シーン7「EBてなんですか?」
シーン7「EBってなんですか?」
軽快な振動とともに、森の景色が流れていく。
ファナの力で、この世界の線路図表を見ることができるようになった。
おかげで列車を安全に走らせることができていた。
「でも、目的地がどこかはわからないんだね」
「ごめんなさい。遠くのほうの情報は写し取れないんです……」
「あ、いや、ファナを責めてるんじゃないんだ」
むしろ一定間隔で線路図表を見る必要があることは、嬉しいことで――
「救世主さま? どうしたんですか?」
「な、ななな、なんでもないよ!?」
僕は慌てて意識を前方に戻した。
運転中に余計なことを考えてちゃいけない。
改めて、ファナからこの世界の事情について聞いた。
この世界はいま、女神を倒した邪神に支配されている。
キメラのような魔物が跋扈し、空の色が赤いのは、そのせいだ。
このままでは世界は滅びてしまう。
そんなとき、ファナは倒されたはずの女神から神託を授かった。
神託によれば、女神は邪神に倒されはしたものの、異世界へと体を移すことで消滅を逃れたという。再び体を元の世界へ運び、しかるべき場所で儀式を行えば復活できるとのことだった。
そのための手段が、貨物列車だった。
どうも神という大きな存在は、細かいことができないらしい。復活していない状態では、制限もあるのだろう。
女神の力は、『貨物列車で自分の体を運べるようにする』という『結果』だけをこの世界に具現化させた。
まあ、これはファナから話を聞いた僕の想像だけれど、そんなに間違ってはいないと思う。
貨物列車の運転士は、自分の運転する列車のコンテナになにが入っているか、すべてを把握して運転するわけではない。
なので、コンテナに女神の体が入っていて、異世界へ飛ばされることもあるわけだ。
……あるのかなぁ。
当事者になった以上は、受け入れるしかないわけだけど。
と、「ピー!」と甲高い音が運転室の中に響いた。
「ひゃわっ」
助手席に座っていたファナは、突然のその音にびっくりしたようだった。
「な、なんですか!? なんなんですかっ。ぴーって!」
「あー……ごめん。EBだよ」
「いーびー?」
ファナは青い瞳を大きく開いてから、ぱちくりさせた。
「いーびーってなんですか?」
「EBっていうのは、エマージェンシーブレーキの略。1分間操作をしないと警報音がなるんだ。あと、ここの表示灯も光る」
言って僕は、速度計の隣にあるオレンジ色の表示灯を示した。今は消灯している。
「ほうほう。ナ、ナルホド?」
「音が鳴って、5秒以内になにか操作をしないと、非常ブレーキがかかって自動的に列車を停止させる仕組みなんだよ」
急病などで運転士が意識を失った場合に備えての安全対策である。
一定速度を保っていて、マスコンを操作しなかったので鳴ったわけだ。
「運転に関する操作、もしくは運転台の手前にあるリセットボタンを押すことで、警音は消えて、1分間のタイマーもリセットされるんだ」
運転に関する操作とは、「マスコンを操作する」「自弁を操作する」「汽笛を鳴らす」「撒砂ペダルを踏む」のどれかだ。
ちなみに――
トンネルの中では音が聞こえづらい。表示灯が光るとはいえ、EBの警音に気づかない可能性がある。なので、トンネルの中では機関車の窓を閉めるのが基本だ。またトンネルに入る前に、リセットボタンを押したり汽笛を使ったりして、トンネルの中でEBが鳴らないように予防策をとることもある。
まあ、明確な規定があるわけではないため、運転士によって予防策はそれぞれだ。
「ええと、それでリセットボタンはここ。この2つね」
言って、僕は運転台の、自分のお腹の前に位置するふたつのボタンを実際に押してみせた。カチカチと何度か押してやると、運転室の背後にある制御盤の中で、別の接点がカチカチと鳴る音も聞こえてくる。
ほわあああ、とファナは口を開けて肩を震わせた。
ぱっとこちらへ顔を向けると、ぐっと身を乗り出して、瞳をらんらんと輝かせてくる。
「――スゴいです!」
「へ?」
「救世主さまってやっぱりスゴいですねぇ! 物知りです。救世主さまは、賢者さまだったんですねっ」
「いやべつに、そんなことはないけど……」
運転をしていれば知っていて当然の知識だった。だから褒められても、むずがゆいだけだった。
……だけど、そっか。
運転士ではない人――それも異世界の住人には、珍しい知識なのだ。
「もっと色々、教えて欲しいですよ!」
つづく
次回更新は明日の夜頃を予定しています。