第百三話
とうとう、出発前日になってしまった。私はその日、いつもより早く起きたけど、そのことが憂鬱すぎてずっとベッドで転がったままでいた。テーブルから髪飾りを取ってそれをじっと眺める。今日の天気は曇りだからか、日にかざした時のようにキラキラと光らない。…。私はそれを握ったまま天井を眺めた。けど、いつまでもそうしているわけにはいかないので、仕方なく起き上がる。けれども、さっきからずっとベッドの上でごろごろしまくっていたせいで、非常に髪がボサボサになっている。自分でもびっくり…。何でこんなに?今までで一番、ひどいかもしれない。結局、髪を梳かすのに時間がかかったせいで、いつもより時間が遅くなってしまった…。どうせ早く起きたなら、さっさと起き上がっておけば良かったな、と後悔した。私、一体何やってるんだか…。自分で自分に呆れている。いつもの時間を既に過ぎていたので私は慌てて建物の方に行った。…けど、扉のところで一瞬止まった。確かこの前、普通に扉を開けたらルイがそこにいてびっくりしたんだっけ…。なのでここ数日、この扉の前に立つとちょっと不安になる。けど、幸い(?)なことに、この前の時以降、ルイがそこにいたことはないので、ほっとしている。私は今日はどうかな、と思いつつ扉を開けた。今日もいないみたい。恐らく、ルイがいるのは台所か植物置き場だと思う。なので私は普通に建物の中に入った。誰もいない。私はとりあえず、植物置き場の方に行くことにした。蕾が咲いているのか、気になったので。実は、花が咲いていない。一応、蕾はたくさん付いてきたんだけど、何故か全く咲かないという状況が続いている。今日が最終日なのに…。だから、見るのが少し怖い。…まあ、一応まだ朝だから夕方とか夜に咲けばいいんだけど…。私はそんなことを考えつつそっと植物置き場を見た。そして、その部屋に入る。植物に近寄った。けど、花はまだ咲いていない。…というか、よくよく考えてみたら、もし咲いていたらルイがあの扉のところにいたはずだ。…でも、そっか。咲いてないんだ…。それがちょっと悲しい。私は植物の葉っぱを突っついた。うーん…。何で咲かないかな?明日の朝までに咲けばいいんだけど、全然咲く気配がない。私は誰にともなく、つぶやいた。
「花よ咲けー、とか言ったら花が咲けばいいのになー…。でも、魔法が使えるわけじゃないし…」
「そりゃそうだろ。けど、もしそれができたら、季節とか関係なしで花が咲くからある意味楽だよな」
まさか、返事が返ってくるとは思っていなくて、私はびっくりした。というか、そもそもいつからそこにいたんだろう!?私がそう思って部屋の入口の方を見ると、ルイがけたけた笑っていた。…ちょっと待って。いるなら声かけてくれないかな!?不意打ちすぎない?全然気配を感じなかったんですけど…。というか、笑いすぎだと思う!!私は顔に熱が集まったように感じた。絶対に今の私、顔が赤くなっている!手を当ててみると、何だかひんやりと感じる。その冷たさが心地よい。私は頬に手を当てたまま聞いた。
「ルイ、いつからそこに…!?というか、何で?前にも言ったような気がするんだけど、いるなら声かけてくれない?!すごく心臓に悪いんだけど…」
「はははっ!悪い悪い。何か来るのが遅いからこっちにいるかと思って来てみたんだよ。そしたら、じーっとそれを見てたから何考えてるのか気になってさ。しかも、気付きそうになかったから様子を見てようと思ったんだ。そしたら急に独り言を言い始めて面白かった」
めちゃめちゃ笑ってるんですけど…!全然反省してないよね!この前も同じようなことやってたし…。うう…、本当に恥ずかしいんですけど。だって、さっきの私の独り言、めちゃめちゃ子どもっぽかったよね!?花よ咲け、とか子どもっぽい呪文でしかないよね!?何でさっきの私、あんなこと言っちゃったんだろう…。せめて、周りに誰もいないのを確認してから言えば良かった…。失敗したな…。というか、私、何でルイがいることに全く気付かなかったんだろう?それに、まだ微妙に顔が熱い…。それを感じつつ私は言った。
「今の、忘れて!すぐに記憶から消し去って!!とりあえずあと三秒くらいで…!!」
「…それ、いつも俺が言ってるようなことと同じじゃないか?ってか、別におかしくはないと思うけど」
お、おかしくない…?いやいや、だって今のすごく子どもっぽくなかった?めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど!自分で思い出しても恥ずかしい…。と考えていると、ルイは言葉を続けた。
「それに、結花の気持ちは分かるしな。早く咲いてほしい、って思うのは俺も同じだ。…それに、正直、さっきの言葉、何て言うか……、可愛いなって思った」
かわいい……っ?!な、急に何でそんなことを…!?更に顔が熱くなった気がするんですけど…?!不意打ちされた気分…。私は何を言えばいいのか分からなくなった。ど、どうすれば…。私は混乱して自分でも意味の分からないことを口走った。
「…っ、と、とりあえず、私、小屋に帰る!!じゃあね!」
私はそう言ってその部屋を出ようとしたのだが、ルイとすれ違うところで腕を掴まれた。…?!な、何で?というか私、今すぐここから逃げたいんですけど。色々な意味で、本当にどこか違う場所に行きたい!私がそんなことを考えていると、ルイが言った。
「帰るって何でだよ?それに小屋に行くにしても、帰るとは言わないだろ。敷地が同じだし」
…正論すぎて何も返せない。そもそも、何で私は帰るなんて言ったんだろう…。意味不明すぎる。私はここから立ち去ることを諦めることにした。捕まってるし。一方のルイはというと、私とは正反対にものすごく余裕な表情で言った。
「やっぱり、結花ってそういうところが面白いよな」
どこが!?全然面白くないと思うんですけど!少なくとも、私にとっては面白くない…。今すぐ記憶からさっきの出来事を消し去りたい…。…とにかく、気持ちを落ち着けるために私は別のことを考えることにした。けど、そういう時に限って何も思いつかない。そんな感じだったので、私は朝から色々な意味で非常に混乱していたのだった。
その日の夜。私は再び植物置き場を訪れていた。実は、昼間もずっと蕾のことを考えていたけれど、何だか確認するのが怖くて、結局行っていなかったのだ。…心の中ではすごく気にしてたけど。そのせいで、一日中私はそわそわしてしまい、ルイに落ち着くように言われてしまったほどだった。しかも、それで一旦は落ち着くんだけど、また気になりだして落ち着かなくなり、またルイにたしなめられる…。ということを今日はずっと繰り返していた。しまいにはルイに、
「そんな気になるならさっさと確かめてくればいいのに…」
とまで言われてしまったのだが、結局、植物置き場を見に行かずに過ごしていた。確かに、ルイの言う通りだとは思ったんだけど…。というか、今日はルイに正論ばかり言われていた気がするような…。そうじゃなくて、私の調子がおかしかったのだろうか…?どっちが正解なんだろう…、と考えつつ部屋に入る。しかし、まだ花は咲いていなかった。咲きそうで咲かない…。何でだろう?気温とか、そういうところに問題があるのかな?私はその植物の周りをくるくる周ってどこか良くなさそうなところはあるかな?と確認していた。…というか、こうやって何かの周りをぐるぐるしてるのって、傍から見たらただの不審者だよね!?急に、どうでもいいことを考えてしまった。部屋の中だしいいかな、と一瞬思ったのだが、よくよく考えたら、今朝も子どもっぽい言動を聞かれてたし、やめておこう、と思ったので私は立ち止まった。念のため、入り口を確認してみる。…よし、いない。私はちょっとほっとした。もしこれでまた見られてたら今度こそ本当に小屋に逃げ帰ると思う。本気でそう思う。私は再び植物の方に視線を戻した。…一つも咲いてない。やっぱり、寒さが原因なのだろうか?ここ最近、特に寒かったし…。というか、どうしよう!?一応、今日の真夜中という時間があるけど、この感じだと咲くか咲かないか本当に分からない…。私が微妙に焦りつつ、じっと見ていると、ルイがやってきた。
「やっぱりここにいたのか。ってか、ようやくお前、ここに来たな。昼間、ずっと気にしてたのに全然ここに来てなかったから。まあ、見てて何か面白かったけど」
そう言ってルイはちょっと笑った。どうやら、昼間の私を思い出しているようだ。私はそっぽを向いた。確かに昼間、落ち着いてなかったのは事実だけど…。何となく悔しい。しかしルイはすぐに笑いを収め、真剣な声音で言った。
「…花、咲かないな。あとちょっとみたいだけど。どうだろうな……」
「咲く。絶対咲く。というか、そうじゃないと困るもん。だって、私、…まだルイとここにいたいから」
私は結局まだ、ルイに自分の気持ちを伝えていない…。でも、ルイは何も言わなかった。何かを考えているような、そんな表情をしている。それが、何故かすごく私を不安にさせた。でも、その理由が分からない。ただ、何かを考えているだけのはずなのに…。
「…そうだな。まだ一応時間はあるし。最後まであきらめたらダメだよな」
やがてルイはそう言った。私はその言葉にうなずいた。
「うん。まだぎりぎり時間はあるんだし。だから、きっと大丈夫だよ!」
「……そうだな」
ルイは、そう言った。まるで、何かがふっきれたかのように…。何に対して、なのかは分からない。ルイもそのことに関しては何も言わなかった。けど、私は何か嫌な予感がしていた。
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