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ふりむかせてみせ……はぅああああ!!

 


 いつものように狩屋君を待つ。

 あきよと狩屋君が会う頻度は徐々に上がり、学校が早く終わった日には必ずと言っていいほど彼はデパートに現れていた。

 一度なんとなくいつもと違う時間にあきよ姿で行ってみたら彼が座っていて、早く終わったから来てみたんだと照れ笑いされればこちらも通わないわけにはいかない。

 なんだか狩屋君のペースに乗せられている気がする。


 川津アキの姿だと不安で仕方のない想いも、河野あきよの姿で彼と会う時は不思議と忘れられる。……元はと言えばあきよで彼に会ったから始まった不安ではあるのだが。

 未だにこの気の抜けた姿を晒すのには抵抗があるが、半ば諦めているのも事実だった。


 私がデパートに着いてから程なくして、狩屋君の姿が見えた。

 特に用事のない私は直ぐに家に帰れるが、図書委員の彼は放課後はちょっとした集まりがあるらしく、丁度いいくらいにあきよ姿になるための時間があいている。川津アキとして完璧に身嗜みを整えるわけでもなく、考える事なくそこらにある服を着ていけばいいため準備に時間がかからない。

 余りにもタイミングがぴったりなので神様すらあきよと狩屋君をくっつけようとしているのではと疑う位だ。


 ともあれ、新聞から目を上げて狩屋君に声をかけようとする。

 その表情が、何だか苛立たしげに顰められていて、私は驚いて言葉を詰まらせた。

 狩屋君は私に気づくといつものように優しく笑んだ。

 それにほっとして改めて声をかけようとし、そこで初めて狩屋君の隣に居る存在に気がついた。


「あきよさん、今日は」


「あ、こんにちは……えーと狩屋さんその人……」


「気にしないで、幽霊みたいなものだから」


「おいおいしゅーいちくーん?唯一無二の親友に向かってなんたる言い草だよ」


 その人もとい幽霊氏の言に、げんなりした様子で口を曲げる狩屋君。

 狩屋君のそんな姿は珍しく、私は少し驚きながらも得した気分になった。


 それにしても。

 狩屋君の唯一無二の親友?


「ええと、幽霊氏は狩屋さんの親友なんですか?」


「幽霊氏!?え、本当に幽霊扱いなの!?」


「中学時代の友人なんだ、残念なことにある惨劇のせいで犠牲に、ね……」


「死んだの!?俺惨劇で死んだの!?」


 本当に仲が良いみたいだ。友人と巫山戯る狩屋君は見ていたけれどこんなに雑な対応をする所は初めてで、新鮮な気持ちでそのやり取りを見る。


「……ま、まぁそんな事より。君が噂のあきよさん?」


「……はぁ」


 一体どんな噂だと言うのか。幽霊氏はにやにやと笑いながらこちらを見る。不思議と不快感はない。

 彼は中々に顔が整っているとふと気づいた。

 狩屋君が制服なのに対し彼は私服だが、見た所服のセンスもいいし、先ほどの会話からノリも良く女性に抵抗を持っているそぶりもない。これはモテそうだとなんとなく分析する。

 それにしても、言っちゃ悪いがこんなリア充そうな男と狩屋君とがどうして友達になったのだろう。狩屋君から積極的に関わりそうなタイプでは無いし、恐らく彼から話しかけたのではないだろうか。


「あ、俺幽霊じゃなく山賀ね。山賀雄貴。気軽にゆうちゃんって呼んでね」

 言葉尻に星でもつきそうな程軽い挨拶だ。因みに私の中であだ名が幽霊氏で決定した。名前とも似てるしぴったりだ。


「ごめんね、この思念体がどうしても人のプライベート空間に割り込みたいって言うからさ」

 狩屋君が申し訳なさそうな顔で凄いことを言っている。


「まって俺そんな形無きものなの!?それになんつー言い草!お前年々俺に対する扱い雑になってないか?」


「ううん、別に大丈夫だけど、幽霊氏はどうしてここに?」

 私は幽霊氏の文句をスルーして狩屋君の言葉に答えてみた。


「それ決定なのね……」


 幽霊氏は諦めたように肩を落とす。

 打てば響くような反応に、なんとなく狩屋君の雑な対応の気持ちが分かった。


「修一が女のコと何度も会ってるって言うからさ。この無気力変人が積極的に会おうとするなんて一体どんな子なのか気になって、学校前で待ち伏せて着いてきちゃった」

 やはり星のつきそうな位軽い調子で言う。

 なるほど、幽霊氏からすると狩屋君は無気力変人なのか。まだまだ狩屋君には私の知らない一面があるのかもしれない。


「彼は無駄に目立つから本当に困ったよ」

 狩屋君はため息をついた。

 まあ確かに、他校の、それも整った容姿の彼が校門前で待ち伏せていたら相当目立つ。目立つ事が苦手な狩屋君には苦痛だろう。


 幽霊氏もそんな狩屋君の性格は把握しているだろうに、敢えてその行動をとったのかと考えると思いの外強かな性格をしているようだ。


「修一がなかなか詳しく教えてくれないからだもんねー。あきよちゃん思ったよりずっと可愛いし面白そうな子だし、隠してたのが悪い」

 ちゃっかりあきよちゃんと呼ばれてしまった。


「あの、河野です」


「えー、あきよちゃんじゃダメ?」


「仕方ないですね、河野様とお呼び下さい」


「え、何も譲歩されてない!?」

 幽霊氏が愕然とする。とても面白い。

 面白そうな子呼ばわりの仕返しである。


 狩屋君はそんな私達の会話にくすくすと笑ってから、私の隣に座った。

 そして小さく

「本当にごめんね、でも良いやつだから」

 と耳打ちした。


 私も

「うん、なんとなくわかった」

 と頷く。


 そして狩屋君はいつものように鞄を探り、本を取り出した。


「はいこれ、これも前貸した本と作者さんが同じなんだけど結構面白いよ。ホラー系だけど、大丈夫?」


「大丈夫。文字だと想像力広がるし自分で怖がるタイミング調整出来るからホラーは映像より小説のが好きだな。それにしても、この作者がホラーって珍しくない?」


 狩屋君は私のホラー持論に「なんとなくわかる」と頷いて、

「そうだね、この人の作品はミステリか青春ものかっていうのが多いよね。でも何冊かホラーも書いてるよ。それは初めて挑戦した一冊だけど、初めてって聞かなきゃわからないくらいだよ。夜中に見ることはお勧めしないけど、むしろ夜中に呼んでほしいって気持ちもある」


 その言葉に、手渡された本の表紙に目を落とす。こちらを見る黒い猫の視線が先程より不気味に感じられた。狩屋君はいつも私を期待させるのが上手すぎる。


「うわあ……なんか凄い楽しみだわー、狩屋さんのオススメってはずれないよねぇ。前借りたキャラものもストーリーなんて無いって感じなのに何故かハマっちゃったし、割と私頑固な方だから自分で自分にビビった」

 本当にびっくりした。好きでもないはずのキャラ小説を徹夜で読んで朝を迎えた時、読まず嫌いって損なんだとつくづく感心したものだ。


「あはは、気に入ってくれたなら良かった。あれはほのぼのしてて読んでると自然と笑顔になっちゃうよね。本、というか物語の面白さって中身がしっかりしてるかというよりどれだけ感動させられるかにかかってると個人的には思うから、キャラ重視でも面白いものは結構あるよ。嫌悪感にしても共感にしても感動は感動だからね、キャラクタを掘り下げたら少なからず自分と似ている所が出てくるから、心は動かされやすいんじゃないかな」


「なるほど……私が読んでたやつはキャラクターの掘り下げが甘かったからつまんなかったのか」


「それはわからないけど」


 私の明け透けな物言いに狩屋君はちょっと笑う。

 狩屋君の言う通り、物語は感動させたら勝ちのような所がある。

 それこそ恐怖だとか厭悪だとかですら、それが強烈なものであればあるほど、読者はその本でしばらくは頭が一杯になるからだ。

 それにキャラクターに共感したり反感を覚えるのだって感動なのもなんとなくわかる。今まではストーリー性を重視していたけれど、たまにはキャラの魅力に絞った物語を探して見るのも面白いかもしれない。


「ま、そうは言ってもやっぱり背景に大きく一本明確な筋の通った物語の面白さと読んだ後の爽快感は鉄板なわけですよ。ストーリーの煮詰まったシリーズものなら尚更、面白くかつ終わりがはっきりしてて安心感がある……そこで紹介するのがこの一冊!てーれーん!」


 口で効果音を奏でながら分厚い本を出す。


「ファンタジーといえば西洋が王道だけど、和風ファンタジーも負けてらんないね。日本人ならではの共感やノスタルジーを感じられるぶんワクワク感も格別だし、内容も頭に入りやすい。特にこれは設定がこれでもかってほど細かく作られてるのにさらっと読んだだけでなんとなく理解できちゃうし、設定が地の文だけじゃなく会話形式でさりげなく何度も仄めかされてるから気づいたらこの世界にどっぷりな事請け合い!しかも歴史上の設定を出すわけでもなく完全オリジナルだからこの作者頭ん中どうなってるんだ?ってつくづく不思議だよ」


 ドヤ顔になっている自覚はあるが、お気に入りのシリーズなので仕方がない。

 つらつらと話す私の話を優しい表情で聞いてくれている狩屋君には感謝感激雨あられにひょうとダイヤモンドダストまでつけて降らせたい。

 上機嫌で語り終え、私はシリーズ第1巻を彼に渡す。


「面白そうだね。シリーズものは一冊読むと買う手が止まらなくなるから困るよ。その分、本棚に揃った時は楽しくて仕方なくなるんだけどね。和風ファンタジーは機会がなくてあまり読んでなかったから楽しみだなぁ。ファンタジーって世界観の説明で挫折しやすいけど確かに和風ファンタジーは比較的入り込みやすそうだね」


 にこにこと笑顔のまま本を受け取った狩屋君。


(うん。好き)

 こうして本を交換して趣味を共有し合うのが楽しくて、狩屋君の優しい笑顔が嬉しくて、私はこうして何度も気持ちを再確認させられる。

(この際あきよとしてでもいいから付き合いたい)


 そうして私はじっと狩屋君を見る。

 視線に気づいた狩屋君が不思議そうに笑顔を収めた。

 私が口を開こうとした、刹那


「……あのー、お二人さん?」


 幽霊氏が幽霊もかくやといった存在感の薄さを挽回しようと声をあげた。


「幽霊氏、空気は立派な読みものですよ」


「山賀雄貴です。あきよちゃん、勝手に押しかけたのは俺だけどね?もうちょっと構ってくれてもいいんだよ?」


「山賀、河野様でしょう?」

 狩屋君が代わりに訂正を入れてくれた。


「それも決定なの!?いやいや、てかさ修一、付き合えてないとか言ってなかった?凄い仲良いじゃん、実は付き合ってたりしてない?」


「山賀、帰らないの?」

 狩屋君凄い話の逸らし方をしたな。


「あきよちゃん」

 狩屋君の突然の帰宅誘導を右から左に、幽霊氏は私へと話し相手を変えた。


「河野様」


「……かわのサマ、付き合ってないの?」


「付き合ってないですね」


「付き合わないの?」


「うるせーな」


「口悪っ」


 この幽霊どんだけ狩屋君の事が心配なのだろう。私と狩屋君を勢いのままに付き合わせようという魂胆が見え見えである。今の雰囲気からきっと押せばいけるとでも思ったのだろう。私が少しでも照れればあっという間に付き合う事にされそうだ。

 だが残念ながら、私は狩屋君の事が好きだがあきよで付き合うつもりは今の所ない。

 確かに先程ほんの少し流されそうになったけれど。つい口を滑らせて気持ちを告白しそうになったけれど。

 私のそんなうっかりを止めたのは幽霊氏なのだから皮肉なものだ。


「修一はあき……かわのサマの事好きだもんなぁ?付き合いたいだろ?」


「まぁそうだね」


「ちょっとお手洗いに行ってきます」


(狩屋君さらっとなんて事を!!

 さっきは思い切り話逸らそうとしてた癖に!)


 私はさっと立ち上がりトイレへ向けて走り出した。

 例によって顔が熱い。


(幽霊氏……呪ってやる!!)


 嬉しいんだか悲しいんだかわからない気持ちを胸に、頭の中で勝手にリピート再生される狩屋君の声を抑えようと、トイレの中で頭を抱えるのであった。

 


掘り下げの甘いキャラ小説(盛大なブーメラン)

作者はキャラだけで成り立っているような話を書くのが大好きです。

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