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5.終わる白昼夢

「理由聞きたい?」


 いつもと何も変らない雰囲気で彼女がこの部屋を出るといった。僕はそのことを「今日も暑いわね」、というどうでもいいような日常の会話のように聞き流していた。大事なことや大切なことをよく僕は聞き逃すことがあるのだ、今も昔も。でもそんな僕を気にとめることもなく彼女は続けた。


「自分の星に帰るのよ。この地球がどれほどくだらないかもよく分かったし、人間という動物のことも調査し終わったしこれ以上調べることも知る必要のあることもないと判断したの。だから出て行くの」


 僕はそう、とだけ言って今日も暑くなりそうな空の雰囲気を感じて窓の外を見ていた。


 僅かに吹き込んだ風は熱気を含んでいた。


 僕らの間に沈黙が下りた。


 彼女はしばらくして、呟くようにゴメンナサイと言った後、自嘲気味に笑って本当のことを話すわ、と言った。


「いきなり言われたの。結婚をして欲しいって。バイト先の店によく来るお客さん、真面目そうな人。冗談かと思ったけどそれから何度も言われた。ずっと無視してたんだけどそれでも週に一度は来てた。本人はもう半分諦めていたみたいだけどね。いろいろ考えてみたけど、そのほうがいいのかなって」


 ふざけた作り話だと思って聞いていた。彼女の口からそんなどこかで聞いたようなB級空想話が出ることに驚いた。僕は呆れたようにハァと息を吐いた。


 僕は何か言おうとしたけれど、それを押さえ込むように彼女は本当よ、と強い口調でった。

 この部屋でいつも出くわしていた彼女の作り出すものとはまるで違った沈黙が降りた。

 台所に立つ彼女は僕が彼女の方を向いたのと同時に窓の外に見える雲ひとつない空を見上げた。





「今日も暑いわね」と彼女が言った。





 洗い物を終えていつものように彼女は手についた滴を必要以上に払い落とし、丁寧にタオルで拭いた。僕とは反対側の神社のある林の見える窓側に沿って座った。

 開け放たれた窓の外を見る。それはなにか遠くにある一枚の写真のように見えた。僕はその写真をじっと見ていた。

 そして外を見ることを止め、彼女の視線は畳に向かっていた。しかしその視界にあるものはそれ以外の何かだった。


 「もう夏が来てるわ。じきに秋になってすぐ冬が来るの」


 彼女は自分が振り返る過去の連れてきた感情を押し殺すように抱えた膝を強く抱きしめた。何かに耐えているようにも見えた。


「冬はとても嫌な季節。暖をとるものが布団しかないんだもの、毎日とてもとても寒くて一日中部屋の中で着られる物全てを着こんで布団に包まってた。真冬は押入れの中で寝たりしたこともあったのよ。狭い押入れの中に居た方が空気が温まり易いから。でもそんなの何の役に立たないほど寒いの、どうしようもなく寒いの。きっとここよりずっと北の国ならこんなのなんでもないのかもしれない。でも私にとっては心にも体にも生きてきた中での一番の寒さだった。一度は何とかやり過ごせたけど…」


 彼女は自分の過去の思い出にはまり込んでいた。そして話しを続けた。


「だけど、私はもう一度この部屋で冬を越すことは出来ないと思ったの」


 確かにこの京都の冬は底冷えがするほど寒い。山に囲まれた土地だけに山壁とどんよりと重そうな冬の雲に押さえつけられ寒気は流れることなく土地に染み入る。

 ただ、この熱い季節のさなかに真冬の寒さを思い返すことには僕には難しい作業だった。でも実際のところ、彼女が話す内容を受け入れがたいものにしたものはもっと他に存在していた。それは彼女と僕の関係でなく、僕とこの部屋の関係に他ならない。

 彼女の意思一つで僕の、もしくは僕と彼女の生活、つまりはこの部屋はなくなってしまうのだ。そのことは意外なほど僕の頭には存在していなかった。振り返れば下に住むあのおばさんにも忠告をされていたし、時々はそのことを考えることもあったはずの彼女がここを出るという選択肢が僕の中ではごっそりと抜け落ちていた。そのことを意外に思いながらも、それが僕の気付かないところで進行し、後戻りできないところまで来ていることを理解してしまっていた。


 それでも一つの可能性としての話、それは望むべきものでなく受け入れるべき可能性としての提案を僕は思い浮かべる。


 僕の部屋へ来れば。


 その言葉はことのほか現実感を欠いていて掴みようもなく、僕の外側へ運び出すことが出来なかった。本当はそんなこと思っていなかったかもしれない。僕はこの部屋の他に自分の帰るべき場所があるなんてことのときは頭の片隅にも抱いてはいなかったからだ。それにおそらく彼女がそれを受け入れないことも分かっていたから。僕の下宿の部屋にこの部屋に存在しているのと同じ世界はきっと存在していないし、なにより彼女はそれを望んではいないようだ。彼女は自分がこの部屋を出ることになるという決定事項を僕に話しただけだ。

 すべては僕がこの部屋に来たときと同じ何一つ変わってはいなかったのだ。


 彼女はいつも望むものは自分で手に入れる。自ら家を出てこんなところで暮らしはじめ、僕と出会いそしてその生活に僕を捕りこんだ。そして今度は本当なのかは分からないけれど、違う存在を捕りこもうとしている(もしくは、逃げ込もうとしているのかもしれない)。

 全ては彼女が決めることなのだろう。僕はその中の選択肢の一つにしか過ぎなかったのだ。

 僕の思いを蚊帳かやの外に彼女の得意の自虐めいた話は続く。


「きっとずっと二人だけならあなたと幸せに暮らしていけたと思うわ。でも、あなたには先を見るということがないわ。変わっていくことに対して。いつまでもこんなところで二人だけで生きていくことは出来ないもの。私がこの今の生活を恐れていたことがあなたに分かった?ただとりあえずこの部屋に住むことから始まって、持っていたお金がどんどんなくなって、生活が苦しくなってゆくことに全身で気付き始めて、バイトを始めた。しんどいわりにお金って手に入らないわよね」


 彼女が自分の世界の話を自分の言いたい限り続けようとしているようにも思えた。でもそれは僕が彼女を理解できていなかっただけのようにも思える。この思いも僕の世界だけの話だ。僕たちは言葉の通じないまま自分達の好きなように話していただけなのかもしれなかった。そして相手の言っていることを自分の都合のいいように解釈して納得してきただけなのだろうか。気付けば、彼女の話は元の話とはかけ離れた広がりを見せている。


「もう、周りの人たちにもうんざりなの。みんななぜ人がどういうことをしてきたかなんて聞くのかしら。家族は?兄弟は何人?どこに住んでいるの?出身はどこ?彼氏はいるの?そう言って私が捨ててきたもの総てをみんなが一つずつ私の前に引きずり出してくるの。私はどこへも行けない。私は私でしかない。もう限界なの。ほかの誰でもいい誰かになりたい」


 ほかの誰でもいい誰か、僕がいつも抱いていた存在。僕が誰よりも一人を望んだときのことだ。

 だとするならば今の彼女の中には彼女だけしか住んではいないのかもしれない。きっと結婚するという相手でさえそうであろう。今の自分に疲れたと言うなら、彼女に必要なのはもう揺らがない安定した生活の保障だけだ。それだけは僕にも分かった。


 僕が彼女との未来に不安を感じていたのも事実だった。この生活は心地よかったけれど、留まっていた。社会に適応し繋がりを産み出すような流れは全く存在しない。二人だけの生活であって、二人だけでしか行えない生活だった。そして何より僕自身が中途半端な学生という立場でしかない。この居心地のよさは、そこが普通でないからであることを僕はいつからか忘れていた。

 このどこか中に浮いたような生活は僕が望んでいたものそのもの。でもそれは彼女が望んでいたものではなかった。いや、彼女は本当は何かを望んでさえいない。失うことの怖さを知ることで、自分自身に諦めを付けようとしただけだ。


 いつのまにか彼女は泣いていた。


「ごめんなさい、怖いのいろんなことが。ここにいると色々と考えすぎてしまうのよ」


 僕は彼女に触れることができなかった。

 決して泣いている彼女を見たからではなく、そこに潜む本当の理由はほかにあった。彼女の吐き出した思いは、ただこの部屋に流れ出るばかりで、実際は何一つ噛み合っていないことに僕だけが気付いていたからだった。


 その日の夜は小さな布団の上で背中を向け合って寝ることになった。


 僕の中では、自分の考えの浅はかさとこの部屋の下の階のどこかに住むおばさんが話したことが現実に起こりえたことへのなんともいえない羞恥と屈辱とが入り乱れていた。僕はこの部屋に混在するどこへも辿り着かず、どれも結び合わない人間という虚ろな存在の愚かさを頭の中で弄びながら布団の上で寝転がっていた。彼女がいつ泣き止みそしていつ寝たのか、そしていつ次の日になったのかは何度その場面に戻っても思い出せない。


 その日は僕たちが抱き合うことなく二人で布団に寝る初めての日だった。そして最後の日でもあった。



                    ○



 彼女とのこのときに話した会話がどれほどリアルでも、この平行世界を何度繰り返しても彼女が別れ話をし、僕が彼女の部屋をでる日のことはどうもぼんやりとしてあやふやな感覚でしか存在していない。それが何を示しているのか、自分にどれほど大きなことだったのか。この場面を思い返すたび僕は自分の頭の仲がからっぽになったような気がしていて、何一つ考えを思いつくことが出来ないでいる自分に苛立っていた。



                    ○



 現実の過去を振り返ってみても、自分が今までに手にいれることのできなかったものは、数え切れないほどたくさんあったけれど、失ったものといえばさほど数多くはない。手に入らないものは自分の能力や立場によるものだと自らを蔑めば事足りていた。失うものはいつも失っていない自分という過去と対峙していなければならない。失うものは何かを変えたり、努力したりすることでやり直すことのできないもの、時間の流れに乗る僕ら人間には何をもってしても過去というべき振り返る存在でしかなくなってしまうものだ。この部屋や彼女との生活がその失われるものになってしまう。



                    ○



 彼女が僕との関係に終わりを告げてから、幾日かは現状と同じ日々が続いた。彼女を抱き、布団の上で過ごす時間も。そのなかで彼女は少しずつこの部屋を出る用意をしていた。

 あまり多くの物がないこの部屋にも片付ける物はあるようで、大きな段ボール箱が一箱いっぱいになった。残ったのは、コップ二つにやかん、インスタントコーヒー、小説の山、そして布団を残すのみだった。

 彼女は小説を全部僕にくれた。

 彼女はもう読まないから、と言った。


                    ○



 今年の梅雨の終わりを知らせる夕立が降った。ここにいる僕が感じる雨のにおいも畳みの感触ももたれた壁のざらついた肌触りもすべて現実的な感覚で感じるものであるし、何より彼女の柔らかい温もりはそれを感じることのできる僕という存在があることを教えてくれる。何かを人から隠し、それを見つからないように距離感を保つことで自分の存在を保とうとする。それは誰でもやっていることのように思うけれど、果たしてそれは現実を生きていることになっているのだろうか。よく本当の自分はこんなんじゃない、と話す人を見ることがある。人前でうまく自分を出せないことを悲観した言葉なのだろう。でも僕には本当の自分というものがどういうものであるか明確に自覚することができない。今まで僕は僕を演じた部分は確かにあった。ただそうじゃない僕は、彼女の前にいるこの男では決して無いと思う。


 では僕は誰だ?


 子供の頃の思い出したくない僕はどんな僕だった?

 大学にいたころの僕とこの部屋に来た僕の違いは?

 そしてこの部屋を去った後、僕はどうなるのだろうか。

 遠い過去とつい最近の過去、これからの未来、そして現在いま。そのどれもが自分であるはずなのに、全く違うもののように感じる。


                      ○


 もう一度振り返って考えてみても、彼女の言っている結婚というのはおそらく嘘だ。バイトを辞めてから、彼女は一度もこの部屋を離れていない。相手がいるとして、電話をかけに行くという行為さえ見せることがないのだ。それでも彼女がこの場所を離れるという。


 次の場所を見つけたということだろうか。

 彼女もまた僕と同じように誰も知る人のいない町へ行こうとしているのかもしれないと思った。傷つくことから逃げるために。それならばやはり彼女にとって僕は自分らしく生きることへの障害の一つでしかなかったということだろうか。


 この時初めて思ったのだけれど、僕が来るようになってからこの部屋に増えたものは何一つなかった。


 本当に何一つ。

  


                      ○



 バイトをやめた彼女は時間を持て余すようになったのか、僕を連れて散歩へ出かけるようになった。そしてあの林の中の神社へと向かった。この夏の猛暑の日にあって反り返るように見上げねばならないほど高くなった木々の下は昼時とは思えないほど涼やかで過ごしやすかった。ただ、僕たち以外は誰一人として見当たらなかった。まあ実際のところヒートアイランド現象などという問題まで起こしているこの国でエアコンのある家から出てわざわざこの人気のない場所に涼みに来るような人もいないだろう。何よりもまず普通に生きている人達はそんなに暇ではない。  

 僕たちはあの日みたいに賽銭箱の奥の階段に二人で腰掛けた。鳥居から神社まで続く道に沿って木々の隙間から覗く直線的な空にはあのときのような曇り空はなく、どこまでも澄んだ目にしみるような青さだけだった。木々の陰を落としたほの暗い景色に真っ直ぐな青いラインのコントラストは写真に残したくなるような綺麗なものだったけれど、今のここからはどこにもいけそうにない、息が詰まりそうなほど絶望的に完全な世界であるように感じた。これがあの時と同じ場所だなんてとても信じられなかった。どこにいてもどこへでも行けるような感覚はもう失われてしまったということだろうか。呆けたような僕の隙をつくように彼女がくちづけした。いつものように自然にさり気なく奪うように、そして悪戯な微笑。あの部屋にいる時となんら変らぬ行動だった。ただ一つだけ違ったのはその彼女の仕草に僕はいつもの焼け付くような性欲は沸きあがってこなかった。お互いの眼鏡を外すこともなく、彼女の服を脱がすこともなく、丁寧に愛撫することもなく下着を乱暴に剥ぎ取ってセックスという行為を動物がするそれのように僕達はただただ繰り返した。

そこにあったのは僕でもなく、彼女でもなくこのくだらない世界を覗けばすぐに見つかるような、ただの性欲に乱れた男と女でしかなかった。彼女にも自分にも嫌悪感と苛立ちを感じる。それでも何もできないままでいる自分という存在の根幹が短絡な欲求と理性の弱さに満ちていることを憎んだ。その憎しみは行き場もなくなんどもその日を繰り返すたびに今もおりのように僕の中に積もっている。


 互いの汗を不快に感じたのはこの時が初めてだった。



                         ○



 彼女はこの部屋をでるための準備を、なにも行ってはいないのではと思わせるほど、曖昧に行っていたように思う。彼女はこれからのことを一切話したりはしない。誰かと連絡をするということも一度も無かった。僕らは彼女がこの部屋を出ると言ってからの幾日かを殆んどの会話をせず、それでいて片時も離れることなく一緒に過ごしていた。僕はその中でいつもの後から思い出すような夢を見ては目を覚まし、この暑い季節に体の芯まで冷えてしまうような家の中にいる白昼夢を繰り返し見ていた。その白昼夢を見てしまったあとでも彼女の態度に変化は見られなかった。僕は自分がどんな状態で白昼夢を見ているのかを知りたかったけれど、彼女にそれを聞くことは出来なかった。もとより彼女にはそんな僕のことなど本当にどうでもいいように見えた。この部屋にあるものは、僕の存在も含めて彼女にはすでに過ぎてしまったものであるような気がした。

 

 それでも、僕は片付けるものがなくなった日その日が最後であると知った。

 僕は彼女に帰るよといった。彼女は明日でいいと言った。その日も僕は彼女を抱き布団の上で寝た。とても暑い夜だった。


 


 僕はその夜、寝苦しくて目が覚めた。

 流しで顔を洗い両手で水をすくって飲んだ。生ぬるい水が不快な暑さを少しだけ癒してくれた。何気なく窓の外を見る。


 窓から見える景色は今日も月が光る蒼く深い空と絶望的に暗い林だった。そこにひっそりと存在する神社のことを考えた。この窓からでは木が邪魔して神社を見ることが出来ない。あの夕立が連れて来た不思議な体験のことを考える。そして彼女が終わらせようとしているこの世界のことを考える。どちらも現実味の無い内容だった。それでも霧に包まれたようなあの世界はこの先の現実よりも随分リアルでいつも僕の中に存在している気がしている。それはあの時、彼女が言ったようにそれが昔から存在している僕の世界だからだろうと思う。僕の中の一部は常にあそこにいたのだ。それを気づかされたときはとても悲しい気持ちがした。それを彼女と一緒に感じることで僕はそれを消し去ろうとしていたのかもしれない。僕が過去に置いて来た自分から離れ現在いまここにいる僕として生きていくために彼女を利用しようとしたのだ。僕は結局自分自身のためだけに彼女とのこの生活を望んでいた。そのために他のものをすべておざなりにして何も考えないようにしていたのかもしれない。その盲目的な思想が彼女には不快だったのかもしれない。おばさんが一度話していた彼女が僕を怖いと言った話はそういうことなのかもしれない。

 

 結局、僕は自分の都合のいいように自分を取り巻く世界をうまく造り替えようとしていただけかもしれない。このどこからも隔離されたような生活に巻き込まれたのは僕ではなく彼女だったのかもしれない、そう思う。


 ふと、気づけば僕は自分のいる場所の状況や方向感覚を失っていることに気付いた。目に映る景色は先ほどと変わってはいない。それなのに自分が立っていれば足の裏に感じるはずの畳に触れている感覚も流しに触れているはずの手の感覚も全く感じられないでいた。ただ何も感じられないまま景色だけはずっと自分の目に写っていた。



 その目に見える景色の先には先ほどは見えなかったはずの神社が見えた。


 神社は月明かりに照らされて薄暗くあってもその存在ははっきりとしている。


 これも夢だろうか、それとも白昼夢であろうか。

 

 それでも不快な暑さはいまだに感じられている。自分が目を閉じている感覚もないまま、目の前があんてんをひかれた様に真っ暗になってはまた景色が見える。

 

 それは神社までの暗い林の景色に変わる。

 虫の音が五月蝿く響いているなか僕の体は背中から何かに押さえつけられているように重い。自分の体が思うように動かない夢は今まで何度か見てきた、それでも重さのために体に現実的な疲労や汗を感じるのは初めてだった。


 僕は誰かに負ぶされたような感覚のまま重い体を引きずり神社の境内を通り過ぎ更に闇の深い木々がそびえる林の奥へ向かっていた。

 普段見る夢と同じようにその中で行っている自分の行動にはっきりとした理由を見つけることは出来なかった。でもそれを考えている間、いつの間にか自分がザクザクと地面を掘っていることに気付き、これはあの陰気な家に居る夢と繋がっているんだと妙な納得を受けいれている自分がいた。そう思うことで自分の体が軽くなっていることに気がついた。そして自分が何故穴を掘る夢ばかり見るのかと思い始めたとき、体の疲労からであるのか自分が膝をつきそうによろけるのを感じだ。体が感じるはずの地面の感触は全く無く、辺りが本当の闇であることに気付く。暗闇の中で何かがどさっと落ちるような音を聞いた。


 そして誰かが僕の後頭部を思い切り叩いたように僕は眠りに落ちた。



                      ○



 そしてまた、ざくざくという音が聞こえる。両手に何か握られている感覚がある。酷く冷たい。掌に刺さるような冷たさでと歪に響く金属音で僕は自分が何をしているかを知る。それと同時に自分の視界がひらけすべてを見ることができるようになる。温度の低さに白んでいる大地にわずかに空いた穴が見える。ざくざくという自分が穴を掘る音。僕が掴むのはシャベル。僕はここで固い大地に穴を掘っている。


 どれが白昼夢でどれが夢でどれが現実なのか、僕は本当にどうかしてしまったようだ。なにか感情的な自分には出会うことはできないでいるけれど、彼女との別れが来ることで自分の心に影響が出たことで白昼夢はまた繰り返されるのだろうか。


 硬い地面をシャベルで掘るというのは過酷な肉体労働だけれど、寒さは少しも収まらなかった。それでも疲労だけはやはりやってきて僕は曲げたままでだるくなった腰を伸ばした。そこで初めて景色を見渡す。僕がこの夢の中で住む場所は空中に浮かぶ小さな島のようなもので、周りは削り取られたような崖だった。一回り辺りを見渡しただけで僕はこの場所の状況をすべて理解した。それは最初から知っていたように。ただ忘れていただけのように。僕はシャベルを置き、崖ぎりぎりまで行ってみる。そこから谷を見下ろすとしろんだ景色の遠くへ広い街を見ることができた。その街はとても近代的で高層ビルが幾つも立ち並んで耳を澄ませば車の走る音やクラクションを鳴らす音がほんの僅か聞こえてくるような気がした。僕はその街を知っている。それは知っているという以前に僕以外の全ての人たちが住んでいるそのことを認識しているのだ。僕のいる場所からは絶対にたどり着けない場所。僕が知っていてそれでいて僕を知らない人たちが住む街。


 そして僕はその街を見るのを止め、さっきまでの仕事をしようとする。振り返った僕が見たものは地面に掘られた穴。縦長に掘られた穴、人一人がすっぽりと納まりそうなぐらい大きな穴、僕が掘った穴、その横には掘り起こした土が積み重ねられたひとつの山とひとつの大きな木でできた箱が存在した。

 僕は穴を掘る作業を止め、シャベルの先を地面に立て、柄のところに腕を乗せそこに上半身の体重と顎をあずけ、じっと木箱のほうを眺めていた。僕自身はそれを自分の両眼の中の方から覗いているような奇妙な感覚があった。

 そのうち両頬に妙なハリを感じているじぶんに気付いた。そのハリは最初とても違和感があって頬が腫れているようなイメージを持っていたが、そのうちそのハリが何であるか僕は気付き始めた。



 そうか、僕は笑っているんだ。  




                   ○



 再び起きた時には異常なほど体に疲れが残っていた。彼女の荷物をまとめるのを手伝ったせいかもしれない。痺れる様な感覚を持った二の腕をしばらく手で揉んだ。布団には僕一人だった。彼女の存在はこの部屋には感じられなかった。そのことに何故か僕は違和感を感じることが出来なかった。

 体の疲れと寝起きのだるさが僕の思考能力を奪ったのか暫くじっとしていた。そして自分の意思でなく義務感から彼女を探そうとした。開け放たれた窓からは朝もやの中神社へと続く林が見える。ここから見える外には彼女はいない。僕は部屋をでて、トイレへと向かった。個室になった洋式のトイレはすべてが空いており誰も入っていない。それを見たあとで僕は男性用のトイレで用を足した。

 そしてはっきりと認識した。どうやら僕が寝ている間に彼女はどこかへ行ってしまったようだ。なぜか荷物を入れたダンボールはまだ残っている。でも僕は帰るべきだと思った。僕は何一つ彼女にかけるべき言葉を思いつけないからだ。それは彼女も同じなのかもしれない。うっすらと夜が明け始める。新聞配達のカブが滑らかでシンプルなエンジン音を響かせている。


 朝早く僕は彼女の部屋を出た。小説はスーパーのレジ袋に入れた。神社へは行かなかった。あの場所へは妄想のようなおぼろげな二人の世界は存在せず、現実的で短絡的な欲望の残り香しか存在してはいないからだ。



 今日は一体何日で何曜日なのだろうか?


 それが今まで僕がいた世界から戻り現実の世界へ入っていくためには必要なものであることを知って可笑しくなってくる。彼女との生活自体は酷く規則的なものだったような気がしていた。それは僕たちが眼鏡を外し布団の上で抱き合う時とそうでない時の繰り返しという意味でしかないのだが。現実はみな週末や仕事の休日を中心として一週間をめどに回っているのだ。



 夕焼けとも見えるような朝日のオレンジを体に浴びながら、アパートからの坂道をゆっくりと降りてゆく。線路に突き当たって、駅のある方へ曲がると次第に人の姿を目にするようになる。普通ならごくあたりまえの景色に僕は随分と違和感を感じる。彼女と僕以外の存在を久しぶりに感じたからだった。


 改札を抜けて電車を待つ。一分もしないでタイミングよく電車が停まる。電車の中にはほとんど人は乗っていない。出張でも行くのか大きな荷物を持ったサラリーマンや僅かに学生がいるのみであった。それでもなんだか自分だけが浮いているような感じがした。人の目が妙に気になる。僕は妙に周りを意識してチリチリする神経を落ち着かせるように目を閉じた。ひどく疲れていたけど眠気はまったく起きず、乗り過ごす心配は無かった。

 僕の住む、住んでいた下宿の最寄り駅には十分ほどで着いた。こんなに近かったのかと思う。

 駅から降りると見慣れたコンビニが見える。僕は食べるものを買おうとコンビニに入った。まだ七時前だったけれど、コンビニの店員は交代したのか依然に何度も訪れていたときに見た店員ではなかった。生真面目そうに必要以上に生き生きとしていらっしゃいませといった。僕は牛乳とミネラルウォーターとパンを買った。コンビニを出て部屋までの道のりは白昼夢に悩まされていた頃と同じ道順だった。人がぽつぽつと歩いている。こんな朝早い時間にこの辺りを歩くのは初めてであるような気がする。薬局の横を通り過ぎるときコンドームの自動販売機を見た。まだ彼女のところに通っている間は行くたびに買っていたような気がする。買うたびに周りへの羞恥心は薄れていったように思う。自分が本当に頭の悪い生き物のような気がした。そして僕は自分のマンションへ着いた。

 久しぶりに自分の部屋に帰った。この部屋が自分のものであることに違和感があった。自分の部屋にいる気がしなかった。部屋にある何もかもが所有者を僕と認めていない気がする。彼女の部屋と比べると随分と雑然としている。建物のボロさに隠れていたけれど彼女はきれい好きだったのかもしれない。洗濯物のたまりや布団の乱れ、漫画や雑誌の散らかし具合から僕は彼女の部屋これほども長く居座ろうと思っていなかったことに気付く。しばらく何も考えることが出来ず部屋の真ん中に立ち尽くしたまま、ただただじっとしていた。


 それから十分ほどして思いついた行動は、風呂にはいることと寝ることだけだった。



                     ○




 僕は元の生活に戻った。

 とはいっても、僕という存在はどこに戻ればいいか全く分かっていなかった。大学では以前の友人がひどく遠くに感じられた。何ヶ月も音信不通なら当然のことなのかもしれない。僕は彼らと一定の距離を保ったまま付き合っていくことにした。このしばらくの期間のことを深く聞かれたくなかったし、うまく話せる自信もなかったからだ。

 ただ、ちょっとした旅に出ていたなどとどうでもいいような嘘とふざけたような態度を繰り返すことで友人達も必要以上のことは聞かなかった。彼らも僕が聞かれたくないことがあるのだということをさりげなく理解してくれていたのかもしれない。そういう風に思えたのは随分後のことで、このときはただ聞かれなくなったことで面倒がなくなったぐらいにしか思えてはいなかった。それほど自分だけのことに精一杯だったのかもしれなかった。


 帰ってきても僕の部屋では変な夢や白昼夢のようなものは見なくなった。ようよと自分の体が自分の部屋にも馴染み始めた頃、また原付が壊れた。何となく直すきっかけが掴めなくて電車で通うことにした。朝時刻表に従って電車に乗り、時間割に沿って大学に行き、また電車で帰った。昼は起きているための昼であり、夜は眠るための夜だった。


 

                     ○



 茹だる様な夏の盛りには、自分の部屋に帰ってきた時の違和感も、大学での疎外感も完全に薄れていった。


 サークルにも顔を出すようになり、何事もなかったようにまた友人たちとの生活を楽しむことができるようになった。ただその中にあって僕はまた僕を演じている。あの部屋に存在した僕は彼女が消えてしまったことでそっくりそのまま刳り貫かれたみたいに抜け落ちた感覚が常に存在した。中身が空っぽのような自分が、普通に大学生活をしていることがなんだかひどく怖かった。鏡や建物のガラスに写る自分がどこか作り物のように感じることもあった。夢や現実がどちらもリアルに感じられながらもその一部が作り物であるようにも感じてしまう奇妙な感覚が僕の中では渦巻いていた。ただ、それをどうすることも出来ないまま時間は過ぎていった。




                     ○




 前期の授業が終わり、試験期間に入った。そしてそれも終わり、約二ヶ月ほどの休みに入った。


 大概の人たちはやはり実家に帰る。地元の友達にも会いに行くだろうし、実家ではお金を使うことも無くメシにありつけるからだ。僕は去年と同じようにこの町にとどまり、市営のプールの回数券を購入し、人の少ない午前中にプールで泳ぎ続けた。昼には大学まで行き、休みでも空いている学食で昼を済ませ、下宿の近くにある市立図書館へ行く。

 図書館には映画のLDレーザーディスクが置いてあり、借りるだけでなく視聴コーナーが設けてあるのでそこで見ることができる。それを一本観た後でスポーツ紙や情報誌に一通り目を通し下宿へ帰る。帰り際に夕食を買い込み出来合いのものを温めてそれを食べる。彼女との生活の中で存在していなかったテレビは表情を変えず置物のようになっている。ついこないだまでは意味も無く付けっぱなしにしていたはずなのに。必要性を何ひとつ感じないことが不思議だった。それでも風呂だけは違った。毎日湯船に湯を張り、じっくりと入った。濡らしたタオルで拭くだけでは得られない心地よさだった。

 風呂から出て髪を乾かし、冷蔵庫から買っておいたビールを取り出す。そして部屋の片隅に置かれていたスーパーの袋から小説をひとつ取り出し、壁にもたれてそれを読み始める。アルコールが脳に達して眠気を催し始めるとそれに逆らうことなく布団に入り眠りのなかへ落ちてゆく。なにも遮らない死んだように静かな生活。これが僕が望んだようなどこからも遮断された世界か。その世界にあるのは、僕が今までいた彼女の部屋での生活との違いを確認する作業ばかりだった。どうにも苦痛ともいえない複雑な感情が息巻いている。静かな生活で静かであるはずの心の底は酷く波打ち悶々とする日々が続いていった。プールを泳ぐ距離が長くなっても、クロールのスピードが上がっても、酒の量やアルコールが強くなってもこの思いのざわつきは収まりを見せてはくれなかった。



                     ○



 陽は日々日暮れの時間を遅くしていき、昼は長く長くなってゆく。いつものように図書館を出て、夕食を買うためによったスーパーで僕はあるものを見つけた。それはどこにでも売っているインスタントのコーヒーだった。彼女の部屋にあったものと同じだった。それを買って帰り、湯を沸かしてコーヒーを作った。彼女の手際に比べ単純な作業なのに僕の動きは無駄が多く無様に感じた。それでもあたりまえのことながら、その味は彼女の入れてくれたものと変らず、ただの苦味のある温かい飲み物でしかなかった。流しにもたれてコーヒーをすすりながらふと自分の部屋の窓の外を見る。そこにあるのは僕のいるこの下宿と同じような学生マンションの一部が見えるだけだ。見慣れた景色であるはずなのに、ひどく息苦しくなった。僕は飲みさしのコーヒーを流しに捨て、鍵と財布だけを持ち部屋を出た。修理済みの原付は暫く乗っていなかったのでなかなかエンジンが掛からなかった。


 ようやく掛かったエンジンの出す煙は驚くほど白かった。


 僕は彼女の部屋にもう一度いった。彼女の後にはまだ誰も入ってはいない。玄関の鍵は開いていた。部屋は西日が強く全体がオレンジ色に染まっていた。

 畳の上に座り、目をつぶれば今も彼女の裸体と眼鏡の当たる音が思い出された。そこに残るのは彼女のいなくなったことへの寂しさではなく彼女を抱いていた今までの僕の欲望の大きさだけが残っていた。僕は興奮していた。それはことのほか大きく、そしてあまりに恥ずかしく屈辱感にも似たどうかなってしまいそうなほど僕の感情を揺さぶった。この畳に寝転がり、その欲望をここで吐き出してしまいたい気分になったけれど、それはやめることにした。自分の創造の中で彼女をまた抱けてしまうのは自分にとってあまり良い事ではないような気がしたからだ。僕は夕日に背を向け赤ん坊のようにうずくまった。

彼女の朝食を作る音で起きることはもうないのだ。

 手のひらを見ると血のように真っ赤に染まっていた。

 日が落ちて夕焼けが強くなってきている。まだ夜でも暑い時期だったけれど、この陰湿な部屋の中に居るせいか、体温の下がるのを感じる。


                     ○



 そして僕は次第に重くなる瞼を閉じ、何かの音に耳を澄ました。聞き覚えがある。いつもの彼女が台所で奏でている音。本当に聞こえているようだ。

 でも、僕は畳の上で寝てはいない。そう例の夢の中だから。僕は固いベットから体だけ起こす。台所のほうを見ても彼女はいない。よくよく聞けばその音は台所でなく家の外から聞こえてきていた。僕は家を出てその音に耳を澄ます。音は確かに聞こえていたが、彼女の部屋にいた最後の夜に見たあの夢ではあった筈の穴がどこにも見当たらなかった。ただ音は次第に大きくなっていた。でもそれは僕の耳に聞こえてくる音のボリュームだけを大きくしているような感覚だった。


 そして何か変な違和感が僕を襲う。そして違和感の原因を僕は探し当てた。


 地面が少し盛り上がっている。僕が掘っていた場所だったところだ。


 そして何かが地面から這い出してきている。僕は目を凝らす。 


 盛り上がった地面はそのしたからの力の強さに耐えかねて崩れ始める。地面から出てこようとしたものは、持て余した力でズボッとい気負いよく飛び出した。


 それは人の腕だった。


 その腕には見覚えがあった。青白く土に塗れてはいるけれど、あの芸術的な節のない指の曲線は彼女のものに間違いなかった。


 そうだ。


 僕が連れてくるはずだったのだ。


 次第に全てが外に現れてくる。ただそれは不完全なままだった。


 土の被さったボサボサの髪の毛の下から覗くはずの彼女の大きな瞳は、白く無機質な塊に空いたただの暗闇でしかなかった。


 扉の前でただ立ち尽くす僕のほうへその骸は土の中から歩き出そうとした。自分の体が凍り付いているのが分かる。土まみれになった体を引きずるように草の上を這ってこちらへやってこようとしている。そのうちにボサボサの髪の毛は徐々に抜け落ち、青白い皮膚は剥がれ始めている。

 骨は無残に崩れ落ちた。頭髪は辺りに生える草たちと同じように時折強く吹く風にたなびいていた。僅かに皮膚のついた彼女の右手はそれでも僕のほうへ動き出していた。五本の指を奇妙に動かし玄関へと続く道を肘のあたりを引きずりながら間違いなく僕のほうへ向かってきていた。恐怖と混乱で感情が溢れ出しそうになるその瞬間に目の前が真っ暗になった。



                      ○


 彼女が住んでいる部屋だった。体には決して季節のせいではない汗でびっしょりだった。背筋と首ものにはまだ今まで見ていたものが現実性を残しているような悪寒が残っている。僕は膝を抱え込み晩夏の暑さが体に染み渡るのを待った。

 僕は彼女を連れて行くことが出来なかったのだ。誰もいない二人しかいない世界へ。これがその報いなのだろうか。



                      ○



 部屋を出た後、神社へと歩いた。鳥居を通り境内へ向かう。相変わらず人気がない。ここからでは木々が邪魔してあの部屋は見えなかった。あの時と同じ場所に座ってみた。彼女を見た最後の日も見たけれどやはり、そこからは全く違った景色しか見えなかった。本当にあの霧の中でいた場所と同じ場所なのだろうか。どちらにしろ僕と彼女のあの部屋での生活は終わりを告げた。彼女の一方的な理由によるものだけれど。先ほどの夢は、彼女との生活の喪失が僕にどれだけのものであるかを教えるためのものだったのではないかと思う。

 そうでないならこの現実感の無さや感じるべき寂しさをこの身に感じることなく何の感慨も沸かない現状を受け入れられそうもない。僕はあの霧の囲むどこからも隔離されたような寂しい場所を彼女に見せた。それは僕の心の在処であって弱さという体の一部が暮らす世界。


 僕は彼女がいた部屋を後にすることにした。帰り道には今まで気づかなかったものがたくさん目に入ってきた。並行して進む電車の中を覗けば、どこを見ることもなく感情の消えた顔でじっと目的地に着くのを待つ人達、線路の反対側の田んぼに張られた水とそこから漂う泥土の臭い。そこには体に実感できる現実と暑さがあった。僕は失いかけた日常に戻ることにまた不安を覚えていた。


 夕日はその燃えるような赤色を電車の中まで突き刺している。目に映る僕の両手は血のように真っ赤に染まっている。


 もう残りの僕の大学生活の中ではあの駅で降りることはまずないと考えていい。


 彼女のことを考える。彼女は変わってゆくだろう。綺麗だった細く長い指も特徴的なあの髪型も。家族とは再会したのだろうか。またもとの家族に帰るのだろうか。そうなれば彼女の言った本当の自分なんて見ることはもう出来ないのだろうか。何もかも意味のない考えだった。


 すべては失われてゆくものだ。


 ただ僕の中にはいつまでも残ってゆく。


 この時この場所、そして彼女が、神社から見た景色が。


 色あせない原色の住人達、彼らは僕が生きる日常の何気ない一瞬一瞬に潜み、時として溢れ出し、僕の前へと姿を見せる。彼女は僕の中に住む住人、きっともうそれ以上でもそれ以下でもない。


 ただ、それはいつまでも存在し続ける。




 そして僕の白昼夢は終わる。



完読感謝。次が最終話デス。

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