第九話
午後になると、一気に気温が高くなってきた。温度計があったら何度か分かるんだけど、この店にはなさそう。すると、この暑い中、誰かがやって来た。
「結花お姉ちゃん、ルイお兄ちゃん!フィオナだよー」
何と、そこにいたのは午前中に来てくれたフィオナちゃんだった!再び来てくれたみたい。後ろにはお母さんらしき人もいる。お母さん(?)は店に入ると、丁寧にお辞儀した。
「この度は娘を本当にありがとうございました…。おかげさまでちゃんと仲直りできて…」
「フィオナね、結花お姉ちゃんと作ったやつ、ちゃんと渡したんだよ!ママ、喜んでくれたの!」
フィオナちゃんが嬉しそうに笑う。ちらっとルイを見ると、ルイも笑っている。珍しい。こうやって笑っているのを見ると、何だかかっこいいな、って思ってしまう。
「あの紙、どうやって使うのですか?フィオナはシオリ、と言っていましたが…」
…やっぱり来たか、この質問。ルイが私を前に押しやる。そうされなくてもちゃんと説明するって。
「はい、栞は読みかけの本に挟んで使うんです。そうすればどこのページまで読んだか分かるでしょう?」
私がそう説明すると、お母さんは納得してくれたようだ。
「なるほど。確かにそれは役に立ちますね!料理の本を使う時に役立ちそう…」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!また来るね」
「ええ。今度お花を買う時はここに寄ろうかしら。お友達にも伝えておきますね。ここは素敵なお店だということを。フィオナが本当に喜んでいるのが何よりの証拠です」
すると、フィオナちゃんが私に手のひらを向けた。何か欲しいのかな?
「お姉ちゃん、さっきのおいしい飲み物ください!」
カモミールティーのこと、かな?確かまだ残っていたはず。私は台所に行って残りを確認した。フィオナちゃんとお母さんの分でちょうどなくなりそう。私は二つのコップに均等にカモミールティーを入れて運んだ。
「フィオナちゃん、どうぞ。お母さんもよろしければ」
「何から何まで本当にありがとうございます…。暑いのでちょうど良かった」
二人はおいしそうにカモミールティーを飲んでくれた。良かった。
「このお茶はどこに売っているのですか?すごく美味しいです」
「私が勝手に作ったものです。カモミールっていうハーブを使って香りをつけています」
「そうなのですね。売っていたら絶対に人気になりそうなのに…」
商品化か…。楽しそうだけど、どう商品にすればいいんだろ?ティーバックみたいにすればいいのかな。謎だ。でも、作れたらいいな。
その後、しばらく和やかに会話した後、フィオナちゃん親子は帰っていった。フィオナちゃんが名残惜しそうにしていた。カモミールティー、そんなに気にいってくれたのかな?フィオナちゃん、可愛い。
「そうだ、そろそろポプリ作ろうかな。お客さんがいない時は作ってていい?」
「…簡単な作業なら手伝ってやってもいい」
何かルイが優しい。とりあえず私は乾燥したカモミールを持って来た。いい感じに乾燥している。満足。
「小さい瓶みたいなの、無い?それからリボンも…」
するとルイは可愛らしい色のリボン数種類と、星の砂が入ってそうなほどミニサイズの瓶を持って来た。
「え、すごい!私の理想通りの小ささ。しかもこんなにたくさん、何で?」
「この国では花の種をこういう小さい瓶で売ってるんだ。使い道がなくて増えてく一方だったけど、とっといて良かったな。これをどうするんだ?」
「これに花びらを入れる。そしたらリボンを瓶に結ぶ。ただそれだけ」
私は花びらをちぎって瓶の中に入れた。本当はもう少し色を入れたいのだが。
「他の、色がある花でもこういうのを作ったら並べた時に綺麗だよね。白だから何にでも合いそうだし」
「秋になったらキンモクセイで作っても良いかもしれないな」
「それ、名案!この世界にもキンモクセイってあるんだね」
「さすがにそれくらいはある!」
私たちはしばらくポプリ作りに没頭していた。
「こんにちはー!アケビです!様子見に来たよ!」
不意に明るい声が店内に響いた。そこには、昨日会ったアケビさん。
「昨日、何か新しい物作るって話してたでしょ?だから様子を見に来たんだ!」
「…店はどうしたんだ?今頃花、盗られてるんじゃないか?」
「大丈夫だよ、弟子に任せてあるから。クレーム対応もしてくれるから、結構役に立つの」
アケビさんがあっさりとすごいことを言った気がするのは気のせい?
「それでそれで?その、企業秘密の商品はもうできたの?早く見たいな!」
「ありますよ。これです」
私は瓶に詰めた花びらを見せた。アケビさんは不思議そうな顔をしている。シンプルすぎない?とでも思ってるんだろうな…。もうちょっとカラフルにできる方法、考えよう。
「これ、開けてみてもいい?何の花か気になる!」
私がうなずくと、アケビさんは早速栓を抜いた。その瞬間、辺りにふわりとやわらかな香りが広がった。アケビさんがはっとする。
「すごい、何これ!すごい、本当にすごい!びっくり箱みたい」
いや、そんなに驚く要素はないと思う。でも、確かに、ただの何の変哲もないシンプルな花だと思っていたら驚くかもしれない。というか、ポプリって本当にこの世界にはなかったんだね…。
「これ、買っていい?それで、弟子に自慢する!いくらなの?」
すると、ルイがこっちを見て
「いくらがいい?」
と質問してきた。知らないよ!?この世界のお金…。なので、
「お任せする。私はそういう計算、下手だし。お好きにどうぞ」
すると、ルイは何かをアケビさんに言った。たぶん、金額。高いのか安いのかは分からない。でも、アケビさんが嬉しそうにしているのを見ると、安めの値段だったのだろう。私はお会計している間に、小瓶を割れないようにそこら辺にあったもので包んだ。この世界にもプチプチがあったら便利だな。…正式名称は知らないけど。アケビさんが帰った後でルイに聞いてみることにする。
「ありがとう!実はね、これから、超大事なお客さんが来るんだ…」
「もしかして、現実逃避でもしに来たのか?」
「そう、大当たり!さすがルイだね。…あー、緊張するな。だって今日来るのはサーニャ様だよ!」
ルイがぎょっとする。…えっと、そのサーニャ様って誰?
「サーニャ様って有名なの?どんな人?」
「サーニャ様はこの地を治める貴族の正妻。つまり、夫人。ものすごく厳しい人だけど、そのおかげでこの領地が成り立っているから、何とも言えないわね…」
アケビさんが説明してくれた。なるほど。一生私は会わないだろうな。
「何時に来るか知らないが、準備があるだろ?そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「…うん、そうだね。それじゃあね、二人とも。またお店に来てちょうだい」
アケビさんはそう言って笑ったが、どこか無理をしているようだった。
「あの…!」
私はとっさに呼び止めた。アケビさんが不思議そうに振り返る。私は言葉を紡いだ。
「その、さっきの花、カモミールなんですけど。私のいた場所には花言葉って言うのがあって、一つ一つの花に象徴的な意味があるんです」
「そうなの?それで、このカモミールはどういう意味なの?」
「苦難の中の力だそうです。だから、あの、…そういうことです」
最後に言葉が出てこなくなって、変なまとめ方をしてしまった。でも、アケビさんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。すごく嬉しい。それじゃあ、頑張ってくるね!」
アケビさんはそう言って再び歩き始めた。しっかりと歩いていくその姿はとてもかっこよかった。
「何をするのか知らないけど、成功するといいな」
ルイが隣に来てつぶやく。私はうなずいた。
夜。私は小屋でカモミールのシェーロン語を書き写した後、ルイのお母さんが遺した日記を読んでいた。探してみると、日記は何冊もあって、読み終わるのに時間がかかりそうだった。とりあえず今日は一冊目を半分くらい読もうかな、と思っていた。たぶん、三十分くらいで読み終えるはず。
『四月十日 今日、このノートを見つけた。自分の初めてのお給料で買った初めてのもの。嬉しい。せっかくだから日記を書きたいと思った。そういえば、日本に置いてきた日記帳はどうなっているのだろう?誰かに読まれてたら少し恥ずかしい。でも、それを読んで時々私のことを思い返してくれたら嬉しい』
『四月十一日 新しい友達ができた。彼女はすごく可愛くて、優しい。この世界では変わっていると思われている私に話しかけてくれた。今度のお休みの日に遊びに行こうと誘われた。楽しみ。でも、この世界の普段着を持っていないから明日、何か買いに行こうかな。彼女を見ると、何だか昔の友達を思い出してしまう。元気かな?同窓会、行きたかったな』
どうやらこの辺りはメイドとしての生活に関することが書かれているようだ。所々、元の世界に関する回想が入っているのがルイのお母さんの寂しい気持ちを強調している。でも、それだけ家族や友達を大切に思っていた証拠だということでもある。私は続きを読み進めた。
『四月十二日 服を買いに街を歩いていたら、花の種を売っている場所があった。しかも、値段がびっくりするほど安くて、ついついたくさん買ってしまった。本当は日本から持って来た種を育てたいけど、怪しまれたら困るので、諦めている。いつか、一人暮らしをしたい。そしたら誰の目も気にせず、花を育てることができそうだから』
この種って…、ルイが言っていた種のことかな?やっぱりこっちにはない花なんだ…。この世界と元の世界では気候が違うだろうし、育てるのは大変だろうな…。そこまで読んだら何だか眠くなってきた。朝から動きまくったからかな?今日は早めに寝ることにする。私はベッドに入った。窓の隙間から綺麗な星が見える。どれくらい向こうに行けば、元の世界があるんだろう?
ルイはその夜、収益の計算をしていた。アケビが帰った後、お客さんが来てポプリを買っていってくれたので、珍しく売上高が良かった。この調子で行けばいい、と思う。
「…とすると、やっぱり結花に二週間以上いてもらうことになるんだよな」
ルイはため息をついた。結花の持つ異世界の知識はルイでは到底考えつかないようなたくさんのアイデアを生み出している。今日来たフィオナだって、ルイだけだったらとりあえず花束を作って渡すだけで終わってしまっただろう。でも、結花はフィオナと一緒に作る、という作業でフィオナとの関係を築いていた。それはとてもすごいことだと思う。やっぱり二週間以上いてほしい、と思ってしまう。
「二週間、二週間だけ、あと十二日間……」
ルイは自分に言い聞かせた。そして、何とか頭を切り替える。ルイは昼間のあの出来事が気になっていた。…二人のメモが同時に無くなってしまった、あの出来事。しかし、犯人の意図が分からない。分からないから、怖い。今日はその後、特に何もなかったが、明日はどうなるか全く予想できない。
「明日は昼も店のカギを閉めておいた方が良いかもな。それから結花に一人で行動させないようにして…。留守番もさせない方が良いかもしれないな」
ルイは明日から気をつけることを頭の中で整理して、部屋の明かりを消した。静かな夜の闇が部屋を包んだ。
いつも読んで下さり、本当にありがとうございます。誠に勝手ながら、明日から3,4日ほどお休みさせて頂きます。予めご了承ください。




