ふりむかせてみせ……たい
散々地味めな格好にするか迷った挙句、結局いつも通りの格好で登校する。気の抜けた格好で登校するのは、やはりハードルが高い。
まず見た目の時点で気を惹くのは無理だと分かった。ならば、今までのように挨拶程度では駄目だ。もっと会話をして敵を見極めなければ。
何はともあれ挨拶は重要だ。今日は一言で終わらせないよう、話題を考えよう。
しかし……。
(共通の話題……ないな)
改めて普段の会話の少なさが悔やまれる。
声をかけたら負けだと、向こうから声をかけさせるよう仕向けようとして来たが、負け続けた私は流石に学んだ。
努力の方向を間違えていた、と。
この際勝ち負けはどうでもいい。というか、過程はどうあれ振り向かせれば勝ちだ。ようは惚れさせれば良いのだ。
(今はないけども、探せばきっと見つかるはず。むしろ何か面白そうな本を布教して話題でもなんでも作り出してやる!)
「ふ………ふっふっふっふ」
(見てなさい狩屋修一!プライドをかなぐり捨てた全力の私に勝てる男は居ない!)
怪しげな笑みを浮かべ、私は意気揚々と教室の扉を開けた。
「あ、川津さん。おはよう」
狩屋修一の先制攻撃!
狩屋修一は爽やかな微笑みを使った!
川津アキに9999のダメージ!
川津アキは呆然としている!
「あ……か、狩屋くん。おはよう、今日は早いね……?」
私は来て早々真正面から狩屋君の笑顔をくらったショックから我に帰り、伺うように訊く。
狩屋君はいつもそこまで早くなく、かといって遅くもない時間に登校してくる。
私はサラリーマン達からの圧迫を避けて早めに登校してくるのだが、この時間に私より早く登校するのはクラス委員の白岳さん位だ。今日はいないらしい。
「うん、今日は珍しくすっきり目が覚めたから」
朝に弱いんだ、とはにかむ狩屋君。
朝から狩屋君の笑顔を浴びっぱなしは心臓に悪いなと阿呆なことを考える私。
そしていつもの通り自然と会話が途切れ、私はここで終わってたまるかと話題を考える。
と、狩屋君は一度外した視線をまた私へ戻した。
「あ、そうだ。川津さん、昨日君に凄く似てる人に会ったんだよ」
「えっ」
なんでこう狩屋君は私へ深刻なダメージばかり与えてくるのか。
色々な意味で心臓に悪い。
「改めて見てもやっぱり似てるなぁ。本当に違う人なの?」
いつもは逸らされる瞳がこちらをじっと見ている事にどぎまぎとするが、理由が理由なだけに複雑な心境だ。
「そ……そうなんだぁ、そんなに似てるなんて面白いね!」
「へぇー!アキに似てるって、どんな奴なんだ?」
ここで来るか日立。
(なんでよりにもよってお前まで早いんだよ。お前いっつも遅刻してくんじゃん!)
余計な日立の余計な一言に、狩屋君は少し考えるように視線を斜め上へ向ける。
やがて口を開いた。
「うーん、やっぱり川津さんみたいに、可愛かったよ」
「やっぱりなぁ!良いなぁ狩屋、俺も会ってみたい!アキが二人とか幸せじゃん!」
仮に二人だとしてもどちらも日立の方を向くことはないから幸せを感じなくても大丈夫。
というツッコミは、頭の中にすら入る余地がなかった。
(か、かわづさんみたいに!川津さんみたいにっつった!狩屋君の目はおかしくなかった!いや、おかしいのか?よ、よく分からなくなって来た!)
頭の中でエコーのかかった『川津さん……可愛い……』が繰り返し響く。
頭に血がのぼる。とにかく何か返さねばと動く舌は上手くまわらない。
「か、可愛い……とか、そんなことない…………よ」
声が小さくなっていくのが分かる。いつの間にか下がっていった視線を、おそるおそる上げる。
すると、日立のにやけ顔が視界いっぱいに飛び込んで来た。
「いやいやいや、アキは可愛いって!自信持てよ!」
「…………えー、そんな事ないよぉ~!もう、恥ずかしいなぁ」
日立のお陰で少し冷静になれた私は、いつものようにしなを作って若干強めに日立をはたく。
うっという声が聞こえた気がしたが、恐らく気の所為だろう。か弱い私の軽いボディタッチに呻くなんて、まさかそんなヘタレじゃないはずだ。
私と日立のやり取りをにこにこ眺めていた狩屋君は、何かを思い出したように小さく声を上げる。
「あ、そう言えば。真剣な顔で新聞読んでたなぁ。好きなのかな?川津さんも好きだったりする?新聞」
首を傾げる狩屋君に、思わず好きです!と叫びそうになるのを堪える。
どうやら本格的に阿呆になって来たみたいだ。
「ええ、新聞て。渋いな。アキが新聞?まさか、合わなすぎでしょ」
ないないと笑いながら手を顔の前で振る日立。
自覚あるから言わないでいる訳だけれど、改めて言われると苛つくな。
「そうなの?川津さん」
「うーん……新聞は……あんまり読まないかなぁ……」
苦笑いで答えると、狩屋君はがっかりしたように眉を下げた。
「そっか……顔が似てるなら趣味とかも似てるかなと思ったけど、流石にそれは無いか。僕も結構好きなんだけどなぁ、新聞読むの」
やっぱり好きな人少ないかなと呟く狩屋君。
思わぬ共通の話題に飛びつきたくてたまらないのに、読まないと答えてしまった手前、話を振れずにやきもきする。
「ていうかこの年で新聞なんかじっくり読んでる奴なんてそうそう居ないって。それより、その似てる子ってのはどんな子なの?新聞って……どんな格好で読んでるわけ?お洒落だった?名前は?」
「うーんお洒落かどうかはなぁ。お洒落とかよく分からなくて……普通に、ニット帽にパーカーにジーンズで、眼鏡かけてたかなぁ。そういえば名前は聞いてなかった。次会う約束もしたし、今度聞いてみようかな」
狩屋君の的確な描写に、日立のテンションが徐々に下がっていくのを感じる。なんとも分かりやすい変化だ。
「へー。てか、狩屋が次会う約束までするって意外だな!もしかして気になってたりする?お前から見りゃ可愛いんだろ?押せ押せ!お前もさっさと彼女作れ!」
からっと笑って狩屋君と噂の私そっくりの私をくっつけようとする日立。分かりやすい。
それより日立。お前もと言ったがもとはどういう事だ。私型の脳内彼女を創作していないで真に彼女作るべきはお前だ。さっさと彼女作れ。私以外の。
「うーん気になる……のかな?そうだねぇ、彼女かぁ……」
狩屋君が凄く聞き捨てならない呟きを放っている。
(地味専!?やっぱり地味専なの!?)
お洒落を至上の楽しみとする私には苦行だが、やはり向こうの私で狩屋君とお付き合いに漕ぎ着けるしか無いのか。
(いや待て、諦めるな私。妥協で付き合うなんて駄目だ。努力だ、努力だ私!絶対に向こうの私より今の私のが良いに決まってる!……はず)
度重なる敗北に若干自信を失いかけているのは仕方ないと思う。