シーン6「浮かび上がるもの。線路図表!」
シーン6「浮かび上がるもの。線路図表!」
ファナがおもむろに、自分の胸の布をはぎ取った。
締め付けられていた2つのふくらみが解放され――
下から上へ、いきおいよく弾んだ。
――って、なにやってんの、このコ!?
僕は慌てて目を逸らした。
見ちゃだめだ見ちゃだめだ見ちゃだめ……
「さあ、救世主さまっ。見てください!」
「えええ!?」
「早く早く。曲線が近づいてるですよ」
「み、見てもいいの?」
「見てくれないと困りますよー」
そう言われては、見ないわけにはいかない。
僕は視線を戻した。
……え?
「それって……」
つぶやきが漏れた。
ファナは、はぎ取った布を、僕の前に広げてみせていた。
そしてその布には、見慣れた図が墨で描いたように浮き上がっていたのだ。
見慣れた図――
線路の情報を記した、『線路図表』と呼ばれるものである。
元の世界の線路図表であれば、僕の乗務鞄(中に規定類を収め、乗務中持ち歩くことが義務づけられた鞄)にも入っている。
ファナの布には、まさに今ほしい情報が記されているのだった。
「ね、ね、どうですか? わたしは巫女。この世界の情報を読み取り、写しとることができるのです。すごいでしょう。ふふーんですよ」
「わ、わかったから胸を張らないで」
「――はっ。み、見ないでください~」
僕が指摘すると、ファナは真っ赤になって胸を隠してしまう。
と……
「図が!」
「うう。ちゃんと広げてないと消えちゃうんですよぅ……」
彼女の言うとおり、胸を隠す布からはさっきまであったはずの図が綺麗さっぱり消えていた。
事態は切迫している。もう曲線がすぐそこまで迫っていた。先ほどは驚きでちゃんと見ることができなかった。なのでもう一度、ちゃんと見る必要があるが……
「えっと、その布は戻して、別の布を使うとか……」
「これは特別製なんです。聖水で清め、常にわたしの心臓に近い場所に巻いているこの布でなければいけないんです!」
「そ、そうなんだ」
なら、しょうがない。
しょうがないのだ。
「その……見せて、ファナ」
「は、はい……」
なんでこんなえっちっぽいやり取りになってるんだろう。
いやまあ、絵面は完全にアウトだ。
真面目に危機を打開しようとしてるだけなのにな。
おかしいな……
ファナが、胸を隠す布を自ら広げた。
薄い白布に、図が浮き上がる。
直線と数字で構成されたその図を、じっと見る。ええと、数字……だよね?
アラビア数字ではなかった。けれど、なんとなく数を表しているのはわかる。
あとは、いまどこを走っているかの検討をつければ……
「わかった!」
僕はブレーキを使った。
自弁のブレーキレバーを1ノッチ進めると、40kPaが減圧される。
これは初減圧といって、一番軽いブレーキ効果が発揮される。
がくんと機関車が揺れて速度が落ちた。
すぐにブレーキレバーを戻す。
ブレーキレバーを戻しても、すべての貨車のブレーキが一度に緩むわけではない。圧力空気を込めている関係で、機関車に近いほうから先に緩んでいくわけだ。ちなみに貨車の種類、乗せている荷物の重量などで、この緩み方は変わってくる。
ブレーキレバーを戻してから、さらに5km/hほど速度が落ちて――
65km/hになった。
カーブにさしかかる。
機関車が傾く。
だが心配はない。
遠心力に対応するために、曲線にはカント――外側を内側よりも高くして傾斜をつけたもの――が設けられているから、傾くのは当たり前のことで……
「きゃっ」
「っ!?」
ファナが僕に倒れ込んできた。
直の感触が押しつけられ、僕は危うく気を失いそうになった。
つづく
次回更新は明日(9月16日)の夜頃を予定しています。