第百四話
それは、次の日のこと。私が目を覚ますと、既に日が高い位置にあった。…?今、何時だろう?私はぼんやりとする頭で考えた。のろのろとベッドから起き上がって時計を見ると、時刻は既に七時だった。いつもは六時に起きているので、かなり寝坊してしまったことになる。どうしよう、時間がない…!!私は慌てて支度した。しかし、そこであることを疑問に思った。…どうしてルイは来なかったんだろう?と。もし私が遅くなってしまったら、たぶん起こしに来るはずなんだけど…。もしかして、建物の方で待っているのかな。そう思いつつ、急いで建物の扉を開けた。…けど、誰もいない。そもそも、建物の中が非常に静か。人の気配が、私以外に全くない。私はそのことに驚いてその場で固まった。置いて、行かれた…?私はとりあえず、ルイを探すことにした。もしかしたら、どこかにいるかもしれないから。けど、今の状況がよく分からない。上手く頭が回らない…。どこから探せばいいかも分からなくて、私は手当たり次第、近くの部屋から探すことにした。…けど、どの部屋にもいない。もしかして、植物置き場かな…?そう思った私はその部屋にも行った。しかし、いない。ただそこには、昨日と同じ状態の植物があるだけで…。私はそのそばに寄った。…咲いていないから、ここに残っているのだろうか。一旦私はそこで立ち止まった。建物中をものすごいスピードで探し回ったせいで息があがっている。けど、私はすぐにその部屋を出た。まだ、一つだけ行っていない部屋がある。それは、いつも食事をしている部屋だ。何となくだけど、後回しにしていた。そこにルイがいなかったら、もうどこにもいないような、そんな気がして…。私はそっとその部屋を覗いた。そして、ある物を見て驚いた。ゆっくりとそれに近付く。…それは、朝ごはんだった。まるで、いつも通りの…。そして、その近くには手紙も置かれている。私はそれを手に取った。綺麗に三つ折りにされている。ちゃんと三等分になっていて、ルイって不思議なところできっちりしてるな…、なんて思いつつそれを開いた。そこには、ルイの字で、何かが書かれている。けど、読みたくない。読んだら、私の望んでいないこの状況を認めざるをえなくなりそうで…。しばらく手紙を開いたり畳んだりを繰り返していたが、このままでは、ちゃんとした状況が分からない。私は意を決して再びその手紙を開いた。そこに書いてあった、文章。私はそれを見て、しばらくその場から動けなかった。呆然と、その手紙を眺める。しかし、不意にその手紙に雫が落ちてきて、書いてある文字がにじむ。それと同時に、視界もぼやけてきて…。私は涙を拭った。しかし、拭っても拭っても、涙が勝手に溢れてくる…。私はずっとその場に立ち尽くしていた…。
しかし、ずっとそうしているわけにもいかなかった。私はとりあえず、朝ごはんを食べることにした。どんな状況でもお腹は空くんだな…、とどうでもいいことに気付きつつ。朝ごはんはいつも通りの味で、それが逆に変な感じがした。私は完食した後、ちゃんとお皿を洗い、元の場所に戻した。そして、今日は何をすればいいのだろう、と考える。…と言っても、やることを特に思いつかない。でも、何もしないのもそれはそれで塞ぎこんでしまいそうなので、普段よりも短い時間でお店をすることにした。体を動かしていれば、暗い気持ちが少しは晴れるかもしれない。そう思ったから。一人で全部準備するのはかなり大変だったけど、何とか準備を終えることにした。こうして実際に一人でやってみると、ルイってさりげなく手際が良かったんだな…、なんていうことに気付いた。そんなことを考えつつ、お店番をすることに。けど、雪のせいかなかなかお客さんが来ない。…一人だと暇だな。喋る相手がいないし。もしかして、逆効果だった…?と私が今更後悔していると、扉が開いた。わーい!待望のお客さんだ。そう思って扉の方を見ると、そこにいたのはフィオナちゃんだった。今日は一人みたい。フィオナちゃんは私を見てぱっと嬉しそうな表情をしたが、ふと怪訝そうな顔になってお店中をくるくると見渡した。…?すると、フィオナちゃんが不思議そうに尋ねてきた。
「結花お姉ちゃん、ルイお兄ちゃんはどうしたの?いつも一緒にいるのに?」
私は、どう答えればいいのか分からなくて、一瞬言葉につまった。何て、言えばいいんだろう?
「…えーと、ちょっと色々あって。もしかしたらしばらくいないかもしれないんだよね」
私はそう言った。無理に笑顔を作ったけど、上手く笑えているか、はっきり言って自信がない。それに、今言った言葉も、半分は本当だけどもう半分は嘘だ。色々あったのは本当だけど、しばらくいない、のは嘘だ。きっと、もう、二度と会えないと思う。けど、本当のことを全て言ってしまったら、自分の感情がぐちゃぐちゃになってしまいそうで、怖くて…。フィオナちゃんはそんな私を見て、けれど、特に深く聞いてこなかった。そして、にっこりと笑って、
「あのね、お母さんにおつかいを頼まれたの。明るい花を買ってきて、って!ということで、明るい花をお願いします!」
と言った。私はうなずいた。これから、どうすればいいのか全然分からない。けど、とりあえず今は、やらないといけないことをちゃんとやらないと…。私はそう思ってフィオナちゃんと一緒にお花選びをすることにした。
お花を選び終わった後、私がそのお花を包んでいると、フィオナちゃんが私に手招きをした。…?どうしたんだろう?私は少し首をかしげたが、とりあえずフィオナちゃんの近くに行った。すると、フィオナちゃんは精一杯背伸びして、私に言った。
「あのね、もし喧嘩しちゃったときは、早く謝った方がいいんだって!誰かに聞いたことがあるよ!でもね、フィオナもそう思う!フィオナ、お母さんと喧嘩しちゃったらその日のうちに謝ってるよ」
私は目を丸くした。…やっぱり、私の様子がおかしいことに気付いていたみたい。うう…、こんな小さい子に気遣われてしまうとは…。逆に言うと、それだけ私の落ち込み具合が激しい、ってことだよね。私は両方の頬を両手で叩いた。フィオナちゃんはちょっとびっくりしていたけれど、これで少しは気持ちを切り替えられたらいいな、と思ったから。私はフィオナちゃんに言った。
「ありがとう、フィオナちゃん」
今度は、ちゃんと笑えたと思う。すると、フィオナちゃんは嬉しそうにうなずいた。そして、私がお花を渡すと、それをしっかりと持って雪景色の街へと飛び出して行った。元気だなー。あの元気さは、私も見習った方がいい気がする。そんなことを思いつつ、包装に使った紙を一旦しまっていると、再び扉が開いた。一瞬、ひんやりとした空気がお店の中に入り込んでくる。寒い…。ルイ、大丈夫かな…。私より寒さに慣れているだろうけど、心配だな…。…って、私、何でルイのことを考えてるんだろう?今はお店!お店に集中!!そう思って顔をあげた。そして、そこにいた人物に驚いた。私が何も言えずにいると、その人物は私の目の前にやってきて、ぱっと手に持っていた手紙らしきものを突きつけてきた。…!?
「結花ちゃん、突然ごめんね。いや、本当は全然申し訳なく思ってないんだけど。でも正直、何が起こってるのかさっぱり分からないんだよね…。急にこんな手紙をよこされても困る。…ってことで、結花ちゃん、何があったのか詳しく教えて。そうじゃないと、こっちもどう対応すればいいか分からないし」
そこにいたのは、アケビさんとスイさんだった。アケビさんは今までにないほど真剣な表情をしている。二人とも、普段なら植物屋さんで働いているはずだ。それなのに、わざわざここまで来るなんて…。それに、普通だったらアケビさんがここに来ようとしたらスイさんが止めるはずなのに、そのスイさんまでもがここに来ている。恐らく、何が起こったのか何となく分かっているんだろう。
「…分かりました。けど、その前に、これ何ですか?手紙だってことは分かるんですけど、一体誰からの…?」
すると、アケビさんは私にその手紙を渡してくれた。なので、急いでそれを読む。…それは、ルイからの手紙だった。けど、急いで書かれたものらしく、少ししか文章が書かれていない。ただ、そこには今までのお礼と、私のことをよろしく、というような内容があった。読み終えた後で、アケビさんを見る。
「意味分かんないよね?頼まれた、ってことは分かるけど、何でこんな形で頼むのか、っていうのが分からないし。そもそも、結花ちゃんを置いてどこかに行くなんてどういうこと?全く、ルイは…。変なところで人の心に疎いからなー…。何やってるんだか…」
アケビさんがぶつぶつとつぶやく。一方、スイさんは心配そうに私の手をぎゅっと握った。
「押しかけるような形になってしまってすみません。ですが、私も師匠も結花さまとルイ様のことが心配で…。…順を追って説明しますね。実は今日の朝、私たちが植物屋に行ったらこの手紙が届いていたんです」
スイさんはそう前置きして、その日の朝のことを話し始めた。その手紙を読んだ二人は、最初意味が分からなさすぎて、何回もその手紙を読み直したのだという。そして、最低限の状況は分かった。何か緊急事態が起きて、ルイがどこかに行ってしまったということを…。けど、それ以外に分かることは何もない。そこでアケビさんとスイさんは急いで仕事を終わらせたそうだ。元々今日は、書類整理のためだけに植物屋さんに行っていたらしい。普段は面倒がって書類を終わらせるスピードが非常に遅いアケビさんも今日だけは何も文句を言わず、言わずもがな脱走もせずに書類整理を真面目にやっていたのだそう。そう言ってスイさんは話を締めくくった。
「そういうわけです。師匠も何だかんだ、お二人のことを心配しているんですよ。ゆっくりで大丈夫ですので、話していただけませんか?何か私たちにもできることがあるかもしれませんし」
「ちょっ…、スイちゃん!何で大事なセリフ取っちゃったの?それ、わたしが言いたかったんだけど!」
「…つっこむところ、そこですか?そもそも師匠、ここに来る前に、結花ちゃん大丈夫かな、どうしようどうしよう!しか言っていませんでしたよね?」
「スイちゃん!?それ、何で言っちゃうの!?しかも、結花ちゃんの前で。すごい恥ずかしいんだけど」
何故か急に二人が喧嘩(?)を始めてしまった。でも、アケビさんもスイさんも私のことをすごく心配してくれているのが伝わってきて、その優しさにまた泣きそうになってしまった。すると、二人はあわあわしはじめた。
「師匠。くだらないことを言っていないで、お話を聞きましょうよ?文句は後で聞きますから。いつも思っているのですが、師匠って話題を逸らす天才だと思いますよ」
「…うう。反省はしてます…。って、そんなことはどうでもいいんだってば。ごめんね結花ちゃん」
そんな会話の後、アケビさんは私をぎゅーっと抱きしめて、私が泣き止むまでずっと、私の頭を撫でてくれていた。
読んで下さり、ありがとうございました。




