第十二話
夜遅くになってしまい、すみません。
ヘルはその日、とある貴族の屋敷に忍び込んでいた。この貴族が治めているのは、シェーロン国の、ルイや結花が住んでいる場所一帯。なかなか入るのに苦労したが、何とか侵入に成功した。誰もいないことを確認し、彼は目的の部屋を目指した。無事にその部屋にたどり着き、コンコン、と扉をノックした。
「はーい、どうぞ。誰かしら?もしかしてお父様?」
少し幼い少女の声がした。ヘルが扉を開けると、少女は警戒したように立ち上がった。
「…どなた?今すぐ、ここから立ち去りなさい。人を呼びますよ?」
ヘルはその部屋に入り、にこり、と少女を警戒させないように笑った。
「初めまして。私はヘルと申します。決して怪しい者ではありませんよ」
「…怪しい人物ほど、そういうことを言うものよ?」
どうやら、この少女は貴族の生まれにしては警戒心が強いようだ。…ということはやはり、ヘルの得た情報は正しいらしい。
「…あなたは、異世界出身なのですよね?ネネ様?」
そう言うと、ネネはびくっとした。そして、さらに警戒心を強めたようだった。
「なぜ、あなたがそれを知っているの?この家の者以外は知らないはずよ?」
ヘルはその質問には答えず、さらに言葉を続けた。
「…あなたは王宮で働くよう、命じられている。なぜならあなたには異世界の知識があるから。でも、王宮に行くことをを不安に思っているのではありませんか?」
「う、うるさいわね。あなたごときが心配することではないわ。出てって頂戴!」
「おやおや。それなら、私の持つあなたにとって素晴らしい情報はいらないのですね?」
ヘルのその言葉にネネは少し興味を持ったようだ。
「…お待ちなさい、ヘル。その情報とは一体何なの?王宮への出仕を回避できる情報かしら?」
「いいえ。でも、とてもいい情報です。…、この領地にある、ルイ、という少年が経営している花屋でとある少女が働いているのですが、どうやら彼女はあなたと同じ異世界から来た人間のようですよ?」
ネネは目を見開いた。そして、叫んだ。
「…うそ。そんなこと、あるわけないわ!!異世界から人が来た、という報告は届いていません。…あなた、どうしてそんな嘘をつくのです?」
「うそと思うならそれでも構いません。…しかし、もし本当にその異世界人がいたならば、連れ去ってしまえばよろしいのでは?そして、一緒に王宮へ行けばいい」
ネネは絶句した。
「…な、何を言っているの?その人が可哀想じゃない。そんなこと、できるわけないわ」
ヘルはその言葉に驚いた。自分の主人は気に入った者をすぐに自分の屋敷へと攫ってくるからだ。…それが例え、どんな人物でも、どんな身分でも。
「貴族とはそういうものでは?少なくとも私の主人はそうです。…まあ、私の主人のことは置いておくとして。…直に私の言ったことが本当だと分かりますよ。そして、もしその少女を連れて行きたいと思ったらこの紙に書いてあることをお読みください。きっと役に立ちますから」
そう言ってヘルは紙を部屋のテーブルに置き、窓に近付いた。
「ちょっと、待っ……!」
ネネがヘルにそう呼びかけた瞬間、強い風が部屋に入りこみ、カーテンが大きくはためいた。ネネはその強い風に目を閉じた。やがて、風が治まり、ネネは目を開けた。しかし、部屋には既にネネ以外の人の姿はなかった。
「一体何だったのよ、あの人…!?」
その日のお昼はルイと一緒にご飯を買いに行った。店にはしっかりと鍵をかけてある。念には念を、という感じだった。たぶん、この前、紙が消えてしまったからだろう。
「結花、今日の昼飯、何がいい?結花の好きなものでいいぞ。…ただし、トマトが入っているもの以外」
…要求が可愛い。ルイ、どうしてトマトが嫌いなんだろう?美味しいのに。
「うーん…。何がいいかな。…あ、おにぎり!…って、だめか。お米ないんだよね、ここ。ルイのおすすめのもので良いよ」
「俺のおすすめ…?そうだな…。………、悪い、思いつかない」
まあ、急に聞かれても困るよね。でも、早く決めないと昼休憩が無くなってしまう。私たちは結局この前のパン屋さんに行くことにした。
「いらっしゃいませ。…あれ、今日は二人そろって来たのかい?」
「こんにちは。この前は花の本、本当にありがとうございました!…あ、そうだ。実は私の住んでいたところに面白いパンがあったんですけど聞きたいですか?」
私が女の人にそう言うと、ルイが小声で「余計なこと言うなよ」と言ってきた。つまり、異世界から来たことがばれないようにしろってことだよね。うん、その点は大丈夫。
「へー、どんなパンなのかい?」
私は紙を鉛筆を借りて、カメのメロンパンを書いた。女の人は不思議そうに見ている。
「ここの甲羅の部分がメロンパンになってて、そこに丸いパンをくっつけて頭、手、足を作るんです。最後にチョコとかで目を書いてカメのメロンパンの完成です!」
すると、女の人は笑いだした。
「あはは!確かにこれは面白いね。遊び心がある。この街はけっこう古い考えの人が多くてこういう感じのは全然作られていないけど、来月の祭りの時に出してみてもいいかもしれないね。ありがと」
そう言って女の人は私の書いた紙に何やら書き込みをして、それを引き出しにしまった。そこに、ルイがやって来た。
「結花、この前のチョココロネと、それからクルミパンでいいか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう!」
「別に。代わりに会計しとくから、先に帰ってろ。はい、これ鍵。失くすなよ」
自分でお金を払えないのが、少し悔しい。そう思いつつ、お店を出た。
一方、結花がいなくなった後でのお店では。女将さんがにこにこ…、いや、にやにやとしていた。
「ふふふ…。適当に紹介しただけだったけど、仲良くやってそうで良かったね。街のみんなに広めようかね、このこと。もしかしたら野次馬がたくさん来るかもよ?」
「…遠慮しとく。…というか、絶対やめろ。そもそも、とりあえず二週間だけって言ってあるし。いつまで俺の店で働くかは分からない」
「ふうん…。あんた、もうちょっと自分の気持ちに素直になった方がいいよ?」
そう言って女将さんはルイにパンの袋を渡した。ルイは代金を払い、それを受け取った。そして、結花の後を追って店を出た。ルイはぽつり、と呟いた。
「…。自分の気持ち…か。何なんだろうな…」
夕方。私たちはのんびりとお茶を飲んでいた。メアリさんの登場で疲れていたのと、今日はもう誰もお客さんは来ないだろうな、と思っていたからだ。さっき夕立が降ったせいか、空気が少し湿っているけれど、涼しい。それに、さっきまで虹がとても綺麗に見えていたので、夕立様様だな、と思っていた。
「結花、…何か、通りがざわざわしてないか?」
ルイが不意に話しかけてきた。その言葉で耳を澄ましてみると、確かになんかざわざわしている。何かあったのだろうか?そう思った、その時だった。
お店の前に一台の馬車が止まったのである。うわ、馬車って初めて見た!すごい、本物だ。のんきにそう思っている私の横でルイは呆然としていた。ようやくそのことに気付いた私はルイに聞いた。
「どうしたの?」
「…あれ、…ここ一帯を治めている領主の家の馬車だ」
何ですと!?それを聞いてしまうと、わーすごい、とか思えない!何かめちゃめちゃ怖くなってきた!
その時、馬車の中から一人の女性が出てきた。ものすごく整った顔立ちですごく威厳がありそうなお方だ。午前中に来たメアリさんとは正反対の印象だ。女性は店の扉に手をかけて思いっきり開けた。そして、何の挨拶もなしに私たちにこう告げた。
「水の中でずっと咲き続ける花をわたくしに作りなさい!」
私とルイは訳が分からなすぎるのと反応に困ったので、顔を見合わせた。すると、後からアケビさんが汗だくで、ふらふらしながら店の中に入ってきたので、そちらを見る。
「はあ、はあ、はあ…。ようやく追いついた……。ルイ、結花ちゃん、突然ごめんね。お願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな……?」
「「お願い…???」」
私たちは再び顔を見合わせた。
アケビさんが回復したところで私たちは女性の話を聞くことにした。
「初めまして、わたくし、この土地の領主の妻でサーニャと申します」
おお、この方がアケビさんとルイが以前言っていたサーニャ様なんだ。…確かに少し、いや、かなり厳しそう。…でも、どうしてこのお店に?確かここって、領主様のお屋敷からすごく遠い場所にあるはず。
「最初はこちらにいるアケビさんにあるものを作ることをお願いしたのですが、結局それは完成せず…。代わりに他の、わたくしのお願いを叶えてくれそうな花屋を聞いたところ、こちらをご指名されたのでここに来た、というわけでございます」
はあ、なるほど…。その、「お願い」が何なのかが気になる。
「わたくしは遠い昔、異世界出身の人に会ったことがあるのです。その人とわたくしはたくさん話し、たくさん遊びました。…でも、ある日、その人は王都に行くことになってしまったのです。王都に行く前日、その人はわたくしにある瓶をくれました。その瓶は水で満たされており、水の中には驚くことに小さな花があったのです」
水の中に…花…。それを聞くと、ハーバリウムを思い出すけど、今のような形になったのはつい最近のことだからハーバリウムではないのだろう。そういえば、ハーバリウム作りたかったのに、結局作らずにこっちの世界に来てしまった。こうなると分かっていたら絶対作ってたのに…。
「その花は、一か月経っても、一年経っても、五年経っても全く枯れませんでした。わたくしは形見のようにずっとそれを大事にしていたのですが、つい先日、瓶が無くなってしまったのです」
え、それ、けっこうまずくない?だって、夫人の持ち物だよ?なかなか盗まれることってなさそうだけど…。誰が盗んだんだろう?
「…ということで、わたくしはそれと同じようなものが作れないかと、アケビさんにお願いしたのです。しかし、彼女は作れませんでした」
そこで、最初の話に戻るのだ。アケビさんは自分の代わりにこのお店を言って、ここなら作ってくれるはず、とサーニャ様に推薦した。
「お願いします。わたくしに、作って頂けませんか…?」
サーニャ様がそう言うと、アケビさんまでこう言ってきた。
「二人とも、お願い!そうじゃないと、お店が潰れるの!存続の危機なの!」
……私たちには「受ける」という選択肢しか残っていなかった。
「かしこまりました」
ルイが渋々そう言うと、サーニャ様もアケビさんも嬉しそうな表情になった。私はサーニャ様に質問したいことがあったので、少し緊張したけれど勇気を出して聞いてみることにした。
「あの、サーニャ様。本当にいいんですか?例え、そっくりな物を私たちが作ったとしても、その異世界出身の方が作った物ではないのですよ?」
サーニャ様は微笑んだ。
「別に、構わないわ。わたくしはもう一度、あの奇跡が見たいだけ。いつまでも枯れない、というあの奇跡が…。ややこしいことを頼んでしまって申し訳ないわね。よろしくお願いいたします」
そう言ったサーニャ様の表情はどこか懐かしそうで、悲し気で、寂し気だった。
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