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ふりむかせられない。

 


「あきよさん」


 楽しそうな笑顔のまま、狩屋君がこちらに小走りで来た。とても可愛い。なんだろう、近頃私の思考回路がつくづくやばい。


「んー」

 最早取り繕う気も余裕も起きず、私は適当な唸り声で返事をした。

 そんな私に狩屋君はくすりと笑うと、慣れた仕草で隣に座った。


 いつものように、貸した本と貸してくれる本を袋から出すその仕草を、ぼんやりと眺める。


「……ねぇ狩屋さん」

「ん?」

「好きな人、いる?」


 その言葉に、ぴたりと動きが止まった。

 暫しの沈黙の後、諦めたような笑みと共に返事が返ってくる。


「……いるよ」


 それは、やはり、少なからずショックな言葉だった。


 私じゃなかったのか。

 幽霊氏が来たときのあの言葉はなんだったのか。からかっていただけだったのか。

 やっぱり、性格が可愛い子の方が。

 頭を過る言葉は皆どす黒く、ともすれば口から漏れて彼までも黒く染めてしまいそうだった。


「本当は、待ってたんだけど。そうも言っていられないみたいだし、いい加減僕から動かなきゃと思ってね」


 それは、神谷先輩が現れたから?

 そう確かめたいけれど、学校での彼を知るはずのない「あきよ」では、そんな疑問口にすることも許されない。


「……ふうん。そう」

 言ってしまって、あまりに素っ気ない言葉に慌てる。流石におかしいと思われるだろう。


「……どんな子なの」

 聞きたくないはずなのに、沈黙を埋めようと出て来た言葉はそれだった。


「どんな……そうだな、皆から好かれるような子、かな。いつも笑顔で、その実凄く、弱い。だから、つい守ってあげたくなる。あとはまぁ、これは感想だけど、一緒にいて話も合うし、楽しい子だよ」


 皆から好かれて、笑顔で、守ってあげたくなるような。

「あきよ」とは真逆だ。

 そして、「アキ」がなりたかった理想の女の子。


 狩屋君は意外と鋭いから、気づいているのかもしれない。「アキ」が作り物だということに。だから、本物の、千陽ちゃんに惹かれたのだろう。

 だから、「あきよ」は友人にしかなれない。


「それでね……あきよさん?」

 私の様子がおかしいことに狩屋君が気付いた。

 表情を見ようと顔を覗き込んで来るのを、身を引いて躱す。


 がたり、と立ち上がる。


 頭の中は、もうずっとかき混ざったまま纏まらない。


「私、ね」


 自分が何を考えているのかもわからない。

 今何を言おうとしているのかすら。


「本当は、川津アキって言うんだ」


 目の前の狩屋君の目が、驚きに見開く。


「あ、き……っ」


 呆然とした狩屋君の隙をついて、私はその胸倉を掴み、引き寄せる。


 軽く、そっと。


 間近で、大きく丸くなった瞳をじっと見つめる。

 狩屋君の息が温かい。


 顔を離し、ごめんね、と口の形だけで告げて、私はその場から逃げた。


 追いかけてくるようにかかった彼の声が呼んだ名前が、「あきよ」だったのか「アキ」だったのかは、わからなかった。





―――




 学校に行きたくない。

 彼氏と別れたときも、クラスの女子全員から無視されたときも、ここまで行きたくなかったことはなかった。

 思い返すだに恥ずかしい。やらかした。

 これが男女逆ならば通報ものだ。まぁ、女からだとしても、相手の意に沿わないことをしたわけだから訴えられても仕方ない。

 こういうとき、罪状はなんだろう。セクハラ罪か。女ならば許されるだなんて男女差別意識は拭われるべきだ。


 だめだ、自分でも自分が何を考えているかわからなくなってきた。


 お洒落への意欲が湧かず、おまけに昨晩全く寝られず、朝方少し寝たせいで大遅刻だ。

 髪のセットも制服チェックも何もしないまま家を飛び出す。

 当然電車はすし詰めだったが、気力ゼロの私には別段気にすることもない。

 ぐでっとした私を抵抗出来ない系地味女子と勘違いしたおっさんに太腿を揉まれそうになったので駅員さんのもとに連行した以外は何事もなく学校に着いた。


「おは……!?」

 幾人かの友達が私を見て言葉を失った。

 私は無表情のまま軽く会釈をして通り過ぎる。


 その後クラスメイトとすれ違う度に二度見されたが、私は特に何も思わず教室へ向かう。


 扉を開けて、こちらを振り向いた顔を、見ないように視線をぼやかす。


 狩屋君が何か言いたげにこちらを見ている気がするが、私は席についたとたん腕で顔を囲って寝る体勢を取った。


 もう、いい。なんでも。

 どうでも。


「アキ、ちゃん……?」


 ごめん、別に、関係ないのは分かってる。

 悪気がないのは分かり切ってる。だけど。


「……なに」

 酷く不機嫌に返すと、千陽ちゃんは戸惑ったように瞳を揺らした。

 八つ当たり。八つ当たりだ。

 でも、今は私に話しかけないで欲しい。酷いことを言わない自信がない。


 千陽ちゃんは暫くそこに立っていたようだけど、私の近づくなオーラに負けて、自分の席に帰っていった。

 分かってるんだ。あの子が私のことを、心配してくれていることぐらい。

 でも、駄目だ。

 私の心は小指の爪より小さい。狭い。

 何もなかったように優しく微笑むことが出来るような広い心も優しい心根もない。


 教室の中はざわついて、私の話題で持ちきりなようだった。所々で私の名前が聞こえる。

 当然だろう。私はいつもと全く違う見た目と態度だし、朝から殆ど誰とも話していない。有る事無い事盛りだくさんの噂が横行するのだろうけど、それでも別にいいと思った。


 だって、どんなに取り繕っても、これが私なんだ。


 それでも、無意識に目は狩屋君を追ってしまって、何だか一周回って笑えてきた。

 狩屋君は私を気にしているみたいで、度々視線が合う。

 そうか、気にしてもらいたければ、こうすれば良かったのか。

 投げやりな気持ちで笑いかけるが、狩屋君からいつもの穏やかな笑顔は返ってこなかった。


 それから、狩屋君のところに千陽ちゃんが寄って行っていた。

 何やら話しこんでいる。


 沸々と煮え滾るものは、何だろう。

 麻痺した頭では自分の気持ちすら分からない。


 放課後になってふと携帯を見ると、先輩からメールが来ていた。今の今まで全て無視していたらしいが、教室に来なかったので気づかなかった。






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