シーン13「ファナーリア」
シーン13「ファナーリア」
わたしの名前はファナーリア。
女神ウルツェーリ様の巫女です。
現在、海を渡る大きな橋の上を移動しながら、わたしと救世主さまはクラーケンの恐怖にさらされています。
救世主さまの操る『機関車』という乗り物は、大きな音でクラーケンを刺激しないよう、速度を一定に保って進んでいます。
息を潜めていると、心臓が鳴る音がやけに大きく聞こえてきます。
額から流れた汗が頬を伝い落ちていきました。
救世主様の様子をうかがうと、同じように緊張した面持ちで、でも目はしっかりと機械の表示を見つめています。
不謹慎かもですが――つい、頬が緩んでしまいました。
だって、怖いよりも、頼もしさを感じているのです。
わたしは、少し前までのことを思い出します――
――この世界は、邪神に支配されています。
わずかに残った人間は、モンスターの恐怖に怯えながら、ひっそりと暮らしています。
わたしが生まれたのは、そんなどこにでもある集落の1つでした。
幼い頃から、わたしは女神さまのお声を聞くことができました。
「ウソつき!」
そう言ったのは、誰だったでしょうか。
たぶん、みんなが言っていました。
言っていなくとも、思っていたはずです。
「ウ、ウソじゃないですよ……女神さまは復活するです」
「じゃあショーメイしてみせなさいよ!」
「し、証明……?」
「ほら、できないじゃない。ウソつきファナーリア!」
仕方のないことです。
女神様のお声は、わたしにしか聞こえないのです。
わたしは独りぼっちでした――
――意識を現在へと引き戻しました。
わたしは、彼へと改めて視線を向けます。
神託の通り、女神さまを運ぶ巨大な鉄の乗り物に乗って、彼は現れました。
どれほど嬉しかったか。
キメラに追いかけられていたときも、助けてくれました。
彼は、巨大な鉄の乗り物を自在に操る力を持っていて。
だから今回も大丈夫です。
「もう少しですよ。救世主さまっ」
「だね」
顔を前に向けて、わたしは言いました。
もう少し。あと少し。
橋を渡りきれます!
そのときでした。
ガゴンと後ろから衝突音がして、機関車が激しく揺れました。
なにが起きたのです!?
窓から顔を出すと、海の下から触腕が飛び出してきていました。海から持ち上がったそれは、うねうねと蠢いています。
「だ、大丈夫……さっきのは、ちょっかいをかけてみただけみたいだ。脱線はしてない。でも――」
救世主さまの声。
でも。そう、これは……
完全に獲物扱いされてます!?
見ている間にも、海から次々と触腕が飛び出してきて――
GUOOOOOOOOOO!
雄叫びが聞こえました。
クラーケンではありません。
その証拠に、雄叫びが響いたことで、クラーケンの蝕腕は動きを止めていました。
「た、助かったですか……?」
「違う。追いつかれたんだ」
「っ」
救世主さまのつぶやきに、わたしも遅れて状況を理解しました。
ゆっくりと橋を渡る必要があったために――あの巨人が、追いついてきたのです。
直下には海の悪魔、クラーケン。
背後からは、海をざぶざぶ渡ってくる山のごとき巨人――ギガ・トロール。
邪神は女神さまの復活を阻止する気満々のようです。
これまでで1番の、絶体絶命のピンチです。
――でも、わたしは絶望しません。
だって、いまのわたしは、独りではないのですから。
つづく
次回更新は2日後の予定です。




