シーン18「箱の中の鍵」
シーン18「箱の中の鍵」
「――ファナ!」
彼女の危機に僕は声を上げていた。
貨車に応急処置を施したところで、巨人とクラーケンの争いの余波に襲われた。
飛んできた海水に、ファナが押し流されてしまったのだ。
押し流されたファナは、橋の縁を超えて、下へ――
姿が消える。
「ファナ――っ!」
僕は駆けだした。
ファナが消えた場所へ向かう。
水に濡れた制服が体を重くしていた。
気ばかり急いて、思うように辿り着けない。
嫌な想像が膨らむ。
もしもファナがあのまま落ちていたら……
下は水だが、勢いよく叩きつけけられれば、コンクリートと同じだ。
縁に辿り着いた。
ぐっと奥歯を噛んで覚悟を決める。
僕は縁から下をのぞきこんだ。
ファナの姿を探す。
「きゅ……さ……ま……」
「ファナ!?」
見つけた。
橋を支える柱。柱には、下へ降りるための非常用の通路が設置してあり、ファナはその手すりにかろうじてぶらさがっていた。
無事だった!
ほっと胸をなでおろす。
しかし、安心してばかりもいられなかった。
ファナの状況は、いつ落ちてもおかしくない。
巨人とクラーケンの余波もある。
急がなければ。
「今行くから、がんばって!」
「は……い……」
救出には、非常階段へ行く必要があった。
――この橋が、現実世界と同じなら……
非常階段の入り口の前で、僕は非常用の携帯電話を取り出した。会社から貸与されるこれには、ストラップの部分に鍵がついている。鍵といっても、先端に突起があるだけの簡単な作りのものだが。
たしか、このへんに……あった。
非常階段の入り口の横に、鍵穴のある箱が設置されているのを見つけた。
鍵を差し込んで開ける。
箱の中には――
鍵が入っていた。
ややこしいが、この箱の中に入っている鍵こそが、非常階段への入り口の鍵なのだった。
ともあれ僕はその鍵を使って、非常階段へと進んだ。
駆け下りる。
ファナは片腕を離してしまっていた。もう、落ちる寸前だ。
白くなった指が、掴んでいた手すりから離れる。
僕は手すりから身を乗り出した。
手を伸ばす。
――間に合え!
そして。
間一髪のところで、僕はファナの腕を掴むことに成功したのだった。
●
引き上げたファナは、安堵からか放心していた。
その瞳から、ぶわっと涙が溢れる。
「き、救世主さま……あ、ありがとっ、ありがとうござますーっ」
「うん……間に合って良かった……」
僕も心から安堵していた。
数秒間に何度か心臓が止まる思いだったのだ。
助けられてよかった。
と。
また巨人の咆哮が聞こえた。
安心するにはまだ早いことを思い出す。
僕は立ち上がると、尻餅をついているファナに手を差し伸べた。
「行こう、ファナ」
「はいっ」
僕たちは機関車へ戻るために非常階段を駆け上がった。
機関車に戻って単弁をゆるめると、すぐに列車を発進させる。
争いを続けるふたつの巨大な怪物たちをあとにして――
海を渡る大きな橋を渡りきったのだった。
つづく
次くらいで一段落させようかなと思ってます。