第九十四話
九十三話の次の日の朝です。
急に頭に衝撃がきて、私は目を開けた。…そういえば私、寝てたんだっけ?というか、この状況は一体??頭が痛いのと、目の前が茶色の木目で覆われている。もしかして私、テーブルに思いっきり頭を打ち付けた…?私がぶつけた部分に手をやりつつ上半身を起こすと、何故かそこは、小屋ではなかった。寝る前、私は一体何をしていたんだろう…。と少し考えてようやく思い出した。そういえば私、翻訳の後、眠いから、少しだけ寝ることにしたんだっけ。でも、結局このままずっとここで寝ていたみたい。カーテンの隙間から、冬らしい柔らかな朝日が差し込んでいる。この前、ちゃんとベッドで寝よう、って決めたのに、早速それを破ってしまった…。そのせいで、体が痛い。というか、私、よく寒さで目が覚めなかったな…。そう思ったところで、気付いた。いつの間にか、体にブランケットがかかっている。私が自分で持って来たものじゃないから、…もしかしてこれ、ルイが??というか、絶対そうだよね。私は思わず辺りをきょろきょろ見てしまった。ルイがここにいるはずがないとは分かってるんだけど、すぐにお礼を言わないと、って思ったから。そして、驚いた。そのために、寝起きのせいで少しぼーっとしていた頭が急に冴える。…けど、それでもこの状況は全く分からない。何でルイもここで寝てるの!??私が片付けしてた時って、この部屋にはいなかったよね?!私の寝ている間に一体、何が起こったんだろう?それに、寒くないかな??私は自分にかかっていたブランケットを手に取り、そっとルイにかけた。これならきっと、さっきよりは寒くないはずだ。…とりあえず、ルイの方はいいとして、私、何しようかな?翻訳してもいいんだけど、散らかっちゃったら、朝からルイに怒られそうな気がする。一旦、大量の資料を小屋に持って行こうかな?そう思って、テーブルの上の資料の山を持とうとしたところで気付く。…シェーロン語に翻訳した方の紙がないような?慌ててきょろきょろして、見つけた。
「何でルイが持ってるの……。これじゃあ、取りにくいんだけど?!」
というか、持ってるってことは、紙を見られたってことだよね!?別に、見ないでほしいとは言ってないけど、見せたくなかったな…。絶対また、芸術的な字って言われるよね!…って、今はその話は置いておこう。問題は、どうやって紙を取るか、だ。普通に考えると、二つの選択肢がある。一、そーっと、慎重に取る。二、高速で取る。どっちがいいかな?どっちの方が起こさずに済みそうなんだろう…?少し考えた末に、私は一番で行くことにした。勢いよく取るの、難しそう。私はそーっと、ルイに近付いた。そして、その手にある紙の端っこの方を掴んだ。ゆっくり、ゆっくりと、カタツムリの進むスピードくらいの早さで紙を抜いていく。そこまで強い力で紙が持たれているわけではなさそうだったので、順調に進んだ。……よし、あとちょっとで取れる!そう思った、その時だった。
ルイが、突然、目を開けた。
私は、びっくりして紙を掴んだまま固まった。一番じゃなくて、二番の方がルイが起きずに済んだかな、とどうでもいいことを考える。一方のルイも、私がものすごく近くにいたせいか、目を見開き、すごいスピードで私から距離をとった。その瞬間、資料が紙に落ちる。私はそれを拾った。こんなに簡単に取れるなら、最初から起こした方が早かったかな…?そう思ったけど、とりあえず、挨拶することにした。
「……おはよう。えっと、寒くない?それと、何でここに?」
「…おはよう。微妙に寒いけど、まあ大丈夫だと思う。あと、ここにいたのは、昨日の夜、結花がずっとここで寝てたから、放っておくのも何かな、って思ったから起きるまでここにいようと思っただけだ。そしたら、いつの間にか寝てたみたいだけど。…ってか、さっき何してたんだ?」
「え、あ、資料を取ろうと思って。ゆっくり取るのと、素早く取るの、どっちがいいか迷ったんだけど、結局ゆっくりの方にした。でも、ルイが起きたからすごくびっくり。素早く取る方が良かった…?」
「何だ…。起きた瞬間、目の前に結花がいてびっくりした。ってか、どっちも同じだろ。たぶん、どっちにしろ起きてたと思う。…あと、寝るならちゃんとベッドで寝ろよ!」
そこからはしばらく、お説教が続いた。しかも、言うことがすごく保護者っぽい…。それを言ったら更に怒られそうだから言わなかったけど…。十分ほど怒られた後で、私はルイに言われて資料を小屋に戻してくることにした。しばらく、建物で翻訳作業をすることを禁止されてしまった…。残念。そっちの方が断然はかどるのにな…。雪に気をつけつつ、小屋まで向かう。今日の空は、綺麗な青空だ。昨日や一昨日の天気を考えると、ちょっと信じられない。でも、空気がとっても澄んでいる。庭の雪だるまが溶けないといいな、と思いつつ、私は資料を小屋のテーブルに置き、再び建物へと戻った。そこでは、ルイが何故か椅子に置いてあるブランケットをじーっと見ながら待っていた。どうしたんだろう?
「このブランケット、結花がかけてくれたのか?」
手に、私がさっきルイにかけたブランケットを取って尋ねてきた。私はうなずいた。というか、私以外にこの建物の中に人はいないんだし、逆に言うと私しかかけられる人がいないと思う。でも、何故そんなことを聞いてきたんだろう?もしかして、かけちゃダメ、とかそういう決まりでもあるのかな?と私が微妙に不安になっていると、ルイはそれを畳みつつ、言った。
「そうか。……ありがとう」
「…??うん。…あ、もしかして、これ、ルイのお気に入りだったりする?私が使っちゃって良かった?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない。…ただ、結花が優しいな、って思っただけだ。……と、とりあえず、朝飯の準備してくる。結花は水やりでもやっとけ」
ルイは、それだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。けど、さりげなくすごいことを言われたよね…?!急に顔に熱が集まったような、そんな気がする。まさか、そんなことを言われると思っていなかったので、びっくりした…!急に褒めるようなことを言われると、心臓に悪いんですけど!何か、鼓動が早くなったような、そんな気がする。それとも、ただ単に褒め言葉を言われただけなのに、こんなに反応してしまう私はどこかおかしくなっているのだろうか…?そう思った瞬間、私はアケビさん、スイさんとの会話を思い出してしまった。
『それ、恋してるってことだと思うよ?』
という、アケビさんの言葉が甦る。つまり、恋とはこういうことだ、と…??!何気ない言葉でも嬉しくなる、ってこと、なのかな??まだまだ恋って分からないことだらけだ…。そして、ある意味、人を変えてしまうものなんだな、と思ってしまった。恋の病、って言葉を聞いたことがあったけど、あれってつまり、こういうことなんだろうな…。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。私は、とりあえず頭を空っぽにするため、ルイに言われた通り、水やりをすることにした。水やりしていれば、きっとそっちに集中するから、一旦忘れられるはず。というか、そうじゃないと困る!そんなことを考えつつ、じょうろに水を入れた。そして、小さな花が植えられている鉢に水をやる。じょうろを傾けると水が土にかかり、徐々に吸い込まれていく。それを見つつ、考えた。もし、再びこんな感じの状態になっちゃったらどうしようかな、と…。どうにもならないような気もするんだけど、一応。それに最近、何故かルイが素直になっていることが多いし、危険なんだよね…。いちいち気にしないようにするためには、一体どうすれば…?いっそのこと、ルイのことを考えないとか?…あ、でも、それは絶対に無理だな。定期的にアケビさんたちとの会話を思い出している時点で、不可能だ。うーん…、アケビさんに相談してみようかな?忙しくなさそうな時を狙って聞いてみようかな…。でも、それを相談するのは、ちょっと恥ずかしいんだよね…。
「おい、結花、いつまでここにいるつもりだよ?水やりにそんなに時間いらないだろ。さっさと戻ってこい。……って、結花、お前、何やってんだ!!?」
「え……っ??!何、って普通に水やりだけど……。…あー!!!」
ルイに急に声をかけられたことに驚いて、私が後ろにある部屋の扉を見ると、そこにルイがいて、ぎょっとしたような表情で私を見ていた。…いや、違う。その視線は私を通り越している。不思議に思ってそっちに目を移した私は驚いた。考え事をしていたせいで、ずっと同じ鉢に水をあげていたらしく、土が水を吸収しきれずに、その周りに水が溢れていた。しかも、じょうろにたくさん水を入れていたせいで、更に被害が拡大している。私は慌ててじょうろを床に置き、近くにあった雑巾で床を拭いた。ルイも手伝ってくれた。しかし、かなり水の量が多く、片づけがすごく大変だった。何やってるんだろう、私…。考え事をしていたせいでこんなことになるなんて…。我ながら、ひどい失敗だ。そして、結局そのお花は、日の光に当てるため、外に出しておくことになった。そうじゃないと、根にカビが発生してしまうかもしれないので…。今日の天気が晴れで良かった。
「ルイ、本っ当にごめんなさい!!!考え事してて気づいたらあんなことに…。本当に申し訳ない…」
片づけが終わった後。朝ごはんを食べる前に私はルイに謝っていた。
「そのことは、…まあ大丈夫だ。多少、驚いたが。それより、結花、大丈夫かよ?水をやりすぎるほど何を考えてたんだ?深刻な悩みでもあるのか?それか、体調が悪いとか?変なところで寝てたし…。何だったら、今日一日、休んでた方が…」
「大丈夫、具合が悪いわけではないから…。考え事の方も、たぶん大丈夫。さっきの騒動で、どこかに飛んで行ったから!」
「そんなのでどっかに飛んで行くような考え事って、どんな物なんだ…。…それならいいけど、くれぐれも無理だけはするなよ。あと、何か悩みごとがあるなら、誰にでもいいから相談した方がいいぞ」
少し笑みを浮かべてそう言ったルイはぽん、と軽く私の頭を撫でた。…!!ようやく落ち着いた、と思ったら最後の最後で一気に心拍数が上がったような気がする…。ルイの方は、何とも思っていなさそうに席についている。さっさと切り替えて、朝ごはんにするみたい。何なんだ、この余裕は…。私は胸の辺りに手を当てつつ、椅子に座った。心拍数が早いのは、気のせいじゃないみたいだ。
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