シーン2「異界の少女」
シーン2「異界の少女」
「きゃー、救世主さまーっ」
停車した機関車の外から、そんな声が聞こえてきた。
甲高い少女の声である。
僕は運転席の横の窓をスライドさせると、機関車から顔を出した。
列車の後方へ目を向ける。
森の中を、こちらに向かって駆けてくる人影があった。
あの少女だ。
やはり踊り子のような格好をしている。おへそが丸出しだ。森の中をそんな格好で、虫に刺されたりしないのだろうか……いやそうじゃない。
いくつも疑問はあるが、いま一番気にすべきなのはそこではないだろう。
……救世主さま?
彼女は、こちらへ駆けてきている。
ということは、その『救世主』というのは……ひょっとしてもしかして、僕のことなのだろうか?
まあ、キメラに追われていたとすれば、結果的に助けたことになる。
感謝してくれているのかもしれない。
でも、いくらなんでも、大げさだった。
というか言葉、通じるのか……まあ、異世界トリップだと不思議な力で言葉が通じるのはお約束ではある。
でも、待てよ?
普通に日本語でそう聞こえるから勘違いしてしまったが、この世界では『救世主さま』というのはトンデモナイ罵倒なのかも……。
「救世主さまーっ」
駆けながら彼女はぶんぶんと大きく手を振ってきた。
もう表情も見える。
ニコニコと笑っていた。
嬉しそうだ。
とても罵倒とは思えなかった。素直な意味と受け取って良さそうだ。
……うっ。すっごい恥ずかしいんだけど!?
無性に照れくさかった。救世主て。
ともあれ、僕は彼女を迎えるために席を立つと、背後にある扉の鍵を開けた。
通常なら許可のない部外者を機関車に入れるわけにはいかないが、今は緊急事態である。
なにせここは異世界だ。
彼女から、この世界の情報を聞かなくてはならないだろう。
どうして僕がここに来てしまったのかも、彼女は知っているかもしれない。
そんな気がした。
「救世主さ――どわぁ! ぐげぼぉ! ぎゃあああ!」
「って、大丈夫!?」
木の根に足をとられて、彼女は盛大にこけていた。
「ひりひりしますーっ」
●
「危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました! 救世主さまっ」
転んだ彼女を助け起こし、機関車に上がってもらった。
キメラがいるような場所で、外で立ち話をする気にはなれない。
おっかなびっくり登った彼女は、まず僕にぺこりと頭を下げてきた。銀髪が、両方の肩からしゅるりと滑り落ちる。
「あー、いや、べつに助けたわけじゃ……偶然そうなっただけで」
「またまた~」
「え!? いや、ホントなんだけど」
「うふふ~、わかってますよ~。救世主さまは奥ゆかしい方なのですね!」
「わかってないよね!?」
瞳をキラッキラさせている。
思い込みの激しい性格のようだった。
「えっと、さっき転んでたけど、怪我とかない?」
「少しすりむいちゃいましたけど、平気です! なれっこなので!」
「ああ……よく転ぶんだね」
すんなり納得できてしまった。
えへへ、と彼女は照れくさそうに笑った。
無邪気な表情は、かわいい。
「と、とりあえず、そこに座ってくれるかな」
「ここですか?」
「うん。そこ」
僕は助手席に座るよう促した。
彼女は素直に移動すると、ちょこんと腰かけた。
椅子は回転できない。
なので、お互いに横座りになって向きあうことになる。
改めて少女を見る。
胸と腰にひらひらとした布を巻いただけの格好だ。
露出度でいえば、ほとんど下着と変わらない。
さっき転んだときだろう。膝小僧が赤くなっている。
「…………(ごくり)」
……正直、生身の女の子を前にして緊張してしまう僕だった。
だってしょうがないじゃん! うちの職場、男ばっかなんだから! 旅客とは違うのだ。
免疫がないんだって……
「あ、わたしの名前、ファナーリアです」
視線を逸らして僕が黙り込んでしまっていると、彼女が言った。
「ファナーリア?」
「えへへっ、ファナって呼んでください」
「ファナ?」
少女はほにゃっと頬を緩めた。
やっぱり、かわいい……
女の子を名前で呼び捨てることに抵抗はあったが、呼んでほしいと言われては断るのもおかしな話だった。
僕は少女をファナと呼ぶことにした。
「え、ええと、ファナ。聞きたいことがあるんだ。その、実は……」
僕は、ファナに自分の状況を説明しようとした。
だが出来なかった。
――そんな場合ではなくなったからだ。
ズゥン!
と、地面が揺れた。
地震?
目の前で、ファナが顔を青ざめさせていた。
叫んでくる。
「ま、まさか、そんな――。き、救世主さま、逃げましょう!」
ズゥン!
また、地面が揺れた。
逃げる?
なにから?
僕は窓から顔を出してみた。
列車の後方には大きな山がそびえている。
その山が、吹き飛んだ。
いや、正確には山の右半分が爆発して、大量の土砂が舞い上がったのだ。
ドガアアァン! って。
…………え?
あまりの光景に、僕は呆然としてしまう。
そして、舞い上がった土煙を裂くようにして、ソイツは現れた。
「巨人……?」
僕の声はかすれていたと思う。
山と同じ大きさのある、でっぷり太った一つ目の巨人が、機関車に乗ったこちらをギョロリと見下ろしていた。
つづく
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次回の更新は、明日(9月12日)の19時頃を予定しています。