ふりむかせてみせ……っっ!!
謎の図書談話や主人公の偏見全開な思考が出てきますが、あくまでも個人の意見なので気にしないでください。
「……はぁあああ」
最早深呼吸に近いほどのため息を吐き出し、私はいつものデパートのいつもの机に顎を乗せる。
今日も今日とて愛しの狩屋君に惨敗記録更新中である。
そして。
「……あ、あきよさん」
私を見て表情を明るくしながら駆け寄ってくる狩屋君。
ふふん。ようやっと私の魅力に気づいたか!
……と現実逃避しても仕方がない。
今の私は学校やお出掛けの時のお洒落で可愛い完璧な私ではない。
中途半端に気が抜けた、新聞装備の地元のデパートに居座る地味子である。
もう嫌だ来ないでと、一ヶ月経った今でも思う。
流石にはじめの頃のように髪も解かさずに居るわけではないが、お洒落して来てしまうと普段の私になってしまうのでメガネとぶかぶかボロボロニット帽は健在である。
好きな人にこんな格好を晒さねばならない苦行を、誰かわかって欲しい。
こっちの私の名前を聞かれ、河野あきよと名乗った。随分適当な名前だが、変に離れた名前で反応出来なくても困るので仕方ない。
しかし。
向こうの私は未だ川津さん呼びなのに、こっちの私はあきよさんだと。
まさか自分に嫉妬する時が来るとは思わなんだ。
どうして努力しているアキが努力もしていないあきよに負けるのか。
それは偏に彼の趣味のなすところである。
要は彼は地味専なのだ。
素朴だとかナチュラルだとか努力しない奴の言い訳になりそうな好みだと思っていたが、まさか好きな人の好みを否定するわけにもいかない。
だけどそれにしてもと思う。
そういった趣味の人達は、恐らく見た目でなく性格を見るのだろう。
見た目が好きだろうが性格が好きだろうが、どちらを重視するかはその人次第だし、見た目重視のやつが性格重視の奴より酷いなんて事はないと個人的には思う。どちらにせよ自分にはどうしようもない事で、容姿も中身もその人の一部でしかないのだから。
それに、そしてここが問題なのだが。
私にとっては見た目重視の人の方が都合がいい。正直性格でアタックできるような、純粋無垢だったりさっぱりしていたり好感の持てるものを持っていない。
だからこそ私は見た目を飾って自分の長所を伸ばして短所を隠しているわけだ。
だから、狩屋君が地味専だという事は私にとってはハンデになる。
『ナチュラルな』私はイイ性格をしていても性格が良いわけではないからだ。
なのに。
「おーい、あきよさん?」
目の前に手を差し出され、ふっと意識が戻る。
(はっ、いくら状況が不満だからって、折角狩屋君と話せるのに意識飛ばすなんて勿体無い!私ったらなんて事を!)
数度瞬いて狩屋君に目を向けると、いつの間にか隣に座っていた彼がふわりと笑った。
「……あ、やっと戻って来た」
(はうあああああ!!!)
私は赤くなった顔を両手で正面から叩いた。
凄くいい音がする。
アキならはにかんでそっと頰に手を当てるが、あきよでそんな事は出来ない。
何故ならば。
私は気持ちを切り替えて、顔を上げる。
「……あ、あの、今日眼鏡してないんだね、かっこいいね」
この姿でやるのは抵抗があるが、アキのようにしなを作って頰をつついてみる。
本心ではあるが、アキとして接しているとそこまで照れずに出来るのは慣れのせいか。
すると、狩屋君はぱち、と一度瞬きをした。
次いで少し不機嫌そうに眉を寄せる。
「……なんか嘘くさい」
ぎくり。
そう、アキのアプローチは鉄壁の鈍感さで弾き返す癖に、あきよが本性を隠そうとすると直ぐに気づかれてしまうのだ。
(なんでだ!あきよには興味があってアキにはないということか!なんでだ!!)
それのせいで私はこの姿で取り繕うことが出来なくなっている。
「……本当だから!そ、そんな事より、今日の本!出して!」
見抜かれて気恥ずかしくなった私はつっけんどんに言う。可愛くない自覚はあるが、これが本当の私だ。
それを受けて顰めていた顔を嬉しそうに緩める彼は実は地味専の上にマゾがつくのではないかと疑っている。
地味で純粋などではなく、地味な上に性格がひねているあきよを望む彼は、平凡なようでいてその実そうでもないのかもしれないと気づいたのはこの妙な関係が始まってからだ。
「ええとね。今日は推理ものだよ。これはちゃんと出し惜しみせずに材料を出してくれるから推理しようと思えば自分で推理できるタイプなんだ。一冊に五つ物語があるけど僕は四つ合ってたよ。なかなか難しかった」
「へぇ!推理ものってそりゃもう沢山出てるけど、探偵にしか気づけなかったり描写されてなかったり書いた奴絶対性格悪いだろクソ野郎ってやつ多いよねぇ。それは親切設計なんだ」
「あぁ、うーん……描写はきちんとされてるし解けたらああ!とはなるけど……書いた奴絶対性格悪いだろとは思ったよ。親切設計……ではないかなぁ」
私の暴言も意に介すことなく、寧ろ少し笑って聞いている辺りとても新鮮だ。
こういった反応で聞いてくれるのは家族だけだと思っていた。
そもそも、こうやって本の貸し借りをしたり率直な感想を言い合える相手は今までほぼいなかった気がする。
「なにそれ。なんか益々面白そう」
「面白いよ。探偵の性格もいい味出してるし。キャラ小説も嫌いじゃないけど中身もキャラクタも良いっていうのが一番好きだなぁ」
「ぅえー、あたしはキャラ小説苦手。飽きる」
私は舌を出してひらひら手を振った、
これは率直な気持ちだけど、こうずけずけ言う奴が嫌われるのは知っている。個人的にはあきよはさっさと切り捨ててアキに行って欲しいので、自分の悪い部分を隠す事はやめた。
狩屋君はそんな私に小さく笑って、
「なら、そういうのは持ってこないようにするね」
「えっ」
私が焦って声をあげると、彼は不思議そうに首を傾げた。
確かにキャラだけで中身のない小説は好きではないが、文字と知るとなんでも読む性質の私には読む事自体は苦ではない。
それに、折角狩屋君から貸してもらえるのだ。嬉しい上に彼の好みもわかって一石二鳥。私の好みに合わせて引かれては意味がないのだ。
「あああの!別にそんなの関係なしに貸して欲しいっていうか、苦手っつっても食わず……読まず嫌いみたいなもんだし、狩屋さんのお勧めは大体当たりだから……その」
しどろもどろになりながら必死で言い募る。これがアキなら「貴方のことが知りたいんだ★」で一発なのに。
本当の私には、素直になる事すら難しい。
狩屋君はまた小さく笑った。
その、仕方がないなぁみたいな顔が、いつもより大人っぽく見えてどぎまぎする。
「じゃあ、僕がお勧めしたいものを好きに持ってくるようにするね。あきよさんの好みに合わないかもしれないけど、僕の好きなものとか僕自身のことも知ってもらいたいし」
さらっと凄いことを言われてしまった。
狩屋君の羞恥心は壊れているのだろうか。このたらしっぷりは今まで何人もの娘を食い物にしてきたそれだ。きっとそうだ。地味顔の癖に肉食なんだ。悔しい。
赤面しつつぐぬぬと唸っていると、はっと気づいた。
「あ、駄目だ、あたし好きじゃないタイプのやつだったら好きじゃないって言っちゃうかもしれない」
折角勧めてくれたのにそんな反応じゃ、きっとがっかりさせてしまう。
「ん?それの何が駄目なの?」
「え、何って……」
「僕はあきよさんの趣味も知りたいし、率直に言って貰った方がありがたいよ」
「………だからぁ!」
(何でそう平然と言うかなぁ!そんな、そんなあなたに興味ありますって言ってるようなもんうわあああ!!!)
「あはは、あきよさん可愛い」
段々と分かってきた事がある。狩屋君は思ったより鋭くて、意地悪だ。
そしてそんな彼にますますときめいている私こそが、もしかしたら変な趣味でもあるのかもしれない。
ーーー
「おはよう狩屋くん!」
語尾にハートがつきそうな程甘ったるい声を出す。
「おはよう川津さん」
そんな私をなんの変哲も無い笑顔で受け流す狩屋君。
あきよで狩屋君の素顔のようなものを垣間見ている私にとって、今やこの笑顔は満足出来るものではなくなっていた。
いっそのことあからさまに嫌そうな態度を取ってくれた方がマシかもしれない。
こんな、そこら辺のクラスメイトに対するのと同じような対応をされるのは、狩屋君を知ってしまえばしまうほど心が軋む。
どうして、川津アキでは駄目なのだろう。
どうしてあんな、なんの努力もしていない性格のひねた河野あきよが良いのだろう。
「……川津さん?」
気づけば狩屋君を見たまま、呆けてしまっていたらしい。
心配そうにこちらを伺う狩屋君は、あくまでクラスメイトとしての距離感で私の顔を覗き込む。
あきよだったら、もっと近付いてくれるのに。
なんだかどうしようもなく悔しくて悲しくて、けれども私はそれを押し殺して笑った。
「ごめんね、ちょっとぼおっとしちゃった。
寝不足みたい」
「そうなの?余計なお世話かもしれないけど、睡眠はきちんと取った方がいいよ。具合が悪くなってからじゃ遅いからね」
本気で心配している様子の狩屋君に、ほんのり心が暖まり、そして痛んだ。
嬉しい。けれど、狩屋君は優しいから、クラスメイトの誰にでもきっとこうして心配してくれるのだろう。
「……うん。ありがとう」
例えば、私が河野あきよと同一人物だと知ったらどうなるのだろう。
私は自分が好きだ。だけどそれはあくまで努力して得た川津アキで、河野あきよの部分はあまり受け入れたくない。
反対に、狩屋君は川津アキはどうでもよくて、河野あきよには好感を持っている。
もし仮に河野あきよの状態で彼と付き合えたとして、果たして彼は川津アキの自分を受け入れてくれるのだろうか。
それを思うと、私は一歩も動けなくなってしまう。
やるからには完璧が良い。でも今の私は、中途半端に河野あきよと川津アキの間でぐるぐるしている。
しかし結局狩屋君ともっと話していたくて、河野あきよを手放せないでいる。
うだうだと考えながらも、私は普通を装って狩屋君と会話を続けた。
最近はどうにか会話を続けることが出来ている。それでも、河野あきよには届かない。
進歩が嬉しくて、とてもつらい。
「……やっぱり、保健室に行く?」
狩屋君に問われ、私は焦った。
そんなに顔色に出ていただろうか。
最近は、特に狩屋君の前では完璧な私が剥がれやすくて困る。
「ええ、そんなに顔色悪いかな?大丈夫だよ!心配してくれてありがとう」
えへへと笑うと、狩屋君はそう?と引き下がったが、やはりその表情は心配そうに曇っていた。
「ええ、アキ具合悪いの?俺が保健室連れてこうか?」
うわあ、空気読めない君が登場してしまった。
「日立くん。ううん、大丈夫だよぉ。寝不足なだけ」
(だからはよどっか行け)
心の中で毒吐きつつ、今度は自然な笑顔を浮かべる事に成功した。
「またかよ、それ前も言ってたよな。また本?意外と読書家なんだな、まさかファッション雑誌とかじゃ無いんだろ?」
話が逸れる気配を察知して、私は心の中でガッツポーズをした。
(ナイス日立!偶には良いことすんじゃん)
「……雑誌だって本だもーん」
単なる事実で嘘は吐いていない。
態とむくれたように目を逸らして言うと、上手いこと誤解してくれたらしい。
「なんだ、やっぱり雑誌なんじゃないか、感心して損したわ」
そういいつつイメージ通りの私にほっとしたように笑う日立。
「なにそれ、雑誌差別だよ!」
そうして日立の肩をはたく。
今回はファインプレーなので弱めにしてやった。
やに下がった顔の日立が絶妙にうざいけれどまあいいか。
「川津さん、寝不足になるまで雑誌読んでたの?」
狩屋君は驚いた顔をする。
しまった。イメージは守れたが狩屋君からの好感度は下がったような気がする。
しかも昨日ほぼ徹夜で読んでいたのは狩屋君から借りたミステリなので今ここで頷いたら嘘をつく事になってしまう。狩屋君に嘘はつきたくない。
……河野あきよを名乗っている時点で嘘はついているのだが、考えたら負けだ。
狩屋君には、なるべく、嘘はつきたくない。
「ファ、ファッション雑誌好きなんだよね……」
結局問いには答えずまた事実だけを伝える作戦に出て目を逸らした。嘘は、嘘は吐いていない。
狩屋君は難しい顔をしている。
「何を読んでたとかはともかく、僕もつい遅くまで本を読んじゃうから気持ちはわかるし偉そうなことは言えないけど……あまり無理しちゃいけないよ。寝不足って風邪とかに直結するから」
(うわあん狩屋君大天使様!けどいつの間にか話題が戻ってる!)
私は狩屋君の優しさに心打たれつつも冷や汗が止まらない。これ以上話題が続くと色々芋づる式に出てきそうだ。後ろで日立が慌てて心配するフリをして、そうだ風邪は大変だからとかなんとか言っているが役に立たない。
「おい狩屋ぁ……おっと」
不意にかかった声に振り向くと、狩屋君の友人その1がやべ、といったように口を塞いでいた。
「ん、どうしたの篠崎」
「あー……いやぁ、お邪魔でした?」
私にお伺いをたてるようにへら、と笑いながら聞いてくる友人その1もとい篠崎。
「ううん。私こそ邪魔してごめんね、そろそろ席に戻るから大丈夫だよ。狩屋くん、ありがとう」
狩屋君と篠崎に笑顔を見せて、日立を華麗にスルーしながら私は席に戻った。
席に戻ってからそっと狩屋君を見ると、なにやら篠崎に肘でつつかれていた。
(……私は、欲張りだから。狩屋君からの気持ちも欲しいし、イメージも崩したくない。
けど、イメージと狩屋君どちらが大事かと聞かれたら。それは……)
ふと狩屋君と視線が絡んだ。
相変わらず地味な顔だけど、どうしてか私には目を逸らす事が出来なかった。