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ふりむかせてみせる!

スマホのメモ帳で書くとなんだかいつもより文章が軽やかになる気がする不思議。

地味専って言い方もう古いんだろうなあ。


 


狩屋かりやくん!」


 声、ばっちり。


「ん?」


 角度、絶妙。


「おはよう!」


 そしてこの少しはにかんだ笑顔。


 今日も私は完璧だ。


「ああ、川津かわづさん。おはよう」

 対するクラスメイト、狩屋修一君はいつも通りの素朴な顔に人の良さそうな笑顔を浮かべる。



(……なのに。なんで)


「今日も元気だねぇ」

 狩屋君はそう言って、目を優しく細め、笑みを深める。




(なんでこう……負けた気がするのよ!)


 私は思わず胸を押さえる。

 違う、鼓動が高鳴っているのは相手をときめかせる事に成功した興奮によるものだ。決してこの地味男の優しげな笑顔に打ち抜かれたわけではない。


 そう、狩屋君は率直に言って地味だ。

 目立つ特徴はなく、かといってクラスで浮く位の隅っこ族でもない。

 程よく友達が居て、程よく日常を過ごしている。

 顔が良いわけでもないし、性格は……まぁ、良いけれど、凄く正義感が強いわけでもない。時折掃除をさぼったり授業中にうとうとしていたり、手を抜いている場面も目撃している。特別趣味が良いわけでもなさそうだし、制服の着こなしも普通だ。まぁ、さらさらの黒髪とか、清潔感のある格好は良いと思わなくもない。眼鏡の奥の瞳が綺麗だと思わなくもない。



 対して私は可愛い。

 目は母譲りのくっきり二重だし髪もゆるっと内巻きにしたふわふわショートカットがばっちり似合っている。声も甘めで良いと思う。背は女の子らしく小さめ。性格は……良いとは言えないけれど。まぁ人間見た目が全てだ。きっとそうだ。

 頭だって父譲りの賢さを持っていると思う。成績も悪くない。運動があまり出来ないのは設定だし、本当はそこそこ出来る。

 クラスでも目立つ方で、友達だって沢山いる。あまり好かれる性格をしていない自覚はあるので隠してはいるが、そこそこ上手くやれていると思う。



 それが。

 何故かいつも彼への敗北感に悩まされているのはどういう事なんだろう。


 私はこっそり歯噛みする。


 彼は私から視線を移して、友達との会話に戻っている。


(……なんだその興味なさげな反応は。もうちょっと、ドキッ!とかしないの、キュン!とか!何故一言で会話を終えるの!?別に女子との会話が苦手なわけじゃないでしょう。それとも何、私との会話が苦手なわけ!?)


 悔しい。

 じっと睨みつける。


 何を話しているのか、友人の台詞におかしそうに笑うその顔が、可愛いと思わなくもない。

 眼鏡を直す仕草に目が引っ張られる。そのまま右手が顔にかかった髪を払う。さらさらした黒髪が微かに空を踊る。

 左手で頬杖をつく。

 少し筋張った手の甲をじっと見る。




(……………………ああああ!駄目じゃんこれ!好きじゃん!絶対私狩屋君の事好きじゃん!なんだこれ、なんだこれ!)


 どんなに否定しても彼に張り付いてしまう視線に、ついに耐えきれなくなった。

 私は自分の席に着いて、頭を抱える。




(というか、まず挨拶一つに全力のベスト可愛い仕草を注ぎ込んでいる時点で駄目だ。それを元気だね一つでスルーする狩屋君に勝てる筈がない……!)


 私は最早涙目になっていた。

 自覚し始めてから数ヶ月。

 どんなに可愛く見せようとしても、あの鈍感男に一つとして通じた試しがない。

 今までに無かった事態に為すすべもなく、こうして敗北を喫し続けている。

 今まで、そう、今までの人達は、小首を傾げるだけで照れて目を逸らしたり、脂下がった顔になっていたのに。

 どんなにイケメンだろうが多少なりとも反応があったのに!

 まぁ、そんな男達は付き合っても皆最終的には他の女達に奪われていったのだが、こちらとしてもそこまで彼らに未練は無かったので、出来る限り相手に罪悪感を抱かせるような形でお別れしてきたけれども。

 前例がないといえば、私自身もそうだ。

 今までここまで必死になる事はなかった。

 私に靡かない人だっていなかった訳じゃない。単純に私が向こうの好みじゃ無かったり、途中から私の本性を薄々感じ取っていたり。

 私はそういう人達に無理して好かれようとは思わず、駄目だと分かればすぐに別の人に愛想を振りまいていた。


 それがどうだ。

 かれこれ数ヶ月。

 せっせと愛想を向けるのは彼一人で、望みが無いこともなんとなくわかっているもののやめない……いや、やめられない。

 むしろこっちがどぎまぎさせられているなんて。


 認めよう。


 私はどうやら彼が初恋らしい。



(いやあああ恥ずかしいいい!!)


 認めた瞬間心臓に鳥肌がたつようなむず痒さに襲われる。

 まさか自分が誰かを好きになるだなんて思わず、悔しいやら悲しいやら痒いやら恥ずかしいやらで本格的に涙が滲む。


 と、悶える私に気配が近づいてくる。

 狩屋君が私への態度を反省して戻ってきた……はずもなく。



「アキ、どうした?」


日立ひたちくん、おはよう」


 不躾に名前を呼んでくる男に笑顔を向ける。

 大して力を入れていない笑顔だが、彼は少し狼狽たように見えた。


(……くそ、なんでこの男には効くものを狩屋君には効かないんだ)


「お、おはよう。それより、なんか突っ伏してたけどどうした?相談ならいつでも乗るけど」


「ううん、大丈夫だよ。ちょっと眠くて」

 えへへと照れたように笑う私。内心ほっとけよと思うが、わざわざイメージを崩して傷つけようとも思わないので本性は隠して接してやる。


「そっか……眠れないの?」


「眠れない、というか……本が面白くてつい読み過ぎちゃって」


(うっせーほっとけよ。眠ろうが眠るまいがどうでもいいだろ。心配はありがたいけど下心見え見えなんだよ)


 笑顔の下で暴言が止まらない。

 日立は悪い奴ではないのだ。ただ少し、いや大分……結構、馴れ馴れしく彼氏のような台詞を吐いてくるだけで。


 顔だけ見れば、相当良い部類には入るんだろうけど、と私は内心溜息をつく。

 例えば狩屋君へのむず痒い気持ちが無ければ、恐らく成り行きのまま彼と付き合っていただろう。

 多分頼めばなんでも聞いてくれそうだし、困った顔をすれば助けてくれるだろう。

 前まではそれで良かった。

 どうせこいつも直ぐ他に行くんだから徹底的に利用してやるぐらいの気持ちでいた。


 でも、今は違う。

 欲しいのはそれじゃない。

 具体的に何が欲しいのかは自分でもわからないけれど、漠然とした違和感だけは確かにある。


 日立と中身の無い会話を続けながら、そっと狩屋君を伺う。

 相変わらず友達と駄弁っている。

 幸い女子と喋る事はそこまで多くなく、やきもきする事も少ない。

 けれど、一向に交わることの無い視線に、さっきとは違った溜息が漏れそうになる。


 ふと、その彼が視線に気づいたのかこちらへ向いた。

 ぎくりとする。

 咄嗟に逸らしそうになるのを慌てて留めた。


(何やってるの、絶好のチャンスなのに!)


 慌てて表情を取り繕って、にこりと笑いかける。

 対して狩屋君は、少しきょとんと目を瞬かせた後、微かに笑んだ。


 またしても私が負けたのは言うまでもない。


 ―――


(どうやったら勝てるの……)


 新聞をひたすらに読みながら、私は考えた。

 考えている内容は狩屋君の落とし方だが、それとは全く関係のない新聞を読んでいるのは私の癖だ。

 昔から情報というものに興味があった私は本から新聞までなんでも貪るように読んで来た。いわゆる活字中毒に近い。

 なんでも文字と知ると読むのが癖になった私は、暇だとお菓子の箱の裏の原材料名まで読んでしまう。

 これは私のイメージとは合わないので家族以外誰も知らない事実だ。

 そもそも、今の私の格好自体がイメージとはかけ離れているだろう。

 地味なニット帽に、ぼさぼさの髪、大きめの眼鏡をかけている。おまけに服は気の抜けたパーカーに使い古しのジーンズ、スニーカー。

 女子力が欠片もなさ過ぎて万一学校の人間に会ったら吐血しそうだ。

 まぁ地元のデパートの食事スペースなんて誰にも会わないだろうけど。そもそも、デパートで新聞を読み耽っている明らかにダサめの女に声をかけようとも意識を向けようとも思わないだろう。


 ここは私の憩いの場所だ。

 考え事をしたりぼーっとしたり、新聞や雑誌を読んだり、休日はだいたいここで過ごしている。

 憩いの場所なので全力で気を抜いて、格好にも全くこだわらない。

 こういう日が週に一度くらいあってもいいだろう。



「あれ、川津さん?」


 ……駄目なんでしょうか?




 ぎくりと身を強張らせる。

 この高過ぎずかつ低過ぎない平凡ボイスは……。


 私の顔を覗き込むようにして近づいてきたのは、今最も会いたくない……会ってはいけない人だった。


(お、落ち着け私……!)


 私は、呼吸を整えようと小さく息を吐いた。

 そして顔を上げる。


「川津さん、だよね?」


「えっと……?」


 少し首を傾げて、困った顔をする。


「あの……多分、人違いだと……」


 戸惑ったように言うと、狩屋君は目を丸くした。

 次いで誤魔化すように照れ笑いを浮かべる。


(なんだその表情は……!)


 心臓が緊張のものだけでなく早鐘を打ち始めたのは余談である。



「あ……す、すみません、クラスメイトに似ていたもので……」


「あ、そうなんですね。そんなに似てました?」


 何とかごまかせたようだが、動揺のあまり会話を続けてしまう。

 やってしまった。一言で終えてさっさと何処かへ行って貰うべきだった。


「はい、凄く似てます……あ、写真ありますよ。見ます?」


 そう言って携帯を操作し始める狩屋君。


「え」


 待って。私と狩屋君は一緒に写真を撮るような関係じゃなかったはず。何故持ってるのか。


(ま……まさか……!)


「あ、なんか隠し撮りみたいな画像ですけど、ストーカーとかじゃないですよ!友人が巫山戯て撮ったんです。失礼だからって何度も消したんですけど、その度に撮られちゃうので僕も諦めちゃって……」


 慌てて重ねられた台詞に希望が打ち砕かれる。

 むしろストーカーでも良かった。しかし取り敢えず友人よ、何故私の写真を狩屋君の携帯で撮るんだ。


 考えているうちに見つかったらしい。


 はい、と画面を差し出される。


(はいと言われても……毎日見てる顔だしな……。む、写真うつり完璧。私のベスト角度を激写するとは、友人なかなかやるな)


 取り敢えず当たり障りなく褒める。


「ええ、すごい可愛い子ですね!私なんかと似てるなんて失礼ですよ」


(ついべた褒めしてしまった。まぁ事実だしな。正直今の気の抜けた私と同レベルに扱って欲しくない)


 狩屋君はぱちぱちと瞬く。

 そして訝しげに顔を近づけてきた。


(うあああやめて!色んな意味でやめて!ぼろぼろな私を見ないで!せめて完璧な方の私なら大丈夫だから……!)


 私の内心も知らず、狩屋君はじっと見つめてくる。

 やがて少し首を傾げて笑った。


「あなたも『すごい可愛い』と思いますよ」


 その破壊力たるや。


 私は喜んでいいやら悲しんでいいやら分からなくなった。


(恥ずかしい嬉しいつらいお世辞に決まってる本気で褒めているとしたら趣味悪いあっだから向こうの私に靡かないのか悲しいでも可愛いって嬉しいってか初対面の人にそんな事言うってたらしか、たらしなのか)


 取り敢えず私は呆然としたまま赤面した。


「おおおお上手ですねぇ!いやー何だか照れちゃうな!あははは!こんなお洒落のおの字も無いような地味女子にそんな事言う人滅多にいませんよ!優しいですね!」


 目を逸らして言葉を重ねていくが、どう考えても過剰反応だ。

 変な人だと思われると不安に思って、むしろそれで離れて行ってもらった方が好都合だと気付いた。

 冷静になれない。心の中で悶える。


「えぇ、そうなんですか?可愛いし、モテそうなのに」


(狩屋君、それは幾ら何でもお世辞が過ぎるぞ!過ぎたるは及ばざるが如しだぞ!まぁ普段の私ならモッテモテだけどね!)


 そんなまさかぁーと笑いつつ、内心冷や汗が止まらない。

 もしや。

 もしやとは思うが、狩屋君はこういうのが好みなのか。本格的に趣味がズレているのか。こんな女らしさの欠片もない奴が好きだと。


(今までの私の努力は無駄!?)


 改めて考えると、狩屋君本人の好みのタイプを調べていなかった。

 こっそり友人同士での会話を聞いたりした事はある。大抵友人が下品で直接的な事を言っているうちに有耶無耶になっていた気がする。

 目の前に突きつけられる調査不足という事実に愕然とする。


(私としたことが……!)


「……そ、それより、あなたの方がモテそうですよ。彼女とかいらっしゃるなら私と長い事話してると怒られちゃうんじゃないですか?」


 さりげなく探りを入れてみる。

 知っている限りでは彼女なんて話は聞いたことがないが、優しくかつ意識し過ぎず女子と話す事が出来る狩屋君に彼女が居てもおかしくはないと思う。

 凄くモテるかどうかはわからないが、全くモテないわけでもないだろう。


 伺うようになってしまいそうになる視線を笑顔で誤魔化しつつ彼を見る。

 狩屋君はからっと笑った。


「彼女?あはは、いませんいません。それより、こんなに似てる人に会うなんて滅多に無いし、もう少し話せませんか?

 ……あ、誰かと待ち合わせとかだったり……?」


「え、待ち合わせはしてません、けど……」


(何というか。狩屋君にしては押しが強いというかぐいぐいくるな。…………やっぱり狩屋君は地味専……)


 ぐるぐると頭の中で疑惑が回る。

 そうこうしているうちに話が進み、気づけばまたここで会う約束をしていた。


(次からは地味めな格好で登校するか……?いや、それだと私(完璧)と私(地味)が同一人物だとバレる可能性が……!)


 どうしようと頭を抱え、またしても私は狩屋君に頭を悩まされるのであった。





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