせたくない。でも、これは王命なのだ…。
サーニャはふと、ネネに出会った時の事を思い出した。
ネネに出会ったのは、数年前の今頃。暑い夏の日だった。その日、サーニャは一か月後、領地内で開かれる祭りの安全性を調べるために馬車で祭りが行われる地域に向かっていた。外を見ると、人影はあまりなく、どの店も閑散としていた。閑古鳥が鳴く、というのは正にこういう状況のことだろうか。こんな様子でお祭りは開催できるのだろうか、費用は足りているのか…、などと考えていたその時、急に馬車が止まった。
「何事?どうして急に止まったのかしら?」
サーニャが御者にそう尋ねると、彼はこう答えた。
「えーと、その、人が道に倒れているんです!危うく轢きかけるところでした」
「それを早く言ってちょうだい!瀕死の状態だったらどうするの!?」
「も、申し訳ありません、サーニャ様…!!」
サーニャは馬車の外に出て、馬の前に倒れている人を抱きかかえた。
「可哀想に…。まだ子どもじゃないの…。どうしてこんなところに倒れていたのかしら…?」
サーニャはその少女を馬車に乗せ、御者に命じた。
「屋敷に引き返しなさい!病院に向かうより、その方が早いはずよ。早くなさい!」
御者はサーニャの剣幕に慌てて馬車を走らせた。馬車の中で、サーニャは少女の頭を優しく撫で続けていた。そして、思う。
(…もしかして、この道に全く人がいなかったのは、この子が倒れていたから?どうすれば良いか分からなくて、見捨てていたのかしら?真相は分からないけど、そうだとしたら最低ね…)
しばらくすると、馬車は屋敷に着いた。中から慌てて使用人たちが飛び出してくる。
「奥様!どうかなされたのですか!?祭りの打ち合わせに行ったのでは…!?」
「…ああ。そういえばそうだったわね。忘れていたわ。誰か、お詫びの連絡に行ってちょうだい。道の途中でこの子が倒れていたのよ。あなたたち、医師を呼んで。診察させるわ」
「か、かしこまりました!」
使用人たちは様々な方向に動き始めた。サーニャは少女を屋敷の中の一室に運び、ベッドに寝かせた。しばらくすると、医師がやって来る。そして、診察し始めた。診察した後、医師はサーニャに言った。
「この子は大変運が良かったですね。もし、貴女が今、ここに連れて来ていなかったら、この子の命が危うくなるところでしたよ」
医師は薬を出し、どの薬をいつ飲ませるかなどをサーニャに説明し、帰って行った。
「…奥様、後は私たちがやっておきますので、祭りの方に…」
サーニャは少女の傍を離れたくなかったが、仕方なく、祭りの打ち合わせに向かった。しかし、打ち合わせの間も少女のことが気になって仕方がなかった。ようやく打ち合わせが終わると、サーニャはすぐに屋敷へ向かった。
「お帰りなさいませ、奥様。ご苦労様でございました」
「ただいま。あの子はどうなっているかしら?」
すると、出迎えてくれた使用人は嬉しそうな表情で言った。
「さっき、お目ざめになられましたよ。…ただ、ここがどこかが分からないらしくて」
サーニャはすぐにその部屋に向かった。部屋のベッドでは少女が起き上がって不安そうに辺りを見渡していた。サーニャを見ると、怯えたような表情になる。
「…、あ、あの、あなたは誰ですか?そして、ここはどこですか?」
丁寧な言葉遣いに少し驚きつつ、サーニャは答えた。
「わたくしはサーニャと申します。ここはシェーロン国で、この屋敷はこの土地の領主様のお屋敷です」
「シェー、ロン国…?あたし、そんな名前、聞いたことありません…」
「…そう、ですね…。それなら、あなたはどこから来たのですか?」
「日本です。…あ、ジャパンって言った方がいいですか?」
サーニャはどちらの名前も聞き覚えがなかった。そこで、使用人に地図を持ってこさせ、少女の前に広げて尋ねた。
「それでは、この地図の中のどこにあなたの国はありますか?」
しかし、少女は怪訝そうにそれを見て、首を振った。
「違う…。こんな地図、見たことありません!ここは、あたしの住んでる世界じゃない…!」
そう言うと、少女は泣き出してしまった。サーニャは少し焦った。子どもを泣かせてしまったからだ。
「落ち着いてください。それでは、あなたの世界の地図を描いていただけますか」
少女はうなずいて、サーニャが渡した白い紙にペンで不思議な地図を書き始めた。この世界の地図とは全く違う。それを見て、サーニャははっとした。
「もしかして、あなたは…、異世界人なのですか!?」
大変なことになった、とサーニャは思った。この少女を今後どうするかは自分一人では決められない。サーニャは夫の帰りを待つことにした。
その日の夜遅く、サーニャは帰ってきた夫に切り出した。
「あなた。大事な話があるのです。わたくしに付いてきていただけませんか?」
「ああ。分かった。君が大事な話、と言うならかなり重要なのだろう?」
二人は少女がいる部屋に入った。少女は夫の姿にびくっとしたが、サーニャもいるのを確認し、ほっとしたようだった。夫は一瞬、きょとんとした。
「あれ、いつの間にか子どもが生まれたのかい?」
冗談で言っていることが分かっていたので、サーニャは夫の額に思いっきりデコピンをくらわせた。
「うっ。悪かった。ちゃんと話を聞くよ…」
サーニャは少女を見つけた経緯を説明した後、少女が描いた地図を夫に見せた。夫は再びきょとんとして言った。
「何だい、これ?どこかの地図かい?宝島とか?」
サーニャが冷たい目で夫を見ると、彼は一瞬びくっとした。そんなに怖かっただろうか?
「これは、この少女が描いた、彼女がいた世界の地図です」
夫は一瞬、固まった。
「…ということは、要するに、彼女は異世界から来たということかい!?」
「ええ、そういうことです。だからわたくしはあなたに相談しようと思ったのです」
夫はこくこくうなずき、考え込んだ。そして、少女に話しかける。
「はじめまして。サーニャの夫です。名前を教えてくれないかな?」
「寧々、です」
「そうか、ネネさん、君はこの国に知ってる人はいるのかい?」
ネネ、と名乗った少女は首を振った。どうやら、この国には頼れる人がいないらしい。
「そうか…。それなら、この屋敷で暮らしてみないかい?」
これには、ネネだけでなく、サーニャも驚いた。
「あなた、何を言っているのです!?急にそんなこと…」
夫はサーニャを無視してこう続けた。
「この国はどちらかというと、異国人などの余所者を歓迎しない。もちろん、改善しようと試みてはいるけれども…。とにかく、ここは君が生きていく上では大変な場所だ。しかも、聞けば君は異世界から来たという。なおさら生きていくのが大変だ。それは君も分かるだろう?」
少女はこくりとうなずいた。
「でも、ここでお世話になるわけにはいきません。領主様のお屋敷の管理は、民の税で成り立っている物でしょう?ただの異世界人がそのお金を無駄にするわけには……」
しかし、夫は鷹揚に笑った。
「それなら君にここでの仕事をあげよう。一、ここの文字を覚えること。二、異世界の知識をこの世界にもたらすこと。どうかな?これならいいだろう?」
ネネは少し考えてからうなずいた。
「分かりました。やってみます。ダメだったら容赦なく追い出してください。よろしくお願いします」
その後、ネネはサーニャたちの娘、ということになり、無事に大きくなった。
サーニャは思い出し笑いをした。最初のころは、ネネはドジばかりしていたものだ。でも、悪意があるわけではなく、ついつい許してしまう。そんな不思議さがあった。
「王宮へ出発するまであともう少し。それまでにルイさんと結花さんにはあれを作って頂かなければ…」
サーニャのひとりごとは、夜の闇に吸い込まれていった。
読んで下さり、ありがとうございました。第十二話のサーニャのセリフの中の人称が所々間違っていたので、直しました。すみません。もしかしたらまだ間違っているかもしれませんが…。




