第百五話
百四話の続きです。
アケビさんとスイさんは私が泣き止んだ後でゆっくりと話を聞いてくれた。とりあえず、「賭け」の話から順番に。頭の中がぐちゃぐちゃになっているせいで、時々、時系列がばらばらになってしまったけど、それでも二人は真剣に聞いてくれていた。こんなに順序がばらばらな話を最後まで聞いてくれた二人は本当に優しいと思う。そして、私はその話の最後に今朝、朝ごはんの隣に置いてあった手紙をアケビさんたちに見せた。二人は不思議そうな表情でその手紙を見た。しかし、読み終わった後、二人は驚いたらしく、目を丸くしていた。私は少しうつむく。自分でもこの手紙の内容をどう受け取っていいか分からない。その手紙に書いてあった文章。それは、私に対するお礼と、色々と巻き込んでしまって申し訳ない、という謝罪がほとんどを占めていた。…謝ることなんて、ないのに。それに、まるでこの文章はお別れの言葉みたいで…。いや、実際にこの手紙はお別れの言葉だった。なぜなら、手紙の最後に短くて簡潔な、でもこの手紙の意味を表している言葉があったからだ。
『ありがとう。さようなら』
と…。アケビさんとスイさんは最後のその言葉を見て何とも言えないような表情をしていた。私も正直、どうすればいいのか本当に分からない。このままだと、私とルイの関係が終わってしまう。それは、分かっている。けど、どうすればいいのか分からない。後を追いかけようにも、私は水上車に乗ったことがないから、乗り方もよく分からないし、そもそも行き方すら分からないのだ。要するに、分からないことだらけ…。でも、それで諦めるのも嫌で…。自分でも、矛盾していることは分かっている。だからこそ、どうしていいのか本当に分からない。すると、アケビさんがそっと言った。
「…たぶんだけど、ルイは結花ちゃんのことをこれ以上巻き込みたくなかったんだと思うよ。でも、結花ちゃんは納得できないよね。わたしも、状況は分かったけど、こんな終わり方に納得できない」
私は確かに、今の状況に納得できていない。けど、ルイが何を思ってそうしたのかは、何となく分かる。でも…。もし、私が追いかけたとして、何も解決しない可能性の方が大きい。花が、咲いていないから。というか、そもそもその問題が解決していればこんなことにはなっていなかっただろう。もっと私が色々な努力をしていれば、こんなことにはならなかったのかな…。私がそんなことを考えこんでいると、スイさんが言った。
「…結花さまは、どうしたいのですか?このまま、会えないままでもいいんですか?」
「良くないです!!それは、嫌です。嫌なんですけど…、でも、どうにもならないから…」
「私は、その気持ちを大事にした方がいいと思いますよ?自分の気持ちを我慢して後悔するのはよくないと思うんです。師匠はもちろん、私もできる限り結花さまに協力したいです」
スイさんはそう言った。けれど、私は本当にそうしていいのか分からなかった。もしそれでもルイが行ってしまったら…?ネガティブな考えに私がはまっていると、アケビさんが急に立ち上がった。
「結花ちゃん、そのお花って言うのはどこにあるの?それの状態を確認したいんだけど」
急にどうしたんだろう…?そう思ったけど、とりあえず案内することにした。植物置き場を見ると、アケビさんはびっくりしたような表情をした。どうやら、その量に驚いているらしい。まあ、確かに床いっぱいに植物の鉢が置いてあるからね…。もう少し少ない方がいいのかな…。と考えていると、アケビさんにその植物の場所を聞かれたので、私はその植物を指差した。すると、アケビさんは何故かその植物をじっくりと見始めた。…?何しているんだろう?と思っていると、アケビさんは小さく何かをつぶやいて、それを動かし始めた。…???更に謎が深まった。状態を確認するはずでは…?私が頭の中にはてなマークを大量に浮かべていると、スイさんが説明してくれた。
「師匠は、ああいう風に植物をよく見ているんですよ。どうやら、植物を見ると、どうすればそれが成長するのか何となく分かるようで。最初は私も信じられなかったのですが、大丈夫ですよ。師匠の勘、本当に当たりますから!…まあ、時々書類整理の時にそれをするせいで、なかなか終わらないこともあるのですが…」
スイさんは尊敬半分、呆れ半分、というような表情をしている。けれど、とりあえず私たちはアケビさんの作業を静かに見守っていることにした。アケビさんは時々何かを考えながら鉢を色々と動かしていた。十分ほどすると、その作業が終わり、アケビさんはにこっと笑って言った。
「これで大丈夫!たぶん、これでお花が咲くんじゃないかな?今まではちょっと置いてた場所が暗かったから少し移動させてみたんだー」
何かアケビさんがすごい…。そう思いつつ、私はアケビさんにお礼を言った。というか、もしかして、最初からアケビさんにも相談しておいた方が良かったのかな?今更そんなことに気付く。
「だからね、結花ちゃん。ここから先の判断は結花ちゃんに任せるよ。…これで、このお花は咲くと思う。だから、その『賭け』の問題は何とかなると思う。でも、そこからの問題は結花ちゃん自身の問題だから、わたしたちが何か言う資格はない」
アケビさんはどこか大人びた表情でそう言った。普段はどこか抜けているようなところがあるアケビさんなのに、何故かその時、私はアケビさんは私より年上なんだな…、と急に実感してしまった。一方のアケビさんは私の頭を優しく撫でて言葉を続けた。
「わたしたちはどちらにしろ、結花ちゃんの味方だから。もし結花ちゃんがこのままでもいいと思っているなら、わたしたちは結花ちゃんのこともこのお店のこともサポートするし、もう一度ルイに会いたいって思うなら、王都まで行く方法を真剣に考える。水上車以外にも、きっと何か方法があるはずだから…」
スイさんもアケビさんに同調して言った。
「そうですよ!私も師匠も、精一杯お手伝いしますので。迷惑とかそう言うことは考えず、自分の本当の気持ちを考えて下さい!一番大切なのは、自分の心と、踏み出す勇気だと思いますよ」
本当の気持ちと…、踏み出す勇気…。私は…、私の気持ちは……。
「スイちゃんの言う通り!わたしたちは背中を押すことはできるけど、決めるのは自分自身。確かに、その選択で大きく未来は変わっちゃう。けど、その選択が正しいかどうかなんてその時になってみないと分からないし。要するに、やってみないと分からないってことなんじゃない?」
アケビさんは優しく笑ってそう言った。その後、しばらく他愛のない世間話をした後でアケビさんとスイさんは植物屋さんに戻って行った。とりあえず今日までの書類は全て片付けたみたいだけど、まだまだ書き終わらせなければならない書類があるらしく、今日は休みなのでそれを終わらせたいのだそう。忙しい中来て頂いて、本当に申し訳ない…。けど、二人の言葉は何故か、非常に私の心の中に残っていた。思わず胸に手をあてる。私が、本当にしたいことは…。
アケビさんとスイさんが帰った後も、私はずっとそのことについて考えていた。スイさんの言葉が頭の中をよぎる。
『一番大切なのは、自分の心と、踏み出す勇気だと思いますよ』
という言葉が…。私は、何だかんだ言いつつ、ちゃんと自分の気持ちが分かっている。…もう一度だけでもいい。それでもいいから、ルイに会いたい。そして、ちゃんと自分の気持ちも伝えたいし、あの花の意味も言いたい。まだ咲いていないので、はっきりとした理由は分かっていないけれど、何となく見当はついている。…だけど、私は自分にも、何事に対しても自信がない。前からずっと、本当は分かっていた。だから、ルイへの気持ちもずっと言えずにいたのだ。今だって、そう。もし、今から行ったとして…。もし間に合わなかったら?もし、それが無意味だったとしたら?行ったところで何か結末を変えられるのだろうか…。そんなことを考えると、怖くなってくる。私はため息をついた。…勇気が欲しい。本気でそう思った。けど、そんなの、買えるようなものではない。自分自身が変わらないと得られないものだ。私はそっと髪飾りに手を触れた。そのまま私は髪からそれを外し、じっとそれを見つめる。その瞬間、ふとこれをもらった時のことが頭によみがえってきた。…そう、これをもらった時はまだお祭りの時で…。懐かしい。私はぎゅっとそれを握りしめ、目を閉じた。今の私に必要なのは…、自分への自信と、勇気…。私は目を開いた。そして、髪飾りで髪をしっかりと結び直す。
…このままで終わらせない。終わらせたくない。このことが完全に私のわがままだと分かっているけど、それでもいい。今、簡単に私の気持ちを消せるくらいなら、もうとっくに、この気持ちは消えているはずだ。だから、私は決めた。弱気な自分を捨てる、って。そうじゃなければ、きっと私は後悔し続ける。それなら、いっそのこと、ちゃんとルイに会って気持ちを伝えた方がよっぽどいい。もし振られたとしても逆にすっきりするだろうし!
「…とすると、アケビさんたちにも水上車とかについて色々聞きたいから、夕方、植物屋さんに行こうかな?あ、あと、ちゃんとどうするか決めたってことも言わないといけないし…」
私はつぶやいた。アケビさんとスイさんへの迷惑はなるべく最小限に抑えないと…。そんなことを考えつつ私はルイからの手紙を手に取った。そして、せっかくこれを書いてくれたルイに心の中で謝ってから、思いっきり真っ二つにその紙を破った。そして、更に半分に。私にしてはけっこう綺麗に四等分できたと思う。私はそのことに満足してそれを捨てた。これで、ちゃんと自分の中で決意できた。きっと、この手紙を持ったままだったら、この内容を気にしてしまう自分が消えない。そう思った。
「…あれ、でも、これがルイにばれたら怒られるかな…?うーん…、まあいいか」
ルイが戻って来たら、ちゃんと怒られよう。そのためにも、とりあえずルイにもう一回会わないと。
読んで下さり、ありがとうございました。




