空気嫁
私は今さっき大事なものを失った。
それは、金や高価な芸術品などではない。
大事なもの、それは形ないものだ。
形ないもの、それは愛や恋心などではない。
私は2時間もの間、ビニールを抱いた。
愛や恋心があればビニールを2時間抱くなどできることではない。
そして気づいた。
全てが終わった後に、気づいた。
私は私という人間として大事なものを失った。
それが何かは、分からない。
だが、私は確かに失ったのだ。
ただただ、その事実に漠然としている。
20分もたった後だろうか、私は鏡を見た。
2時間前の自分とは思えないくらいに、ぐったりと疲れた顔をしていた。
汚く汗ばんだ油っぽい顔がよく見えた。
その瞬間だった。
私は泣いた。
何故かは分からない。
涙が止まらないのだ。
この時私は、何故涙が溢れてくるのか、考え、悟った。
ビニールに2時間もの時間を奪われ疲れ切った後に、宇宙の真理へと辿り着き、客観的に自身を見たのだ。
湧き上がる感情。
愛?怒り?悲しみ?
どれでもなかった。
それは自身への哀れみだった。
それに気づく頃には、私は泣き止み片付けをしていた。
はじめにビニールに入れられていた私の息はもう残っていなかった。
初めてだった。
初めての行為で、初めての行為中に、三箇所から私の息が漏れた。
ビニールはシュー...という音を立てて小さくなっていった。
抱き寄せるほど、それは小さく、儚く、私を現実に叩きつけた。
差し込まれていたシリコンを抜き取り風呂場へ叩きつけた。
子供達と混ざり合った潤滑液が足に跳ね返った。
風呂場に転がる女だったものを見て、私はまた泣いた。
そのあと泣き止んで全部捨てました。